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2004.12.31

2004年を振りかえる(読書篇)

今年もいよいよ残り2日。例年通り、この一年を振り返っておきたいと思う。

まずは読書篇。今年は47冊と寡読なボクとしては比較的多く読んだほうだった。雑誌はカウントしていないから少なくとも現代詩手帖12冊がこれに加わる。例によってベスト3を選んでみると:

1.谷川俊太郎 .世間知ラズ.思潮社.1993

『世間知ラズ』を紐解いたのは何度目のことだろうか。冒頭を飾る「父の死」といい、「詩は/滑稽だ」と冷たく言い放った表題作「世間知ラズ」といい、いつ読んでもその衝撃は古びることがない。この詩集を上梓してから2002年に『minimal』を刊行するまでの約10年、谷川は新作詩集を発表しなかった。『世間知ラズ』は、そこここに沈黙の予兆、詩への絶望が感じられる。

2.池井昌樹.池井昌樹詩集.現代詩文庫.思潮社.2001

『池井昌樹詩集』は先日ご紹介したばかりなので(「恒例(?)タネあかし、13ページの7行目」)、ご記憶のかたもおありかと思う。また、その前にご紹介した「星々」も収録されている。ボクは池井の今のところのベストは『晴夜』と『月下の一群』だと思っている。その両方の全篇が収められている『池井昌樹詩集』は実にお徳用だ。

3.太田哲也.クラッシュ―絶望を希望に変える瞬間.幻冬舎文庫.幻冬舎.2003ならびに同.リバース―魂の戻る場所.幻冬舎.2003

レース中の事故で重傷を負った太田がサーキットに戻る日までを描いたドキュメント。もともと息子にねだられて買い与えたものだが試しに読んでみたら大当たり。人間の尊厳、命の強さと脆さを痛感させられた。

番外編。今年は例年になくマンガをよく読んだ年でもあった。なかでもはまったのが『頭文字D』(しげの秀一)。これも最初は息子に買ってやったものだったが、いまではすっかりボクのお気に入り。毎週金曜日、会社帰りにブックオフで一巻ずつ買うのが自分へのささやかなご褒美。もう一つのお気に入りは『750ライダー』(石井いさみ)。中学、高校の頃、『少年チャンピオン』に連載されていたものだ。当時はわずかな小遣いが惜しくて本屋で立ち読みしたり仲間とまわし読みしたりだった。ある日、これまたブックオフでSPコミック版を発見。二度と会えないと思っていた旧い仲間と思いがけず再会を果たした気分がした。

『750ライダー』の登場人物たち、光に順平、委員長、マスター……、みんな当時のままだけど、ボク一人、すっかり歳をとってしまった。それだけに君らがいとしい。

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2004.12.28

さようなら、石垣りん さん

石垣りんさんが亡くなられました。戦後女性詩の草分け的存在だった石垣さんは、抑圧された女の立場から鋭く厳しく社会をみつめ、また働く女として真摯に、しかし暖かく人の暮らしと人生をみつめ、その視線がお名前の通り凛としていました。

虫が知らせたのでしょうか。実は今月の初めから現代詩文庫の『石垣りん詩集』を一日一作品くらいのペースでゆっくり読み返していたところでした。ボクが一番好きな石垣さんの作品「表札」から。

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん。
それでよい。

墓碑銘ばかりは自分では書けない、と石垣さんは天国で悔しがっていらっしゃるでしょうか。ご冥福を祈ります。

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2004.12.25

冬の散歩道

お馴染みfaceさんからこんなコメントが届いた。

こんばんは。
冬の
航空公園も
散歩するにはいいですか?。
タコ上げるとか。

はて? と思いfaceさんのブログ『な~んちゃって通信』を訪ねてみると、なるほど「冬の散歩道」が迎えてくれた。

昔、サイモンとガーファンクルの歌にこんなんがあったような気がする。

ありましたねぇ。1968年発売の『ブックエンド』に収録されていました。このアルバムは他にも「アメリカ」や「ミセス・ロビンソン」など良い曲が多かったな。もっともLPはあらかた処分してしまって、今ではS&GもCD2枚、『グレーテスト・ヒッツ』『卒業』しか手元に残っていない。「冬の散歩道」は若い人にとっては、TVドラマ『人間・失格』でかかっていた曲、なんだろうな。それも、もう10年も前のこと。

faceさんの写真は石神井公園だろうか。学生時代、つき合っていた女性がひばりが丘に住んでいたので、石神井公園も所沢の航空公園もよく二人で歩いたものです。ボクはあんまりお金を持っていなかったし、人ごみが好きじゃなかったからね。卒業後、その人と結婚して、ひばりが丘に住み、子供が生まれ、所沢に越して……、本当に時がたつのは早いものです。

