2008.10.03

矮猫亭・2004年4~6月

古い日記の再掲載。今回は17回目、2004年の4月から6月である。

3ヶ月づつ掲載してきたので、あと2回で終わりだと思い込んでいたが、実は7月以降は既にこのサイトに移行していたことに気づいた。というわけで余りに唐突だが今回が最後である。

四月は実に実に低調でした.(中略)ま,しかし,明日からは五月.風向きを変えよう.ずばり変えてみせましょう.(4月30日の日記「風向き」から)

風向きを変えると叫んでから早くも4年と5ヶ月が過ぎたわけだが、ボクは風向きを変えることができたのだろうか。なんだかその風向きの先に吹きだまってしまっているような気がする。

折しも10月を迎え秋たけなわの今日この頃。4年越しの宿題に改めて取組むにはちょうど良い季節のような気がする。


フランス語入門一歩前 その1 2004/04/16

人生も大体半分くらいは終ったかなと思うとどうも,やり損ねていることが気になってしょうがない.例えばフランス語.小学生の頃,南洋一郎版の怪盗ルパンを愛読していた私は大人になったらフランス語,大人になったらパリ,と思っていました.中学に上がって詩を読み始めた頃もいずれボードレールやランボーを原書で,と思っていた.なのに,なぜか,大学では第二外国語をドイツ語にしてしまいました.とんだ気まぐれというか,魔が差したというか……(もちろんドイツ語なんて,てんで身につきませんでした).早いもので,それから,もう二十年.そろそろ手をつけないと,もう一生,手をつけられないかもというわけで,ちょっと,かじってみようかなと,思います.かじっただけで入門にも至らずに終るのかそれとも遂にルパンや悪の華地獄の季節を原語で読む日が来るのか.はてさて,どうなることやら.


今年も主役はこの2人か 2004/04/16

日曜日のJGTC第一戦は,予想通りZの本山・ライアン組が優勝しました.しかし結果は予想通りでしたが途中の展開は思いがけないハプニングの連続.なにしろ予選1位の影山・クルム組が序盤から遅れをとり事実上戦線脱落.というのも,その日は,降るのか晴れるのか,天気がはっきりせずスリックタイヤでスタートするか,レインを選ぶか,が難しかったのです.スリックを選んだ影山や井出は大きく遅れをとり出走ギリギリでタイヤを交換した本山チームは交換が遅すぎたとされ,ドライブ・スルー・ペナルティを喰らいました.でもペナルティを受けてでもレインに変えたことが結局は正解でした.

序盤はレインタイヤ組が主導権を握った訳ですが,レインタイヤは周回数を稼げず各車2回のピットインが必要となったため中盤のピットの戦略と巧拙が重要なポイントになりました.その点,ニズモはさすが.勝負は後半と読み,前半のタイヤ交換時にフル給油したため中盤,選手交代時のピットワークは非常にスピーディでした.お蔭で本山から替わったライアンは順位を上げ,いつの間にか2位に.

そして,もう1つのハプニングが.首位を守っていたデュフォア・クート組があと5周というところでまさかのペナルティ10秒を課せられてしまったのです.GT300クラスに初参戦のヒロミのポルシェがコースアウト.その際,危険回避のため追越し禁止のイェローフラグが振られましたがこれを無視したというものです.

終ってみれば昨年のシリーズチャンプの本山が優勝.惜しくも連覇を逃した脇坂が2位.結局,今年も,この2人が主役なのでしょうか.


フランス語入門一歩前 その2 2004/04/07

Bonjour! Comment allez-vous?

フランス語を始める,といっても,どこまで本気か確かめておきたい.そこで,とりあえず新書版の入門書を読むことにしました.それもブックオフの100円コーナで買える本.それなら,やっぱや~めた,ということになっても,諦めがつくから.

で,近所のブックオフを探してみたら,ちゃんとあったんですねぇ.

小林正.フランス語のすすめ.講談社現代新書.講談社.1964

刊行こそ64年ですが増刷を重ね今も現役というロングセラーです.読んでみると確かに話題が古い.でも,そこが却って面白かったりもしました('60年代生まれですから……).で,どうだい,もう一歩進む気かい? う~む,まだなんともなぁ.もうちょっと入門一歩前で足踏みを続けようかと…….


昨日は入学式に行ってきました 2004/04/09

昨日は仕事を休んで息子の中学校の入学式に行ってきました。おごそかに進む式を見ていると、自分の中学時代が思い出されました。いまにして思えば,あの日々は、そこから始まった青春の、いや、今日まで続いてきた人生の、原点でした。原点と呼ぶにふさわしい出会いに満ちていました。息子が、そして、その仲間たちが、豊かな出会いの日々を送れるよう、人生の原点と呼びうる時期を充実したものとできるよう、心から祈らずにはいられませんでした。

その日、日本のあちこちで親たちは子供たちの未来に想いを寄せたでしょう。校長や来賓は立派な祝辞を述べ、その度に、誰もいない演台の向こうに頭を下げたのでしょう。

テレビのニュースによれば、その日、高校の体育館の裏で自分の頭を撃ち抜いた男がいました。その二時間前に別の男を撃ち殺した銃で。

そして、その日、イラクでは三人の日本人が誘拐された。空爆が子供たちから学校を奪い、親や兄弟や友だちを奪い、手や足を、命さえを奪った国。そこで起きていることを自分のこととして生きようとしている人たちが捕らわれ、殺されようとしています。撤退はありえない、と政府は断言しました。そして、世界のあちらこちらに爆弾を落としてきた国に高く評価されました。

昨日、私は仕事を休んで息子の入学式に行ってきました。入学祝にミニコンポを買ってやりました。でも、その日もどこかで子供たちは飢え、愛を失い、手足を、命を失ない続けていたのでしょう。イラクで、日本で、アメリカで、血腥い、この星のどこかで。


三代目はいい? 2004/04/12

1ヶ月ほど前のこと,我が家のPCが,突然,動かなくなってしまいました.いつものように電源を入れたら,Windows98が起動する前の黒い画面に「Missing operating system」(だったかな?)と表示されそれきりピクリともしなくなったのです(われながら変な比喩.パソコンがピクピクしたらそーとーコワイですよね).たまたま息子が学校のパソコンクラブの顧問の先生からKNOPPIXというCD-ROMだけで動くLinuxをもらったところだったので取敢えずはこいつでネットにつないで週末ごとに復活の方法を調べました.が,あれこれ手を尽くしたものの,やっぱりダメだったんですよねぇ.まぁ,もう5年も使ったし,性能的にも大分不満が出てきたところだったので(しかも幸運にもデータは外付けHDDにバックアップしたばかりでしたし)とうとう新しいPCを買ってしまいました.これまたKNOPPIXでパソコンを起動しネットであれこれ調べたのですが結局,安くて良い,と知人から聞いたeMachinesにしました.思えば8年前(だったかな?),初めて買ったPCがシャープのメビウス.当時としてはなかなかのスペックでしたが液晶がDSTNの廉価版でした.二代目はIBM,と言っても慎吾くんがキュッキュッパと叫んでいたAptiva.そして三代目.本体のみモデルで\44.8K.低価格路線も極まったと言うべきでしょうか.それでもCeleron2.6GHzの速さは十分に堪能でき大満足です.eMachineはやっぱイィ,と,お約束なダジャレが出てしまうほど.


フランス語入門一歩前 その3 2004/04/14

Bonjour! Comment allez-vous?

新聞の下の方にある雑誌と本の広告って面白いですよねぇ.へぇ,世の中にはこんな本があるのか,とか,あ,○○さんの新作が出た,とか.先日は白水社の『ふらんす』という雑誌の広告が目についた.いわく,4月増大号,特集:フランス語入門,CD付き.で,早速,近所の本屋に注文して読んでみたのですが…….なるほど,最初の四分の一くらいは何とかついていける.が,発音の話が出てくると,まいった,ちんぷんかんぷんだ.アンシュルマン,リエゾン,エリジィオン……,う~む.で,CDも聞いてみた.入門一歩前で足踏みしている身としては高度すぎる.明らかに入門者か,その先の領域まで行っている.むむ,むむむ.どうする,どうする(ここクレシェンドしてね).

Au revoir!


創作ノートから 2004/04/16

小さな鳥が二羽、ふいに私の眼の中に落ちて硝子体の透明なゼリーに溺れ死んだ。その黒い影がいまも網膜に映っている。
なんか右目の視野の下の方に黒いものが見えるんですよねぇ.最初は埃かなと思ったのですが,いくら目薬を差しても一向に取れない.そうかぁ,これが飛蚊症かぁ.とうとうきたかぁ.加齢と共に眼球の硝子体の中身が濁ってきて黒い影のように見える.これが一般的な飛蚊症の原因.但し,網膜剥離の場合も似たような前兆を示すことがあるので要注意だそうです.というわけで,先日,近所の眼科へ行ってきました.眼底には異常がなく,やはり加齢による飛蚊症.老化現象の一種なので治ることはなく,ただただ慣れるまで我慢あるのみとのこと.トホホ.で,転んでも只じゃ起きまいと,こんな詩句をひねり出しました.


久しぶりのロングライド 2004/04/19

縄ばしごや避難袋を用意したり,地域の避難場所を確認したり我が家は少しずつ防災対策を進めているところです.先日は勤め先から自宅までの避難経路を地図でたどってみました.すると,たったの25キロ(片道)しかないんですね.毎日,1時間半かけて通勤しているわりには近いもんです.そこで,昨日,試しに自転車で往復してみました.春の陽気に誘われて,というよりも近ごろ腹の立つことの多いので,ちょっとしたウサばらし.往路はラクラク,やや,ゆっくり目に走っても2時間半.これなら,毎日,自転車通勤でもいいやなんて甘く見ていたら,帰りが大変でした.膝はガクガク,モモはつりそうになるし首も背中も腰も強ばってくる.サスもなく路面をダイレクトに伝えてくるのでオシリが痛い.それでも往復50キロを走りぬいた爽快感は何とも言えません.冷えたビールがうまいこと,うまいこと!月に1度くらいはロングライドしようかな,と思いました.


いまさらながら 2004/04/20

『現代詩手帖』の1月号を読んでいます.読み直しているのではありません.もうすぐ5月号が出るというのに初読です.情けない.

1月号の特集は「現代日本詩集2004」.それだけに,いつも以上に詩の占める分量が多いです.まぁ毎年1月号はこんな感じですがやっぱり詩の雑誌は詩が多くなくっちゃね.

また2004年を展望する城戸朱理と野村喜和夫の対談「切実さの露出:グラウンドゼロ以降」が実に良い.いつくか感銘を受けたフレーズを引いておきます.

その革命は武力による転覆ではなく、それぞれが生きている場所からの世界の変革

詩は死んだ、だから甦るしかない

詩というのは反抗の形式だ


年頭に相応しく,何とも勇ましいというか,威勢がよいですね.ところで,早いもので今年も三分の一が終ろうとしています.私は,この1年でどこまでゆくつもりだったのか.その三分の一の距離を歩むことができているのか.残りの時間で歩ききることができるのか.う~む.なんとか挽回せねば,っていつも,そう思ってばかりのような気がします.ほんと情けない.


いまさらながら,もう1つ 2004/04/22

今日も『現代詩手帖』1月号から.

昨年11月「現代詩セミナー・イン・桜島」というイベントがあったそうで和合亮一のレポートが載っています(「燃える寒冷前線、日の島へ。」).桜島をバックにしたポエトリーリーディングの様子が活き活きと楽しそう.和合は私が最も注目している中堅詩人の一人.福島の高校で国語を教えているそうです.「ザ・カレーライス・センセーション」という作品も掲載されています.

セミナー中の講師の発言もいくつか紹介されています.そのなかから特に印象深かったものを引いておきましょう.

詩を書くときは常に、自分の作品が壊れてもかまわないという前提でやる(稲川方人)

詩は魂の仕事。そこに決意を込めるかどうかが大事。志の高さがその作品の方法に必然と変わってくる。一つ一つに精魂を込めることしか、道は開けない(和合亮一)


Le projet poetique 2004/04/25

このプロジェクトは辞書を引くことから始まる.projectはprojet,男性名詞.poeticはpoetique.従って詩的企み,すなわち,a poetic projectは,un projet poetique.だが,この試みが詩的であるのか,それとも感傷的でしかないのかそれは,まだ,私には,判らない.Un projet poetique ou sentimental.念のため引いておく.ouはor,やはりそうだ,orはou.


風向き 2004/04/30

四月は実に実に低調でした.正直に言って,仕事への情熱というか,やる気というかなんだか急激に萎えてしまった.ま,それなりに理由も事情もない訳ではないが普段なら,それくらいのこと,鼻で笑ってやったと思う.で,毎日,そこそこの時間に家に帰るのだけれど帰れば,それなりに家族と話もするのだけれどなんだか上っ面を撫でているだけで深いところでコミュニケーションができていないような気がする.だったら,途中でドトールにでも寄って原稿を書けばって思うんだけど,結局,それもできない.なぜだろう.自分の仕事,家庭での言動,詩,等々私のすることは何もかも誰の役にも立たないような感じがする.

連休初日の昨日,近所のラーメン屋で夕食を取ったのだけどここのマスタはいつも元気で実に気持ちが良い.ラーメンも餃子も実に美味い.すごいなぁ,と思うのです.この単純にして直截的な役立ちの痛快さ.参りましたねぇ.

ま,しかし,明日からは五月.風向きを変えよう.ずばり変えてみせましょう.


そして五月 2004/05/04

五月.風向きは変わったか?

私は意外にアスリートで落ち込んだり腹が立ったりすると,体を動かしたくなる.一昨日は庭仕事.ミツバツツジを植え替えたりして殆ど土木工事.昨日は自転車であちらこちら走り回って,息子の部屋のベッド探し.今日はベランダ掃除.デッキブラシでコンクリを一日中こすり続け.

で,風向きは変わったか?いくら家族のためにと思っても別に感謝されている様子はない.それでも体を動かしていれば何となく爽快ではある.感謝されようがされまいが自分が爽快であれば良いのかもしれない.

そうかなぁ.だったら何でビールを飲まずにはいられないのか? 酔いで埋め合わせている何か,そこにこそヒントはないか?


イラク人被拘束者の虐待について 2004/05/06

米政府は,早速,調査を行い,対応を図るとしていますがごく一部の軍人による例外的な事象として片付けたい意向がミエミエですね.もちろん虐待は卑劣な行為であり,決して許されるべきことではありません.でも,だからこそその背景にあるもの,その裏側にあるものに,目を向けるべきだと思います.例えば虐待を行ったとされる女性兵士がもしも9.11テロの被害者や遺族であったとしたらあるいは常に命の危険にさらされる極度の緊張状態にあったとしたら私たちは手放しで彼女を責め立てることができるでしょうか?そもそも,いくら責めても,なんの解決にもならないのではないでしょうか?

私は正しい戦争なんてないと思います.戦争はただ憎悪の連鎖を拡大してゆくだけだと思うのです.もし平和の裡にあれば彼女だってあんな真似はしなかったはずだと.


風向きは変わったか 2004/05/07

GWも終わり昨日から職場復帰.さすがに昨日は未だエンジンが冷え切っていましたが今日になったら少しは回るようになってきました.この調子でリチャージできると,大分,風向きも変わるかも.

まぁ,そちらはともかく,肝心の詩作はどうか? まずは,なんで書くんだっけ,というところから問い直したい.また,そのためにも,詩って何だっけ,というところから学び直そうと思う.とはいえ,書かなきゃ書けないでしょ,というのも事実であって考えながら,走りながら,時に立ち止まり,を繰返す他なさそうです.


詩とはなんだろう? 2004/05/10

以前ご紹介した城戸朱理・野村喜和夫の対談にはこんな言葉がありました.

それぞれが生きている場所からの世界の変革詩というのは反抗の形式だ(切実さの露出:グラウンドゼロ以降.現代詩手帖1月号)

なんとも仰々しいですが,私にもそういった意識がなかったわけでもないです.こう見えてもかつてはサルトルとか大好きで浅薄な理解にもかかわらず「文学者のアンガージュマン」なんて平気な顔して言っていたものです.そんな青臭さが薄れた分だけ,「変革」とか「反抗」とかっていう想いいわば志も薄れてしまっているのでしょうか,私は?

現代詩手帖の1月号といえば,和合亮一はなんて言ってましたっけ?

詩は魂の仕事(燃える寒冷前線、日の島へ。:現代詩セミナー・イン・桜島.)

う~む.名言ですね.「変革」とか「反抗」とかっていう想い……なんて薄っぺらなことを口走ってしまったのが恥ずかしくなります(もちろん「変革」とか「反抗」とかといった志を薄っぺらにではなく保持している人々もいらっしゃいますしそういった人々のことは大いに尊敬してもいます).詩は魂の仕事.じゃぁ,魂ってなんだろう? 私の「魂」ってなに?


なんとなく,ぬるく,だるい 2004/05/24

1週間のご無沙汰でした.いかがお過ごしだったでしょうか?

さて,近況はこうです.

先週あたりから,職場の近く,家の近所でツバメを見かけるようになりました.

つばくらめ父を忘れて吾子伸びよ 波郷

石田波郷の句です.しみじみと良いですね.うちの「吾子」は中学に入学してバスケットボール部に入りました.休日も土曜日は部活,日曜日も忙しくて少しも遊んでくれません.そのせいもあって週末は庭仕事に精を出しております.

じゃぁ,平日はどうだ.仕事は?……相変わらずですねぇ.なんかパッとしません.じゃぁ,詩は,どうよ?……ちょっとスランプ.「魂の仕事」にびびったか?

フランス語だけは気合が入ってきています.じりじりと「入門」ににじり寄っています.先週からはとうとうNHKテレビの仏語会話講座を見始めました.数十年ぶりに単語カードを作って持ち歩いたりもしています.

逃避的といえば,そう思われなくもないのですが.


魂の仕事 2004/05/26

「魂の仕事」(和合亮一)の「魂」ということについて考えている.



昔,読んだ,黒田三郎の『詩の作り方』に,詩は「心のなかの青い空」だ,と書いてあった.都会の子供に絵を書かせると空を茶褐色に塗りつぶしてしまう.確かに眼の前の空はスモッグで汚れている.しかし,事実が,現実がそうだとしても,それは本来の空の色ではない.黒田は言う.私たちの日常生活も同じようなものだと.

自分のいまの環境に慣れきって、人生のいろいろなことがらについて、空を茶褐色に塗るのと同じようなことをいっぱいやっているかもしれません。

また,黒田は,詩は「時計の鎖につながれた人間を、その鎖から解き放」ち「太古でも、今でも、同じように流れている時間を思い出させる」とも言っている(同書).

これらの記述に共通しているのは,日常生活,とりわけ,そこでのものの見方感じ方にに対して,本当は違うんじゃないか,本当はこうなんじゃないか,と違和を表明し,異議を申し立てるところに,詩の詩たる所以を求める姿勢だ.



魂は日々の暮らしからは遠ざけられ,隠されているのか.それを暴き白日の下にさらすことが,詩=「魂の仕事」なのだろうか.


魂の仕事(2) 2004/05/28

日常への違和感.黒田は,詩の根源的なモチーフがそこにあると考えているようだ.そして,それは,詩人が「見るひと」であることによってもたらされると.

普通のひとなら何気なく通りすぎてしまうような、ある一瞬を詩人は見るのです。

だから黒田にとっては,「実生活と詩とは、矛盾するもの」だ.むしろ,その矛盾から詩が産まれると考えている.だから,詩を書くには,そのような矛盾に耐える覚悟が必要だと黒田は言う.
詩というものは、現在の地位や立場を、何もかもなげうってしまわねば書けないという性質があります。

裏を返せば詩は,そのような覚悟を余儀なくさせるものだ.「魂の仕事」の魂とは,日常に潜む矛盾を否応なく見てしまう,そのようなものだと思われる.


魂の仕事(3) 2004/06/01

黒田の『詩の作り方』を読んでいると,詩人とは,日常生活に何らかの矛盾や違和を感じる者,そこから目をそらすことができず.日常生活をなげうってでも,その違和について語ることを否応なくされている者,であると思われてくる.

そう言えば『現代詩手帖』の3月号に載っていた笠井嗣夫の文章にこんな言葉があった.

詩とは単一の音や像には還元しようもない無限の物狂おしさから発語される(狂おしさの体感――那珂太郎小論)

では,詩人を詩へと駆りたてる,この「物狂おしさ」,魂と日常との間にある違和とは,どのようなものなのだろうか?


狂おしさの原点 2004/06/05

どうも悩める四十男は絵になりませんね.これが十代の美少年だと,随分,印象が違うのでしょうが.とはいえ,やはり,考えずにはいられないときもあります.

さて,詩人を詩へと駆りたてる「物狂おしさ」とはどのようなものでしょうか.取敢えず那珂太郎の場合を見ておきたいと思います.なぜ那珂太郎かというと特に理由はなく,手近にある『現代詩帖』3月号に特集が組まれていたからです.強いてもう1つ加えるとすれば,知的な美学的な詩風と評されることが多い那珂は,個人的な真情の吐露や告白といった「物狂おしさ」の根拠をちらつかせるようなことが比較的少ない詩人だからです.

『現代詩手帖』3月号に掲載された各氏の文章を読んでいると,那珂は死者に動かされている.死者への哀悼,あるいは「喪」が那珂の詩の重要なモチーフになっていると思われてきます.

日常世界では覆い隠されている、死者たちの声、死者たちの視線によって現実世界に穴をうがち、そこに冥界の風を踊り込ませる(高柳誠.冥界(から)の声)

親しかったものの死を思い、訣れを悲しみ、その悲しみを悲しみ切ることにより詩として具現した(池井昌樹.深い深い夢はわれわれをみる)


では,那珂を動かし続けている死者とは誰か.笠井嗣夫は「狂おしさの体感」で彼なりの推理を披露しています.それは,十五年戦争中に失った多数の戦友ではなかったかと.私なら,そこにもう一人加えるでしょう.それは,戦友とともに死んでしまった,もう一人の自分です.


少々,覗き見趣味が過ぎたかもしれません.その視線はむしろ自分自身に向けられるべきですね.自分を詩に駆り立てていたものはなんだったのか,それが,今,動因としての力を失いかけているのはなぜか.


