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2005.06.13

誰も知らない、知らないのだ

ボクは一応「まとも」な職にありついて、それ相応に妻と子を養っている。法的に見ても倫理的にだって大きく逸脱した行為を冒したことはない。とはいえ、ただの優等生でもなく人並みにヤルことはヤっている、かな。だけどボクは自分が成熟した大人だと胸を張って言うことができない。ボクには何故か、そのように言い切る自信がないのだ。それは、たぶんボクだけのことではなく、そんなオトナたちが少なくないのだと思う、近頃は……。

映画『誰も知らない』を見ていて、ふと、そんなふうに思った。ご承知の通り柳楽優弥がカンヌ国際映画祭・主演男優賞を史上最年少で受賞したことで、昨年、大いに話題となった作品だ。見よう見ようと思いながら見そこねてしまっていたのだが、CATV(日本映画専門チャンネル)のおかげで、ようやく見ることができた。柳楽をはじめとする若い(幼い)出演者たちの初々しく鮮烈な演技。水のきらめきや陽光の暖かさ、透明感を確実に伝えるカメラワーク。そして、それらを導き出し、たくみに構成した是枝裕和の繊細で緻密な演出。なるほど確かに見事な手管だが、この映画の魅力はそれだけではない。

たとえばYOUの演じた母親。未熟で身勝手で、だけど何故か憎めないところがある。だから、こちらも、つい油断して、その未熟さに共感させられてしまう。アタシが幸せになっちゃいけないって言うの!……って、そりゃ十二、三の息子に向かって言うセリフじゃないけど、でも、ちょっと言ってみたくもなるのだ。一方、柳楽の演ずる少年は、そんな母に従い、しっかり者の長男として弟妹の面倒をみようとする。だが、いくら無理をしても年相応の未熟さは隠しおおせようがない。その未熟さ、そして、それゆえの切なさにも共感させられてしまう。三十も年の離れたオジサンであるボクが、実に素直に。

そして、だからこそ、あのラストシーンには何やら爽やかな希望めいたものが感じられるのだ、とボクは思う。自分たちの未熟さが引き起こした悲惨を、未熟さゆえに乗り越えようもなく、それでも背伸びもせずに未熟な者どうしが手と手をつなぎ身を寄せ合って生きてゆく。あ、それでいいんだ、そんな生きかたもアリなんだ、ボクはそう思った。実は、そのほうがシアワセなのではないか、少なくとも自然なのではないか……、とすら。

この作品が高く評価された背景には、そんな風に思うオトナが多くなったことがあるのだと思う。どうしたら大人になれるのか、本当は誰も知らない。知らないまま生きさせられているのだ。

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