その間にかつてのデートコースは子供を遊ばせる場所に変わりました。はじめはベビーカーに乗っていた子供がヨチヨチ歩くようになったかと思うと、あっという間に自転車、インラインスケート、スケボー……、今では、もう、ちっとも遊んでくれなくなってしまった。仕方がないから最近は再びツレアイと二人で歩いています。一人で走ることも始めました。

航空公園は広々しているから散歩にも良いけどピクニックや体を動かすのにも向いている。ちょっと遠出して稲荷山公園もそんな感じだが、こちらはどことなくバタくさいところがある。他にも大泉交通公園(保谷)や牧野記念庭園(大泉学園)、八国山緑地(東村山)、竹林公園(東久留米)、小金井公園(花小金井)等々、西武線沿線にはお気に入りの公園がたくさんあって、冬に限らず散歩道にはこと欠かない。

それでも時として吉祥寺の井の頭公園に足を伸ばしたくなることがある。ここに吹きだまる風には自由と、そして伊勢屋の焼き鳥の匂いがするから。

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2004.12.23

なぎらさんのこと

faceさんの描いた、なぎら健壱の絵を見ていたら(「すっぱいのですかんぽ」)、もう10年ほど前のことであろうか、なぎらさんに会った日のことを思い出した。

当時、幼稚園児だった息子はミニ四駆に夢中で、土曜の朝は必ずミニ四駆をテーマにしたTV番組を見ていた。一人ぼっちでは心細かったのか、そんな時はいつも僕が叩き起こされた(文字通り叩くんだなぁ)。番組が終ると息子は他にやりたいことがあるので僕は解放される。そのままぼんやりTVを見ていたら、サイクルスポーツと競輪の番組が始まった。そのメインパーソナリティを務めていたのがなぎらさんだった。もともと自転車好きだった僕は毎週この番組を見るようになった。

そんなある日のこと、家族で旅行に出かけた新幹線の中で、なぎらさんに出会ったのだ。僕の斜め前の席に座っていた女性が座席を回して対面にしようとしたがなかなか回らない。見かねた僕も加勢したのだが、不慣れで一向に役に立たない。こまったなぁ、と思っていたら、自分の二列前の席から自転車雑誌片手になぎらさんが登場。こともなげに、ささっと座席を回すと、そのまま自分の席に戻って行ったのだ。その時、なぎらさんは、とても物静かで座席を回すときも殆ど無言だった。その様子に、僕は、この人はすごく照れ屋なんだな、と感じた。

フォークシンガーにしてコメディアン。なぎらさんの二面性は照れ屋ゆえのことだと思う。1971年、中津川フォークジャンボリーに高校生(だったですよね?)シンガーとして登場した当時のことを知る人は、なぎらさんを天才と誉めそやす。なぎらさんは、そんな自分のかっこいい天才ぶりが照れくさくてしょうがないのではないか。だから、かっこわるいコメディアンを演じてみるのだが、天才・なぎらはこっちでも才能を発揮してしまう。TVでなぎらさんを見るたびに、僕は、眼鏡の奥のあの細っこい目が、まいったなぁ、と照れ笑いしているように見えるのだ。

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2004.12.21

二人は掛け算?

10月に投稿した記事「あなたが空しく生きた今日は」にkohtさんからトラックバックを頂いた。ありがとう。

それに比べて、同じ「いい言葉ねっと」にある、日本ドラマのこりゃ何だ。

まったく、君たち二人は、マイナス思考だなぁ。
でも、マイナスとマイナスを掛ければ、プラスになるんだったね。*2
「ラストクリスマス」

このごろのテレビドラマの最大の不幸は、優れた脚本家がいないことだと思う。いわば歌舞伎のようなものだ。みんな役者を見に来る。筋書きなどどうでもいいのだ。

  ……中略……

*2:一応最後まで冷たぁ~く突っ込んでおく。マイナスとマイナスを足せばマイナスではないのか。二人の人間を並べたとき、一方が他方の「乗数」になることなどあろうか?

