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2004.10.30

詩人名鑑を始めました

ブログでつくる詩人名鑑を始めました。まずは池井昌樹黒田三郎草野心平を取上げましたので、コメント・トラックバックをどうぞよろしく。

そ、れ、と、掲示板もおいてみました。こちらもよろしく。

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匂い、血と肉の、つながりの

久しぶりに現代詩フォーラムから。

チアーヌ「かわいい匂い」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=20788

そう言えば、中学生になったうちのせがれは、うんこの匂いが私に似てきた気がする。血肉のつながりとは、そういうものなのだなぁ。

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2004.10.28

追悼 川崎洋さん(2)――最近の作品から

川崎洋さんの最近の作品から印象に残っている詩をいくつか書きぬいておこう。

まずは『現代詩手帖』2002年1月号に掲載された「木々の枝が風に揺れている」から。

木々の枝が
風に揺れている
その土地の言葉で
存分にしゃべり合っている人々のよう
わたしはわたしの言葉で
こんなにざわめくことが出来るか

5連32行、コンパクトにまとめられた作品の第1連。いたずらに巧むことなく、ただ風に吹かれるように自然に言葉を発したい。川崎さんが理想としていた詩はこのようなものだったらしい。

この年、朝日新聞(1月9日)に発表された「この寒さの中に佇めば」という作品にも同様の想いが語られていた。一生懸命練習してもちっとも鳴らなかったフルート。あきらめてテーブルの上に放りだしておいたら……。

部屋においてあるフルートが
吹いてくるささやかな風の具合で
ふと鳴るときがある と
楽器店の人から聞いたことがある
……略……
わたしの音色を出そうと
しゃかりきになるのは
もうよしにするか

血気をたしなめられたような心持ちがする。「しゃかりきに」ではなく自然体でいること。風が自在に歌口を吹きぬけられるように。

最後は『現代詩手帖』2003年1月号に掲載された「顔」から。

知らない顔に
会えるだけ会って
いきたい
当方に
いま見え聞こえている世界が
ふっと消えるまでに

まるで死期をさとっていたかのようだ。川崎さんは、自分が見たいのは「きれいな顔/やさしい顔/仏のような顔だけでなく」と言う。怯えた顔。卑怯な顔。どんな醜い顔でも見ておきたいと言うのだ。「にんげんの顔なのだから」、「おれ自身の折々の顔でもある」のだから、と。

会った一瞬の後には
次々にその顔は忘れていく
それで いい
別れとは
そういうことだから

そんなふうに言えるようになるまでには、どれだけ別れを重ねなければならないのだろう。無論、もう川崎さんに教わることは出来ない。ただ呆然と「寒さの中に佇」むばかりである。

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2004.10.26

追悼,川崎洋さん

川崎洋さんが亡くなられた.享年74歳.先月の『現代詩手帖』にも特集された「第三期」の詩人の一人だ.

ほぼ同世代で,同じ『櫂』の同人であった谷川俊太郎や大岡信に比べると,川崎さんはやや地味な印象を持たれがちだが,読売新聞の読者にとっては両名よりもはるかに馴染み深いことだろう.同紙くらし面に連載されていた「こどもの詩」の選者を20年に亘り担当されてきたからだ.人柄を感じさせる温かな選評に,しみじみと,あるいはほのぼのとした想いを持った者は少なくないはずだ.

しかし,その感動を見えないところで支えていたのは,子ども達の多彩,多様な作品の中から,豊かな発想とまっすぐな表現力とを選び出す選球眼である.たとえば,川崎さんは子供向けや翻訳も含め詩のアンソロジーを多数出版されているが,どれをとってもセレクションが絶妙だ.秀作の数々を飽きさず読ませてくれるし,目立たないささやかな作品にも眼配りが効いている.

川崎さんの眼が向けられるのは詩だけではない.殊に全国各地の方言や悪態,おまじないやあそび歌等を収集した一連の仕事には,川崎さんの日本語への愛着,こだわりが感じられ,興味深いものがあった.川崎さんの活躍の場は更に児童文学やテレビ・ラジオ(放送脚本),翻訳,エッセーといった分野にまで及んだ.そういった意味では誰よりも幅広く支持され愛された詩人と言えるかもしれない.共にご冥福を祈るばかりである.

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2004.10.20

新たな生への扉――現代詩手帖から

『現代詩手帖』10月号を読み終えたところ.後半の105頁から,いつものように印象に残った言葉を書き抜く.

