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2004.09.29

弥勒

足穂の「弥勒」を読んだ(新潮文庫『一千一秒物語』所収).「真鍮の砲弾」と題された第一部は,例によって夢見がちな少年の夢想を陳列したかのような趣きで,私はなかなかその世界に馴染むことができなかった.しかし第二部「墓畔の館」に入ると一転.アルコール中毒に由来する極貧生活,苛烈な現実が淡々と描写される.その筆致には静かな迫力が感じられた.この落差が必要だったのかと思うと,なるほど第一部の退屈も合点がゆく.そして奇想天外な方法でアルコール中毒を克服する結末部分.再生の予感の中で夢見られた夢幻は,妙な物言いだが筋金入りの夢想家のものだ.本物の夢想は私のようなものにさえセンセーションを与えてくれる.

表題の「弥勒」菩薩は作中わずかに2回しか登場しない.しかも2回目は「菩薩」や「半跏思惟像」といった言葉でほのめかされるだけだ.しかし「弥勒」は主人公「江美留」の半生を見事に象徴している.少年時代は夢想に耽溺し,長じてはいつしかアルコールに沈潜するようになり,無一物になってようやく覚醒を迎えた「江美留」.それは足穂自身をモデルとしたものだという.

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