古本まつり 2004/06/07

たまには日記らしく.

6月6日,日曜,雨.「彩の国古本まつり」へ行く.くまなく見て回ること2時間半.今回の戦利品は5冊.

佐藤信夫.レトリック感覚
新選大岡信詩集(現代詩文庫)
中桐雅夫.詩の読みかた詩の作りかた
嶋岡晨.詩とは何か
吉本隆明.戦後詩史論

他にも欲しい本は何冊かあったがキリがないのでここまでにした.それにしても俳句や短歌に比べると詩,特に現代詩の本が少ないのは残念.


今日も日記らしく 2004/06/07

6月7日月曜.今日も雨.月曜日はいつも憂鬱だが雨だとまして嫌になる.とは言え毎月曜日に休むわけにも行かず休んだところで火曜日が憂鬱になるだけである.気を取りなおそうと週末のWRCラリー(アクロポリス)の結果を確認.スバルのソルベルグが優勝し,シリーズ順位も2位に浮上.素晴らしい.これで,もう少しヒルボネンが頑張ってくれれればマニュファクチャラーズランク首位も夢でなくなるのだが…….あぁ,六連星に栄光あれ!


ことばの動きを追うこと 2004/06/08

とうとう北海道以外は日本じゅう梅雨入りしてしまいましたね.なのに,いまさらではありますが引続き現代詩手帖3月号を読んでいます.3月号は那珂太郎と井坂洋子のダブル特集でした.その井坂が森山大道との対談「街を汲み上げる」でこんなことを言っています.

どうやって緊張感を生むかってことが一番大事なんです。

これだと思いました.緊張感を持って自分の言葉に向きあうこと.いま自分に欠けているのはそういうことだと思ったのです.

また井坂はエッセー「始動の水」にこうも書いている(そうです).

一つのことばがつぎのことばを引き寄せ、その自律運動から身をそらさないでいるときが詩を書いているときではあるけれど、それは同時にバックにある思想が強じんに作用している時間でもある(同じ3月号に掲載された新井豊美「反物語から詩物語へ」からの孫引き.)

どこまでも,ひたすら,自分の言葉の動きを追い続けてゆくこと.その覚悟さえ忘れなければ「思想が強じんに作用し」魂が自分の仕事をしてくれるはず.

う~む.なんとなくスランプ脱出の気配を感じ始めました.


車の動きも追いたい 2004/06/09

車の動きも追いたい.だって年に1度の祭典ル・マン24時間が始まるのだから.日本時間で明日と明後日,いずれも午前2時から予選.1日おいて土曜日,日本時間で午後11時,いよいよ決勝スタート.今年はカスタムクラスに近藤レーシング(童夢S101/無限)とGTクラスにチョロQレーシング(ポルシェ911GT3-RSR)の2チームが日本から参戦する.その他にも海外のチームで走る日本人や日本車(童夢S101)も.大いに楽しみである.


ル・マン……予選第1回の結果は? 2004/06/10

ル・マン.もう1つチーム郷があったのを忘れていました.(車もアウディだし選手も日本人1+外人2だったもので……)予選1回目は,そのチーム郷が3位.先日,JGTCで優勝した荒聖治がル・マンの表彰台にも登れるかも.チーム近藤も10位と健闘しています.JGTCではマシンの不調で戦績のパッとしない道上龍ですが異国でウサを晴らせるとよいですね.車ベースで見ると,アウディが1~4位を独占.日本の孤星,童夢S10は6位,10位,12位です.

マツダや日産がル・マンを湧かせていた頃が懐かしいですね.是非,復帰して欲しいなぁ.


Felicitations! / Congratulations! 2004/06/14

今年のル・マンはAudi勢同士の戦いが最後まで緊迫していてなかなか中身が濃かったですね.しかも結果はチーム郷が悲願の総合優勝.日本のチームとしては91年のマツダ以来という快挙です.マツダはワークスですからプライベータとしては日本初.またドライバーとしては荒聖治が関谷正徳以来2人目となります.さらにトム・クリステンセンはル・マン5連覇の偉業達成です.一方,チョロQレーシングもGTクラス2位と大健闘でした.近藤レーシングのリタイアに象徴される童夢勢の不振は残念ですがまぁ,そこまで望んでは高望みでしょうか.

それにしても,やっぱりル・マンは良いですねぇ.やはり,いずれ現地で見たいものです.


創作ノートから 2004/06/17

なんだか車の動きばかり追っていたみたいですがもちろん言葉の動きだって.たとえば,こんな…….

俺はいつもそこにはいないそこにいなくて良かったと思うような場所には俺は絶対にいない(ただ一つの例外を除いては)どこにもいない俺を悔やむ場所にしか俺はいないのだ

あるいは,こんな…….
真夜中の机が欲しい自分だけの大陸に自分だけの荒地を広げ小さな虫たちを一匹づつ解き放ってゆく

もっともっと動かしてやらねば.


動く,世界へ 2004/06/21

荒聖治や織戸学らが活躍したル・マンの興奮もさめやらぬうちに今度は佐藤琢磨がやってくれましたね.鈴木阿久里以来14年ぶり2人目のF1入賞.今シーズンは佐藤もBARホンダも調子が良くてエンジンさえもってくれれば絶対いけるとは,思っていましたが.

一方,JGTCセパン(マレーシア)戦は逆の展開.外国人ドライバ同士が組むデンソーサードスープラが優勝.菅生での第2戦はさんざんだった日産は本山がかろうじて3位.また菅生から新車投入の雨宮RX7が遂に300クラスの覇者に.

先週も車の動きから目の離せない週末でした.


いささか旧聞に属しますが 2004/06/23

例によって,いささか旧聞に属しますが『現代詩手帖』4月号は演劇を特集に取上げていました.普段,芝居は殆ど見ませんが(好きなんですけどねぇ,なかなか),宇野邦一「土方巽とアルトーはどこで出会うのか」は面白かった.フーコーの「生-政治学」概念を援用し二人を結びつけたその手際がとても鮮やかで印象的でした.あとは松尾スズキに興味を持ちました.内野儀と蟹澤奈穂,穂村弘の3人が紹介していたのですが「笑い至上主義」者による「<九・一一>以降の「世界」についてのコメンタリー」とされる松尾の芝居は,ぜひ見てみたい,思わされました.詩では福間健二の「罪を意識する旅は終わったが」と松本圭二の電波詩集第45回「マント男とバッタ君」がよかった.

いま,生きることは「私の物語」を見失った死体からつくるリズムをもった妖精物語

「罪を意識する旅……」の冒頭部分です.この作品もまた「<九・一一>以降の「世界」についてのコメンタリー」と感じられました.


久しぶりにブックオフへ 2004/06/28

昨日の日曜日,久しぶりにブックオフへ行ったら洋書コーナーにフランス語の本を見つけてしまいました.それもアポリネールの詩集.しかもデュフィの挿絵(版画)入り.それがたったの100円(ペーパーバックとはいえ).という訳で読めもしないのに買ってしまいました.もう1冊買ってしまったのが『頭文字D拓海伝説』.我ながら,いい年をして,とは思いますが好きなものは好きなんだからしょうがないですなぁ.あ,ちなみにこれも100円です.これだからブックオフ通いはやめられません.

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2008.09.05

矮猫亭・2004年1~3月

古い日記の再掲載も早いもので16回目。とうとう最後の年、2004年に突入した。今回も含めて残り4回で終わらせる予定だ。

さて、この年の最初の3ヶ月も相変わらず頻繁に映画を見ている。正月映画の『ミシェル・ヴァイヨン』に始まって007シリーズの『ロシアより愛をこめて』までの合計9作品。なんと月に3本のペースである。今ではとても考えられないことだ。いったい何がボクを映画に向かわせていたのだろう……。


あけましておめでとうございます 2004/01/05

やや遅まきながら,新春のご挨拶です.本年も変わらぬお付合いのほど宜しくお願い致します.

さて,関東地方のお正月は穏やかな日が続き過ごしやすかったですね.私は年始休暇の間,毎日,家族とどこかしらに出かけていました.元旦は近所の神社に初参りをして,妻の実家で新年会.2日は恒例の七福神めぐり.今年は深川に行きました.3日は映画「ミシェル・ヴァイヨン」を見ました.さすがリュック・ベンソン.楽しませてもらいました.★★★★☆です.で,昨日は川越の成田山別院に本厄明けのお礼参り.それから久しぶりにボーリングをしました.その間,詩の方は,すっかりお留守になってしまいましたが,今日からまたガンバリます.

皆さまのご健康とご多幸をお祈りしつつ.では,また.


2003年を振返る(読書篇) 2004/01/07

実は未だ2003年の回顧が終わっていませんでした.という訳で本日は第二弾,読書篇.昨年読んだ本は34冊でした.約半数が文学系(詩集,小説,評論,等)でその他はビジネス書と子育てものが多かったです.特に印象に残った5冊を挙げてみます.

銀河鉄道の夜(宮沢賢治)

言わずと知れた名作.何度読んでも飽きさせません.

モオツァルト・無常という事(小林秀雄)
物事の本質をズバリと突いた鋭いフレーズが満載.

おくのほそ道(松尾芭蕉)
いつか,この人の漂泊の跡を辿る旅をしてみたい.

粕谷栄市詩集(現代詩文庫)
日本語による散文詩の最良の書き手だと思います.日ごろ詩を読まない人でも面白く読めるのでは.

世界中年会議(四元康祐)
いま私が最も注目している詩人の一人です.詩が取りこぼしがちな題材をユニークな切り口で捉え平易な語り口ながら,しっかり詩になっています.

次点

記憶のつくり方(長田弘)
上野千鶴子が文学を社会学する
伝統の創造力(辻井喬)

余りに文学系に偏ってしまいましたので1冊だけビジネス書を挙げておきたいと思います.

ビジネスプロセスモデリング(戸田保一・飯島淳一 編)

BPR系の仕事は余り担当したことがなかったためプロセスの記述やモデリングについてはこれまで勉強したことがありませんでした.必要に迫られてツケヤキバ的に読んだものですが参考になっただけでなく,なかなか面白かったです.

今年はどんな本と出会えるのでしょうか.もっと多くもっと深く読みこんでゆきたいと思います.


2003年を振返る(句作篇) 2004/01/09

本日は2003年に詠んだ俳句を振返ります.総数13句,季節ごとに並べると以下の通りです.

冬の句

流感や早退けの背に陽のそそぐ

春の句

いじめ子もいじめられ子も雛の前
咲き初むる花を脇目に屋形船
春の虹新入社員のシャツ白し
つつましう暮らしてこそや菫草
熱癒えて庭に咲き出ずハルジオン

夏の句

葉桜や仰ぎつ過ぐる乳母車
五月闇点滴瓶のほの明かし
病室にも黄金週間野球帽
初燕天衣無縫という語あり
しまい湯や黴の香ほのか我が家かな
黴の宿鴉多きを訝しむ
通学路黄傘を連ねたどたどし

お気づきの通り年明けから梅雨のころまでの句しかありません.これは昨年は前半は句作に後半は詩作に力を入れたためですが実は秋の句が苦手ということもあります.

今年も今のところは詩作中心と考えていますので俳句はお留守になりそう.う~む.なんとか両立できれば良いのですが.まぁ,少なくとも勉強だけは続けてゆきたいと思っています.


2003年を振返る(詩作篇) 2004/01/14

2003年に発表した作品は僅かに2編,「迷途」「冬納め」だけでした.これは寡作な私としても余りにも少ない.前半は句作に専念したとはいえ少なすぎです.もちろん多ければよいというわけではありませんがいまは数多く試すことが大事と考えていますので大いに反省すべきです.反省します.今年はもっと頑張ります.

ところで,この2作品は共に散文詩です.これまでは行分け詩を中心に創作を行ってきた私としては異例なことです.散文詩の試みは今年も続けるつもり.もしかすると野球選手のフォーム改造のようなものなのかもしれません.

最後に2作品を再掲しますが長くなりますので別メッセージにさせて頂きます.お楽しみ頂けると嬉しいです.


2003年を振返る(詩作篇,「迷途」再掲) 2004/01/14

     迷途

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。そんなとき男は必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、それはそれで、そもそも間違った道を選んでしまっていた。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。これもまた別の誤りの始まりであった。いつもの間違いが加速を重ね、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろう。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにブレーキを踏もうとした。だが、その判断が本当に正しいのか、ひどく疑わしく思われた。男は躊躇した。迷った。仔猫の姿が消えた。仔猫の身体は軽過ぎて、微かな衝撃さえ残さない。ミラーの中で二、三度大きく跳ね、それきり動かなくなった。車道を渡り終えていた母猫が仔猫のもとに戻ってきた。しばらく我が子の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。

男は車を止め、ハンドルに顔を伏せた。通りすぎる子どもたちの冷たい視線。何台かの車が反対車線を抜き去って行った。あれから何時間たったのだろう。フロントガラスの向こうから赤い光が差し込んできた。ふと顔を上げると、いつまでもまっすぐな道の果てに太陽が低くぶら下がっている。男はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。どこまでも西へ。日の沈む場所へ。そこが出口でなくても構わない。

そのころ子どもたちは、母親に耳を引っ張られたり、背中を叩かれたりしながら、布団にしがみついていた。朝が来るのはいつも早すぎる。死んだ仔猫の夢が未だ頭の中でざらついていた。


2003年を振返る(詩作篇,「冬納め」再掲) 2004/01/14

     冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録

 冬納めの儀式は古来より西院にて執り行うものとされている。その間、本尊は伏せられ、黒いラシャ布が被せられる。これを本尊隠しと称する。永年、雪守家の末子の役目とされてきたが、鴉葬以来、毎年、隠し役を選ぶことが村主の最も重要な仕事となった。隠し役の要件は年によって異なる。十八年前には碧陰核をと泉告げが下り、村主は自分の娘に植碧するほか術がなかった。
 本尊が隠されると納女が招き入れられる。泉のほとりの荒小屋に棲む老女。齢い二百を超えると噂される。平素は疎んじられ声をかける者さえいないが、泉告げを聞くのも冬を納めるのも、この女にしかできない。著しい水勢のために真冬も凍らぬ泉。女は小さな杯に泉水を汲み、ひとしずくもこぼさぬよう、まる一日かけて、ゆっくりと山道を下ってきたのだ。物音もたてずに御堂に入る。闇戸が閉ざされる。この鉄の扉は儀式が終わるまで決して開かれることはない。
 隠し役と納女だけが残された御堂の中でどのような儀式が行われるのか。村には一人として知る者はいない。儀式が終わり闇戸が開かれると、女は口を閉ざしたまま山道を戻ってゆく。本尊は元の位置に、隠し役はラシャ布に包まれて目覚めることのない眠りを眠る。死んだわけではない。中には眠ったまま三十年、生き続けた者もあったと聞く。あとはただ空の杯が残されるだけだ。
 長い沈黙の後、ようやく扉が開かれ納女が現れた。この冬は納められんかった。村人はみな初めて女の声を聞いた。突然西の空が明るみ、火箭が闇空を渡る。錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ、見えない獣たちが満ちてゆく。冬眠は解かれた。いや禁じられたのだ。噴出の姿のままに泉は凍り、火箭に裂かれた風が鋭く氷面を渡る。村主の目に殺意が顕れる。速やかに伝播し納女を取り囲む。


2003年を振返る(パブリケーション活動) 2004/01/19

昨年を総括してみると創作活動は比較的低調だったと言わざるを得ません.一方,パブリケーション活動の方は結構活発だったと思います.

1.矮猫亭雑誌の廃刊と矮猫亭出版局の開設

矮猫亭雑誌を始めたのは5年前.参考書片手にシクハクしながらwindowsのメモ帳で書いていました.主な舞台を当サイトに移してからもズルズルと続けていましたが思い切って廃刊とし,その役割の一部を矮猫亭出版局に移しました.

2.作品年報「二〇〇二年のことばしごと」と詩集「迷途のみやげに」の発表

いずれもPDF版を矮猫亭出版局に発表したネット出版です.今年もこのやり方で個人誌を創刊したいと思っております.

3.現代詩フォーラムへの投稿

詩作品9篇とエッセイ(?)1篇,俳句35句を投稿しました.投稿作品は以下の通りです.尚,カッコ内は現代詩フォーラムの投稿先カテゴリーです.
 冬のシュプレヒコールに(自由詩)
 取引き(自由詩)
 やがて角の生える日(自由詩)
 あいさつ(自由詩)
 あかあかと(自由詩)
 風の砂丘(自由詩)
 落首(未詩)
 迷途(自由詩)
 冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録(自由詩)
 夢は枯れ野に(批評・散文・エッセイ)
 矮猫亭句帖抄 春の部,夏の部/秋の部冬の部(俳句)

4.C-Direct-2Uへの投稿

以下の4作品を投稿,掲載して頂きました.
 冬のシュプレヒコールに
 取引き
 やがて角の生える日
 あいさつ
CD2Uは編集者のコメントが楽しいです.2002年以前の掲載分も含め投稿者別バックナンバーでご覧頂くことができます.

今年は紙の印刷物の形でも作品を発表したいと思っています.


久しぶりに映画の話 2004/01/23

去年の話はそろそろ飽きたので久しぶりに映画の話をしましょう.今年に入ってから映画を3本見ました.

■ミシェル・ヴァイヨン (2003/仏/監督:クーヴレール)

車好きの息子に連れられて久しぶりに映画館に足を運びました.映画館に行ったのは,かれこれ2年ぶり.もう,それだけで嬉しくて嬉しくて.映画の方も,あれこれ小難しいことは抜きの痛快娯楽作.こういうのも結構好きです.★★★☆☆.

■踊る大捜査線 The Movie (1998/日/監督:本広克行)

本広監督の作品を観たのは,これで2本目.1本目は「スペーストラベラーズ」でした.想像していたよりもはるかに良い出来でもっと早く観ておけばと悔やまれました.ちょっと辛目の★★★☆☆です

■エロス+虐殺 (1970/日/監督:吉田喜重)

深いなぁ.深い.前衛的な作品で難解と評されることが多いようですが映像の美しさが際立っているので十分観られます.モノクロってこんなにきれいなんだって,思わせられますよ.それにしても最後の問いの深く重いこと!ちょっと甘めの★★★★☆です.

もう1つあった! 2004/01/23

もう1つ肝心な映画を忘れていました.

■帰らざる河 (1954/米/監督:プレミンジャー)

誰がなんと言ったってモンローの映画です.モンロー抜きには成り立たなかったと思う.また,この映画のモンローは際立って魅力的です.★★★★☆のうち1つはまるまるモンローに捧げます.


新発見!? 2004/01/26

鏡に向かいます.にらめっこの要領で変な顔をします.どうですか,ひどく可笑しくないですか?他のヒトが同じような顔をしたらどうか,想像してみます.それほど可笑しくないと思いませんか?

少なくとも私にとっては,可笑しさの度合いが格段に違う.そんなことに気づいたのです.これは,どういうことによるのでしょうか?ヒトは他者イメージよりも自己イメージのほうが硬直的なのではないか.だから,ちょっとでも,そこからずれると,ひどく奇妙に思えるのではないか.そんなことを考えました.

私にとっては大発見ですが,どう思いますか?


読書録より ――『遠野物語』 2004/01/28

『遠野物語』を読みました.言わずと知れた,日本民俗学の始祖,柳田国男の名作です.これを読んで改めて確信を深めましたがやはり「物語」という行為は,人間にとって,とても本質的なものなのですね.喜び,悲しみ,怒り,笑い,家族愛,自然への畏怖,権力への反発,欲望,憎悪,等々ここに納められた数々の民話には人間の様々な心の動きがイキイキと描かれています.こうした心の動きを,ストーリーという何か別のものの動きに変換し,「物語」ることで(意味の動き?,イメージの動き?,言葉の?……)自分の心を,人の心を動かし,世界に新しい意味を与える.「物語」とは,そういった行為だと思うのです.こうした「物語」の力,「ストーリー」の力を詩に取戻すことそのために散文詩という方法を自分なりに確立したいと考えています.


久々の新作「速度」 2004/01/30

ストーカー(?)の詩がようやく完成致しました.楽しんで頂けると嬉しいです.尚,散文詩ですので段落以外の改行をしておりません.画面を読みやすい幅に調整してご覧下さい.

     速度

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私はその速度に魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。

しかし追跡は十五分も続けばましなほうだ。信号機や人混みが邪魔をする。女の汗の匂いにさえ私はついに届かない。

その日も私は女を見失った。諦めて地下鉄に乗りこむ。ガラス窓に思い浮かぶ女の後姿。その向う側にコンクリートの壁が続く。

モーターの唸り。レールの継ぎ目を踏む車輪の音。くぐもった響きの隙間から聞きなれた女の足音が軽やかに降り始める。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、足音はついて来る。それとも私が追っているのか。見えない女を。

薄暗い事務棟の廊下に速さが充満してゆく。私と女は際限のない追跡を無言で共謀する。そして逃走する。やまない雨の中へ。


旅にはドラマがつきものですね 2004/02/02

久しぶりの出張,ただいま新幹線の中です.といっても2泊3日,熱海で研修,なので気楽なものです.

さて,先週末に見た映画についてご紹介したいと思います.例によって録画したものですが,立て続けに2本見ました.

■おかしな二人2

往年の名作『おかしな二人』の後日譚.ジャック・レモンとウォルター・マッソーの名コンビが17年ぶりの再会とドタバタ珍道中を演じています.老いてなお軽快な二人のかけ合いが絶妙です.もちろん心温まるシーンも用意されていてコメディはこうでなくっちゃ.ちょっと辛目の★★★☆☆.

子供の頃にテレビで『アパートの鍵貸します』を見てからずっとジャック・レモンが好きでした.もう彼の新作は見られないのだと思うと,とても寂しいです.

■鉄塔武蔵野線

夏休み.送電線の鉄塔を追う少年の冒険.余り冒険には似つかわしくない内省的な少年が思いがけない意志の強さを発揮するところがナントモ良い.ちょうど同じ年頃の息子を持つ父親としてはたまりません.寡黙な印象の映画ですが,静かな感動に心を浸されます.これはオススメです.自信を持って★★★★☆.

奇しくも旅の車中から,旅の映画を2本ご紹介することになりました.私のちいさな旅には何が待っているのでしょう?

