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2005.08.24

養命酒を入れてみた

夏バテには養命酒というのが我が家の習い。これは効く、という確信があるわけではないのだけれど、なんとなく習慣で夏は養命酒である。で、昨夜、ふと思い立って紅茶に入れてみた。これがなかなか悪くない。好みはあると思うが、クーラー病や風邪気味のときなど体が温まりそうな気がする。

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2005.08.23

西武園花火鑑賞記

何年ぶりのことであろうか。一昨日、西武園の花火大会を見に行った。家族そろってツレアイの実家に遊びに行ったところ、珍しく顔がそろったから夕涼みがてらひやかしてみるか、という話になったのだ。

6時半ころに家を出て電車を乗り継ぎ西武遊園地駅へ向かう。花火を見るだけなので遊園地には入場せず近隣の歩道から鑑賞することにした。打上げ開始の8時が迫るにつれ人が増え、いつの間にやら歩道は見物客でいっぱいになる。みな考えることは同じなのだ。そうこうするうちに待ちに待った花火が始まる。誰もが一心に夜空を見つめ華やかな光の饗宴に息を呑む。ひときわ大きな花火には自然と歓声が、そして拍手が湧き起こる。

で、久しぶりに間近で見て思ったのだが、花火の醍醐味は実は音ではないか。小ぶりの花が次々と開き、続いてバラバラバラっと賑やかな音がそれを追う。大花が開いたときは、一呼吸おいてズドンと低い音が腹に響く。衝撃波が風となって足元に押し寄せもする。

行く夏を惜しみ、夜風に吹かれながら、色と光を、形と動きを、そして音を楽しむ――次の週末も足を運んでみようか、という気にさせられた。今度はビール持参で……。

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2005.08.20

学びの支援フォーラム

所用で東京国際フォーラムに行ったら「学びの支援フォーラム」というイベントをやっていた。法政大学の鉄棒をするロボット、武蔵工大のフォーミュラカー、などなど、16の大学がそれぞれの研究成果を持ち寄って小中学生の体験学習に供しようというものだ。ボクにとって特に印象深かったのは東京海洋大学。ヤマメにニジマスを産ませる研究を語ってくれた学生さんの熱意あふれる口ぶりに好感が持てた。

このイベントは明日も開催されているそうだ。夏休み中の子供たちはもちろん、好奇心にあふれた大人たちにもお奨めである。

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2005.08.19

2005年上半期を振りかえる―読書篇 拾遺

先日、投稿した「2005年上半期を振りかえる―読書篇」を改めてみてみると詩集が一冊も入っていないことに気づいた。この上半期は余り詩集を読まなかったのも確かだが、ちと情けない。そこで、上半期に読んだ詩のベスト3を挙げてみることにした。

1位 伊藤比呂美「夏草は枯れました」(『現代詩手帖』6月号)
2位 倉石信乃「KAWASE」(『現代詩手帖』2月号)
3位 谷川俊太郎「入眠」(『現代詩手帖』1月号)

とにかく圧巻だったのが伊藤の「夏草は…」。この作品を含む連載詩「河原ヲ語ル」は、ほとばしる言葉の渦から草いきれと体臭とが立ち上がり無類の迫力を生んでいる。倉石の「KAWASE」も凄かった。貨幣という、なかなか詩になり難い題材に果敢に挑戦し、見事に成功を収めた。谷川の「入眠」も別の意味で凄まじい作品。「氾濫する意味は暴力の前に無力だ/涙もそして/沈黙ももちろん」という詩句の前には立ちすくまざるを得ない。立ちすくむ……そこが詩の原点なのだ、「入眠」にはそのように教えられた気がする。

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2005.08.05

子守唄―詩のスケッチブックから

今日ももう一発。新作である。と言っても習作というか、まぁスケッチようなものだ。ナマモノの味わいを楽しんでもらえれば嬉しいのだが……。


子守唄―詩のスケッチブックから

ボクが眠らないとママは眠れないから
ママが眠らないとパパは眠れないから
パパが眠らないとボクは眠れないから

 アイスピック
 カッターナイフ
 金属バット

ボクは眠れないからママを眠らせたけど
パパは眠れないからパパも眠らせたけど
まだ眠れないボクを眠らせるのはだれ

 赤いシーツ、ママが眠る
 赤い毛布、パパが眠る
 ボクの枕はまだ熱い

ボクが眠れなくてもママは眠っているから
ボクが眠れなくてもパパは眠っているから
ボクは眠れないけど朝はやってくるから

 アイスピック
 カッターナイフ
 金属バット

まだ眠れないボクを眠らせるのはだれ

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2005年上半期を振りかえる―映画篇

上期の振返り、今日は映画篇である。この6ヶ月で観た映画は13本。もっとも映画館で観たのは『ハウルの動く城』と『コーラス』だけ。市民ホールで観た『地球交響曲・第5番』を含めてもわずか3本だ。それでもボクにしてみれば悪くないペース。さて例によってベスト3を選んでみよう。

1位 フォレスト・ガンプ 一期一会(1994/米)
2位 おばあちゃんの家(2002/韓国)
〃  コーラス(2004/仏)
〃  誰も知らない(2004/日)

ベスト3と言いながら4本選ばせてもらった。2位の3本は優劣のつけようがなかったのだ。1位の『フォレスト・ガンプ』は公開時に見損ねてから何と10年もたって初めて観た作品だ。特段の理由もなく機会を逸していたものだが、もっと早く観ておけばと思った。幸せとは何か、どういうことなのか、考えさせられる作品だ。2位の3作品も同様である。そんな作品ばかり選んでしまうのは何故なのだろう……。う~む。