「いい言葉」より(『聆曜亭の日常-Pensee dans le”Ryoyotey”』所収)

ドラマ『ラストクリスマス』は観ていなかったので何とも言いようがないが、この脚注がステキ! 「乗数」になるような事態、いわゆる相乗効果をまるっきり否定するつもりもないのだが、少なくともマイナス思考の二人には単純な足し算でさえ難しいかもしれない。

ところで、この記事を読んで同業他社との合併を決めたある会社の社長の発言を思い出した。

合併が1+1の足し算ではなく、1×1の掛け算になるよう、事業統合に励みます。

といった内容のものだ。聞いていた人は、みな、「あ~あ、やっちゃった」といった様子。社長さん本人も後から気づいたようで赤くなっていた。その様子がなんともキュートであった。

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2004.12.14

もはや生理として

ここではすっかりおなじみのfaceさんの『な~んちゃって通信』にトラックバックである。

僕にも愛する日本の風景や土地はたくさんあるが、「国」「祖国」という言葉にはどうしてもいかがわしい、そして哀しいイメージがつきまとう。だから僕もホイットマンのように祖国を歌うことはできない。(face「祖国を歌えない」より)

僕もこの国の風土を愛している。思春期には憎しみの対象でさえであった、この国の風土を。だが、いや、だからこそ、僕には歌えない歌がある。サーキットでも野球場でも、息子の卒業式や入学式でさえ、僕には歌うことができなかった。それは思想的にというよりも、もっと素朴に良心として、いや、もはや生理として。

思いだすことがある。僕の父はサンマの塩焼きが食べられない。胃が弱く油ものを避けていた父のことだから特に不思議にも思っていなかったのだが、ある夜、ふと、その理由をもらしたことがあった。

それは父がまだ高校生だった頃のこと、学校の講堂で原爆の記録映画が上映されたそうだ。初めて見た被爆直後の映像に父は大変ショックを受けたという。その夜、食卓にのぼったのがサンマだった。夕餉のおかずを見るなり、一面の焼け野原と化したヒロシマ、まっ黒に炭化した遺体、あるいは力なく横たわる被爆者の焼けただれた皮膚、そうしたイメージが次々と思いだされ、焼けこげたサンマに重なり、父は夕飯を食べることが出来なかった。それ以来、父はサンマが食べられなくなってしまった。

僕には歌えない歌がある、父に食べられない魚があるように。

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2004.12.12

恒例(?)タネあかし、13ページの7行目

久しぶりに現代詩フォーラムの会議室「今読んでいる本の13ページ7行目を書き写すスレ」への投稿のタネあかしをしよう。

まず1つめ。

いくだいものバスが停まってはゆきすぎ

『池井昌樹詩集』現代詩文庫.思潮社.2001から。詩「少年」の一節。誰を待ってか、何を待ってか、バス停にたたずむ少年はただバスのゆきすぎをむなしく見送るばかり。見送るたびに少しずつ大人になり、そして、少しずつ老いてゆく。そんな詩だ。

中学生になった息子を見ていると、青春と呼ばれる一時期は過ぎてしまったのだと、いまさらながら思い知らされる。あの頃、待ちつづけていたもの、追い求めていたものとは遂に出会えぬままに。あの頃、失ったものは遂に取り戻せぬままに。

次はこちら。

いい子にもいろいろなパターンがある

平松園枝『好きな自分、嫌いな自分、本当の自分―自分の中に答えがみつかる方法』大和出版.2001から。この本は臨床心理学のサイコシンセシスという考え方を紹介するもの。サイコシンセシスは、悩みや心の葛藤を色々な自分「サブパーソナリティ」と本当の自分「セルフ」との混同に由来するものと捉え、自分の中に潜む「サブパーソナリティ」に気づき、そこから脱同一化することで解決を図るものだ。僕は心理学には疎いが、自分を客観的にとらえる方法としては有効かもしれないと思った。

追伸 これから眼鏡屋に行ってきます。とうとう遠近両用が必要になってしまった。

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2004.12.04

金曜日のすごい人たち

昨日は3人もすごい人に出会った。

まずは昼下がりの山手線の中。2歳くらいの女の子が若い母親のひざに抱かれている。「えーん、えーん」と女の子。「泣きまねしてるのは誰かなぁ」と母。「ミキちゃん!」(仮称)と女の子が元気に小さな手を上げる。

この遊びがよほど気に入ったのか、女の子は何度も何度も繰り返す。その内にバリエーションが出てきて

えーん、えーん、にゃーにゃー。
泣きまねしてるのはネコちゃん?
あたりー。

もーもーウシさん、けろけろカエルさん、ぴょんぴょんウサギさん、おっと、さかなさんまで泣きまねをする。

えーん、えーん…………。
今度はだーれ?
よーん!