と書いたところで持ち時間が切れ,今は熱海の研修会場.研修と懇親会を終えて,自室に戻りましたがPHSカードがつながらずおまけに部屋にはLANはおろか,電話もなくすっごく久しぶりに,銀の公衆電話からアップします.ほんと旅にはドラマがつきものでして…….


近況報告? 2004/02/12

日乗の投稿も少ないし,最近,仕事しすぎで,詩がお留守になってんじゃないの?といった声が聞こえてきそうな今日この頃ですが実は珍しく,結構,勉強していたりします.どうも最近の現代詩はつまらない.だから詩に物語を取戻すために散文詩に取組もう.というのが,ここのところ私のテーマです.そのためのレッスンとして,大塚英志の『キャラクター小説の作り方』を勉強しています.これはモノ書きたらんとする人にはお奨めですよ.別にキャラクター小説を書こうとする人だけではなくそれどころか,詩やエッセィ等々,小説以外のものを書こうとしている人にも.あとは超短編(microstories)について調べたりしています.このカテゴリーは面白い.なんだか可能性を感じるのです.


『キャラクター小説の作り方』はお薦め 2004/02/13

『キャラクター小説の作り方』を読み終えました.これは,ほんと,お薦めです.小説を書こうという人には,具体的な書き方やトレーニング法のレッスンが役に立ちそう.書くけど,そんなレッスンいらねぇや,というかたや書くわけじゃないけど文学に関心あり,のかたでも少なくとも以下の部分は,興味深くお読み頂けるはずです.

 第5講 キャラクターは「壊れ易い人間」であり得るか
 第11講 君たちは「戦争」をどう書くべきなのか
 最終講 近代文学とはキャラクター小説であった

タイトルや平易な語り口にだまされちゃいけません.実は,かなり,熱く,深い本です.


『アイ・アム・サム』を見ました 2004/02/16

遅ればせながら2001年のアメリカ映画,『アイ・アム・サム』を見ました.ショーン・ペンもミシェル・ファイファーも子役のダコタ・ファニングも実に芝居達者.脚本も演出も悪くない.でも,私には何かが物足りなかった.なんだろう.どうも,よく判らないのですが,激しく感じ入ることもなかったししんみり,じんわり伝わってくるものも感じられなかったのです.う~む.わからん.とにかく★★★☆☆です.


クラッシュ&リバース 2004/02/20

去年の9月のこと,創作ノートから以下を公開致しました.ご記憶でしょうか?

 誰もが知っているはずのことだが、この道は何処にも行き着かない。勝利や栄光、ましてや富などといった虚妄に憑かれ、迷いこんできた者たちには生憎なことだが、ここは純粋に不毛な場所なのだ。
 そのことを知り尽くした者だけが、誰よりも深くアクセルを踏み込むことが出来る。誰よりも微妙に、そして大胆にブレーキを扱い、誰よりも素早くクラッチを繋ぐ。ハンドルを切る。誰よりも鋭く。
 だが観客が熱狂するのも、実はその速さではない。虚無に酔うのだ。青い炭素繊維に包まれた虚無が、どこにも行き着かない道を疾走してゆく。その音、匂い、触れることの出来ない手触り。虚無のあらゆる属性に官能を覚えるのだ。
 どれほど激しいクラッシュも、死でさえも、はじめから失われているものを奪うことは出来ない。だからレーサーたちは不安に襲われることも、孤独に苛まれることもなく、走り続けられるのだ。

こいつを徹底的に書き直してみようと思いまして参考のため,太田哲也さんの「クラッシュ」「リバース」を読みました.レース中の事故で瀕死の重傷を負いながら,苦闘の末3年後に再びフェラーリでサーキットを走るまでの復活の記録です.2冊合せて原稿用紙千枚ほどでしょうか,一気に読んでしまいました.内容もさることながら,一気に読ませるだけの「力」のある文章です.レースに興味のない方にも是非お奨めです.

この文章に拮抗し得る「力」を,自分の詩にも持たせたいと思います.


課題意識 2004/02/24

以前,大岡信がこんなことを書いていました.

プロの詩人かアマチュアかは金を稼いでいるかどうかの違いではなく詩の歴史と現状を踏まえて,詩にとっての課題を考えそれを意識しながら実作しているかどうかだ.

実は全くウロ覚えで,大岡の言葉だったかどうかさえ定かではないのですが…….

そんなことを思い出したのは,『現代詩手帖』の2月号で吉本隆明の「詩学叙説」・「詩学叙説・続」を読んだからです.明治時代に西洋の詩と出合った日本人が,いかに,その成果を導入しようとしたかいかに,その成果を踏まえて日本の詩を改革しようとしたか吉本は,彼らの課題意識と,その取組み,ならびに帰結とを明瞭に語っています.

そういう意味でも,私は素人だなぁ,とつくづく思います.(もちろん稼いでいないという意味でも)しかし,いま取組んでいること,詩に物語を取り戻すというのはこうした課題意識の萌芽なのかもしれません.


現代詩新潮流 2004/02/26

『現代詩手帖』2月号の特集は「現代詩新潮流」.詩集未刊行の人も含め,若手詩人の作品を多数掲載しています.「生の間近さの中で」と題した対談記事も,最近の若い詩人を知る上では非常に便利です.かつ,彼らが,どのような課題に立ち向かっているのか(立ち向かうべきか)といった課題意識についても明らかにしており奥が深いです.その上,吉本の「詩学叙説」正・続が読めるのですから,2月号は,かなりお得かも.

次号の発売が2日後(かな? 結構,遅れるんですよねぇ)に迫っていますので買う気のかたは急いだ方が良いかも.もちろんバックナンバ取寄せもできますが


サナギを育てる 2004/03/04

レーサーの話.徹底的に書き直そうと考えています.今は未だサナギを育てているところ.どんな虫がはいだすやら,お楽しみに.

ところでサナギといえば映画『コクーン』(=サナギ)を見ました.85年のアメリカ映画.いわゆるSFです.老人と宇宙人という取り合わせが新鮮.なかなか情感にあふれていてよかったです.★★★★☆です.


創作ノートから 2004/03/10

ふと思いついた詩句や,書きかけの作品に関する覚書などをノートに書いています.ここのところ,ノートのご紹介を怠っていましたので,まとめてご覧頂こうと思います.

黒いかばんの中に咲く幼女の顔。

ふと,そんな光景が目に浮かびました.今のところ,その先に発展してゆく気配なし.
男はコートのポケットの中でこぶしを握り小さくガッツポーズを作った。立て続けに五回。よし、よし、と胸のうちで歓声を上げながら。そして暗がりに立ち止まり夜空を見上げた。星の多い夜だった。手のひらには爪の形に血がにじんでいた。

こちらも思いつきですが,ちょっと動いています.乞うご期待.
速さの感覚は墜落の感覚と結びついている。誰よりも速く走るとは誰よりも激しく墜落するということだ。どこにも行き着かない道を疾走することは底なしの急激な墜落なのだ。速さが官能的なのは墜落が官能的だからだ。墜落を予感するときのあの足のすくみ。そこには幾ばくかの快楽がはらまれている。その官能性をタナトスと名づけるのは簡単なことだ。だが、それでは何も語ったことにはならない。

いま取組んでいるレーサーの詩に関する覚書き.速さの感覚,あの陶酔感の原点は墜落にあるという発見が,この詩の重要なモチーフになっています.


よしもと初体験 2004/03/11 13:16

先日,生まれて初めて「よしもと」を見にいきました.といっても,本場大阪ではなく,新宿ルミネです.出演者は

サカイスト,ラフコントロール,シャンプーハット,インパルス,品川庄司,陣内智則,Bコース,井上マー

それから若手と思わしき芸人による新喜劇(長編コント?)がありました.

なんと言っても面白かったのはインパルスと陣内智則.妙に素人っぽい井上マーも良かったです.というのも彼らの芸には批評精神が感じられたからです.インパルスのコントは圧倒的な軍事力を身勝手にふるう米国への批判が顕著でした.井上マーの漫談(?)はディズニーランドに代表される米国文化のウソ臭ささを鋭く突いていました.新喜劇も同じくディズニーランドに突っ込みをいれていたのが興味深い.これは偶然だったのでしょうか? それとも意図的?いずれにせよ,若者たちの間には「ディズニーランド」と米国への疑問,反発が広がっているように思われました.

陣内智則の一人コントも秀逸でした.自分で吹き込んだであろうテープの音声を相手の一人芝居.個々人の精神がタコ壺化しディスコミュニケーションが蔓延している状況を描くには非常に有効な方法論だと感じられました.

残念だったのは,これら3組以外の出しものには知的障害者に代表される弱者を揶揄するようなネタが少なくなかったこと.そして,そんな公開イジメまがいの芸が依然としてウケていたことです.大人なんだから,あそこでブーイングを入れれば良かった,と反省しています.


ホワイトデーはライブで 2004/03/15

うちの近くにアドリブという小さなライブハウス(?)があります.引越してきたときから知ってはいたのですがいつでも行けると思うと,ついつい足を運ばずじまいでした.そのアドリブがライブをやめてレストランになってしまう,と聞き,昨日,行ってきました.元ふきのとうの山木康世さんのソロ(弾語り)をメインに山木さん率いるトリオ「三日坊主」も登場しアットホームながら,にぎやかな,楽しいライブでした.若い頃,ふきのとうを聞いていたという妻にはよいホワイトデープレゼントに,なったかな.


007危機一髪 2004/03/16

久しぶりに007を見ました.ドクター・ノーに続く第2作『ロシアより愛をこめて』です.やっぱり良いですねぇ.何が良いって,ショーン・コネリーが「男」っぽくてかっこいい.その他の英国スパイたちも,ライバルの悪役さえもが実に「男」らしい「男」っぷり.

で,思ったのが,これが007の本質だとしたら興行的には苦しくなってきてんじゃないかなぁ,ということ.上野千鶴子他の対談本で『男流文学論』というのがありますがその表現をお借りすれば,007はまさに「男流」映画だと思うのです.そして,「ふるきよき時代」の「男流」映画が,女たちにはモチロンのこと男たちにもアピールしない時代になってしまっているように思われるのです.これでは007の存続は危ういのでは?それとも既に違う路線を走り始めているのでしょうか?(最近の007はちっとも見ていないのですよねぇ)

試しにキネマ旬報のデータベースで『ロシアより愛をこめて』を検索してみたらありゃりゃ,ヒットしない.あれって思って,あれこれ調べてみると初めて日本で公開されたときは『007危機一発』というタイトルだったのですね.なんちゅう芸のないタイトル,しかも誤字だし(本当は危機一髪ですよね).


創作ノートから / 「同盟」 2004/03/18

     同盟

 寒い夜のことだ。

 男はコートのポケットの中でこぶしを握りガッツポーズを作った。小さく、しかし強く。自分だけの、ささやかな勝利を確認しているかのようだった。手のひらに四つの爪跡ができた。うっすらと血がにじんでいた。

 見上げると薄赤い三日月が冷えきった夜空に浮かんでいる。五つ目の爪跡のように。

 男は満足げに歩き出した.ひと気のない夜道を.


どうにかここまでは来ましたがこのようなアプローチを続けてもこの先には行けそうにありません.ちょっと違う切り口,違う次元に持ち込んでみたいと思っています.


夢の西瓜,西瓜の夢 2004/03/23

久しぶりに夢を見ました.なかなか奇妙な夢です.

私はどこかのシンポジウムか学会で発表を聞いている.発表の内容は夢の西瓜を開発したというものだ.発表者によると,西瓜に含まれている芳香成分は収穫後,急速に分解して別の物質に変化する.しかも,この分解物が生臭く,西瓜の鮮度低下の原因となっている.発表者は,この芳香成分に似た別の物質に目をつけた.それは,比較的分解速度が遅く,しかも分解物にも同様の芳香がある.長期にわたる遺伝子組み替え実験の結果発表者は遂にこの新しい成分を持つ西瓜の開発に成功した.夢の西瓜.しかし,その果肉は赤くない.うっすらと黄味がかった白.発表者はクリーム西瓜かバニラ西瓜と名づけるつもりだそうだが私には,どうにも,おいしそうには見えなかった.


創作ノートから 2004/03/25

最近の創作ノートから.

もしも私たちが、もっと正確に自由の意味を理解していたら。

イラク,パレスチナ,スペイン,台湾,日本,アメリカ…….ニュース映像を見ていたら,ふと,そんなことを思いました.ただの詠嘆に過ぎませんが,ここから詩を立ち上げてゆくことができたら,と思います.
夜空に爪跡を残しただけの(微かに血の滲んだ)俺たちのささやかな勝利

「月」は暗喩の中にその姿を消し「勝利」はひどく空虚なものに変質してしまいました.私はここからどこへ進んでいったらよいのだろう.


いよいよ始まる! 2004/03/30

何が?って,JGTC,全日本GT選手権です.春はモータースポーツの各カテゴリーが開幕する季節.日本では21日にスーパー耐久,27日にはF3.先週末にはフォーミュラ日本が始まりました.そして,いよいよ今週末,JGTCが始まるのです.

今シーズンの見どころを私なりに挙げると先ずは,GTRに替わってGT500に参戦するZ.次いで,そのZを駆る本山哲が連覇を実現できるか.そいでもってターボで強化されたNSXの加速力と4.5リッタにサイズダウンしたスープラのコーナリング.初参戦のフェラーリ・マラネロも目が離せません.


創作ノート 2004/03/31

雨の音を聞きながら湯舟につかっていると,自分がこんなにも空っぽだったことに改めて気づかされる。空っぽな自分に水が流れ込んでくる。満ちてくる。なんの抵抗もなく。

どうも詠嘆調だなぁ.どうしたんだろう.最近,溜息をつくことが多い気がする.やれやれ.ふー.あれ,まただ

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2008.08.15

矮猫亭・2003年10~12月

古い日記の再掲載。今回は2003年10~12月、5年前の秋だ。5年というのはなんとも微妙な歳月で、ついこの間のことのようにも思えるし(もう5年もたったのか!)、ずいぶん昔のことのようにも思える(まだ5年しか経ってないのか!)。これが10年、20年となると大違い――と思ったが、やはり、ついこの間のようにも、ずいぶん昔のように思われる。この歳になると5年も10年も大差ないということか……。


新作です(散文詩「冬納め」) 2003/10/06

久しぶりの新作です。散文詩なので敢えて行分けしませんでした。お好みの画面幅でご覧下さい。

   冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録

 冬納めの儀式は古来より西院にて執り行うものとされている。その間、本尊は伏せられ、黒いラシャ布が被せられる。これを本尊隠しと称する。永年、雪守家の末子の役目とされてきたが、鴉葬以来、毎年、隠し役を選ぶことが村主の最も重要な仕事となった。隠し役の要件は年によって異なる。十八年前には碧陰核をと泉告げが下り、村主は自分の娘に植碧するほか術がなかった。
 本尊が隠されると納女が招き入れられる。泉のほとりの荒小屋に棲む老女。齢い二百を超えると噂される。平素は疎んじられ声をかける者さえいないが、泉告げを聞くのも冬を納めるのも、この女にしかできない。著しい水勢のために真冬も凍らぬ泉。女は小さな杯に泉水を汲み、ひとしずくもこぼさぬよう、まる一日かけて、ゆっくりと山道を下ってきたのだ。物音もたてずに御堂に入る。闇戸が閉ざされる。この鉄の扉は儀式が終わるまで決して開かれることはない。
 隠し役と納女だけが残された御堂の中でどのような儀式が行われるのか。村には一人として知る者はいない。儀式が終わり闇戸が開かれると、女は口を閉ざしたまま山道を戻ってゆく。本尊は元の位置に、隠し役はラシャ布に包まれて目覚めることのない眠りを眠る。死んだわけではない。中には眠ったまま三十年、生き続けた者もあったと聞く。あとはただ空の杯が残されるだけだ。
 長い沈黙の後、ようやく扉が開かれ納女が現れた。この冬は納められんかった。村人はみな初めて女の声を聞いた。突然西の空が明るみ、火箭が闇空を渡る。錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ、見えない獣たちが満ちてゆく。冬眠は解かれた。いや禁じられたのだ。噴出の姿のままに泉は凍り、火箭に裂かれた風が鋭く氷面を渡る。村主の目に殺意が顕れる。速やかに伝播し納女を取り囲む。


カートに乗ってきた 2003/10/07

一昨日の日曜、久しぶりに秩父に行ってきました。今回のお目当てはハイキングではなくカートです。「スポーツの森」というレジャー施設にレンタルコースがあると聞き息子と2人、スポーツカートに初挑戦しました。

1周500メートルほどのコースはカーブが多く、なかなかトリッキー。上手い人は1周30秒くらいで走れるそうです。カートは無限のPK50、駆動系はスクータのものを流用しているのでオートマです。最高速は60kmだそうですが、あのコースは直線が短く、そこまでは出せなさそう。それでも地面スレスレを疾走する迫力、爽快感は格別です。やみつきになりそう。


奥武蔵ハイキング 2003/10/15

3連休はいかがでしたか?私は土曜日に家族でハイキングに出かけました。巾着田で有名な高麗駅(西武秩父線)から歩き始め日和田山・高指山・物見山と、300~400m程度の低山を巡り昼食後は北向地蔵と五条の滝を見物して武蔵横手の駅に。全行程約10kmを4時間ほどかけてゆっくり歩きました。

初心者向けの歩きやすいコースで少々物足りないきらいもありますが家族でのんびり話しながら歩くにはお勧めです。


新しい部屋 2003/10/29

既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんがメニューに「矮猫亭出版局」へのリンクを加えました.先日終刊した「矮猫亭雑誌」(バックナンバー)などわたくしの作品を公開しておりますので,是非,ご覧下さい.


全身小説家! 2003/10/30

先日,映画「全身小説家」を見ました.ガンで亡くなった小説家井上光晴の日常を追ったドキュメントです.10年ほど前,公開されたときに見損ねてしまい,それから,ずっと気になっていたのですがケーブルテレビで放映されると知り,ビデオに録画して見ました.

前半,なるほど,小説家とはこういうものか,ふむふむと見ていたのですが後半,う~む,と唸っちゃいましたね.こりゃぁ,ただの小説家じゃない.正に全身小説家だ.彼は生身の人生をではなく小説を生きている.

いやぁ,参りました.かなりお薦めです(★★★★☆).


?つながり 2003/11/04

三連休はいかがでしたか?私は風呂のカビ取りをした他は,のんびり映画を観てすごしました.何を観たかと言うと,ジョン・ウェインの西部劇「アラモ」と地下鉄サリン事件から1年後のオウム真理教(アレフ)を追ったドキュメント「A」

「アラモ」はよかったなぁ.★★★★☆です,それも限りなく5つ星に近い.アラモ砦の事件を美化するものと見る向きもあるでしょうが,私にはそう見えなかった.もっと深く魂に迫るものを感じました.

「A」は,正直言って,途中で飽きました.記録としての価値は認めますが,映画としてはどうでしょう.ぎりぎり★★★☆☆というのが私の主観的評価です.

ところで両者には共通点があります.なにかというと「A」つながり.それから,共に絶望的な状況下で奮闘する者たちが描かれている.そして最後にCATVで観た.ほんと,我が家はCATVさまさまなのです.


宮沢賢治覚書 2003/11/06

久しぶりに読書ノートから.草野心平の『宮沢賢治覚書』を読みました.講談社文芸文庫の「現代日本のエッセイ」シリーズとして刊行されたものです.草野心平が宮沢賢治について書いたエッセー13作品が収録されています.賢治の人となりと作品の特質が,草野らしい熱く太い筆致で書かれています.草野の賢治発見は実は自分自身の発見だったとする粟津則雄の解説も良いです.難を言えば,同じ文章・フレーズがあちこちで何度も使われています.人によっては飽きちゃうかもしれません.


創作ノートから 2003/11/11

久しぶりに創作ノートから.今回も散文詩に仕上げるつもりです.まだまだ手がかかりそうではありますが.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられない。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れる。私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりにコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。頭の上に軽やかな足音が降ってくる。いつまでも、いつまでも。


創作ノートから 2003/11/13

昨日ご紹介したストーカー(?)の話をちょっと推敲してみました.判りやすいように,削ったところは取消し線を入れ,加えたところは太字にしてあります.題は未だ決めていません.「歩きの時間」なんてどうかなぁ.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。頭の上に軽やかな足音が降ってくる。いつまでも、いつまでも。モーターや鉄輪、鉄路のくぐもった響き。その隙間から軽やかな足音が降ってくる。

降りやまない足音につつまれて、私の歩きの時間もいつまでも続く。


創作ノートから「歩きの時間」(仮題) 2003/11/14

引続き校正中です.舌足らずの感が強かった終わり方に手を入れました.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁。女が向かっていたのも西だ。モーターや鉄輪、鉄路のくぐもった響き。そのモーターの唸り。鉄輪がレールの継ぎ目を踏む音。くぐもった響きの隙間から軽やかな足音が降ってくる。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だ降りやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、女の足音がついて来る。その速さにつつまれて、私の歩きの時間もいつまでも終わろうとしない。


さらばGTR,さらば元祖ドリキン 2003/11/18

先週末は暑いほど陽気の良い日曜日でしたが私は息子と二人でテレビにかじりついていました.というのも,全日本GT選手権(JGTC)の最終戦があったからです.結果は青い稲妻カルソニックスカイライン(トレルイエ/井出)の圧勝.更に3位,4位もGTR勢が占める活躍ぶりでした.注目のGT500クラス,シリーズチャンピオンはザナヴィGTR(本山/クルム)が遂にエッソスープラ(脇阪/飯田)を逆転.わずか3ポイント差ながら栄冠を手中におさめました.本山はフォーミュラニッポンでもシリーズ優勝しており,日本一速い男を実証しました.

ところでニッサンはGTRのJGTCへの参加休止を表明しています.ファンとしては寂しい.もったいない.更なる進化を遂げて帰ってくるのを待つばかりです.

で,来期はフェアレディZがGT500に登場するらしい.そのZ(ハセミ,木下/柳田)はGT300クラス2位.こちらも見事シリーズチャンピオンの座に着きました.