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2005.08.04

2005年上半期を振りかえる―読書篇

今日はもう一発。読書篇である。この上半期は6ヶ月で38冊とボクにしては比較的多くの本を読んだ。しかし、そこには『頭文字D』や『湾岸MIDNIGHT』といったマンガが多数含まれており、まるで中学生か高校生の読書録のようだ。また『知識ゼロからのジョギング&マラソン入門』といった実用書も、若干、含まれている。こちらのほうはは、どちらかというと、中高生とは縁遠いだろうか。

さて38冊の中からベスト3を選んでみよう。

1位 野村喜和夫『現代詩作マニュアル―詩の森に踏みこむために』
2位 辻井喬『詩が生まれるとき―私の現代詩入門』
3位 池田晶子『14歳からの哲学―考えるための教科書』

うむ、なんとなく、文学にかぶれだした中高生の夏休み、っぽいセレクションだ。まぁ、しかたがない。ボクの頭の中は、そこから余り先へは進んでいないようだから……。

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2005年上半期を振りかえる―詩作篇(2)

詩作篇の2回目は『団欒』再掲である。つい先月、発表したばかりの作品なので、ご記憶のかたもいらっしゃるとは思うが……。例によって、ご感想・コメント大歓迎、である。


団欒

 うちのテレビは壊れているのだ。きっとそうだ。そうでなければ毎日こんなに人の死ぬところばかり映るはずがない。たとえば今朝のニュース。黄色く乾いた土の上に八人の男が正座させられていた。その後ろには黒づくめが一人、覆面の穴からのぞく眼は無表情で男か女かも判らない。ふいに三日月刀を振り上げると男たちの首をはねてゆく。そのたびに頚動脈から吹き出した血が作りものめいた青空に向かってうち上がる。次々に高々とうち上がる。だが七つめの血柱は勢いあまって仰向けに倒れシャーシャーいいながら回転した。まるで大きな鼠花火。噴射された血がブラウン管を濡らし時報が見えなくなる。慌ててティッシュをこすりつけても内側から汚れたものはぬぐえるはずがない。チャンネルを替えても無駄だ。これでは時間がわからない。いつもの電車に乗り損ねると朝の会議に遅れてしまう。食事を途中で切り上げ着替えを始める。ネクタイをしめながらテレビに目をくれると赤い画面がぐぐいと盛り上がってくる。キシシ、キシシシ。なにか黒いものが内側から押しつけられているのだ。キシシ、キシシシ。しかし、そんなものに気を取られている暇はない。鞄をつかみ玄関に向かう。キシシ、キシシシ。いってくるぞと振りかえる。すると、きゃりん、ガラスが砕け赤黒く髪を濡らした頭が勢いよく飛び込んできた。妻と子の歓声に迎えられ頭は食卓の真中に着地する。ああもう仕事どころではない。日曜日にもありえなかった盛大な朝の団欒が始まるのだ。いよいよ始まるのだ。

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2005.08.03

2005年上半期を振りかえる―詩作篇(1)

8月!早いもので今年ももう6割ほど終わってしまった。そこで上半期を振返っておこうと思う。まずは詩作について。

上期は以下の3作品を発表した。とても寡作なボクとしてはかなりましなほうだろう。

ムウンストラック――詩のスケッチブックから
カルミア、明日は咲くか――詩のスケッチブックから
団欒

今日は先ず「詩のスケッチブックから」と添書きした2つの習作を再掲しておく。感想などコメントorトラックバックして頂けると嬉しい。かなり嬉しい。


ムウンストラック――詩のスケッチブックから

仕事帰りの電車の中で三角みづ紀の詩を読んでいたら
左側のページの裏から若い女の立ちあがる気配がした
ようやく座れる、その程度のことがまるで恩寵のように感じられた

  誰かが石を投げてくるように思えるので
  表通りは避けて歩くのです
       (「ムウンストラック小詩集」から「序章」全文)

三角みづ紀の詩を抱き寄せ
体を半身に女の立ちあがる空間を作る
すれ違いざま網棚の鞄に右手を伸ばすと
真後ろから年老いた男の疲労が波立ち
目の前にできた女ひとり分の隙間に押し寄せる
呆然と見送る私をうかがうように見上げながら
男はそっと腰を落としてゆく

  鬼さんこちら
  手の鳴る方へ
  私を食べて下さい
  きれいに
  私を食べて下さい
       (前掲「第2.2章」部分)

左側のページの下から男の眼がのぞいている
その眼を満たし今にもあふれ出しそうな恐怖が
(なにを怯えているのだろう)
私をいらだたせる、激しく、冷たく

  誰かが石を投げてくるように思えるので
  表通りは避けて歩くのです
  こうしてひとり、いきている。
       (前掲「最終章」全文)

ムウンストラック・三角みづ紀
月(のような裸の尻)を叩かれた人は
いらだちの野茨の野に草隠れてゆく
その詩をいくど読み返しても
血をにじませた白い皮膚を見失うばかりだ
ページの向こうに広がる暗い荒れ野に
怯えた瞳が冴え冴えと吊り下げられている

引用:三角みづ紀.ムウンストラック小詩集.現代詩手帖.2005年4月号


カルミア、明日は咲くか――詩のスケッチブックから

カルミア、明日は咲くか
と、思うと明日が待ち遠しい
そんな日々を重ねてきたが
カルミア、いよいよ明日咲くか
と、思うと
咲けば後は散るだけだから
もう散ってしまうだけだから
でもやっぱり、カルミア
咲かせたい、明日
咲きたい

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