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2004.12.02

「星々」に出会った夜

池井昌樹の作品に初めて出会った日のことを思いだした。

それは1997年のこと、当時購読していた雑誌『詩学』の書評に、刊行されたばかりの池井の詩集『晴夜』がとり上げられた。そこに紹介されていた「星々」の一節に僕は衝撃を受けたのだ。その頃は仕事が忙しくてめったに詩集を手にすることもなかったのだが、僕はすぐに近所の書店で取寄せてもらうことにした。

一週間ほど後、会社帰りに本屋で『晴夜』を受け取り、店先の明かりを頼りに目当ての作品を探した。これだ。これがあの「星々」だ。その場ですぐに全行をたどった僕は異様な感動を覚えた。これまでにも心を動かされた詩はいくつもあった。「星々」より優れた詩だって何篇も読んだだろう。だが、あのような心の揺さぶられ方は余り覚えのないものだった。その後も、今に至るまで。


二人の息子と妻と初めての家族旅行。有頂天の男は歓喜のあまり息子たちをかわるがわる肩車して夜の温泉街に飛び出した。

おおほいほい おおほいほい
これは素敵な機関車だ

「星々」は初老に達した男のそんな思い出ばなしから始まる。男の想いは家族に向かってまっすぐに伸びている。痛々しいほど、まっすぐに。仕事に追われ、週末の他は息子と顔を合わせる暇もない、父親らしいことなど碌にできていない私だったが、いや、むしろだからこそか、その切なさが胸に迫った。

しかし男の想いは勢い余って当の家族を突きぬけ、その向こう側にまで伸びてゆく。時空を越え、夜空へ、「星々」へ。あの晩の「素敵な機関車」が酔いの勢いに乗って最後は暴走してしまったように。

おおほいほい おおほいほい
おまえたちの子をかたぐるましたおまえたちをまたかた
 ぐるましたとうちゃんをまたかたぐるました……
数珠つながりの夜通し運行
終点なんかどこにもないのだ

夜空に満ちる「星々」は、その無数の夜行列車のあかりだ。無数の親子の想いがともる、無数の生きものの切ない命がもえる、その光だ。


僕は急いで家に帰ると着替えもせずにこの詩を妻に見せた。彼女は詩には興味を示さない女だから、いつもはそんなことはしないのだが、この詩ばかりはそうしないといけないと思ったのだ。読み始めると程なく洟をすする音が聞こえ、妻の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。そんなことはこれまで一度もなかったし、その後も一度もない。

おおほいほい おおほいほい

池井の詩は原始からの呼び声、生命のはじまりの音がする。

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