有終の美を飾ったのはGTRだけではありません.今期を最後に引退を表明していた元祖ドリフトキング土屋圭市もすばらしい走りでした.

余韻さめやらぬ夜.テレビで放映された映画「頭文字(イニシャル)D/サードステージ」を見ました.我ながら大人気ないとは思いますが,クルマ三昧で大興奮の一日でした.


映画3本鑑賞雑感 2003/11/27

今月2度目の3連休は息子が風邪気味だったこともあって,家でのんびり過ごしました。そんな時は,そう,例によってCATVで映画三昧です。

ガンヒルの決斗 (1959/米)

カーク・ダグラスがむちゃくちゃカッコイイ.それだけの映画と言えなくもないですが,仇役(A・クイン)の最後の一言がズシリと重い.なにしろ邦題が原題「Last Train from Gun Hill」の意を表現できていないのが残念.決闘シーンも素晴らしいけど,本当は,その後のガンヒルを列車で去る場面こそ見ものです.ちょっと辛目の★★★☆☆です.

家族ゲーム (1983/日)
ご存知,森田監督の若き日の傑作.もう何度も見ましたが,何度見ても,良いものは良い.文句なしの★★★★☆.お薦めの一本.

老人と海 (1958/米)
これも何度見ても飽きない一作.「ガンヒル...」と同じジョン・スタージェス監督の作品ですが,断然,上です.もちろんヘミングウェーの原作が素晴らしいこともありますがその映像化を支えたのは,なんと言ってもスペンサー・トレイシーの一人芝居.これも文句なしの★★★★☆です.


創作ノートから「歩きの時間」(仮題) 2003/11/28

また,いじってみました.最後の部分を少しだけ.でも,かえって,悪くなったような気も.う~む.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁。女が向かっていたのも西だ。モーターの唸り。鉄輪がレールの継ぎ目を踏む音。くぐもった響きの隙間から軽やかな足音が降ってくる。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、女の足音がついて来る。その速さにつつまれて、私の歩きの時間もいつまでも終わろうとしない続く。私が死んだ後も終わることはないだろう。


浅草寺の母子地蔵 2003/12/01

義父母の金婚式のお祝いに浅草寺参りにいってきました.仲見世を冷やかして,さてお参りの前にトイレにと右手に切れたところに冷雨にぬれた未だ新しい母子像がひっそりとたっていました.石碑には敗戦後の混乱期に命を落とした親子の鎮魂のために建立したと書かれていました.母子地蔵,始めて見た,その像に手を合わせるとビートルズの「Let It Be」が思い浮かびました.はなればなれになった人々にも再会のチャンスはある――そんな歌詞です.極楽や浄土,天国といったものがあるのかどうか,私には判りませんが,もしあるのならば戦火の中,生き別れ,あるいは死に別れた親子が,そこで再び出会うことができるよう私は祈らずにいられませんでした.親子が一緒にいられる,このあたりまえの幸せのありがたみを深く,かみしめてみる必要がある,そう思わずにはいられなかったのです.

浅草寺にお参りの節は,どうぞ,母子地蔵にも立ち寄ってみて下さい.


創作ノートから 2003/12/02

花束のように届けられた戦争の赤く錆びたリボンをほどく.秒速3000メートルで立ち上がる主題を叩きのめす.おまえに用はない.

いつになく暴力的な詩句が浮かんできました.どうしたものやら,ただただ手をこまねいて眺めているところです.


創作ノートから / 「歩きの時間」改め「追跡」(仮題) 2003/12/03

相変わらず推敲中.今回はかなり大幅に手を入れました.タイトルは「追跡」にしようかと思い始めています.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。私はその速度に魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない追わずにはいられないのだ。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。しかし追跡は三十分も続けばましなほうだ。信号機や踏切が邪魔をする。道を問う老婆。警察の職務質問。デモ隊に鼻先を横切られたこともあった。私はついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。その日も私は彼女を見失った。汗を拭いながら地下鉄に乗りこむ。窓の外は薄暗がりにコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。モーターの唸り。鉄輪鉄の車輪がレールの継ぎ目を踏む音。そのくぐもった響きの隙間から軽やかな聞きなれた足音が降ってくる軽やかに降り始めた。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り下り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、足音はついて来る。その速さにつつまれて、私の歩き追跡の時間もは続く。私が死んだ後も終わることはないだろう。私が追っているのか、足音に追われているのか、分からなくなる。それでも追わずにはいられないのだ。


小林秀雄の「モオツァルト」 2003/12/08

小林秀雄の「モオツァルト」を読んだ(『モオツァルト・無常という事』新潮文庫).恐らく25年ぶりのことだ.あの頃,私はモーツァルトも小林秀雄も好きではなかった.それなのに,なぜ読んだのだろう,まったく覚えていない.改めて読んでみると,この文章が実は私の創作観に大きな影響を与えていたことに気づく.そう言えばモーツァルトの音楽も以前に比べれば少しは好きになってきている.


映画『39・刑法第三十九条』を見て 2003/12/15

森田芳光監督の1999年の作品『39・刑法第三十九条』を見ました.これも公開当時ついつい見損ねてしまい,CATVで録画したものです.森田監督らしい繊細かつ独特な映像感覚・セリフ感覚が素晴らしい.見ているうちに緊張とある種の崩壊感のようなものが高まっていきます.そして黒い画面に白い文字で浮き上がる最後のメッセージ.人は,おのれの罪を直視しなければ,自分自身を失うことになるのですね.私は,若い頃は自己欺瞞に対して非常に敏感だったと思います.今はどうだろう.欺瞞なく自分自身を生きているのだろうか.そんなことを考えさせられました.どうどうの★★★★☆です.


創作ノートから 2003/12/17

ここから先は読むな.物語は終っている.もうページをめくる必要はない

どうも最近,頭に浮かぶ詩句はどうにもこうにも暴力的な匂いがする.何かたまっちゃってるのでしょうか.それとも,何かが変わりつつあるのでしょうか.


き、きられた 2003/12/18

『上野千鶴子が文学を社会学する』を読み始めました.手元にないので正確に引用できませんが

言葉を選ぶことには政治的な立場の選択が避け難く含まれている

ノッケからそんなようなことが示されています.相変わらずズバズバものを言い,相変わらずスッパリと切りまくってます.小気味いいといえばいいのですが,こちらも無縁ではいられません.き,きられた,と感じてしまいます.

それにしても『上野千鶴子が...』とは,なんちゅうタイトル.なんだか,みもふたもない感じがするのは私だけでしょうか.


日本85歳,シエラ・レオネ36歳 2003/12/22

WHOが「世界保健報告2003年版」を発表したそうです.早速,プレスリリースを見ると保健の国際的な格差が喫緊の課題とのこと.日本の女性の平均余命85歳に対してシエラ・レオネはなんと36歳なのだそうです.確かに,これでいいとは思えませんね.東京の街にはジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」が流れ不況もなんのその,子供も大人も,老いも若きも浮かれきった様子.でも,私たちは,あの甘美なメロディに酔ってしまっていいのだろうか.ジョンは,ただ,豊かな社会に生きる者を酔わせるために歌ったのだろうか.がらにもなく,そんな想いを抱かせられてしまいました.


2003年を振返る(映画篇) 2003/12/24

さて今年もいよいよ余すところ1週間ほどとなりました.そこで例によって,この1年を振返ってみたいと思います.まずは映画.今年はなんと32本も見てしまいました.もっとも映画館で見たのは1本もなく殆どがCATVで放映された旧作です(ちと情けない).今年見た映画のベスト5は以下の通りです.

山の郵便配達 (1999/中国)
アラモ (1960/米)
荒野の七人 (1960/米)
ピンポン (2002/日)
家族ゲーム (1983/日)

<次点>
全身小説家 (1994/日)
少林サッカー (2001/香港)
シェーン (1953/米)

「山の郵便配達」はとにかく良い.誰にでもお薦めのイチオシです.西部劇が2本ランクインしているのは今年の我が家のブームが反映されたもの.特に「アラモ」はカッコ良く,面白く,且つ感動させられます.

来年も良い映画をたくさん見て,たくさん感激したいものです.

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2008.07.30

矮猫亭・2003年7~9月

古い日記の再掲載、今回は2003年7~9月。振り返ってみると5年前の夏は随分と映画を観ていたことに気付く。ジャンルも西部劇ありSFあり、ヒューマンなものから官能的・耽美的なものまで多彩だ。それに比べて今年の夏は……。いよいよ夏休みも近づいてきた。そろそろ巻き返しにかかるとするか。


眼鏡が壊れちゃいました 2003/07/02

先週の木曜日のことです。レンズを拭いていたらフレームがブリッジのところで真っ二つに折れてしまいました。土曜日に眼鏡屋にいって新調したのですが、レンズ加工に1週間かかると言うので今は以前使っていた眼鏡で急場をしのいでいます。当時は未だひどくなかったので、この眼鏡は乱視の矯正がしてありません(乱視は、歳を取るにつれて脳が調整できなくなって、度が進むんだそうです)。お蔭で視界がボヤけて、目が疲れること、疲れること。気分的にもイライラがつのります。こんな、些細なことにさえ人の気持ちは左右されるものなのですね。

で、初めて眼鏡を掛けたときのことを思い出しました。中学生の頃です。当時はアレコレ悩みが多くて、すっかり落ち込んでいました。学校の視力検査で要矯正と言われて、眼鏡を作ってもらったのですが突然、視界がクリアになって、見るもの全て新鮮に思えました。今から思うと大げさな話ですが、あぁ、生きてて良かったなぁ、って思ったのです。

そんな些細なことにも感動できた自分がいたのですね。さぁ、今週末、新しい眼鏡を掛けたら少しは感動できるかな?少しは新しい自分になれるでしょうか?


かくかくしい 2003/07/07

また変な夢を見ました。私は江戸時代(と思わしき)ある村での訴訟の陪席している。村役人(と思わしき)男が判決を述べる。ちょっと意外な裁きに村人たちの席がどよめく。その様子を察した男が言う。乙の考えは各々しく、和を尊ぶこの村にはそぐわない。各々しい、とは、人は人、自分は自分、といった態度のことらしい。それにしても私の脳は、一体、なんで、こんな夢を見させるのだろう。不思議としか言いようがない。う~む。


無言電話 2003/07/11

久しぶりに無言電話である。夜中、子供が眠ってから、妻と二人で出かけたところ、ケイタイに電話がかかってきた。てっきり、目を覚ました息子がかけてきたと思ったが、いくら声をかけても何も言わない。ちょっとからかってやろう。

鈴木、鈴木だろう。今、どこにいるんだ。奥さんも心配してるぞ、早く帰って来いよ。

電話は何も言わないまま切れた。何故か、相手が本当に鈴木だったような気がしてくる。行方不明の鈴木などと言う男は知り合いには一人もいないのだが。

もっともこれは今朝の夢の話。ここのところ、おかしな夢を良く見る。なぜだろう。


自動車レース初観戦 2003/07/16

生まれて初めて自動車レースを見に行きました。先週の日曜、義理の兄と息子と3人で富士スピードウェイに行ったのです。全日本GTカー選手権、第4戦。あいにくの雨と霧で、スタートは遅れ、周回数は減らされズブ濡れになりながら、寒さに震えながらの観戦でしたが他には例えようもない最上級の興奮を覚えました。耳を聾するエンジン音、猛烈なスピード。そしてGTRとスープラとの熾烈な競合い。病みつきになりそうです。

レースの結果は、子供の頃から好きだったGTRが1-2フィニッシュ。大人気なくも大はしゃぎしてしまいました。スープラファンの息子には気の毒なことでしたが。


奥の細道 2003/07/20

芭蕉の『奥の細道』を読みました。随分、久しぶりのことです。この前、通しで読んだのは多分25年前。未だ高校生でした。

今回は岩波文庫で読みました。岩波文庫版は付録が充実していてお勧めです。芭蕉に同行した曾良の旅日記がついています。代表的な注釈書である菅菰抄もついています。先ずは一通り本文を通して読み次は「曾良旅日記」を付け合わせながら読み次は「奥細道菅菰抄」を参照しながらと、1冊で3回は楽しめます


卓球してぇなぁ 2003/07/22

3連休は如何でしたか? ゆっくりできたでしょうか。私は日曜日にビデオを買い、昨日は久しぶりにレンタルビデオで映画を見ました。今月の初め頃、ビデオが壊れてしまい、それ以来、映画とは縁遠い暮らしでしたがもう我慢できん、と意を決して池袋のビックカメラに。驚いたなぁ、今時はビデオなんて1万円ちょっとで買えてしまうのですね!で、昨日見た映画は、と言うと去年大ヒットした『ピンポン』。よかったなぁ。青春ですね。★★★★☆です。見終わったら無性に体を動かしたくなって息子と一緒に公園でバドミントンをしました。本当は卓球がしたかったのだけど――実は中学時代は卓球部――近所に卓球できるところがないんですよねぇ。あぁ、卓球してぇなぁ。


夢は枯れ野に(その0) 2003/07/23

旅について考えてみようと思っています。じっくりと時間をかけて。芭蕉の力を借りて、つまりは『おくのほそ道』を読み解いてゆく。もっとも、旅らしい旅をしたことのない私に何が解るというのか。自分で並び立てた問いの海に溺れてしまうのが関の山かも。そんな不安もありますが、先ずは溺れてみよう、と思うのです。海のことは溺れてみなければ判らないだろうし藁をもつかまんと延ばした手が蕉翁の足先に触れないとも限らない。

旅をめぐる旅の記録を不定期ながら連載してゆきます。「夢は枯れ野に」と題して。いつまで、どこまで続くか判りませんが、おつきあい願います。

旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る 芭蕉


映画三昧 2003/07/29

週末は2日間に3本の映画を見ました。全部ビデオとテレビではありますが私にしてみれば映画三昧と言っても過言ではないです。

先ずは土曜の夜、ケーブルテレビで「ザ・セル」。不気味、悪趣味、と妻にはさんざん酷評されましたが、私はそんなに悪くないと思いました。欲を言えば、もっと幻想的に、もっとどぎつく暴走しちゃっても良かったのではないかと。ちょっと甘めの★★★★☆です。

このまま寝たら変な夢見そう、と妻が言うので以前録画した「ビッグウェンズデー」を口直しに。なんと言っても海、特にサーフィンのシーンがきれい。でも、それだけの映画、と言ったら言いすぎかな。ちょっと辛めの★★★☆☆です。

最後はツタヤで借りた「黄色いリボン」。日曜の夜、息子も一緒に3人で見ました。ジョン・ウェインの演じる老兵がかっこいい。(こんな上司がいたらよいのですが......)でも子どもの頃に見たときほど感動できませんでした。それはもしかするとイラク戦争があったからかも。やつらは未だに騎兵隊のつもりなんじゃないかってふと思ってしまったのですよねぇ。これも辛めの★★★☆☆です。

映画を見終わった途端に息子の姿が消えました。自分の部屋から戻ると、父ちゃん、久しぶりにやるか。何かと思ったら軍人将棋。映画を見ながら、しこたまビールを呑んでいた私は早々に大将を失い完敗でした。


夢は枯れ野に(1) 2003/07/30

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。

 時は過ぎゆくもの。去ってゆくもの。取り残される者の痛みは誰もが知っているはずのことだが、皆、知らぬ振りを決め込み平然を装って暮らしている。今がいつまでも続くかのように思いなして。だが。
 時のように。過ぎゆくこと、去ってゆくことを生きた者もいる。芭蕉もそうした旅人の一人であった。
 幼くして父を失った芭蕉は親戚の家で育てられた。少年時代、その文才を認められ、後継ぎ息子の俳諧の相手として土地の有力者の家に出仕。だが芭蕉は23歳にして、その主君を失い、栄達の道を閉ざされた。このような生い立ちからすると、芭蕉は、取り残されることの悲しみが身にしみていたはずだ。それなのに、なぜ、過ぎゆく者の側に、去ってゆく者の側に芭蕉は立ったのだろう。
 別の言い方をしてみよう。流転ということ、無常ということを強く思い知らされた者が、それゆえにこそ日常を栖とせず、旅立ってゆくことの不思議さ。
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神の招きにあひて取もの手につかず

 無常ということと旅に棲むということとの間に何があるのか。芭蕉にしたところで何らかの確信を持って漂泊を続けたわけではないのではないか。何かに憑かれたように、未だ見ぬ風景に心を奪われ、旅立たずにはいられない。

 旅という福音。
 あるいは呪縛。

草の戸も住替る代ぞひなの家

 『笈の小文』の旅から僅か半年。まだ住み慣れ始めたばかりの草庵を芭蕉は去った。譲り受けたのは雛人形を商う者だったという。話が決まると間もなく人形が運び込まれ、芭蕉庵は倉庫となった。
 薄暗く狭い部屋に隙間なく並べられた人形たち。異様な風景だ。早く立ち去れ。二度と戻ってくるな。ここはもうお前の居場所ではない。芭蕉は無言の圧力のようなものを感じていたのではないか。

 旅への畏れ、躊躇。
 そして残される者への想い。

 芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出発するまでには更に1ヶ月の時を要した。病気のためとも、天候のためとも言われる。老いの目立つ芭蕉の身を案じた門人たちは、せめて北国に遅い春の訪れるまではと旅立ちを引き止めたであろう。だが。
 それを振り払ってでも旅立つというほどには芭蕉の決意も熟していなかったのではないか。そして、いよいよ覚悟の固まったのが、あの有名な瞬間であったとしたら。

古池や蛙とびこむ水の音

 無常ということ。
 ささやかな命の、その
 はかなさを告げるような水音。
 余韻をにじませた静けさ。

 門人杉風の別荘に仮寓を求めてから1ヶ月。ようやく芭蕉に旅立ちの時が訪れた。元禄2年(1689)、芭蕉45歳の初夏のことである。

出典:「古池や」の句は『春の日』より。注釈本『奥細道菅菰抄』に杉風の別墅(別荘)を指して「祖翁蛙飛込の句を製し給ふ地と云」とある。他は全て『おくのほそ道』から。


2度目の富士山 2003/08/07

夏休み中の息子(小6)が富士山に登ってきました。一昨年に続いて2度目の登頂です。前回は生憎の天候で、視界も悪く、寒さに震えながら登ったそうですが今回は天候に恵まれ絶景を堪能することができたようです。満天の星、流れ星、眼下に見下ろす花火、日の出、雲海......。想像もつきませんね。

自転車の鍵につけるキーホルダーを買わなきゃ、と言っていたのを覚えていて方位磁針つきの立派なキーホルダーを土産に買ってきてくれました。泣かせるぜぇ、でも、もったいなくてつけられないよ。

来年こそは私も登りたい。登ろうかな。登るかも。


温泉三昧、映画三本 2003/08/18

お盆休みは如何でしたか?それどころじゃなかった方、大雨で散々だった方には恐縮ですが私は二泊三日の家族旅行で箱根小涌園に行き、温泉三昧を楽しんで来ました。小涌園には水着で入れる広~いスパがあって、家族連れには(カップルにも)お勧めです。ホテルには卓球室もあって、久しぶりにラケットを握ることが出来ました。

旅行から帰ってきてからは、映画を3本(例によってビデオではありますが)。

山の郵便配達(★★★★☆)
荒野の七人(★★★★☆)
はだしのゲン(★★★☆☆)

とりわけ印象深かったのが「山の郵便配達」です。派手な映画ではないですが、しみじみと感じさせられ、考えさせられます。


夏休みも終っちまった 2003/08/18

私もその一人ですが、昨日で夏休みの終った方も多いかと思います。夏休みの最終日、私は息子の宿題の手伝いに明け暮れました。息子の通う小学校では毎年、アイデア貯金箱を作るという宿題が出ます。息子はいつも志が大き過ぎて実現できずに終るパターン。今年も金種の自動選別に挑戦しましたが、結局、オミクジ付き貯金箱でお茶を濁しました。

夜は家族揃って映画「雨あがる」を見ました。しみじみと良い映画でしたが、登場人物に語らせ過ぎだなぁ。コアメッセージは、観客に考えさせる、感じさせる。そんな演出にした方が良かったと思います。てなわけで★★★☆☆です。


創作ノートから 2003/08/21

炭素繊維の青い獣が疾走してゆく
絶え間ない咆哮
どこにも出口のないメビウスの輪の上を
誰よりも深い絶望を負って

あなたが踏むアクセルは誰よりも孤独
あなたが踏むブレーキは誰よりも絶望している


富士スピードウェイでレースを見たときの印象から言葉が生まれつつあります。果たして作品になるものやら、ただのスケッチで終るのか。まだまだ判りません。


いやな夢 2003/08/25

いやな夢を見た。内容は少しも覚えていないがその気分だけは鮮明に覚えている。せつなく、やるせない気分。内容を覚えていないせいか現実の気分と夢の気分の区別がつかない。わけもわからずただただ、せつなく、やるせなく。


新作です(散文詩「迷途」) 2003/08/29

5月に創作ノートをご覧頂きました間違っちゃう男の詩がようやく完成しました。散文詩なので改行なしで入力しています。読みやすいウィンドウ幅にしてご覧下さい。ご感想お聞かせ頂けると嬉しいです。

   迷途

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。そんなとき男は必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、それはそれで、そもそも間違った道を選んでしまっていた。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。これもまた別の誤りの始まりであった。いつもの間違いが加速を重ね、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろう。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにブレーキを踏もうとした。だが、その判断が本当に正しいのか、ひどく疑わしく思われた。男は躊躇した。迷った。仔猫の姿が消えた。仔猫の身体は軽過ぎて、微かな衝撃さえ残さない。ミラーの中で二、三度大きく跳ね、それきり動かなくなった。車道を渡り終えていた母猫が仔猫のもとに戻ってきた。しばらく我が子の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。

男は車を止め、ハンドルに顔を伏せた。通りすぎる子どもたちの冷たい視線。何台かの車が反対車線を抜き去って行った。あれから何時間たったのだろう。フロントガラスの向こうから赤い光が差し込んできた。ふと顔を上げると、いつまでもまっすぐな道の果てに太陽が低くぶら下がっている。男はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。どこまでも西へ。日の沈む場所へ。そこが出口でなくても構わない。

そのころ子どもたちは、母親に耳を引っ張られたり、背中を叩かれたりしながら、布団にしがみついていた。朝が来るのはいつも早すぎる。死んだ仔猫の夢が未だ頭の中でざらついていた。


