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2005.07.29

寄席はいいねぇ

なんだか思いきり笑いたくなったものだから久しぶりに池袋演芸場に行ってみた。先々週の日曜、17日のことである。12時半開演の昼の部。すいているだろうとたかをくくって遅めに行ったら……、びっくり、満席である。妻と息子にはどうにか席をあてがってやることができたが自分は立ち見だ。まぁ、いいや、腹の底から笑えれば、それで十分。

そば清、茄子娘、反魂香。やっぱり古典落語はいい。手品、漫才、ギター漫談。色ものだって素敵だ。テレビで見るような華やかさはないが、酸いも甘いも知りつくした、芸と人生のベテランならではの枯れた味わい、ペーソスがある。

夕食は最近できた沖縄料理屋で、と思いながら出かけたのだが、寄席帰りはやっぱり蕎麦。いきつけ(という程でもないが)の文右衛門で、思い出し笑いを交えつつ、親子三人、重ね蕎麦をすすった。身近な小さな幸せを感じさせる佳い一日になった。

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2005.07.21

新作詩篇「団欒」

久しぶりの新作である。ご感想をお聞かせ頂けると有難い。なお縦書きでお読みになられたいかたはこちらへどうぞ。

団欒

 うちのテレビは壊れているのだ。きっとそうだ。そうでなければ毎日こんなに人の死ぬところばかり映るはずがない。たとえば今朝のニュース。黄色く乾いた土の上に八人の男が正座させられていた。その後ろには黒づくめが一人、覆面の穴からのぞく眼は無表情で男か女かも判らない。ふいに三日月刀を振り上げると男たちの首をはねてゆく。そのたびに頚動脈から吹き出した血が作りものめいた青空に向かってうち上がる。次々に高々とうち上がる。だが七つめの血柱は勢いあまって仰向けに倒れシャーシャーいいながら回転した。まるで大きな鼠花火。噴射された血がブラウン管を濡らし時報が見えなくなる。慌ててティッシュをこすりつけても内側から汚れたものはぬぐえるはずがない。チャンネルを替えても無駄だ。これでは時間がわからない。いつもの電車に乗り損ねると朝の会議に遅れてしまう。食事を途中で切り上げ着替えを始める。ネクタイをしめながらテレビに目をくれると赤い画面がぐぐいと盛り上がってくる。キシシ、キシシシ。なにか黒いものが内側から押しつけられているのだ。キシシ、キシシシ。しかし、そんなものに気を取られている暇はない。鞄をつかみ玄関に向かう。キシシ、キシシシ。いってくるぞと振りかえる。すると、きゃりん、ガラスが砕け赤黒く髪を濡らした頭が勢いよく飛び込んできた。妻と子の歓声に迎えられ頭は食卓の真中に着地する。ああもう仕事どころではない。日曜日にもありえなかった盛大な朝の団欒が始まるのだ。いよいよ始まるのだ。

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2005.07.20

さらにタネあかし、13ページの7行目

われながらよくもまあ飽きないものだ。今日の13ページの7行目はこちら。

ひばりさんは舞台から一人一人の観客に向かって、その顔を見つめるように視線を

瀬戸内寂聴の『あきらめない人生――寂聴茶話』から。このあとは「あてて歌うのです。」と続く。もちろん「ひばりさん」とは美空ひばりのことだ。

もう随分と昔のことだが職場の女の子の結婚式に部の全員でハンドベルを演奏したことがあった。当時、ボクが所属していた部署は10名前後の女性と男3人からなる「女の園」で、女性たちは主役のハンドベルを分担し、男どもはというと、部長が挨拶を、課長が指揮者を、ボクは不慣れなクラシックギターで伴奏を受け持った。

にわか楽団を率いた課長は大学時代にマンドリン部で指揮をした経験のある人で、ゼロからの練習をどうにかこうにか「エーデルワイス」まで導いてくれた。演奏者全員に気を配り、その一人一人に目線と指揮棒だけで語りかけてくる……指揮者というのはそういうものなのか、と思い知らされた。

膨大な数の観客の一人一人を見つめ視線をあてる。そんなことが可能なのかどうか、ボクには分からない。だが豊かな才能を持った人が舞台に立つとき観客はそのような感じを持つものだとはしばしば聞く話だ。美空ひばりならそんなことがあっても不思議はない。少なくともボクにはそう思える。

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2005.07.15

しつこい!タネ明かし、13ページの7行目

1回飛んだが、しつこくもタネ明かしが続く。今回の13ページの7行目はこちら。

めている。彼は他人との交渉がほとんどなく一人で生きており、その頭脳には何がつまってい

「るのかよくわからない。」と続く。誰あろう、サルトルの『嘔吐』の主人公ロカンタンのことである。もっとも出典は『嘔吐』ではなく海老坂武の『サルトル――「人間」の思想の可能性』(岩波新書)だ。

サルトル。その名に強い憧れを抱いた、ボクらは恐らく最後の世代だと思う。実存主義にも構造主義にさえ乗り遅れたボクらだったが、それでもサルトルは特別だった。そのサルトルの生誕百周年の今年、海老坂が格好の入門書を出版してくれた。それが本書だ。余りにも美しく印象的な一文を「まえがき」から引いておこう。少々長くなるがサルトルは特別なのだから。

サルトルはもういないが、著作は残されている。彼の著作に問いかけてみよう。そこに答えがあるからではない。そうではなく、私たちの問いを問い直させ、問いの幅を広げ、深化させてくれる反響をそこに聴き取ることができるからだ。そして「泥棒と人殺しが権力についている下劣な社会」(『サルトル――自身を語る』)で生きていく勇気を、ときには、与えてくれるからだ。

