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2004.09.27

初物ミカンの香りよりも……

果物の話が続く.今日は初物のミカン.もちろん隣の家の庭になったものではなく妻が買ってきたものだ.まだ青く酸味の強いミカン.私は真冬の甘いミカンよりも,むしろそのほうが好きだ.

それにしても何というタイミングだろう.つい先日,私は,中桐『詩の読みかた詩の作りかた』に引用された中桐自身の詩「海」にとても印象深いミカンを読んだばかりだ.

蜜柑の皮をむきはじめると
蜜柑のうえに涙が落ちた、君の好きだった蜜柑、
いちどきに十以上も食べた蜜柑。

ミカンを好んだ友人「M」は十五年戦争中にビルマ(現ミャンマー)で戦死した.湘南電車で根府川を通った時その美しい海の色に「僕」はふと「M」のことを思い出した.そして……
僕の心は壊れかけた目覚し時計のように鳴りだし、
湘南電車はそれよりももっと鋭い音を発して
僕の心をえぐった。
いま過ぎたのがどこの駅か、
僕は知らない、知ろうともせず蜜柑の皮をむいていた。

続いて中桐は「M」が鮎川信夫との共通の友人,森川義信であることを告白している.そう言えば鮎川の作品にも「M」はしばしば登場する.たとえば初期の名作「死んだ男」にも……
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの傷口は今でもまだ痛むか。

この作品は,むきだしの喪失感が痛ましく,忘れ難いものとなっている.殊にその冒頭部分は印象深い.
たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。

中桐も鮎川ももうこの世にはない.両氏と共に詩誌『荒地』で活躍した黒田三郎も田村隆一も.先週は更衣着信の訃報を聞いた.戦後の現代詩にとって計り知れないほど大きな役割を果たした荒地派の立役者達はもう殆ど残っていない.この喪失感はなかなか拭い得ないものだ.指に残るミカンの香りよりも…….

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