田んぼと芝生 2003/09/02

電車の車窓から見ると、つまりはちょっと離れてみると、田んぼは芝生に似ている。そうか、だから私は庭に芝を植えたのか。手入れが大変ということは知っていました。それでも芝をと思ったのは子供の頃に慣れ親しんだ風景を取り戻したかったからなのですね。そのことに気づいたのは、仕事で筑波に向かっていたときのこと。少し離れところから見てみないと判らないことって、やっぱりあるもんだな。

今年は冷夏のせいで芝生の生育が悪い。芝刈りが少なくて済むのは助かりますが、やっぱり夏は青々とした芝が見たいものです。


創作ノートから 2003/09/06

レースの詩はここまできました。大分、目鼻がしっかりしてきたという感じ。

 誰もが知っているはずのことだが、この道は何処にも行き着かない。勝利や栄光、ましてや富などといった虚妄に憑かれ、迷いこんできた者たちには生憎なことだが、ここは純粋に不毛な場所なのだ。
 そのことを知り尽くした者だけが、誰よりも深くアクセルを踏み込むことが出来る。誰よりも微妙に、そして大胆にブレーキを扱い、誰よりも素早くクラッチを繋ぐ。ハンドルを切る。誰よりも鋭く。
 だが観客が熱狂するのも、実はその速さではない。虚無に酔うのだ。青い炭素繊維に包まれた虚無が、どこにも行き着かない道を疾走してゆく。その音、匂い、触れることの出来ない手触り。虚無のあらゆる属性に官能を覚えるのだ。
 どれほど激しいクラッシュも、死でさえも、はじめから失われているものを奪うことは出来ない。だからレーサーたちは不安に襲われることも、孤独に苛まれることもなく、走り続けられるのだ。


創作ノートから 2003/09/10

もしも私に愛が
ゆるされるなら
それは五月

もしも私の愛が
ゆるされるなら
それは五月

せせらぎの季節
木もれ日の季節
薔薇の花の風の季節
裏切りの季節


「もしも私に愛が......」という詩句は別の作品でも使ったのですがそちらの出来が余り思わしくなかったのでリユースできないかと考えています。でも未だ言葉あそびのレベルで詩になる気配、手ごたえは感じられません。


食玩フィギュア「王立科学博物館」 2003/09/18

神居光紀さんのサイト科学的日常の「本棚プラス」に紹介されていたのを見て試しに1個、買ってみたのが、落とし穴。まずい、コンビニで見つけると、ついつい買ってしまう。フィギュアもリーフも確かによく出来ているし、300円足らずという値段も買いごろ。すっかりハマりつつあります。


創作ノートから 2003/09/19

もしも私に愛が
ゆるされるなら
それは五月

せせらぎの
木もれ日の
薔薇の
花の
微風の
裏切りと


いろいろいじって遊んでみてます。そのうち何か形になってくるんじゃないかと。


八国山 危うし? 2003/09/24

久しぶりに東村山の八国山に行ってきました。「となりのトトロ」の七国山のモデルとなったところです。狭山丘陵の東の端に位置していて、この地域としては、よく自然が残されています。いつものように家族で森を散策。昼食はコンロでラーメンを作って食べました。屋外で食べると、これがうまいんだなぁ。

この八国山で署名運動をしていた人がいました。聞くと、山の一部を切り崩してマンションを建てる計画があるのだそうです。やれやれ、ここもですか。自然保護の対象となっているはずなのに。妻ともども建築反対の署名に名を連ねました。


映画の話 2003/09/25

最近映画の話をしていなかったですね。9月に見た作品を一挙ご紹介してみましょう。

普通の人々(1980/米) ★★★☆☆

レッドフォード初監督作品。とってもシリアスです。ラストに救いが見えるといえば見えなくもないですが気持ち悪いとも言えなくもない。

英雄の条件(2000/米) ★★☆☆☆
嫌いじゃないんですがやっぱり政治的なことが頭をよぎってしまう。

(1964/日) ★★★☆☆
このネットリ感が良くも悪しくもタマラナイ。若尾文子の妖艶と岸田今日子の怪演は見る価値あり。

レッド・バイオリン(1999/加-伊) ★★★★☆
唯一の四つ星。お奨めです。

乙女の祈り(1995/NZ-米) ★★★☆☆
タイトルにだまされてはいけません。かなりドロドロしてます。私には良い感じのドロドロなのですが正直言って途中で飽きてしまいました。

運動会 2003/09/29

土曜日は息子の小学生生活最後の運動会でした。天気が大丈夫かなぁとハラハラしていたのですが晴れましたねぇ。祈りが通じすぎてドーッと暑くなっちゃいました。息子は開会宣言をしたり、運動音痴なわりには徒競走も組体操も無難にこなし随分と逞しくなったように見受けられました。来年はいよいよ中学生。輝くような青春を謳歌して欲しいものです。

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2008.07.23

矮猫亭・2003年4~6月

古い日記の再掲載、今回は2003年4~6月。相変わらず詩と俳句、そして映画の日々が続いている。
5/30の創作ノートにに登場した「男はいつも間違った場所にいた……」はその後、「迷途」という作品に仕上がった。また5/19に登場している「十二月が生まれたのはどこだろう……」も「冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録」につながる源流の一つとなった。今にして思えばそれなりに実りの多い日々だったと思う。

なお、いつものことながらリンク切れについてはリンクを削除しました。ご容赦下さい。


屋形舟 2003/04/02

咲き初むる花を脇目に屋形船

先日、職場の仲間と屋形船に乗りました。私としては生まれて初めてのことでした。両岸の桜をめでながら、隅田川を上り下りおいしい料理と酒、他愛なくも愉快な話を楽しみました。幹事さん、ありがとう、の心を込めた一句です。


新入社員 2003/04/07

春の虹新入社員のシャツ白し

もうかれこれ20年近く前には、自分も新入社員だったのですねぇ。あの頃、何を考え、どう行動していたか、思い出すと恥ずかしくなります。悔いのない仕事人生を、なんてキレイゴトは、私には言えません。振返って悔いることがあっても良いではないですか。まぁ、思い切っていきましょうや、何はともあれ。


すみれも咲きます 2003/04/09

つつましう暮らしてこそや菫草

桜の咲き乱れる季節はついつい視線が上向に気持ちもなんだか浮かれてしまいます。それでは足元に咲く清楚なすみれを見損なう。それどころか踏みつけて台無しにもしかねない。いくさに心奪われている方々にも知っておいて欲しいことです。


葉桜 2003/04/16

葉桜や仰ぎつ過ぐる乳母車

オフィスの窓から見える桜はもうすっかり緑一色です。日も永くなり、日差しもずいぶん強くなってきました。桜の下を通り過ぎた乳母車と若いお母さん。仰ぎ見ていたのは、葉桜でしょうか、青空でしょうか。初夏の兆しを強く感じさせるできごとでした。


久しぶりにリンクを追加しました 2003/04/18

リンク棚に現代詩フォーラムを追加しました。お勧めです。見てみてね。


病中三句 2003/05/12

五月闇点滴瓶のほの明かし
病室にも黄金週間野球帽
熱癒えて庭に咲き出ずハルジオン

今更の感もありますが、ゴールデンウィークは如何でしたか。私は腎盂腎炎をやらかしまして、ひたすら養生の10日間でした。入院にこそ至りませんでしたが、前半は日に2度の通院点滴。今も抗菌剤を内服中です。健康の有難味をつくづく思い知らされました。


ツバメもカビも初夏らしく 2003/05/15

初燕天衣無縫という語あり
しまい湯や黴の香ほのか我が家かな

昨日、職場の廊下の窓からツバメが飛ぶ姿を見ました。ツバメを見たのは今年初めてのことです。身ごなしよく、自由自在に飛び回る姿に「天衣無縫」なんて言葉もあったなと思いました。なんか、うらやましいなぁ。「しまい湯」の方は旧作を改めたものです。旅から戻ると風呂場の黴の匂いさえ懐かしくやっぱり我が家はいいなぁと、そんな句です。


12月はここまで来ました――創作ノートより 2003/05/19

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を急ぐ
百八回目の鐘音がもの惜しげに立ち去る

錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ
冬眠の禁じられた森に見えない獣たちが満ちてゆく

真裸の木立を吹きぬける風は
見慣れぬ罪の形に引裂かれたままだ

湧きあがる泉が薄氷を砕く音
冬納めの日まで絶えることのない響き

泉読みの老婆の微かな唇の動きを
私は盗もうとしている

火箭 西から東へと闇空を渡る
偽りは全て焼きつくされるだろう

十二月は葬送曲を必要としない
再臨は既に予定されている

間に合うのだろうか
既に祭壇に生贄は繋がれた


ひさ~しぶりに創作ノートから。2月にお目見えしたネタですが3ヶ月かかってようやくここまで来ました。この後どこに行くのかは未だ見えません。う~む。


創作ノートから 2003/05/26

男が首をかしげたまま自分の指の皮を剥いている。
高校の制服らしきものを着ているが
その年代らしい尖った生気が感じられない。

駅で見かけた風景をスケッチしたものです。ただのスケッチですが、どこかで使えるかも、と感じています。


遅ればせながら 2003/05/27

昨日の地震、大きかったですね。皆さま、ご無事だったでしょうか。被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。さて、もう2003年も5ヶ月が過ぎようとしていますが昨年1年間の作品をまとめた2002年のことばしごとを公開しました。是非ご覧になってみて下さい。(このリンクは「リンク棚」にも置いてあります)尚、PDFファイルですので、ご覧になるにはAcrobat Readerが必要です。Acrobat ReaderはAdobe社のサイトで入手できます。


間違った場所――創作ノートより 2003/05/30

男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方角へ間違った歩き方で歩いていた。思いがけず三叉路に出くわし驚かされることもしょっちゅうだった。出くわせば必ず思っているのとは逆の方に進んでしまう。まれには選んだ通りに足を運べることもあったが、そんなときは、いつも、そもそも間違った方を選んでしまっていた。

いま動かそうとしているもう一つのネタです。こちらは散文詩にしようと思っています。


猫が!――創作ノートより 2003/05/30

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。出くわせば必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、そんなときはそもそも間違った道を選んでしまっている。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。思えばこれもまた別の誤りの始まりであった。過剰な速度がいつもの間違いを加速し、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろうか。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにアクセルを踏んだ。ブレーキを踏むつもりで間違えたのか、それとも誤った判断の通りに足が動いたのか、それは彼自身にも分からなかった。ミラーの中で仔猫が二、三度大きく跳ねた。それきり動かなくなった。先に道を渡り終えていた母猫が仔猫の元に戻ってきた。しばらく仔猫の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。


昨日ご紹介したネタはここまで来ました。思いがけず猫ひいちゃったりして、この後、どうしよう。


まだ推敲中ですが 2003/06/04

梅雨鬱し鴉多きを訝しむ

季語がねぇ、ちょっとねぇ、なんとなくいまひとつ。「いぶかしむ」っていうのも直截すぎて面白くない。う~む、う~む、と悩むのも楽しみのうちです。


結局「黴」にしました 2003/06/05

黴の宿鴉多きを訝しむ

結局、上五は「黴の宿」としました。梅雨時の旅。投宿先は古ぼけた黴臭い宿。しかも鴉が多いとなると、何とも怪しく鬱陶しい。そんな句です。


リンク棚に「C-Direct-2U」を追加しました 2003/06/09

まぐまぐの同名メルマガ(毎週月曜日発行)のサイトです。このメルマガは近代詩の名作や読者の投稿詩等を配信するものでサイトにはバックナンバが作者別に整理されています。編集者さんのコメントも素晴らしいです。


変な夢を見ました 2003/06/11

みょ~な夢を見ました。

大巨人アンドレ・ザ・ジャイアント(プロレスラー、為念)を招聘しようという夢です。もちろんアンドレは故人ですが、夢の中ではフランスの山奥で優雅に暮らしている。アンドレを呼ぶならジャイアント馬場さんに会わせてあげなきゃ。と、いう話になったのですが、さすがに夢の中とはいえ馬場さんは亡くなっている。じゃぁ、どうするかというと、関根勤にモノマネしてもらおうということに。絶対にばれないよ、と、大笑いしているところで目が醒めました。

いったいなんだったんでしょう。この夢を見ている間、私の脳は何をしていたんだろう。


ちょっと常陸へ 2003/06/13

昨日はちょっと早起きして茨城県のけっこう北の方へまで出張にでかけました。雨の中、大荷物を持って、鬱陶しいなぁと思っていたのですがいざ特急に乗ってしまうと次第に田園風景が広がり、とてもリラックス気分。田んぼの多いところで生まれ育ったせいか、田んぼを見るのが好きなんですよねぇ。

水戸の辺りだったでしょうか。線路沿いの通学路を小学生が一列になって歩いていました。

通学路連なる傘はみな黄色

車窓から景色を見ているだけでも、やっぱり旅は楽しいですね(仕事でなければ、なおのことでしょうが)。


リンク棚に「Poetry Resources」を追加しました 2003/06/16

初の英文サイトへのリンクです。相互リンクのご依頼を頂き加える事にしました。(オーナーさんは日本語が読めるのでしょうか?)


ただいま推敲中 2003/06/18

通学路の句ですが、いまひとつ小学生の可愛らしさが感じられないと思い推敲中です。

通学路連なる黄傘数えけり

と、してみたのですが、どうでしょう。いやいや、まだまだ悩む余地がありそうです。


たどたどし、としてみました 2003/06/20

通学路黄傘連ねてたどたどし

あれこれいじくってみましたがようやく「たどたどし」に落着きました。如何でしょう?


2003年上半期を振返る(ことばしごと編) 2003/06/24

早いもので、もう1週間もすると今年も半分終わりです。そこで上半期を振り返ってみることにしました。先ずは創作活動から。

上半期は俳句が13句。週に1句くらいのペースでいけるかなと思っていましたが大体その半分ですね。詩のほうは、情けない話、未だ1作もできていません。ただ、寝かせてあるものも含めて、仕掛かり中のものが4つありますので年末までには完成品を幾つかご披露できるのではないかと思います。

    2003年上半期 全句作

流感や早退けの背に陽のそそぐ
いじめ子もいじめられ子も雛の前
咲き初むる花を脇目に屋形船
春の虹新入社員のシャツ白し
つつましう暮らしてこそや菫草
葉桜や仰ぎつ過ぐる乳母車
五月闇点滴瓶のほの明かし
病室にも黄金週間野球帽
熱癒えて庭に咲き出ずハルジオン
初燕天衣無縫という語あり
しまい湯や黴の香ほのか我が家かな
黴の宿鴉多きを訝しむ
通学路黄傘を連ねたどたどし


2003年上半期を振返る(映画編) 2003/06/25

今日は今年上半期に見た映画を振り返ってみたいと思います。

フレンチ・キス (1995/米)
少林サッカー (2001/香港)
ハンニバル (2001/米)
バック・トゥ・ザ・フューチャー (1985/米)
TAXi (1997/仏)
シェーン (1953/米)
Laundry (2002/日)
少年時代 (1990/日)
真夏の夜の夢 (1999/英=伊)
ウォーターボーイズ (2001/日)

6ヶ月で10本は私としては悪くないペースですが、全てビデオかテレビ。映画館にはただの一度も足を運んでいません。情けないなぁ。

ここからベスト1を選ぶとすると、なんと言っても「シェーン」。とにかく面白い。かっこいい。情感もたっぷり。ゆったりと、おおらかな作りで、古き良きマンネリズムを感じました。下半期は、どんな映画と出会えるのでしょう。楽しみ、楽しみ。


2003年上半期を振返る(読書編) 2003/06/27
最後に読書編です。今年上半期に読んだ本は16冊。その他に毎月欠かさず「現代詩手帖」を読んでいますので自分としては、まぁ悪くないペースです。この6ヶ月は良い出会いに恵まれ、印象に残っている本が多い。その中からベスト3を選んでみましょう。

辻井喬.伝統の創造力.岩波新書.岩波書店.2001
國文學編集部.俳句創作鑑賞ハンドブック.國文學.第29巻16号改装版.1988
本間祐(編).超短編アンソロジー.ちくま文庫.筑摩書房.2002

「伝統の創造力」は以前ご紹介しましたね。「俳句創作鑑賞ハンドブック」は私のような初学者には大変勉強になります。最後の「超短編アンソロジー」は散文詩の勉強にと読んだのですが勉強を忘れて読み入ってしまいました。面白かったです。

さて、振返りはこんなところにしておきましょう。来週火曜からの後半戦にどう臨むか。この週末にじっくり考えたいと思います。


芝刈り雑感 2003/06/30

芝刈り機の音は軍用ヘリの音に似ている。庭の芝を刈りながら、そんなことを思っていた。『地獄の黙示録』で見た黒いヘリコプター。機銃掃射、ナパーム弾。高校生の頃のことだ。また、その頃の友人の一言を思い出した。戦争は必要悪だ。戦争がなければ人口過剰で人類は滅亡する。

私が庭の芝を刈るのは芝を枯らさないためだが刈られる芝にとって本当に必要なことなのだろうか。炎天下に芝を刈る。汗を流しながら。機銃掃射のように。

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2008.07.07

矮猫亭・2003年1~3月

古い日記の再掲載、今回は2003年1~3月。年が改まっても緩めの詩モード、俳句モードは続いている。加えて登場してきたのが映画話。2月に登場する「少林サッカー」は息子の大のお気に入り。ブックオフでDVDを購入し今でも時々観ているようだ。人情喜劇が好きなところはボクに似たかな?


謹賀新年 2003/01/07

明けましておめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしたか?私は今年も特にどうということのない正月でした。ただただのんびり。それが何よりです。

でも歩くことはサボりませんでしたよ。2日には小江戸川越七福神めぐりをしました。去年も山手新宿の七福神めぐりをしており我が家の正月恒例行事になりそうです。

皆さんにとって佳い1年になりますように。


初ハイク、俳句ではなく 2003/01/15

三連休はいかがでしたか?南関東は暖かく穏やかな日が続いて絶好の外遊び日和でしたね。私は家族そろってハイキングに出かけました。能仁寺から天覧山に登り、多峯主山まで足を延ばす。帰りはふもとの吾妻峡に立ち寄りました。それほど時間も掛からないし、危険な場所もないので正月でなまった体を軽くいじめるにはちょうど良い具合でした。

天覧山も多峯主山もなかなかの賑わいでしたが八幡さまを通って吾妻峡にくだる道は貸しきり状態。飯能駅に戻るには遠回りになるため人気がないのでしょうか。

実はこの道は八幡さまの参道です。重機などなかった時代に道を開き石を積んだ人々の想いが偲ばれます。八幡さまの小さなお社には日めくりが掛かっていました。誰かが毎日お参りしているのでしょう。日めくりはちゃんとその日の日付になっていました。古人の想いはちゃんと受け継がれているのですね。胸にぽっと暖かい火の点った感じがしました。この暖かさ。少しの遠回りくらい、どってことないです。


ケビンとメグ 2003/01/16

年末から年始にかけて映画を2作品見ました。といっても両方ともテレビですけどね。

1つは「告発」(1994米)。ある刑務所で実際に起こった囚人虐待事件が題材になっています。囚人役のケビン・ベーコンの演技が印象的。★★★★☆かな。

もう1つは「フレンチ・キス」(1994米)。フランスを舞台にしたラブコメです。景色がきれいなのと主演のメグ・ライアンが可愛いのが取り柄。ちょっと辛目かもしれませんが、★★☆☆☆ってとこでしょうか。

今年こそたくさん映画を見たいものです。


久しぶりに創作ノートから 2003/01/24

毎日、通勤の途中、一駅分、歩いています。これでも少しは健康も気にしているのです。で、その中で経験したことを元に書いてみました。まだまだ素描の段階です。しかも一向に動き出す気配がない。う~む。

その女はいつの間にかに現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追ってゆかずにはいられない。汗が額を濡らし、膝の裏やふくらはぎの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。乗り換え駅のその次の駅が右手に現れ、私はそこから地下鉄に乗らなければならない。女はそのまま真っすぐ進む。ついに女の顔を見ることはできない。

汗をぬぐいながら乗りこむ電車は西へ向かう。薄暗がりに続くコンクリートの壁。女もあのまま西を目指しているのか。頭上から響く足音。いつまでも終わらない歩きの時間。


八国山でのんびりのほほん 2003/01/31

先週末は久しぶりに八国山に行って来ました。東村山と所沢の境にある100メートルほどの丘です。関八州が一望に出来たところから八国山と名づけられたそうですが今はかつてのような眺望は望めません。鎌倉時代、源氏と争った新田義貞が陣を張ったとのことですがトトロに出てくる七国山のモデルと言う方が私には馴染み深いです。麓の北山公園は花菖蒲で有名。ザリガニも採れるらしい。気楽にのんびりしたい時には良いですよ。

帰り道、ささやかな梅林の木々の芽が思ったよりも膨らんでいました。春、遠からじ、です。頑張りましょう。

追伸 ↑をアップしようと思っていたら風邪引いてしまいました。インフルエンザも流行っています。ご用心。ご用心。


少林サッカー(2001 香港) 2003/02/10

もう一度みたい。と、息子がしきりに言うので「少林サッカー」を借りてきました。なるほど、面白い。笑いに笑ったし、ちょっとホロリとさせられたり、手に汗握るシーンも。そして、何より、この不思議なテイスト。何なんでしょう、これは。チャウ・シンチー(主演・脚本・監督)の作品は始めてでしたが他の作品も見てみたくなりました。

という訳で、やや甘めながら★★★★☆。


インフルエンザ 2003/02/17

流感や早退けの背に陽のそそぐ

今年最初の句作です。風邪で早退したときのことを詠みました。本当はインフルエンザではなかったのですが、多少、演出しちゃいまいした。

ところでインフルエンザはそろそろ山を越えたのでしょうか。いずれにせよ、用心するに越したことはなさそうです。


創作ノートから 2003/02/17

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩む
凍りつくまいとする泉の軋むような音が聞こえる


いま動かそうとしているネタです。二行一連を積み重ねて、連鎖的にイメージを飛躍させてゆく。そんな方法でやってみようかと考えています。ちなみに「去年今年貫く棒」は高浜虚子の句から引いたもの。年が変わろうが変わるまいがそんなことにはお構いなしの何かが、人には、人の暮らしにはある。虚子はそう言っているのだと思います。何だか、深いですよね。