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2005.07.09

『誰も知らない』補遺

先月ご紹介した映画『誰も知らない』については、まだ何か言い足りないことがある、ずっとそう思っていた。だが、どうにも言葉が見つからなかった。公園の水道で衣服を洗うような、子どもらのギリギリの生活に、なぜか悲惨さばかりではなく、ある清々しいものを感じていたのだ。これは一体なんなのか。そして、なぜなのか。

『現代詩手帖』6月号、杉本真維子の詩誌月評「痛みと忘却と」にその答えをみつけた。新潟県中越地震に被災した星野元一の個人誌『かぎゅう』27号からこんな一文が紹介されていたのだ。

なんとまあ、家に飼いならされた動物であったことか(「地震襲来記」)

これだ、これだ。子どもらはもちろん望んでそのような生活をしていたわけではない。だが家庭を脱がされ、学校を脱がされ、働くことにいたっては着ることさえもできない、そんな生活に、根源的な自由を、原始的な野性を感じさせられたのだ。それにひきかえ、ボクは、なんとまあ……。

そんなボクだが実は毎週末10キロほどのランニングを自分に課している。いや、今では待ち遠しい何よりの楽しみだ。それは八国山を抜けて多摩湖に到る走行ルートのおかげだと思う。草木の間を必死に走って走りぬけるとき、野性に還ったように思われる瞬間がある。だから続いているのだと思うのだ。それはほんとうに一瞬なんだけどね。

あの子どもたちの暮らしにも、こういう一瞬が感じられた。こんなところにも『誰も知らない』の独特の魅力があると思う。まったく大した映画だ。

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とうとう四連チャン!13ページの7行目

とうとう四連チャンである。我ながら芸のないことだ、さすがにそう思う。ま、ともかく今日の13ページの7行目はこちら。

た言語で突破しようとして、日記を書き続けるような手先の動

『現代詩手帖』6月号(特集「境域の詩人たち――母語・母国語をめぐる旅」)から吉増剛造のインタビュー記事「書き尽くす手の力」(聞き手:堀内正規)の一行。最初に覚えた言語で「とにかく書き尽くしてしまおうという記述の運動」を、35年間、日記を綴るように重ねてきた、と吉増は自らの詩業を振り返る。ルビや同音異字を多用する吉増の最近の作品には、正直なところ、ちょっとついて行けない感じを持っていたが、「書き尽くす」と言われれば、なるほど、そういう方法もありだな、と思われた。

今回も6月号の読みどころを紹介しておこう。書店にはとっくのとうに7月号がお出ましだが大きめの図書館に行けば6月号も読めるはずだ。もちろん思潮社から取り寄せることもできる。

まずは恒川邦夫の編訳による「ルネ・ドゥペストル詩選」から「エルネスト・チェ・ゲバラ隊長の生と死に捧げる十月カンタータ――エルネスト・チェ・ゲバラの遺言」。カストロとともに中南米における社会主義革命運動を指導したゲバラへの力のこもった80行にも及ぶオマージュである。長谷川龍生の「毛沢東」を思いださせる。ことにこの3行がボクにはぐーっときた。

彼は我らに地上に一人でも
はずかしめられる者がいるかぎり
心安らかでなく、自らを叱咤する一人の男を遺す!

続いて伊藤比呂美の連載詩「河原ヲ語ル」の最終回「夏草は枯れました」。昨年10月号に掲載された「私たちは、母に連れられて」以来、8回に渡って楽しませてもらった長編詩もとうとう完結してしまった。焼き尽くされたはずの河原に夏草が満ち、以前と変わらぬ、いや、さらに濃厚な草いきれを発している。その深い力は希望などという薄っぺらな言葉で置き換えることはできない。少し長くなるが最終連の一部を引いておこう。単行本化が待ち望まれる。

私は荒れ地のまんなかに手足を放射状にひろげてうずくまった
そうして茎を伸ばした
茎の先端につぼみがうまれ
ふくらみ
ふくらみ
ひらいて
あらゆるものを吸い込んだ
茎は伸びつづけ
つぼみはつぎつぎにうまれ
ふくらみ
ひらいてしぼんだ
しぼんで赤くなった

最後に吉沢巴の「ヨドバシ」を紹介しておきたい。不勉強なことに初めて知る名の詩人であり、その作品に触れるのも恐らくは初めてのこと。だが、なんの違和感もなく、すんなり入ってくるものがある。この感じはどこかちょっと懐かしくさえある。

CD二枚目くらいで眠りに落ちた夜
夢の中でもエクセルで作表している私に
残業手当が支給されないのは何故か

最終連は身につまされて笑えた。そして少しだけ肩が軽くなった気がした。

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2005.07.01

タネあかし三連チャン!13ページの7行目

なんと三連チャンである。今日の13ページの7行目はこちら。

そのように私は言った後、しばらくしてふと気づきました。その人の名前はもち

佐藤初女『初女お母さんの愛の贈りもの――おむすびに祈りをこめて』(海竜社)から。悩みや苦しみを抱えて生きる人に心のこもった食事と安らぎを提供する「森のイスキア」。これから行くから会ってほしい……今日も突然の電話だ。佐藤はいつものように名前も聞かずに受け入れる。気をつけていらっしゃい、と。

昨日のサルトルの苦味は酒で呑み下すこともできず、佐藤の「森のイスキア」に癒しを求めてしまった。歳をとった分だけ引出しも増えたから、こんなマネもできるようになったのだ。十代のボクなら「自己欺瞞だ」と言っただろうか。言いたければ、なんとでも言え。そんなふうに思えるようになるには、三十年もかかったんだから。

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