9.11,そのとき私は
いつものようにココログの新着をチェック.
白湯さんのGinger Buiscuitに「9.11」というタイトルの書き込みがあった.
3年前の9月11日、私はイギリスにいてテロのニュースをクラスメイトから知らされた。
あの事件をどこでどのように知りどのように受けとめたのか
余り人と話したことがなかったような気がする.
そしてそのことには意味があるように思われ少し悔やまれる.
悔やまれる? いまからでも遅くないじゃないか.
私にとって9月11日は「9.11」である以上に結婚記念日だ.
3年前のその日も私たちは家族3人で食事に出かけた.
もう忘れてしまったが,妻には何かささやかな贈物をしたはずだ.
2時間ほど楽しんだ後,帰宅.
いつものように慌しく風呂に入り,息子をベッドへ.
茶を入れテレビのスイッチを入れた直後あの映像が眼に飛び込んできた.
私は世界の終わりの始まりであるように感じ恐れおののいた.
しかしその恐ろしい映像から目を話すことが出来ず
妻と私はいつまでも無言でテレビを見ていた.
あれから3度目の結婚記念日を迎えた.
もちろん今でも「9.11」とこの日とを切り離すことが出来ない.
私たちの結婚記念日は永遠に血で染められてしまったのだ.
あなたの「9.11」が知りたい.
もし良かったらここにトラックバックか,コメントしてもらえないだろうか.
(トラックバックのやり方はここを参照)
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コメント
ならじゅんさん、こんばんは。
コトノハノトビラにコメントを頂いたsouです。
9.11について考えるといつも考えすぎてしまって考えがまとまらなくなるので、ちょっとだけ時間をいただいて何かしらのトラックバックを近々させていただければと思います。
ひつだけ今言えるのは、世界は決してひとつではなくてひとつになる必要なんてないんだということ。そうではなくて大切なのはお互いを知りながらつながるということなんだと思います。
ではまた。
投稿: sou | 2004.11.08 01:19
souさま、コメント有難うございました。
> ひとつになる必要なんてないんだ
本当にそうですね。
「ひとつ」になんてなれるわけないし
むしろなるべきじゃないですよね。
違いを認めながら繋がること
私もそれが大事だと思いました。
トラックバックを楽しみにお待ちします。
_____
みなさま
私がコメントさせて頂いたのは↓です。
詩が黙するとき_9.11以後
http://sousou.air-nifty.com/kotonoha/2004/11/911.html
投稿: ならぢゅん | 2004.11.08 08:50