十二月よどこへ行く?―創作ノートから― 2003/02/19

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩く
百八回目の鼓動のうしろに獣たちの気配がにじむ

湧きあがる泉の薄氷を軋ませる音
冬納めの日まで絶えることのない微かな響き


このネタ。少しずつですが動いています。どこに行き着くのか未だ見えませんがなんとなくモノになりそうな気がしてます。


新作です 2003/03/05

いじめ子もいじめられ子も雛の前

けんかくらいはしてもいいけどいじめたりいじめられたりは嫌ですね。みんな仲良くせぇよ。


伝統について 2003/03/07

伝統ということについて考えています。昨年は何故か俳句が非常に気になって実作も試みました。その流れということもないわけではありませんが俳句に惹かれたのは何か理屈があったわけではありません。

伝統ということを考えるようになった直接的なきっかけは大岡信を特集した先月号の現代詩手帖です。大岡は歌人を父に持つこともあってか日本の古典文学にも精通し優れた評論をいくつも残しています。それらの評論は歴史の一時点を切り取って回顧するものではなく千年を超えて現代にまで通じる流れを意識し現代詩が如何にあるべきかをめぐる思考へと繋がっています。大岡はそうした思考を実作においても実践しています。それは名高い連句や連詩の試みばかりではありません。

続いて紐解いたのは辻井喬の『伝統の創造力』(岩波新書.2001)です。辻井は、日本の現代文学、なかでも現代詩が衰弱しているのは伝統に根ざしておらずまた伝統を築き伝えてゆく意識がないからだと言います。伝統は歴史のある時点に完成しそのまま変わることなく受け継がれる静的なものではない。歴史の流れとともに変革を繰返しながら活き続けてゆく自己生成体である。そうした伝統の持つ創造力が働いていないと説いているのです。

現代詩が古典文学の恩恵を全く被っていないとは思いません。しかし個々の詩人の仕事と伝統との間にインテラクティヴな影響関係が成立しているとも、きっぱりとは言い難い。さぁ、ここからは自分の課題です。伝統とどのように向き合いその創造力を如何にして自分の創作活動に取り込んでゆくのか。じっくり考え、実作の中で答えを見つけてゆきたいと思います。


あと2点! 2003/03/10

先日ご紹介した拙作「いじめ子もいじめられ子も雛の前」が俳句三昧で4点を頂戴しました。3ヶ月ぶり2回目の高得点。あと2点で3級に進級です。


開戦の報に接し 2003/03/20

旧作の再掲を以って抗議の意を表します。一秒でも早い終結を祈念致します。

   この赤いのは

ああ血だ、この赤いのは血なんだ、のんきなペンキなんかじゃなく動物が生きるために使用すべき血液なんだ、それがむやみやたらと流され無差別に流されありあらゆる時代にありとあらゆる戦場に流され、泥に混じり糞尿に混じって草を枯らし土を腐敗させ、しかもそれはひげをそってて想われニキビにかみそりがひっかかったのではなくゴール前でスライディングタックルしてすりむいたのでもなく、銃弾や爆風や放射線や爪や牙や角や妙な形の脳みそや薮睨みの眼球が皮膚を破り心臓を押しつぶし胃腸肝臓膀胱をひっかきまわしてぐにゃぐにゃにして流れた血なんだ、それがマラリア色の難民の眼の中にべっとりと流れ込んでしみてしみて眼をこすりつつ台風一過の青空と自衛隊の軍用飛行機を眺めて平和な反戦デーだと思う心にぽとりと滴り、いもりの黒い影がアジア中をうろつきまわる、血だ、この赤いのは血が流れ流されどくどくあふれふきだし恋人達を黙らせ愛撫される乳房を痩せさせ俺のノートを下手な文字で汚し、それでもまだ飽きたらずに流れあふれて人と人の腹の中のサナダムシと人の足の下の地面を醜く一色に染めて殺し殺され滅んでいくものの泣き声を軍靴の音でかき消してしまうのはこの赤いねばねばした血液なんだ


ハンニバル(米、2001) 2003/03/26

日曜洋画劇場で「ハンニバル」を見ました。面白いことは面白いのですが「羊たちの沈黙」には及ばないかな。テレビだってことを差し引いても、あれほどではないかなと。と言う訳で私としては★★★☆☆です。

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2008.07.01

矮猫亭・2002年10~12月

古い日記の再掲載、なんと三連発です。今回は2002年10~12月。この頃はあいかわらず緩めの詩モード、俳句モードが濃厚です。

この頃に始めた朝のウォーキングは今も続いています。いまにして思うと、この朝のウォーキングが週末のランニングのきっかけでした。毎朝、歩いているうちに歩くのが楽しくなって、毎週末、八国山を歩くようになり、その後、ふと走ってみたくなって、だんだん距離も伸びていったのです。


お月見しましたか? 2002/10/02

小望月レンズのほこり払う吾子

先月20日の金曜日のことです。いつもより少し早めに家に帰るとお月見のお供えが飾ってありました。給食に月見団子が出たと聞いて慌てて用意したのだそうな。息子も天体望遠鏡をベランダに用意して私の帰りを今か今かと待っていた様子。こうこうと輝く月にしばし時を忘れました。

で、さぁ、飯だ、酒だとリビングに戻ったらテレビの天気予報が言うのです。明日は仲秋の満月――。あらら、一日、早かった。でも、翌日の夜は生憎の曇り空。ツレアイの勘違いのお陰で却って良夜を楽しむことができました。


幼児虐待 2002/10/11

我が家からそう遠くない所で子供が虐待死する事件がありました。レクイエムをと思ったのですが悲しすぎて詩になりません。それでも読んでくれる方がいらっしゃれば少しは供養になるでしょうか。

   坂道

子供が死んだ
たったの四歳だった
母さんの恋人に殺されたのだ
(食事は二日に一度
(うどんを茶碗に半分くらい)

それは公園に向かう坂の途中
まだ新しいアパートでのこと
日曜日には
息を切らせて登って行く自転車が
何台も何台も見えた
独りぼっち閉じ込められた部屋
窓ガラスに顔を押しつけて
いつまでも見ていた
赤い自転車
いつまでも
怒鳴られても
殴られても

(わずか一年足らずで
(体重は半分を割った
(命の失われた
(その瞬間は
(だれにも見せなかった
(母さんにも
(見せなかった)


朝の散歩 2002/10/17

先週から朝の散歩をすることにしました。通勤の途中、乗換駅から一駅。15分ほど歩きます。やっぱり朝は清々しくてよいですね。思いがけないところに青果市場があったり安くてうまそうな中華料理屋を見つけたりいろいろと発見もありますしね。その分、仕事時間が減りますが頭と気分がスッキリして能率が上がるから15分くらいは取り返せちゃうんじゃないかって思っているのですが。はてさてどうなるやら。


柿の木のある庭 2002/10/30

主なき隣家に熟す柿たわわ

隣の家のおばあちゃん。もう90歳なのにとてもお元気でお互い庭仕事が好きなものだからよくフェンス越しに話をしました。でも一人暮らしは何かと心配とグループホームに入居されました。時々、帰ってくるって聞いているので早く、早く、と思うのです。でないと柿が熟してみんな落ちちゃう。みんなカラスに食われちゃう。

闘病(?)記 2002/11/08

なんということでしょう。今週は3日も休んでしまいました。それも病欠ですよ。病欠。病気でこんなに休んだ記憶はちょっとないですね。それも高熱で寝こんだとか、痛くて動けないとかそういうのではないんですよねぇ。ただただ寒気がして、だるくて、そして頻尿。どうやら腎盂炎らしいのです。もう4日も抗菌剤をのんでるのですがまだダメ。背筋がゾクゾクゾクゾク。

あんまり病気したことないせいかちょっと体調崩すと弱気になっちゃう。しっかりしなくちゃねぇ。さぁ月曜までに治すぞー。


え? 前立腺? 2002/11/09

今日、医者に行って来たのですが腎盂とか膀胱とかじゃなくて前立腺炎なんだそうです。この休みの間に治すぞーなんて思っていましたが完治には2~3週間はかかるそうです。まいったなぁ、長期戦かよー。


収穫 2002/11/13

うちには小学五年生の息子がいます。昨日は学校からお米を持って帰ってきました。スーパーで買うような白い米ではなく籾米です。稲作の体験学習で収穫した米。それを脱穀するのが宿題なのだそうです。フィルムの空きケースに入れて割り箸の先で突く。ひとしきり突いたら新聞紙に広げる。やさしく籾殻を吹くと、いよいよ玄米の登場です。白くない米に息子は驚き訝っていましたが私には黄水晶の原石のように見えました。大きなバケツをぶら下げた「行ってきます」から種蒔き、雑草取り、水やり、稲刈り。手間と時間を積み重ねた326粒の結晶。息子の心の中にも何かが結晶していると思います。いつか自分だけの色に輝き出す原石が。


菊花を飾って 2002/11/18

先日、隣のおばあちゃんの家から菊の切花を一抱え頂きました。といってもホームから一時帰宅なさった訳ではなく留守宅の様子を見にきた娘さんが庭の花を切って届けてくれたのでした。おばあちゃんの様子をお聞きすると変わらず元気にお過ごしとか。なにしろじっとしていられなくて職員の方々のお手伝いに精を出してるそうです。ちょっと安心。でも早く会いたいなぁ。

色も形もとりどりの菊を白い花瓶に投げ入れました。素朴な感じが目に愛らしく、香りもとても爽やかです。


おかえり、自転車 2002/11/22

日曜日のことです。義父母に誘われて六義園へ行くことになり慌てて出掛ける準備をしていました。そこに警察から電話がかかってきたのです。息子から受話器を受け取ると自転車が見つかったとのこと。ずっと駐輪場に置きっぱなしだったので不審に思った管理人が通報してくれたとか。

六義園からは早めに帰り(紅葉がきれいでした。(でも今度の週末はもっと見頃かも)バスで交番に向かいました。簡単な手続きを済ませて久し振りに愛車と対面した時にはあたりはもうすっかり真っ暗。お巡りさんにお礼を言って、さぁ、出発。はじめは寒風に凍えそうでしたがペダルをこぐごとに暖かく家に着く頃には、もう汗びっしょりでした。ビールがうまかったですよ。

錆だらけの愛車と親切なお巡りさんに乾杯!


今年もあと32.5日! 2002/11/29

いよいよ今年も後32.5日となりました。悔いを残さないようラストスパートをかけないといけませんね。でも、この1年を振返ってみるゆとりも大切にしたいと思います。通り過ぎてゆく日々、年月を通り過ぎるにまかせず、深く味わい直す。それは今年の上に来年を積み重ねてゆくためのレッスンでもあるはず。というわけで来月は今年のあれこれを振返ってみようと思います。

幼子の額のあざや冬ざるる

とはいえ思い出したくないこともありますね。今年は幼児虐待事件が多かった。この秋には私の自宅近くでも小さな子供が飢えて衰弱して死にました。来年は決して繰返したくないことです。


まずは句帖を開いてみましょう 2002/12/05

今年は実に俳句の年でした。以前から興味はあったのですが実作することは殆どありませんでした。今年は歳時記も購入し句作も19句に及びました。(まだ増えるかな?)音数律、季語、無駄を許さない簡潔さ。俳句の魅力が判りかけてきた気がしているのです。

   矮猫亭句帖2002

恋猫聞く不惑が二人向き合いて
花びらに降り籠められし心地して
春空の高みに機影の微かなる
おぼろ月本音を言わぬ人と居り
五月闇我れ凡なるを思い知る
梅雨憂し俺ならできると言い聞かせ
お風呂場に黴の香ほのか我家なり
蝉時雨我も歌わん歓喜の歌
涼風や鼻歌漏れる野天風呂
夕立のしずく残らず葉に抱き
何もせぬまま日暮れて虫時雨
ビルの間を野分忙しく過ぎにけり
夜仕事の妻の背丸く影落し
小望月レンズのほこり払う吾子
主なき隣家に熟す柿たわわ
木枯らしや岐路に立てるを告ぐ便り
落葉焚き偏屈ひとり手を炙り
流感の息子の耳朶の産毛かな
幼子の額のあざや冬ざるる

ちょっとだけ自慢を。下から三つ目の「落葉焚き」は俳句三昧の4級句会で4点を頂き高得点者一覧に俳号「矮猫」を載せて頂きました。


詩は勝率5割かな 2002/12/05

「現代詩手帖」に毎月新作を投稿すること。それが年頭に立てた目標でしたが実際に投稿できたのは6作品でした。勝率5割じゃペナントには手が届きませんね。

先ずは「冬のシュプレヒコールに」を再掲します。これは2、3年前から創作ノートの片隅で棚晒しになっていたものです。何はともあれ完成できて、あぁ、すっきりした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


取引き 2002/12/05

今年2作目の投稿作品はやや長めの散文詩でした。「取引き」――これも完成まで時間のかかった作品で原形を遡れば6~7年前になります。ちょうど家を建て始めた頃です。長い間勤めた部署から全く違う部署に異動となりちょっと精神的に不安定になっていました。そのせいか時に飲酒の度を越すこともありました。婚約記念の時計をなくしたのもある飲み会で正体を失いかけた時のこと。いまにして思うと随分と情けない話ですがそれが後に詩のネタになるんだから判らないもんですねぇ。

   取引き

婚約記念に貰った腕時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュア。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇が何くわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


やがて角の生える日 2002/12/05

3作目は息子から聞いた話をヒントに書いたものです。「オニちゅう」のモデルとなった先生はその後、他校に転勤されました。すぐ怒る、と文句ばかり言っていた息子ですが別れの日にわらばん紙に書いてもらったサインをいまでも大事そうに机に飾っています。

   やがて角の生える日

たけちゃんはくやしかったのだ
ちょーかっちょいい消しゴムを
むりやり下手くそな字でよごされて
ごしごしこすってみても
マジックだから消えねぇよ

絶対になくしっこない
消しゴムだったのに
もしも、もしも失くしても
くそーっなんて言わないで
静かになみだをかみしめられたのに

オニちゅうとあだ名された
先生の文字で
たけちゃんの名まえが
にじみ
かすむ
校庭に降る雨は
先生の大好きな
アジサイやアサガオを育むのに

やっと涙のおさまったたけちゃんに
小さな角が芽を出す
三十六本目の角は
ひときわ鋭く冷たかった


あいさつ 2002/12/06

今年4作目となった「あいさつ」は創作過程で幾度かここに顔を出しました。ですから、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが最初は語り手が女性だったのです。それも高校生くらいの若い女性が想定されてました。その頃は切なげな恋歌になるはずだったのですができあがりは、随分、違うものになってしまいました。

   あいさつ

走ってないと追いつかれるぜ
フレッドがよくそう言ってたっけ
でも、いつまでも走ってるわけには
いかないだろう
いつまでも
おんなじところを

立ち止まる
振り返る
こっちに来るのは誰だ
身構える
耳を澄ます
明かりなんかなくても
じきに目が慣れるさ

突然遠くで花火が鳴る
苦しそうに光って消える
痩せた肩の向こうで
小さく
微かに

さぁ追いついたぜ、フレッド
どんな挨拶をしようか


たいまつ 2002/12/09

今年5作目の作品です。ここでは血が書きたかった(のだと思います)。絆としての血、呪縛としての血。血を超えてゆく子供たち。それでも繋がれている子供たち。その悲しみと恍惚とを共有する親たち。

しかしタイトルがひどいなぁ。これじゃぁだいなしだ(苦)。そこで改題することにしました。

   あかあかと(旧題:たいまつ)

朝のテレビが叫んだのです
あなたのラッキーカラーは赤って
だから今日はことさらに
血と肉とを
意識していようと思います
皮膚や毛や粘膜に覆われた
日の光の届かない場所で
とろりと赤く流れるもの
ぷるると赤く蠢くもの

   どんな臓器にも
   母の小さな刻印が感じられます

乾いたカサブタ
掻いたらだめって言われても
とめられない指の動き
の中にも赤く筋繊維が
伸びたり縮んだり
無口な骨にしがみついて
あかあかと痙攣
かがやくいたみ
ふるえ

   子供たちの時間は低く飛ぶから
   どんなしるべも役に立ちません

声と表情とに隠された蠕動、腫脹、排卵、痙縮、細動、敗血、滲潤、律動、発熱、硬直。いつも赤く動いています。細胞膜に閉じ囲められた炎の色です。

   立ち止まるとタンポポ
   あしもとに
   もう花も種子も尽きて
   手持ちぶさた気に揺れている

ふいにつむじから
血と肉とが
溢れ出す

あかあかと


風の砂丘 2002/12/10

今年最後の作品となりました。(今月もう一作書けないとも限りませんが)長編詩として書き始めたのですが一向に前に進められなくなって考え直した結果のソネット風です。そのせいか、改めて読みなおしてみてもなにかの序曲のような雰囲気を感じます。

   風の砂丘

もしも私に愛が
許されるなら
それは五月

古い手紙から
解き放たれた風が
子供たちを勇敢にする

坂道を駆け登り
海と出会う
春と夏との隙間に
太陽が溶け落ちる

旅立ちの準備は
終わっただろうか
もうすぐ雨がやってくる
砂浜のむこうに揺れる麦藁帽子


映画。今年は何本、見ましたか? 2002/12/14

本当は大好きなんですよ、映画。でも、なかなか見る時間が取れません。今年、劇場で見た映画は「Monsters Inc.」だけ。ビデオやテレビで見たものを加えてもせいぜい10~15本というところでしょうか。そんな中からトップ3をあげてみますと

1位 スペーストラベラーズ(2000/日)
2位 Monsters Inc.(200x/米)
3位 Chocolat(2000/米)
3位 A.I.(2001/米)

といったところでしょうか。

「スペトラ」はとにかく楽しくて笑えてでも最後はお約束。悲しく、苦く。でも、やっぱり――。で、深津絵里が光ってました。「Monsters Inc.」は泣いた。泣いた。もう恥ずかしいくらい泣いた。実は単純な泣ける映画が好き。自分でも意外なことに。「Chocolat」も「A.I.」も良い映画でした。優劣つけがたく同率3位。

来年はもっと見たいなぁ。


ちょっと貧しすぎな読書生活 2002/12/16

映画の次は本のトップ3です。

1位 長谷川龍生詩集.現代詩文庫.思潮社.1969
(以下、該当なし)

実は今年は余り本を読んでいないのです(「現代詩手帖」は一所懸命読んでいましたが)。これは、と思うような本と出会えなかったのはやはり母数が少なすぎたせいでしょうか。

で、長谷川龍生ですが今まで殆ど読んだことがなかったんですが「現代詩手帖」の特集で興味を持ちました。読んでみると実に良い。もっと早く読んでおけばよかった。


鴉啼く 2002/12/20

雪しまく挑むが如く鴉啼く

年内にもう1句くらい詠めないかなと思っていたら東京には珍しい大雪が降ってくれたおかげで滑り込みセーフ。

「雪しまく」は風吹きすさぶ中に雪が降る様子を表す季語です。裸木に1羽。ふてぶてしい面持ちで耐えている黒い鳥。孤高――やっぱり群れてちゃ美しくないのでしょうか。

声音を意識して「く」を重ねてみましたが、くどかったかなぁ。

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2008.06.30

矮猫亭・2002年7~9月

引続き古い日記の再掲載。今回は2002年7~9月。依然として詩モードは衰えていませんが、かなり気分が俳句に傾いています。近頃のボクもそんな感じです。もっとも俳句から現代詩へとなんとか気分を切り替えようとしているところですが……。

ところで宇宙飛行士の星出さんはついに念願をかなえ、スペースシャトルで雄飛を果たしましたね。宇宙飛行士から数学教師へと大きく夢を転換した息子ですが、今でも彼の机の上には、日本科学未来館での講演会で頂いた星出さんのサインが飾ってあります。


五月闇 2002/07/02

五月闇我れ凡なるを思い知る

五月闇。旧暦5月は梅雨の最中。どんよりとした雲が月も星も隠す夜。ふと、自分の余りにも平凡なることに気づきました。いや、前々から気づいてはいたのです。多分。ただ、なかなか認めることができなかったのですよ。きっと。だって、やっぱり自尊心ってあるじゃないですか。それが自分の支えになってるとこが、やっぱり、あるじゃないですか。でも、もう認めちゃえって、平凡でいいじゃんって。人より優れていると思い込んでないと堪えられないなんて、それこそ弱さだなって。

でも、じゃぁ、自分の自分であることを支えるのは何?やっぱりそう思ってしまう。そして暗闇に立ち尽くす。スケートボードの板の上。

全然、不惑じゃぁないんですって、四十歳って言ったって。僕は。


梅雨憂し 2002/07/02

梅雨憂し俺ならできると言い聞かせ

最近、ちょっとオーバーロード気味で自信がないのです。しかも未経験領域で2つもプロジェクトを抱えちまった。でもねぇ、投げ出せないのですよ。家族のため、自分のため。目を閉じて自分を励ましながら通勤列車に揺られる毎日です。


黴 2002/07/03

お風呂場に黴の香ほのか我家なり

その家、その家の匂いって、あるじゃないですか。あれって何なんでしょう。出張から帰ってきたときとか、自分の家の匂いにホッとする。あぁ、やっぱりウチが一番。結構、カビなんかもかんけいあるんじゃないかなぁ。そう思うのです。それぞれの酒蔵に住み着いている酵母やコウジカビの違いが、酒の味に違いをもたらす。そんな話を聞いたこともあります。いまどきの近代的な酒造工場では、そんなこともないのでしょうけどね。


今月のご報告 2002/07/08

毎月のご報告がまだだったですね。5月に投稿したのはこんな詩です。

  たいまつ

朝のテレビが叫んだのです
あなたのラッキーカラーは赤って
だから今日はことさらに
血と肉とを
意識していようと思います
皮膚や毛や粘膜に覆われた
日の光の届かない場所で
とろりと赤く流れるもの
ぷるると赤く蠢くもの