まずは伊藤比呂美の詩「私たちは、母に連れられて」から.

私たちは、母に連れられて
乗り物に乗りました
乗って降り、また乗りました
車に乗りバスに乗り
それから飛行機に乗りました
またバスに乗り電車に乗り車に乗りました
          (連載詩「河原ヲ語ル」より)

連載第1回にふさわしい203行におよぶ力作の冒頭部分.本当は全編を引用したいのだが,そういうわけにもいかない.この6行で代用する.主人公の「私」と「弟」は「母」につれられて異国をさまよう。そして放浪の果て、兄弟は母国語を奪われ異国語を押しつけられる…….伊藤の新作は随分久しぶりのように思われる.ほとばしる言葉の勢いに「堰を切った」という感じを持った.

続いては前半の特集「[第三期]の詩人」にも登場した「第三期」らしからぬ「第三期」の詩人,堀川正美の言葉.

かずしれない魂の実体およびその総体を感受性の対象とすることが詩人の責任だといわなければならぬ(出典未詳)

吉田文憲,野村喜和夫,守中高明,和合亮一の4氏による討論「歴史状況の中で――戦後詩再考」の中で守中が引用したものだ.今月号から「責任」という言葉を書き抜いたのは何度目であろうか.はすっぱな物言いだが詩の世界の「時代のキーワード」なのかもしれない.

ところで,この討論は早稲田現代詩研究会主催「第一回詩のシンポジウム・戦後詩再考」で行われたパネルディスカッションである.もう20年以上前のこと,早大で鈴木志郎康が特別講義をしたのを思い出す.当時,浪人生だった私は友人に誘われてこっそり聞きに行ったものだ.

詩は不安定な状態から突然生まれるものであり、詩が生まれた結果、生まれる場となった人が詩人となるのではないだろうか。しかし、それは一瞬のことで、詩人はたちまち不安定な状態に放り戻される。つまり詩人ではなくなる。ふたたび詩の生まれる場となりたくて、さまよいはじめる。(「不安定をこそ――斎藤恵子『樹間』」より)

高橋睦郎の書評から.この感じは良く分かる.恐らく詩を書くものなら誰もがそう感じるのではないか.まして自分は,長らく,あてどなく,さまよう身である.いったい出口はどこに…….

詩にとって、詩でないものは全て体制である。(「詩書月評」より)

武田肇が連載している「月評」の見出し.威勢のよい言葉が並ぶところがこの著者らしさだが,それにしても今月はかなりキレている.暴走と言ってもよいかもしれない.あたかもラリーを見ているかのようなスリルだ.ラリーには派手なドリフトやジャンプ,ウォータースプラッシュといった見せ場がつきもの.たとえば次のような言葉はその見せ場にあたるだろう.

ぼくらを関らせてくれる詩とはその内容ではない。あなたが緻密に何かと(何でもいい)闘っている、その潔白で無意味で開放的な姿だ。(前掲)

最後にもう一つの月評,石田瑞穂の「詩誌月評」から.

記憶は苛む。しかし人は記憶の重みに耐え抜いた時、新たな生への扉を叩くこともできる。失われたものたちと共に。(「詩誌月評」より)

石田の文章はよく抑制が効き真摯な印象を与える.だから,このようなフレーズが素直に胸に響くのだろう.思えば今月号は特集を筆頭に全巻を挙げて現代詩の歴史を見つめなおしている印象を与える.それは歴史の,記憶の重みを引受け,新たな時代を切り拓こうとするものだろう.石田のこの言葉は,はからずも今月号の全体を総括するものとなった.

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2004.10.19

現代詩フォーラムより

おすすめ2点.
人の詩を誉めている暇があったら自分の詩を書けといわれそうですが…….

天野茂典 「疾走せよ!鱶」
タイトル通りの疾走感がたまりません.
やっぱりバイクの免許を取っておくんだった…….

きたのつづみ 「夜」
こちらは逆に静かにしみじみと良いです.
すーっと力が抜けてゆく感じ.

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2004.10.16

さらば「矮猫亭」

このサイトの母屋にあたる「矮猫亭」を閉鎖することになった.Gaiax社の無料サービスを利用して運営してきたものだが,同社より10月いっぱいでサービスを打ちきるとの連絡が入ったのだ.類似の新サービスへの移行も可能だったが,そこにはバックナンバを残すにとどめ,これを機に当サイトへ一本化することを選んだ.