女の子は親指を曲げた手を勢いよく突き上げる。おどろいた。数字の4の泣きまね。なんという発想だろう。

続いては会社帰りの西武線。疲れた身体を座席に押しこみ文庫本を読んでいたらパラリと栞が落ちてしまった。立ち上がって拾うにも前に立っている人の迷惑になる。もともと本についていた、どうということもない栞だし、とあきらめることにした。

ふと気づくと「次は所沢」のアナウンス。どうやら、すっかり眠っていたようだ。本をかばんにしまい立ち上がろうとすると、前に立っていた20歳くらいの青年が栞を差し出す。その絶妙なタイミング、押しつけがましさのない自然な振舞い、さわやかな笑顔。まいった。その歳でそのような気遣いができるとは、なんというできた男だ。

最後は誰もが知っている倉本総さんがすごい。就寝前のメールチェックがてらfaceさんのブログ『な~んちゃって通信』を覗いてみたら倉本さんは「ただものではない」との記事。どんな風にただものでないかは是非そちらでお確かめを。

それにしてもこういうすごい人たちに出会うと自分はまだまだだと思い知らされる。負けたとか、自分はダメだとか、そういう苦い感じではなく、さわやかな心地がする。

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2004.12.02

「星々」に出会った夜

池井昌樹の作品に初めて出会った日のことを思いだした。

それは1997年のこと、当時購読していた雑誌『詩学』の書評に、刊行されたばかりの池井の詩集『晴夜』がとり上げられた。そこに紹介されていた「星々」の一節に僕は衝撃を受けたのだ。その頃は仕事が忙しくてめったに詩集を手にすることもなかったのだが、僕はすぐに近所の書店で取寄せてもらうことにした。

一週間ほど後、会社帰りに本屋で『晴夜』を受け取り、店先の明かりを頼りに目当ての作品を探した。これだ。これがあの「星々」だ。その場ですぐに全行をたどった僕は異様な感動を覚えた。これまでにも心を動かされた詩はいくつもあった。「星々」より優れた詩だって何篇も読んだだろう。だが、あのような心の揺さぶられ方は余り覚えのないものだった。その後も、今に至るまで。


二人の息子と妻と初めての家族旅行。有頂天の男は歓喜のあまり息子たちをかわるがわる肩車して夜の温泉街に飛び出した。

おおほいほい おおほいほい
これは素敵な機関車だ

「星々」は初老に達した男のそんな思い出ばなしから始まる。男の想いは家族に向かってまっすぐに伸びている。痛々しいほど、まっすぐに。仕事に追われ、週末の他は息子と顔を合わせる暇もない、父親らしいことなど碌にできていない私だったが、いや、むしろだからこそか、その切なさが胸に迫った。

しかし男の想いは勢い余って当の家族を突きぬけ、その向こう側にまで伸びてゆく。時空を越え、夜空へ、「星々」へ。あの晩の「素敵な機関車」が酔いの勢いに乗って最後は暴走してしまったように。

おおほいほい おおほいほい
おまえたちの子をかたぐるましたおまえたちをまたかた
 ぐるましたとうちゃんをまたかたぐるました……
数珠つながりの夜通し運行
終点なんかどこにもないのだ

夜空に満ちる「星々」は、その無数の夜行列車のあかりだ。無数の親子の想いがともる、無数の生きものの切ない命がもえる、その光だ。


僕は急いで家に帰ると着替えもせずにこの詩を妻に見せた。彼女は詩には興味を示さない女だから、いつもはそんなことはしないのだが、この詩ばかりはそうしないといけないと思ったのだ。読み始めると程なく洟をすする音が聞こえ、妻の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。そんなことはこれまで一度もなかったし、その後も一度もない。

おおほいほい おおほいほい

池井の詩は原始からの呼び声、生命のはじまりの音がする。

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