   どんな臓器にも
   母の小さな刻印が感じられます

乾いたカサブタ
掻いたらだめって言われても
とめられない指の動き
の中にも赤く筋繊維が
伸びたり縮んだり
無口な骨にしがみついて
あかあかと痙攣
かがやくいたみ
ふるえ

   子供たちの時間は低く飛ぶから
   どんなしるべも役に立ちません

声と表情とに隠された蠕動、腫脹、排卵、痙
 縮、細動、敗血、滲潤、律動、発熱、硬直。
 いつも赤く動いています。細胞膜に閉じ囲
 められた炎の色です。

   立ち止まるとタンポポ
   あしもとに
   もう花も種子も尽きて
   手持ちぶさた気に揺れている

ふいにつむじから
血と肉とが
溢れ出す

あかあかと


先月(だったかな?)から選者が変わったのですが相変わらず佳作にもひっかかってません。う~む。


がんばれ! 星出宇宙飛行士 2002/07/15

久しぶりに日本科学未来館に行ってきました。息子(小五)が団員になっている宇宙少年団主催の星出彰彦 宇宙飛行士講演会に参加してきたのです。

星出さんは2006年完成予定の国際宇宙ステーションの乗組員です。5~6年後の搭乗に向けて日々訓練に励んでいらっしゃいます。講演では、その内容を判りやすく紹介してくれました。毎日、大変だけど、夢があるから頑張っていけるよ――。夢を持ち、その実現に向けて努力することの楽しさ、大切さを子供たちに、いやいや、大人たちにも教えてくれたのでした。難問あり珍問ありの子供たちの質問の1つ1つに気さくに、丁寧に、楽しそうに答えてゆく様子が印象的でした。


台風一句 2002/07/18

ビルの間を野分忙しく過ぎにけり

台風一過ならぬ台風一句です。が、「野分」は本当は秋の季語なんですよねぇ。


それが楽しみで、ついつい 2002/07/22

今日はすっかり筋肉痛です。足、腰、背中が張ってます。昨日の日曜は芝刈りと雑草むしりで一日中しゃがんでいたからです。

一気にやる必要ないのに、と思っても刈りたての芝生を眺めながら冷えたビールをクーッてのが楽しみでついつい頑張ってしまいました。

今日は、そのツケが回ってきてます。せめて明日には払いきれていると良いのですが。


鬼怒川も暑かった 2002/08/06

蝉時雨我も歌わん歓喜の歌
涼風や鼻歌漏れる野天風呂

先週木曜日から鬼怒川へ家族旅行に出かけました。昼間は、炎暑にもマケズ、豪雨にもマケズ東武ワールドスクェアーに日光江戸村と精力的に遊び夜は、もちろん、温泉⇒ビール⇒また温泉。珍しく家族カラオケも楽しみました。で、朝も、やっぱり、温泉。ひと風呂浴びての朝ごはんは食が進みます。

やっぱり家族で過ごす時間はほんと、楽しいですねぇ。あ~あ、もっと夏休みが長かったらなぁ。


かたぐるま 2002/08/08

私の勤めているオフィスはマンション街の一角に場違いにそびえたビルにある。遅くまで働いて会社を出ると早く帰れたお父さんが子供を連れて歩いていたりする。昨夜は3歳位の男の子を肩車した若い父親とすれちがった。後から思うと子供を肩に載せられるのはほんの短い間。あの感触を思い出す。あの幸せをもっと大切にしたかったと思う。

子供はどんどん成長し変わる。その時その時の子供と過ごすことをもっともっと楽しんでゆきたいです。

夏休み。もっともっと。


読書録「長谷川龍生詩集」 2002/08/11

ここのところ本の紹介をしていませんでした。実はあんまり読んでいないのです。ちゃんと読んでるのは「現代詩手帖」くらいかな。その「現代詩手帖」の7月号に「長谷川龍生の現在」という特集がありました。今年13年ぶりに詩集「立眠」を発表した彼は「荒地」と並んで戦後詩をリードした左翼系詩誌「列島」の中心人物でした。

で、ふと考えてみると「荒地」派の詩人はそれなりに読んできたけど「列島」は黒田喜夫くらいしか読んでない。そこで久しぶりに現代詩文庫に手を伸ばしました。

参りましたね。特に処女詩集「パウロウの鶴」の「逃げる真実」や詩集「虎」の「恐山」、「二つの抜け穴」未刊の「囮り鳩」なんかも良いです。リフレインの使い方の上手さ。ドラマチックな展開。ぽっかりと口をあけた落とし穴のような日常に潜む陰謀、狂気、不条理。

俄然、「立眠」も読んでみたくなりました。
おすすめ度は★★★★☆です!


今月のご報告 2002/08/11

「現代詩手帖」への投稿作品。6月はこんな詩を書きました。

  風の砂丘

もしも私に愛が
許されるなら
それは五月

古い手紙から
解き放たれた風が
子供たちを勇敢にする

坂道を駆け登り
海と出会う
春と夏との隙間に
太陽が溶け落ちる

旅立ちの準備は
終わっただろうか
もうすぐ雨がやってくる
砂浜のむこうに揺れる麦藁帽子


で、今月も紙面を飾るには至らんかったです。まだまだ頑張りますよー。


夏休みの想い出 2002/08/21

とうとう夏休みが終ってしまいました。10日の土曜日から数えて6連休とそこそこの長さではあったのですがやっぱり終ってしまうと、あっという間です。

この6日間の主な出来事、想い出を数えてみます。

■ 10日(土)メモリを192MBに増設

ずっと買ったときの64MBのままできたのですがさすがに我慢しきれなくなり増設に踏み切りました。それにしてもメモリは安くなりましたねぇ。

■ 11日(日)久しぶりに工事の音を聞く

わが家は旭化成のへーベルハウスなのですが1ヶ月ほど前に築5年点検がありました。基礎の補強とトイレ扉の修繕を行うことになり夏休み早々、自宅で工事の音を聞くハメに。

■ 12日(月)日本科学未来館「火星への旅」展を見る

元宇宙飛行士の毛利衛館長と漫画家の松本零士との共同企画による特別展です。この日は偶然、松本零士と星出彰彦宇宙飛行士との対談も行われており、興味深い話が聞けました。息子もパンフにサインをしてもらって大満足。

■ 13日(火)ネイチャーゲームを初体験

日本ネイチャーゲーム協会主催の所沢自然学校に参加。食物連鎖を疑似体験する「キツネ、ウサギ、葉っぱ」と観察力トレーニングの「カモフラージュ」を体験しました。まったく初めての経験だったのですが面白かったなぁ。息子も是非また参加したいと喜んでました。

■ 13日(火)映画「銀河鉄道999」を見る

レンタルビデオを借りてきて23年ぶりに見ました。先日の「火星への旅」展には松本零士のコーナーもあってヤマト、ハーロック、等々の作品が展示されていました。中でも特に息子が興味を惹かれたのが「銀河鉄道999」。奇しくも私が高校生の夏に見た作品でした。23年後に再び、今度は家族で見る。何とも感慨深かったです。

■ 14日(水)これもビデオで映画「A.I.」を見る

「銀河鉄道999」の鉄郎は反機械化主義。「A.I.」のDavidは機械そのもの。でも「希望」という同じメッセージが聞こえた気がします。

■ 15日(木)映画「スペーストラベラーズ」「ペイ・フォワード」を見る

「銀河鉄道999」と「A.I.」を返却がてら「銀河鉄道999」の続編を借りに行ったのですが貸し出し中だったため、この2本を借りてきました。「スペトラ」も「ペイ・フォワード」もやっぱり「希望」でした。

■ 15日(木)自転車盗まれる

実はレンタル屋には自転車で行ったのですがビデオを抱えて店の駐輪場に戻ったら消えてしまってました。こんなボロだれも盗みはしないだろと油断していた罰ですね。しかたなく炎天下をトボトボと歩いて帰りました。息子の自転車は無事だったので先に帰りなと言ったのですがいいよいいよって、家まで付き合ってくれました。男らしいと言うか、頼もしくなったもんだ。私は車を運転しないのでちょっと非常識なほど自転車を酷使してきました。通算すると荷重も距離もハンパじゃないと思います。10年以上も無理に耐えてくれた自転車なので諦めずに盗難届を出しました。映画だけじゃない。盗難届のテーマも「希望」なのでした。


夕立しずく 2002/08/21

夕立のしずく残さず葉に抱き

雨上がりの夕方、雨戸を閉めようと窓辺に立つと庭のチャボヒバに雨のしずくがびっしりとついていました。薄赤い日を浴びてキラキラと光る様のきれいなこと。ただ、それだけのことなのですが生きていることの歓びを感じさせられました。ちょっと大袈裟かな?でも一日中、家で書類の整理をしていたせいかせいせいと気の晴れる、心の解放される感じがしたのです。


かまきり 2002/09/05

またちょっとご無沙汰してしまいました。その間に8月は終わってしまって残暑厳しい中にも少しづつ秋の気配が感じられます。

今夜は会社帰りの駅のホームでカマキリを見つけました。家の最寄の所沢ならいざ知らず池袋駅ですよ。イケブクロ。雑踏に潰されることもなく15センチくらいにまで育ったカマキリ。

蟷螂の祷れるを見て父になる 有馬朗人

カマキリが鎌を持ち上げた姿まで祷る姿に見えるなんて余程、心配だったんでしょうねぇ。お父ちゃんですねぇ。父カマキリは母カマキリに食われてお腹の中の卵の栄養になる。そんなことも思い出させる一句です。


キルト・フェスティバル 2002/09/08

ハーツ・アンド・ハンズというキルト学校主催のキルト・フェスティバルに行ってきました。実はツレアイがこの学校に3年ほど通っており今年初めて作品を応募したところブロンズ賞を頂いてしまったのです。諸先輩、同輩の労作、傑作、秀作と並べられても決して見劣りしない独自性が感じられた――かな?ちょっと欲目も入っているかもしれませんが。

キルト・フェスティバルは明後日10日まで渋谷東急本店7階でやってます。19世紀の作品を中心としたアンティークも多数展示されていて、なかなかの見モノですよ。


丸い背中 2002/09/19

夜仕事の妻の背丸く影落し

急に秋らしくなってしまってちょっと心細いくらいですね。日もすっかり短くなって家事も大変そう。つれあいも昼のうちに終えられなかったことを遅くまで頑張っていたりします。その背中が妙に丸く見えてやっぱり歳とったなぁと思いました。もちろんお互い様だけど、ちょっと寂しい。寂しいけど却って愛しくもあって夫婦ってなかなか奥が深いですねぇ。


タマゴ、発見! 2002/09/22

庭の掃除をしていたらこんなものを見つけてしまいました。誰のタマゴなんでしょうねぇ。やっぱり鳥かしら。一体、誰がどっから持ってきちゃったのかなぁ。で、やっぱり、食べちゃったんでしょうねぇ。


金木犀の香りに 2002/09/29

今日は思いがけずいい天気になりましたね。天気予報がハズレるのは困るけどこういうハズレはプレゼントみたいなものかな。明るい空を見ているといても立ってもいられなくて家族揃って自転車に乗って航空公園に行きました。広い公園のあちらこちらに金木犀の良い香り。もう、すっかり、秋なんですねぇ。

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2008.06.27

矮猫亭・2002年4~6月

古い日記の再掲載。今回は2002年4~6月。仕事モードと入れ替わるように家族と過ごす日常生活の記述が増えてきている。ティーンエイジを目前に控えた息子と一緒に遊ぶ最後のチャンスといった気持ちがあったようだ。詩作のほうも徐々に調子が乗ってきている様子。まだ40歳になったばかりの比較的充実した日々が思い出される。


ROBODEX2002 2002/04/02

日曜日のことです。久し振りに横浜に行きました。もっともROBODEXを見るのが目的だったので大好きな街歩きも今回はおあずけでした。ROBODEXはパーソナル・ロボットの総合展示会。今回が二回目で、二年前の初開催の時にはソニーの小型ロボットの集団がパラパラを踊り世間の注目を集めたそうです。覚えてますか? この間にロボットはますます進化し、ますます身近に人々の関心もますます高まってきたのだそうです。ROBODEXも大盛況で、30分も行列しちゃいました。入場してからも、人気ブースのデモはかなり前からならんでいないと、近付けないくらい。

本田ASIMOやソニーAIBOといった有名ロボはもちろん商品化されたものなら、ロボット玩具に警備ロボ癒しロボやロボット研究用なんてのもありました。実験機となると、町の発明家の手造りブリキロボから大学や研究所の本格ロボ、国家プロジェクトの最先端ロボまでと、更に幅広のバラエティです。

数々のロボットたちと、ロボットに情熱を注ぐ人々。私は、もうすぐかもしれないと、思わされました。息子が大人になる頃には、ロボットと一緒に働くのが当たり前のことになるかもしれないと。20年前には未だ特別な存在だったパソコンが今では、すっかり、ありふれた存在になったように。15年後の私は、、肩叩きの不安に怯えながらロボット操作の教習所に通っているかも知れませんね。昔は、体力とパソコンでやってこれたのになんて、情けなくグチをこぼしたりして。


ご報告 2002/04/06

  やがて角の生える日

たけちゃんはくやしかったのだ
ちょーかっちょいい消しゴムを
むりやり下手くそな字でよごされて
ごしごしこすってみても
マジックだから消えねぇよ

絶対になくしっこない
消しゴムだったのに
もしも、もしも失くしても
くそーっなんて言わないで
静かになみだをかみしめられたのに

オニちゅうとあだ名された
先生の文字で
たけちゃんの名まえが
にじみ
かすむ
校庭に降る雨は
先生の大好きな
アジサイやアサガオを育むのに

やっと涙のおさまったたけちゃんに
小さな角が芽を出す
三十六本目の角は
ひときわ鋭く冷たかった


2月に「現代詩手帖」に投稿した詩です。応募総数588篇。入選9篇、選外佳作10篇。今月も選者のお目がねにはかないませんでした。


ロボット経済学 2002/04/09

ロボットが働く。そんなことは誰でも考える。私でさえ考える。ロボットが働けば労働の供給が増える。私の仕事もロボットに奪われるかもしれない。こんなことを考える人も少なくない。妻も考えた。SF小説にもありそうだ。さらにロボットが消費すると考える人もいる。燃料を使うとか、強化プラスチックが云々モーターがどうこう、マザーボードが......、とかいう話ではない。ロボットが知性を持つようになれば、人間のように欲しいものを買うようになるというのだ。驚いた。が、消費が増えれば労働需要も増えるというもの。私もクビがつながるかもしれない。いまからロボットに気に入られる方法を考えておこう。

福田次郎.ロボットとエージェントによる新たな経済市場の創造.MRI TODAY.2002.3.28


今年も来てくれましたよ 2002/04/16

日曜日、狭山の稲荷山公園に行ってきました。私の住む所沢からは西武池袋線で15分程度。芝生が広々としていて、キャッチボールにもピクニックにも、ウォーキングにも、もってこいです。満開の八重桜の下にシートを広げ、お茶とおにぎりの昼食を取っていたら、頭上を横切る黒い小さな影。珍しく持ってきていたビノキュラを覗いてみると......なんとツバメではないですか! もう来てたんですネ。みずくさい。ひとこと行ってくれれば、いいのに。まぁ、言ってもらっても、何もお構いできないけどね。スズメ、カラス、ヤマバト、ヒヨドリ、シジュウカラにわかバードウォッチャーに分かるのは、これ位いのもの。でも双眼鏡で見る世界は、不思議なほどキラキラと輝いていて、とても平和そうに見えるのです。すぐ隣が、自衛隊の基地だなんて、嘘のよう。


のんきな庭びと 2002/04/28

ゴールデンウィークの1日目。いかがでしたか。私は殆ど庭で過ごしました。草取り、種まき、花ガラ摘み。晴空の下、緑と花に囲まれて、ゆっくりと過ごしました。ウグイスの鳴く声も聞こえてきたりして。なんだかホッとさせられました。


おにぎり、おにぎり 2002/04/29

ゴールデンウィークもあっという間に前半戦が終わってしまいました。この3日間、東京近郊はよく晴れた日が続いて、遊びがいがありましたね。一昨日は庭仕事に精を出しましたが、昨日は家族で銀座を歩きました。休日に行ったのは久しぶり。すっかりストリートパフォーマーが増えていて驚きました。この春から総合学習の時間に稲作の勉強することになった息子の参考にと「お米ギャラリー」というところに立ち寄りました。展示物はこじんまりとしたものですがPR用の小冊子やレシピカードがふんだんに用意されていました。米粉のクレープやお米のアイスクリームなんかも売ってましたが私はやっぱり、おにぎり。なかなか美味しかったですよ。京橋駅近くの警察博物館というところにも行ってみました。明治以来の貴重な史料が惜しげもなく並べてあって思いのほか見ごたえありでした。

で、今日は例によって航空公園。一日中お日様の下で過ごしました。いつもはコンビニで弁当買っていくのですが、今日は自分でおにぎりをつくってみました。握るたびに形も大きさも違っちゃうのですが、ま、外で食べれば何でも美味しい。ですよね!?


あ~あ、終っちゃった 2002/05/07

って、何がって、GWですよ。もちろん。

妙なもんで終わった途端に今日は大雨。「あ~あ気分」がマスマスつのります。朝だってきっちり5時半に目が醒めちゃうから不思議。時計が鳴るのは6時なのに。あ~あ。

ところでGW後半ですが、結局、前半と同様、近場で過ごしてしまいました。3日は立川の昭和記念公園、5日はいつもの航空公園。あとは庭仕事やら、買い物やら。どうってことのない4日間でしたが、でも、だからこそ、心底、くつろげたのだと思います。

だからこそ、GW明けは、あ~あだなぁ。


今月のご報告 2002/05/08

  あいさつ

走ってないと追いつかれるぜ
フレッドがよくそう言ってたっけ
でも、いつまでも走ってるわけには
いかないだろう
いつまでも
おんなじところを

立ち止まる
振り返る
こっちに来るのは誰だ
身構える
耳を澄ます
明かりなんかなくても
じきに目が慣れるさ

突然遠くで花火が鳴る
苦しそうに光って消える
痩せた肩の向こうで
小さく
微かに

さぁ追いついたぜ、フレッド
どんな挨拶をしようか


3月の投稿詩です。こうして読み返してみるとストーリーに寄り掛かり過ぎだな。そのストーリーも、現代詩手帖で取り上げられるには、余りに通俗的過ぎました。でも、よいのです。そういうのが書きたかったのだから。


ふられちゃいましたぁ 2002/05/21

先週末のことです。新宿で「東京国際ミネラルフェア」というのがありました。鉱石、貴石、宝石、化石、隕石、等々、日本最大級の展示即売会で石マニアにはたまらないイベントなのだそうです。理科好きの息子にはうってつけと思い、一緒に行こうぜ、と誘ったのですが土曜も日曜も友達の家に行くからなぁ、とふられてしまいました。どうしてもって言うんなら、友達に相談して別の日にしてもらおうかなんて、気まで使われちゃいました。トホホ。

小学5年生ともなると段々遊んでくれなくなるんですねぇ。それも成長の証しなのでしょうが、やっぱり寂しくなるなぁ。


19-11=8 2002/05/23

今日は息子の誕生日。早いもので、なんと、もう11歳です。プレゼントは何がいい? と、数日前に聞いたところ19のベスト「青」がいい! だ、そうな。どらえもん○○やら、ポケモン××やらを欲しがっていた頃が懐かしいです。

子供が子供でいてくれる時間は意外に短いのですね。もっともっと大事にしておけば良かったなぁって思います。せめて残された子供時間をせいいっぱい大切にしてあげなきゃ。

週末は久しぶりにギターをしこんでやるかな。親子で「あの青をこえて」を歌おうっと。


いずれはエアーも決めてやるのさ 2002/05/25

5月。息子は11歳になりましたが、私は40歳になりました。40歳。不惑です。もう迷ってる歳ではありません!? そこで、ずーっとやってみたかった、あることを始めました。

何だと思います?
スケボーです。

生まれて初めて触れたスケートボード。入門書の通りに体を動かしたつもりなのですがそう簡単に乗れるものではありませんでした。おっさんになんぞ乗られてたまるかとばかりに何度も何度もはねつけられました。さんざん転ばされて、あちこちスリキズだらけになった頃ようやくボードも根負けしたのでしょうか――いやいや分かり合えたのだと思いたい、ついについに乗ることが出来たのでした。

けっこう痛い目に会わされたけど、やっぱり面白い。思い切ってやってみて良かったです。


ひさ~しぶりの一句 2002/05/29

おぼろ月 本音を言わぬ人と居り
本音を言わぬ人。実は、私のそばにそう人がいるというのではなく周りの人からそう思われているのではないかと思うのです。本音を言ってくれない。そう思って悲しんでいる人がいるのではないかと。

性分というんでしょうか。余り感情を表に出さない。したいこと、欲しいものがあっても、何故か我慢しちゃう。後で悔やむと判っていても、それでもやっぱり自分のことは後回し。

朧月は春の季語ですが、最近、おぼろ月のことが多いです。こうこうと輝く月が見たい。こうこうと輝いていたい。


あらぁ、佐藤さんだったのですか! 2002/06/12

土曜日のことです。練馬区立美術館に行ってきました。『絵本原画の世界』展。これなら息子も興味を持つかなと思ったのです。息子の反応はまぁまぁでしたが、それより驚かされたことがありました。ロシア民話の『大きなかぶ』の絵本、見たことありませんか?あの原画って彫刻家の佐藤忠良だったんですねぇ。全然、知りませんでした。

絵本の原画が見られる機会なんて、なかなかないですよね。小さな子供も若いカップルもお年寄りも楽しめる良い企画だったと思います。


学校も変わる? 2002/06/17

息子(小五)の授業参観に行ってきました。久しぶりの小学校で先ず思ったのは、変らないなぁ、ということ。自分が小学生だった30年前と、ほとんど同じ景色、同じ匂い。授業の進め方だって余り変ったようには思われないしきっと先生の意識も、生徒の意識も、変っていないのだろうなぁ。そんな素朴な懐かしさが半分。でも少し不安も感じました。30年も変らない組織。それで良いのか? 大丈夫なのか?