「矮猫亭」は1999年7月21日の開設以来のべ5510人(10月15日現在)にご来亭頂いた.詩や俳句を含め,その時その時の様々な想い,考えを5年にわたってつづってきたサイトだ.当然,愛着もある.このサイトで出会った仲間も少なくない.高校時代の友人との再会をもたらしてくれたこともあった.だが…….

さらば「矮猫亭」.そしてご来亭頂いた皆さまに感謝.今度はここで会いましょう.新しい日々の,新しい想いと考え,そして新しい出会いの場所で

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「矮猫亭」の読み方

読み方といっても解釈とか理解とか小難しい話ではなく,もしもフリガナを振るならという話.「矮」は音読みしかないので普通ならそれを重ねて「わいびょう」と読むところだろう.私はあえて重箱読みに「わいねこ」と読んでいる.

「私は」と書いたのは実はどちらでも良いと思っているからだ.もっと言えば他の読み方を発明してくれても構わない.例えば「ちびねこ」.これなら拍手喝采.実は「矮猫」の起源は「ちびねこ」だったのだ.それはニフティサーブ(パソコン通信!)の頃の私のハンドル名であり,名作『綿の国星』(大島弓子)のヒロインの名だから.

とは言え欧文表題は「Y-NECO」と決めてある.もっとも英語版もフランス語版も公開予定はないのだが…….

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2004.10.13

タネ明かし

今日はタネ明かしをしてみたい.現代詩フォーラム今読んでいる本の13ページ7行目を書き写すスレに投稿した詩句の正体をお眼に掛けようという寸法だ.

葡萄酒のしずけさで

まず9/26の投稿.これは茨木のり子の詩「ひそかに」の一節だ.はるか古代から人は詩を書いてきた.いま自分が書こうとしている詩句も実は「使いふるしたリフレイン」かもしれない.それでも「葡萄酒のしずけさで」言葉を紡ぐ.そうせずにはいられない.そんな詩だ.底本は現代詩文庫版の『茨木のり子詩集』.
透明なふたつの人影がキスしている

9/30に投稿したこちらのフレーズは谷川俊太郎の最新作(?)「廃屋」から.『現代詩手帖』10月号に掲載されたこの作品は「廃屋1」から「同3」までの3つパートに分かれている.「廃屋1」は廃屋でひそかに営まれる男女の情交の様子を描く.「廃屋2」には床板の下に隠された日記が登場.そして詩句を引いた「廃屋3」.廃屋に暮らした人々の過去、現在、未来に詩人は思いを馳せる.

ちなみに『茨木のり子詩集』(現代詩文庫.思潮社)はこちらから購入できます.便利で安全,アマゾンです.

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2004.10.11

現代詩フォーラムから

まめに現代詩フォーラムを覗いていると,ぐぐっとくる作品に出会うことがある.多くはないかもしれないが確実にある.今日,出会ったのはこんな作品.

天野茂典「狂った朝食」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=21274

精密な測定器といった印象を持った.喪の,海の,誕生の,踊る女の…….

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2004.10.09

現代詩手帖から

『現代詩手帖』を読んでいる.10月号の特集は「[第三期]の詩人」.かつて吉本隆明は,1950年代にデビューした谷川俊太郎飯島耕一,大岡信,入沢康夫らを,「第一期」=昭和初期のモダニストたち,「第二期」=戦後の「荒地」や「列島」の詩人たち,に続く「第三期の詩人たち」と呼んだ.そこには否定的なニュアンスが込められていたそうだ.一方,当事者の一人である大岡は自分たちの世代の詩を「感受性の祝祭」と呼び吉本に対抗した.「第三期の詩人たち」は今日に至るまで活躍を続け,常に現代詩をリードしてきた.

さて,この特集記事から印象に残った言葉をいくつか書き抜いておこう.まずは城戸朱理・田野倉康一との対談での佐々木幹郎の発言.

一つの世代の動きを出発点のイメージだけでまとめてしまうと、そこに大きな誤差がある。どの時期にどの世代の動きと重層しているか、どういうかたちで繋がっているのかを見ないと戦後詩は俯瞰できないし、見取り図は立体化されない(「感受性の展開と持続――[感受性の世代]解説」より)

言われてみれば当たり前のことかもしれない.が,詩史に限らず,図式的な世代論を振り回したり,それで判ったような気になってしまうことは我々がしばしば陥りがちな落とし穴だと思う.

