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2004.12.12

恒例(?)タネあかし、13ページの7行目

久しぶりに現代詩フォーラムの会議室「今読んでいる本の13ページ7行目を書き写すスレ」への投稿のタネあかしをしよう。

まず1つめ。

いくだいものバスが停まってはゆきすぎ

『池井昌樹詩集』現代詩文庫.思潮社.2001から。詩「少年」の一節。誰を待ってか、何を待ってか、バス停にたたずむ少年はただバスのゆきすぎをむなしく見送るばかり。見送るたびに少しずつ大人になり、そして、少しずつ老いてゆく。そんな詩だ。

中学生になった息子を見ていると、青春と呼ばれる一時期は過ぎてしまったのだと、いまさらながら思い知らされる。あの頃、待ちつづけていたもの、追い求めていたものとは遂に出会えぬままに。あの頃、失ったものは遂に取り戻せぬままに。

次はこちら。

いい子にもいろいろなパターンがある

平松園枝『好きな自分、嫌いな自分、本当の自分―自分の中に答えがみつかる方法』大和出版.2001から。この本は臨床心理学のサイコシンセシスという考え方を紹介するもの。サイコシンセシスは、悩みや心の葛藤を色々な自分「サブパーソナリティ」と本当の自分「セルフ」との混同に由来するものと捉え、自分の中に潜む「サブパーソナリティ」に気づき、そこから脱同一化することで解決を図るものだ。僕は心理学には疎いが、自分を客観的にとらえる方法としては有効かもしれないと思った。

追伸 これから眼鏡屋に行ってきます。とうとう遠近両用が必要になってしまった。

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