しかし、参観後の学校説明会に出席して変らないことばかりでもないのだなぁ、と、思いました。そもそも、学校が、その教育方針やら具体的な運営方法やらを親はともかく、地域住民にまで説明するような会を持つなんてきっと30年前ならなかっただろう、と、思うのです。また、その方針の中味も変ってきているようです。例えば「開かれた学校」。以前のような言葉だけのものではなく具体的な施策も実施されるようになりつつあります。また「総合的な学習の時間」が代表的ですが各学校の独自性を重んじ、権限委譲が進められているそうです。

学校。変って欲しいことも、変って欲しくないこともありますね。親は欲張りだから。こと子供のことに関しては。


久しぶりの創作ノート 2002/06/20

母は黒く名付けられた時間
低く飛び去った後には
ためらいだけが残されていた
全く突然やってきた詩句です。その意味するところは、まだ、よく判りません。この詩句を、いくら、いじくり回してもどこにも、たどり着けない気がします。そんな時は、素直に蔵にしまいこんで忘れてしまった方が、利口そうに思えますがそれが、なかなか、できないんですよねぇ。


落首 2002/06/26

世界はこんなに広くて、人もたくさんいて。
多様な文化、多様な言語。ほんと、いろいろだし。
幾世代も幾世紀も、千代に八千代に続いてるんだし。
だからそんな兄弟も、一組くらいはいたんじゃないか。
いつか歴史に残らぬ日の、どこか地球の片隅に。
チャランとポランと名付けられた兄弟が。
いたずら好きのチャランと、
いつも眠そうなポランと、
似ているようで似ていない。
似てないようで、やっぱり似ているのは、
どうもこうも「いい加減」なところ。
約束は守らない。
締切りは忘れる。
規則なんか知らない。
難しいことは人まかせ。
決して頑張ったりしない。
こだわらない。
悟らない。
チャランとポラン、やっぱりそっくりなのは、
いつもなんとなく楽しそう。
いつも仲良く、加減良く。
いつも適当が当に適う。
仕事中に、こんなことを、ついつい考えてしまう僕は、
きっとチャランの子孫。ポランの末裔。
明日は半期の締めだけど。ノルマはまだまだ遠いけど。
ついつい考えてしまう僕は、きっと。
別に幸せではないけどね。

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2008.06.24

矮猫亭・2002年1~3月

古い日記の再掲載。今回は2002年1~3月。年が改まった途端に仕事モードはすっかり鳴りを潜め、詩モード全開に。いや、もちろん仕事をしていなかったわけではないのですが……。


初散歩は七福神めぐり 2002/01/06

あけましておめでとうございます。1月2日、新宿の山の手七福神めぐりをしてきました。西武新宿駅から職安通りの鬼王神社へ。区役所通りを南へくだって御苑前の太宗寺。厚生年金会館の脇を再び北上して、抜弁天通りの法善寺、厳島神社、永福寺。大久保通りに出て経王寺。最後は神楽坂の善国寺をお参りして飯田橋駅へ。約8キロを4時間かけてのんびり歩きました。

歩いてみると東京も知らないところが多く、面白いものです。今年もたくさん歩きたいな。


年頭の誓い 2002/01/09

先日、ハーバード・ビジネス・レビューを読んでいたら、こんな文章に出会いました。

高名な天才が他者に比べて成功率が高いわけではない。~略~ 天才はひたすら多くを作る、つまり凡庸な者より多数の成功と多数の失敗を同時に生み出していくのである。~略~ 創造性とは、やり遂げた仕事量に比例する関数なのである。

出典:ロバート・I・サットン.西尚久訳.創造性を育てる「常識破り」のマネジメント.ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー.January 2002


で、少々気恥ずかしいのですが、今年の抱負。

今年は少しでも多くの作品を仕上げます。そのため「現代詩手帖」に毎月投稿することを課題とします。結果も毎月ご報告します。

さて、どうなりますやら。お楽しみに。


フレッド ソネット ―創作メモ― 2002/01/11

フレッドに教わったこと
いつだって
ずっと守ってた
でも もうだめ

走ってないと
不安が追いつくぜ
嘘じゃなかった
でも もう疲れちゃって

なんか逃げてるみたいで嫌だし
泣くのも怖くなくなった
勝手に追いつけばって感じ

遠くで小さく鳴る花火
苦しそうに光って消えた
もうフレッドには帰らない


前のバージョンがちょうど14行だったので、各連の行数と脚韻を整えて、ソネットにしてみました。第1連と第2連は各4行で、o、e、a、eと韻を踏み、第3連と第4連は3行づつ、韻はi、a、iに揃えました。

どうでしょう。少しオシャレに、それでいて安定感が出たかなと思います。でも、心なしか、切なさがあせたかな。うーむ。


ラッキー・レッド ―創作ノート― 2002/01/17

今日は赤がラッキーカラーだというので
ことさらに自分の血と肉とを
意識していようと思います。
皮膚と表情と
声とに
覆い隠されてはいても
赤く赤いモノども。
ねっとりと赤く
ぷるりと赤く
ぐにゃりと赤く。
日の光の届かない世界で
静かに増殖し
あるいは衰えてゆくモノ。

唐突に珍客が現れました。どう料理してやろうか。思案中です。


ラッキーレッド2 ―創作ノート― 2002/01/18

朝のテレビの占いによれば、今日のラッキーカラーは赤だそうで、
ことさらに自分の血と肉とを、意識していようと思うのです。

皮膚やら毛やらに覆われた、赤い蠕動、収縮、血流。声と表情とに
隠された、律動、滲潤、延伸、細動。潰瘍や腫脹の、ひとつやふた
つ、あったって、何の不思議もない。のんきそうにも見えるが、意
外に、痙縮、攣縮を、耐えているのかもしれない。

白々とした骨格のいさぎよさ、に、へばりつき、からみつき。ねっ
とりと赤く、ぷるりと赤く、ぐんにゃり赤く。日の光の届かぬとこ
ろで、増殖し、成長し、老い衰え。つまりは生きている。


せっかくのお客様ですので、おもてなしも、ひとひねりしてみました。行分けをやめ、全体に粘着質な感じにしました。また、目慣れぬ医学用語を並べ、即物的な、それでいて、おどろおどろしい感じを狙ってみました。


憲法を制定する!? 2002/01/24

先月読んだスミスの『TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探求』にならって、自分の憲法を制定することにしました。憲法といっても、何も大げさな堅苦しいものではなく、要は自分の価値観を明確にするということ。自分にとって、本当に大切なものを書き出し、そこに優先順位をつけるのです。スミスは、その価値観をベースに長期目標を設定し、その達成のための日課を決めると良いと言っています。

僕の憲法の第1章は家族、愛、友情、平和といった内容になる予定です。


遠藤先生、さようなら 2002/01/28

遠藤誠先生が亡くなられました。帝銀事件の弁護団長を勤められたことで知られる、熱血の人、反骨の人でありました。先生は仏教家としても著名で、仏の法と社会の法との交差する場所で、活躍されたと言えます。

先生の活躍を支えたのは、もちろん先生ご自身の強い信念でした。しかし、それだけではなかったようです。

『続 交遊革命』と題された先生の著書があります(社会批評社、1997年)。五年ほど前のことでしょうか、在りし日の先生からご恵送頂いたものです。紐とけば、「良き友を持つことは この道の半ばをこえる」と副題にあるように、「自分ヲ勘定ニ入レヌ」人々との多くの熱い出会いが、先生の支えとなっていたことが、示されています。中でも、ご令室の遠藤けい子(旧姓、戸田)さんとの出会いは、決定的なものであったようです。先生は、親鸞の夢告(むごう)の逸話を引きつつ、「僕にとって救世観音であった」と、けい子さんを称えています。

僕が死ぬことによって彼女が救われるのであれば、僕は、ためらわず死ぬだろうと。

複雑な事情もあり、波乱も紆余曲折もあった、けい子さんとの日々を語った章は、この激しい一文により締め括られています。その愛の深さ、激烈さに、圧倒されます。

心からの感謝と哀悼を捧げ、ご冥福をお祈り致します。はるかな天から、いつまでも、けい子さんを見守っていて下さい。合掌。


夜中に、ふと ―創作ノート― 2002/01/29

夜中に、ふと
目が覚めて
わたしの左手が
妻の左手を
握っていることに気付く
とても不吉なことのように思われ
すぐに手を離す
横身に寄り添って右手で右手を握り直す
そのまま乳房に触れてみる

いつの日か、逃れ難い別れ
せめて、こんなふうに暖かく
夜中に、ふと


ナマいなぁ。あまりにもナマなんで、照れくさくなっちゃう。でも、この手の素材は下手に煮炊きすると、味が壊れちゃうんですよねぇ。新鮮なうちに、よく切れる包丁でスパっと料理したいところです。


今月のご報告 2002/02/01

1月29日、今年最初の現代詩手帖(思潮社)が発売されました。現代詩手帖の投稿は、前月の20日が締切り。最新の2月号は、12月20日までに投稿された作品が審査の対象です。そろそろ年の瀬が強く感じられる12月18日、私はささやかな詩を封筒に納め、ポストに託したのでした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


投稿総数711編。入選は、わずか6作品。その他に選外佳作の8編が、タイトルと寸評のみ掲載されました。で、私の作品は?と言うと………今月は選ばれませんでした。来月こそ頑張るぞぉって、来月の分はもう投稿しちゃったんだよねぇ。


落葉焚き 2002/02/05

土曜日のことです。落葉が散乱して余りにひどい景色だったので、ひさしぶりに庭掃除をしました。終わってみると、落葉が山積み。何となく捨てるのはもったいないし、月曜日に収集場所まで運ぶのが大変そう。そこで焚き火をすることにしました。

焚き火といっても、そのまま火をつけては火事になりそうなので、一斗缶を探してくることにしました。ところが、これが、なかなかみつからない。近所の料理屋の裏か、工事現場にでも行けば、転がってるかなと思っていましたが、今時は、そうでもないのですね。結局、ホームセンターで1000円程で買いました。

五寸くぎを金槌でたたき、一斗缶の4つの側面にいっぱい穴をあけて、準備完了……おっと肝心なものを忘れていた。落葉焚きと言えばヤキイモ。それくらいの楽しみがなくっちゃ、苦労のしがいがない。イモは妻に準備してもらいました。アルミホイルと新聞紙でくるみ、水で濡らす。何年か前に人に教わったやり方です。

缶の半分くらいまで落葉を入れ、裂いた新聞紙を上に乗せて、いよいよ着火。紙は勢いよく燃えるのですが、落葉は、そう簡単にはいきません。それでも何度か点火を繰り返すうちに、よい感じの熾き火ができました。そこにイモを入れて、落葉を被せる。火が消えそうになれば、棒で掻き、それでもだめなら、新聞をくべ、もう一度、点火。火が勢いを取り戻したら、落ち葉の雨を降らせる。

そんなことを繰り返すうちに、あたりは、すっかり夕景色。空気が冷たくなって、いよいよ火の暖かさが身に染みるようになった頃、落葉はすべて燃え尽きました。灰の中からアツアツのイモを取り出し、すっかり焦げた新聞とアルミホイルをはがす。そっと頭を割ると、ホカホカと湯気が立ち上ぼり、甘い香りが広がりました。一家三人、夢中になってイモを頬張る至福の時。体も心もすっかり暖まりました。

火と戯れること、約2時間。それなりに緊張感もあり、立ったり座ったりと忙しく、ケムリも結構つらいものがありましたが、やはり火を起こし、火を囲むというのは、何ものにも代えられない楽しさがあります。くせになりそうです。

もっと落葉を降らせてくれよと、庭のヒメシャラを見上げてみても、枝はすっかり裸んぼ。でも、その枝先では、小さく固い芽が膨らみ始めていたのでした。


on 2002/02/15

on。接する、スイッチを入れる、火がともる、触れる......。

たった1音節の、たった2文字のささやかな言葉が、昨日から頭の中をめぐっています。なぜか、とても、なまめかしく、ほかりと暖かくもあるもの。なにかが始まろうとする、その胎動、ときめきのようなもの。そんな感覚が胸に広がって、なかなか去ろうとしないのです。

ところでバレンタインデーはいかがでしたか? あなたは誰かを「Turn you on」できたでしょうか?


いやな夢 2002/02/19

いやな夢を見ました。人を殺す夢です。しかも殺されるのも私です。かといって自殺という訳ではないのでした。

左手で自分の頭を押さえ、右手のナイフで首を切り裂きます。さらにナイフを動かして、頭を胴から切り離そうとする。でも全く痛くない。あくまでも殺す側の夢です、ここまでは。

あと5センチ、というところで、突然、気が変わりました。殺意喪失と言うか、すっかり気が萎えてしまったのです。気持ちが盛り下がると、ヒトゴロシも情けないもの。ヤバシ、ヤバシ、なんて呟きながら、必死でガムテープを首に巻きました。血で汚れた床を雑巾で拭いて、何度も何度もゆすいでは拭いて。

そうこうするうちに外出していた妻が帰ってきました。ばれないかなと、はらはらしていたら、案の上、クビどうしたの? いや、何でもないんだと、慌てて振ってみせると、ふいに血があふれ出す感触。

やっぱ、だめだったかぁ。そう思ったとき、ようやく自分が死につつあることを自覚しました。でも死ぬのは怖くなかった。ただ、家族と別れるのが、むしょうに悲しかった。もう会えなくなっちゃうんだから、K(息子)も早く帰ってくるといいのに。

目が覚めても、いつまでも切なさが残って、いやぁな感じでした。はぁぁ、思い出すだけで冷や汗が出そう。


さいた さいた 2002/02/24

2月も、もう7日足らず。陽気も随分春めいてきました。我家のささやかな庭の花壇にもクロッカスが咲きました。いつも真っ先に咲き出す、せっかちな元気者です。水仙、チューリップ、初めて植えたアネモネ。どれも、大分、芽が伸びてきました。部屋のシンビジウムもようやく開花。去年、植替えをした上に、何度も霜をあててしまって今年は咲かないかなと諦めていたのですが小ぶりながらも頑張ってくれました。

植物を見ていると勇気と元気がわいて来るようです。今日も一日、頑張りましょう。


これもさいた 2002/02/24

今日も暖かでしたね。妻と息子と自転車で公園に出かけました。久しぶりにテニスのマネゴトなんかしちゃってね。ところで、うちの庭ですが、大好きなユキヤナギも咲き始めました。


猫の恋 2002/02/27

恋猫聞く 不惑が二人 向き合いて

猫の恋、うかれ猫、はらみ猫。こんな季語があるのは、春が猫の繁殖期だから。最近、近所の猫が、ふだんとは違う太い声で、しつこく、うるさく、鳴いていませんか? そうです。あれです。あれが異性を求める声、また奪い合う声なのです。

わがやの周辺も恋する猫たちでいっぱい。昼となく、夜となく、ぬぅぁあ、ぬぅぉおを繰り返しています。子供も寝静まった頃、テレビやら新聞やら、それぞれに夢中になっていた妻と私。ひときわ太い猫の声に、ふと我にかえり、目を見合わせる。

それから二人は――――、どうなったのでしょうねぇ。後はご想像にお任せしましょう。


今月のご報告 2002/03/01

昨日、現代詩手帖の3月号が発売になりました。今月の新人作品の対象は1月20日までに投稿された作品。私はこんな作品を投稿しました。

   取引き

婚約記念に貰った時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――きっと取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュアの帰還。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇がなにくわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


投稿総数467編。入選8編。今月も、その選には及ばず、選外佳作9編にさえ、ひっかかりませんでした。が、それでも、挑戦は続きます。めげてはいられません。


ニンジン島 2002/03/03

昨日、久しぶりにミネストローネを作ったのですがカゴにしまってあったジャガイモもニンジンもすっかり発芽しちゃってました。台所の隅にも春は来ているのですね。あんまり可愛いかったのでニンジンの頭を切って白い小皿で水栽培にしました。白い海に浮かぶ赤い小島の森の若葉そんな風情になりました。


新しい仕事 2002/03/08

久し振りに仕事の話です。年明け早々、トップから新しい経営ビジョン制定のアナウンスをしてもらいました。いよいよ、その浸透を、すなわち意識と行動の改革を本格的に進める段に至ったと、気持ちを新たにした途端、なんと人事異動に引っ掛かってしまいました。研究開発部門の企画管理を担当する部署に移ることになったのです。

2週間ほどで残務を整理し、引継ぎを終え、開発部隊が集まっている第二本社に引越しました。東京西部の住宅街。窓の外には団地があって洗濯物や布団が干してあったりします。近所にはスーパーや100円ショップと生活雑貨を買うには便がよいです。が、仕事環境としてはどうなんだろう。

研開部門に移ってきて、まず驚いたのは本社との文化の違いです。研開部門なんだから自由な雰囲気なのだろうと期待していたのですが、本社より余ほど保守的、硬直化しています。考えてみれば、長い間、欧米大手のモノマネをどれだけ早くやるかが、勝負の分かれ目だった業界ですから、やることさえ決まっていれば効率よく進む官僚主義が求められていたのでしょう。

でも、これからもこれで良いのでしょうかねぇ。いっちょ、がんばってみましょうか。


夜中に、ふと(2) ―創作ノート― 2002/03/08

夜中に、ふと、目が覚めて、うつぶせの妻の左手を握っている自分の左手に気づく。とても不吉なことのように思われ、すぐに手を離す。だが離れない。幾度か試してみたのだが、手のひらが汗ばむばかり。あきらめて天井を仰ぐと、常夜灯のほのかな光に微かに浮かぶ虫影。

すこし幻想的な雰囲気を持ち込みたいと思いました。音韻やリズムの要素を押えるために、形式は散文詩で行こうかと、考えております。いじり過ぎないよう、用心、用心。


ハルソラ 2002/03/12

春空の 高みに機影の 微かなる

日曜日は暖かかったですね。春の陽差しに誘われて、公園に遊びに行きました。偶然お使いに来ていた姪と、わが家の一人息子をつれて(二人は同い年です)、家から一駅、自転車でも15分の所沢航空記念公園です。

明治時代のこと、ここには軍の飛行場があって、日本で初めて飛行機が飛んだのだそうです(ちなみに初めて墜ちたのもここです)。その後も訓練や試験飛行などに利用されてきましたが、敗戦後は接収され米軍基地に。80年代、ようやく県に返還され、跡地の一部に公園が建設されました。しかし、実は全面返還ではなく、今でも公園のすぐ近くにレーダー基地が残っています。

戦争と関わりの深い土地です。でも、いまでは、家族連れやカップルで賑わう、平和な景色が広がっています。もう誰も傷跡を覚えている人はいないかのようです。

インラインスケートに興ずる子供たちの歓声を聞きながら、ふと見上げると、良く晴れた青い空に、小さく、白く、十字架のような飛行機の影が浮かんでいました。


耳の後ろに ―創作ノート― 2002/03/16

男は耳朶の裏側にほくろがあった
直径は七ミリほど
少し膨らんでいて、二、三ミリは厚みがある

昨日、会社帰りに、そんな人を見掛けました。実はそれだけのことなのです。ただ妙に印象深くて、リアルな感じがしました。これは、いつか、どこかで使えるかな、って。それと、こんなふうに何でも数字で測っちゃう、そういう目線って、ちょっと面白い気がするのです。


たえて桜のなかりせば 2002/03/19

私の働いているビルは、団地に囲まれていて廊下に出ると窓の外は桜並木だったりします。その桜がもう三分から五分咲きになってます。おいおい、あんまり急がないでくれよ。週末まで待ってくれないと花見ができないぜ。

まったく仕事してる場合じゃないよなぁって思わされることが多いですよね、この季節。でも、部屋に戻ると、ディスプレーには書きかけの会議の資料が待っています。

やれやれ。

せめて週末は心おきなく遊べるよう今日も頑張っていきましょう。


ハナビエ 2002/03/26

待ちに待った週末。土曜日。早速、花見に行ってきました。総勢七名。家族三人に加えて妻の実家から両親と兄と姪が参加してくれました。

場所は勝手知ったる航空公園。かねて意中の大木の下に陣取りビールとコーラで乾杯。あいにくの花冷え、花曇りもかえって人出が少なくてと悦に入っていたのもつかのまぽつぽつ雨が降り始めました。

それでも慌てず騒がず(?)大きな天蓋の下に移動して花見は無事に続行です。雨にけぶる桜も乙なもの。負け惜しみに聞こえますか?でも、少なくとも思い出に残る一日になったと思うのです。この雨のお蔭で。


ハナフブキ 2002/03/28

先週の開花から、ずっと楽しませてもらってきた桜もそろそろ見納めの時期を迎えてしまいました。今のうちに花吹雪をたくさん浴びておきましょう。

花吹雪を見ると必ず思い出すことがあります。むかしむかし、まだ幼稚園に通っていた頃の話。私は家の近所の公園で砂遊びをしていました。大勢で鬼ごっこやボール遊びをするより砂場が好きな、おとなしい子でした。当時は。ふと顔を上げ、何気なく桜の木を見ると折からの風が、ひときわ強く吹いて散る花びらが、文字通り吹雪のようになりました。風が少し落ち着いて、花びらの舞いも静かになった時その一枚が、ひらひらと落下しながらモンシロチョウにに変わったのです。

私は大発見だと思いました。でも、そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうとも思いました。そこでこの日の目撃は、ずっと胸の奥に隠されてきたのです。

十数年後、詩を書き始めたばかりの私は春風が花びらを蝶に変える様子を四行詩にしました。詩は、普通の言葉では伝えられないことを伝えようとする試み--しばしば必敗の--なのです。私にとっては、いつでも。


ハナチル 2002/03/29

花びらに 降り籠められし 心地して

今月は桜の話ばっかり。まぁ、しょうがないか。なにしろ春と言えば桜。この思いは動かしようがない。

決めつけちゃいけないけど、日本人なら多かれ少なかれ、そんな思いがあるのでは。なにしろ俳句や短歌だと、花と言えば桜を指すほど。桜吹雪に降られたら、しばし佇むのも止を得ない。

たしか萩原朔太郎の若い頃の詩に桜の花は気持ち悪い、というのがあった。粒つぶの卵が、たかってるみたいだというのだ。言われてみれば、そう見えなくもない。でもそこから生まれてくるのは、春そのものじゃないかそんな気になってしまうのです。

うーむ。こんなに手放しで喜んでいていいのだろうか。

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