次は三浦雅士の「時の四重奏――谷川俊太郎、飯島耕一、大岡信、入沢康夫」から.

いま、蔽いがたい寂しさが忍び寄ってくるとすれば、詩人たちの誰も、時代に対しても世代に対しても、責任など感じていないことだろう。責任などという言葉がもはや存在しないのである。

う~む,手厳しい…….自戒を迫られる思いだ.

次の四元康祐の言葉にも身の引き締まるような感じを持った.

現実に立ち向かう詩人の厳しいモラルに気づかないなら、君は綺麗な言葉の蝶々を眺めているに過ぎない。それは束の間君を慰めてくれるだろうが、成長させることはないだろう。だが君が本当に詩を愛し、そこに己を託そうとするのなら、君は言葉を超えて、詩と現実との亀裂へ降りてゆかねばならない。(「「谷川俊太郎」という劇」より)

最後に最も印象深かった山本哲也の文章を書き抜いておく.

一九五〇年代の新人と二〇〇四年現在の新人との決定的な違い、それは……中略……生への「肯定性」が、詩の現在に見られない……中略……現代の若者は「あてどない夢の過剰」が現実への不適応をもたらすことを直感的に見抜いているのだ。だから、現代の青春には、「夢の過剰」それじたいがありえないものなのだ。(「紙の上の祝祭――「第三期」の詩人たちの変容」より)

私も中学生の息子を持つ身だが,息子を見ていると「自分もあんなに醒めてたっけ」と思うことがしばしばだ.その度に苛立ちを覚えるが,このように言われてみると,こちらこそ「あてどない夢の過剰」からか現実に適応し切れないでいるように思われてくる.やれやれだ.

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それは鳥だと思う

久しぶりにネットで気に入った詩をみつけた.みつべえ氏の「鳥かもしれない」.現代詩フォーラムに投稿されていたものだ.短い詩なので引用もしない.ぜひ以下のリンクをクリック.

みつべえ「鳥かもしれない」(現代詩フォーラムより)
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=21139

それは鳥だと思う.いや,鳥とは永遠の試みなのだと教えられた.

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2004.10.05

貘さん,知っていますよ

今日はfaceさんの『な~んちゃって通信』にトラックバック.なんせ「貘さんを知っていますか?」ときた.そりゃあ諸手を挙げて,知ってる知ってる貘さんっていいっすよねぇ,である.

「獏さん」こと山之口貘は沖縄の詩人.faceさんが紹介されている作品「鮪に鰯」に見られるように,超現実的な幻想と庶民的な日常性,そして軽妙なユーモアと辛らつな社会批評が同居した独特の作風である.それにしてもこの「鮪に鰯」は実に実に良い.こりゃ確かに高田渡に歌わせたら絶品だろうなと思う.だが私にとっての「獏さん」は「喪のある景色」の詩人なのだ.

うしろを振りむくと
親である
親のうしろがその親である
その親のそのまたうしろがまたその親の親であるというように
親の親の親ばっかりが
むかしの奥へとつづいている

「喪のある景色」は,こんな書きだしで始まる1連15行の比較的短い作品である.だが,そのスケールは大きい.「親の親の親」をたどって「むかしの奥」に遡ったかと思うと,今度は「子の子の子の子の子」をたどって,「空の彼方」へ「未来の涯」へ突き進む.その行きつく末,時空のはるか高みから振返ると――
こんな景色の中に
神のバトンが落ちている
血に染まった地球が落ちている

世界の終わり,生命とその歴史の終わりを想起させるような戦慄的な静けさ.しかも終末をもたらしたのは他でもない<人間>だと思わされる.神のバトンを落としたのは,地球を血で塗りこめたのは俺たちだ,と.

余談である.私がこの作品と出会ったのは15年ほど前のこと.まだ結婚したばかりの私は狭い木造アパートに住んでいた.会社帰り,夜,遅くまで開いている近所の古本屋で彌生書房の『山之口貘詩集』を見つけた.手にとって開くと,いきなり「喪のある景色」が眼に飛び込んできた.衝撃的だった.

翌日,私は初めての海外出張でハワイに向かった.もちろん妻を連れて行くわけにはいかなかったが,「貘さん」の詩集はいつもカバンの中にしのばせていた.上司の眼を盗んでは寸暇を惜しんで読みふける.英語の書類の山なんかそっちのけである.

