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2005.03.14

現代詩手帖の読みどころ 拾遺

1月号と2月号から紹介し損ねていた詩を拾っておこう。まずは1月号から、四元康祐小池昌代による連載「対詩 詩と生活」から四元の「15 ハリネズミ」。

こいつはいま、独りで、一所懸命死のうとしているんだから、その
邪魔をするな、そう云ったのが自分ではない父の
そのまた見知らぬ父のように聞こえた

庭の隅で見つけた瀕死のハリネズミをめぐる父と娘の会話。いかに死を受け容れるか、父は親の立場から教え諭すのではなく、娘と共にその術を探り、生命の謎、その深淵に迷いこんでゆく。

2月号からは倉石信乃の「KAWASE」。人はいつから貨幣や市場経済とつきあってきたのだろう。ずいぶん旧い仲のはずなのに、いつまでたっても上手くつきあう方法が見つからない。そんなことを考えさせられた。

きょう とうとう わたしの透明な普段着を脱ぎ 売る
わたし自身を 交換し わたしは なんでもない もの になる
それもできない 売れるならまだ いい

労働だか労働力だかを企業に売ることでボクは生計を得ている。見方を変えれば、それは、社会的に価値のある事業に貢献することを通じて社会に貢献することのはずなのだが、その実感は薄い。むしろ自分を切売りし、すり減らしているだけのように感じられる。

詩と、生活と、生命と、市場と……、その噛み合わない歯車を調整し、そこに通底しあう回路を築くこと。ボクにとっては旧くて新しい課題である。

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