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2004.10.04

あなたが空しく生きた今日は――再び

先日の記事にnakoさんからこんなコメントを頂いた.

でも私は、それでも毎日虚しく過ごしているような気がします。難しいなあ。

「私も偉そうなことを言えるほどの者ではありません.でも,だからこそ,こういう言葉が身にしみるのでしょうね」と,私はお応えした.それは率直な実感である.私も十全に生きているとは思えない.更に言えば,nakoさんが紹介してくれた「あなたが空しく生きた今日は……」という言葉が,これほどに支持されたところを見ると,そのように思っているのは我々だけではなさそうだ.

nakoさんのコメントに私は茨木のり子の詩を思い出した.

いまなお<私>を生きることのない
この国の若者のひとつの顔が
そこに
火をはらんだまま凍っている(「魂」より)

「そこ」は手鏡の中,「若者」は「そこ」に写った自分だ.茨木のこの作品は女性の立場から書かれたものだが,「<私>を生きる」ことができていないのは女性に限らないのだろう.「若者」だけではなく私のような不惑を過ぎた者さえもそのように感じさせられる.

それは「この国」だからなのか.それともこの時代だからなのか.或いはそういったことに限らないのか.私には判らない.どうしたら「<私>を生きる」ことができるのかも.

判らないながらも言えることは,私にとって詩を読み,詩を書くことは「<私>を生き」ようとする試みだということだ.その試みはいつも奏効するとは限らない.むしろ失敗することのほうが多いのかも知れない.しかし少なくともその試みは,自分が「<私>を生きる」ことができていないことに気づかせてくれる.凍ったまま燃える火に気づかせてくれるのだ.

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2004.10.01

あなたが空しく生きた今日は

突然だが,なこさんのブログ「なころぐ」にトラーックバーック!である.まぁ,そんなにリキむ必要もないのだろうが,どうも不慣れなせいか,トラックバックはちょっと緊張する.その辺が克服できないとブログはBBSほど普及しないのではないか.ブログ者たちよ,どんどんトラックバックしようや.

さて本題に戻る.@niftyのブログ「ココログ」は,トラックバックの普及を図るためであろう,「トラックバック野郎」なる企画を展開している.要は「トラックバック野郎」さまがお題を示し,これに応えるトラックバックを募集するというものだ.「なころぐ」は「ザ☆座右の銘」というお題で最優秀賞を獲得された.

あなたが空しく生きた今日は、
昨日死んでいった者が、
あれほど生きたいと願った明日。
 -カシコギ(韓国の小説)より

周りの風景が、ちょっと違って見える様になる一言。
     (「あなたが空しく生きた今日は」全文)

「あなたが空しく生きた今日は……」は確かに「いい言葉」だ.端的でわかり易く,人を感動させる力がある.このような素晴らしい言葉にめぐり合わせてくれた,なこさんに感謝である.

ところで,先日,引用した鮎川の詩句はどうか.

たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。
     (「死んだ男」より)

戦死した友人「M」.生きていれば,こんなこともしたかっただろう,あんなこともしたかっただろう.「M」の無念を想うと,その分までしっかりと生きて,成すべきことを成し遂げなければならない.この詩句にはそのような想念が表現されているのだろう.「あなたが空しく生きた今日は……」とちょっと似ている.

しかし似ているのだけれど,ずっと分かり難いし,なんだかゴツゴツしていて,すんなりとは入ってこない.それでも「遺言執行人」と書かずにはいられないのが詩人なのだと思う.そう書かないと彼の思ったことを本当に語ったことにはならない.いや,そう書いて始めて自分が何を経験しつつあるのかが分かる.詩人とは,詩とは,そういうものなのだと思う.

だが勘違いしてはいけない.「あなたが空しく生きた今日は……」という言葉が「遺言執行人が、ぼんやりと……」より詩的でないとか、ましては劣っているということではない.ただ,それは,そのとき鮎川が経験したこととは違う,というだけだ.

敗戦の混乱も未だおさまらない1947年,鮎川は「死んだ男」を発表した.そこに示された死者への想い,そして自分たちは「荒地」に立っているという自覚と,「荒地」を拓いてゆかなければという使命感.これらは広く詩人たちの共感を呼び,「死んだ男」は戦後詩の出発点となった.

いま私たちが立っているのはどのような場所なのか.私たちはどこに向かって出発しようとしているのか.

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