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2005.09.28

あけがたにくる人よ

九月二七日。昨日の深酒のせいか、夜中の三時に目が覚めてしまった。右を向いても左を向いても寝苦しく、それきり寝付けぬまま朝を迎えた。明けがた五時頃であったか、山鳩がしきりに鳴いた。永瀬清子の詩「あけがたにくる人よ」が思いだされた。

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私はいま老いてしまって
ほかの年よりと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている
(永瀬清子「あけがたにくる人よ」より第一連)

四三歳。まだ年寄りと自称するには早すぎるだろう。しかし私も若かった日のことがしきりに恋われてならないのだ。明日になればさらに、年をとるほどにもっと、強く激しく恋われるのだろう、もう二度と帰らない日々が。そんなふうに予感されてならない。

喉が乾く。もう明日になってしまったのだと思うと、かえって床を離れがたく、ただじっと喉の乾きに耐えている。どうせそのうちカラカラに干からびて死ぬのだから乾くにまかせればいい。それよりも せめて若かった日のことを千遍でも万遍でも恋うておくことにしようか……。

あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の所へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ(同、最終連より)

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2005.09.27

たまには日記らしく……

九月二十三日。ひばりが丘へ買い物に行く。帰宅後はランニング、いつものように八国山を抜けて狭山湖の先までの五キロを往復。六一分四〇秒。自己ベストを一分下回る。

九月二十四日。雨。半日、パソコンに向かい、資産運用の策をめぐらす。不慣れな数字とのにらっめくらに頭痛を覚える。妻にも子にもすまないことだが、ケ・セラ・セラ、を決め込む。

九月二十五日。雲雀亭(義兄、ひばりが丘在住)に誘われ息子ともども富士スピードウェイへ。二年ぶりの富士、二年ぶりのレース。強烈なエギゾーストノートとスピード、激しいバトルの緊迫感に酔いしれる。

九月二十六日。いまだレースの余韻は覚めない。目を開けていても千五百メートルの直線を一気に駆け抜けるGTカーの姿が見える。厚ぼったく感じられる鼓膜にはクリーンなNA車のエンジン音が、野太いターボ車の、甲高いRE車のエンジン音が張り付いている。仕事なんぞ手につくはずがない。

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2005.09.26

瀬尾育生の破壊王?

2月に投稿した記事「瀬尾育生「あなたは不死を河に登録している」――現代詩手帖1月号から(6)」にロシアのウラジミルさんからコメントを頂いた。

ナラジュンさん、当方はロシアですがウラジミルと申します。前日、ロシア語に翻訳された瀬尾育生のある作品を読みました。その書名を再翻訳してみるとKing of Desroying か、破壊王という書名かなあ。ロシアにすんでいて、日本語で書いてあるそれは手にどうしても入れないのでお出来ることなら私のE-mailにでも書いて、送って頂けませんか。”私、地球の母である”と自称するカエルについて日本語で読みたくて読みたくて。。。 そちらにはそれがありましたら何と嬉しくなるのでしょう。
宜しくお願い致します。

不勉強なことに瀬尾育生の作品は余り読んだことがなく見当がつかない。現代詩フォーラム質問スレで聞いてみたのだが今のところ全く反応なし。どなたか、お詳しい方がいらっしゃったら何卒ご教示賜りたく願い上げる次第である。

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2005.09.15

戦後60年目に読む草野心平

そして思つた。
空気よ思ひつきり広がれと。
虻たちよ。
唸れと。
草野心平「サッコ・ヴァンゼッチの手紙抄」より最終連)

『現代詩手帖』8月号を読んでいる。もうとうに9月号が発売されているというのに。まぁ、しかたがない、人にはそれぞれ何かと事情というものがあるもんだ。

さて8月号の特集は「戦後60年<現代詩>再考」。飯島耕一、長谷川龍生から野村喜和夫、城戸朱理まで、戦後の各世代を代表する詩人10人による座談会「歴史のなかの現在形―戦後60年の水脈」と、彼らが10篇づつ選んで編まれたアンソロジー「戦後60年名詩選95篇」からなるものだ。

ボクはこのアンソロジーで出会った草野心平の作品「サッコ・ヴァンゼッチの手紙抄」に(虻ではないが)唸らされた。サッコとヴァンゼッチは米国史上最大級の誤審事件の被害者。貧しい無政府主義者であったことから強盗殺人の濡れ衣を着せられ、世界中に湧き起こった救援の声にも拘らず、1927年、ついに死刑に処せれた。草野は若い頃、モツ焼きの屋台を引きながら、この二人の手紙を翻訳出版したという。50年後、ようやく二人の恩赦、名誉回復が果たされたとの新聞記事を読んだ草野は胸のうちで叫んだ。「空気よ思ひつきり広がれと。/虻たちよ。/唸れと。」――この叫びからは草野の万感の想いが伝わってくる。凄い詩だ。

戦後60年という枠組みの中で草野の作品を選ぶことはとても難しいことのようにボクには思われる。「サッコ・ヴァンゼッチの手紙抄」は非常に優れた作品であると同時に、日本の現代詩が60年前にはどのように書かれていたのか、そして今はそれがどのように変わってしまったのかを如実に示している。そのような作品をさらりと選んだ読み手としての荒川洋治にもすさまじい凄みを感じた。

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2005.09.13

ウォーターボーイズには会えなかったけれど

日曜日のことだ。川越高校くすのき祭に行ってきた。高校とはどんなところか、息子(中二)に少しずつ興味を持ってもらいたいと思ってのことだ。しかし、いざ行ってみると生徒たちのイキイキとした姿が爽やかで、むしろボクと妻の方が楽しんでいたかもしれない。

元祖ウォーターボーイズ・男子シンクロはさすがに人気が高く、ふらりと立ち寄ったボクらが入場できるような状況ではなかったが、それ以外の展示・催事は高校の文化祭らしい混み具合。美術部の作品展、軽音楽部のバンド演奏、応援団の演技、物理部のロボット・コンテスト(vs 浦和高校・春日部高校)、郷土部や地学部のポスター発表などなどを観覧した。

で、驚いたことに且つ残念なことに、なんと文芸部の展示がなかった。きっと部誌を売っているはずだから何冊か買ってやろう、そう思っていたのに。いまの男子高校生には文学は不人気なのだろうか……。

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2005.09.09

最後の夏に見上げた空は

ライトノベルなるものを読んでみた。生まれて初めてのことだ。そもそもボクは小説自体めったに読まない。だが、珍しく息子(中二)から薦められたので、読んでみることにしたのだ。住本優『最後の夏に見上げた空は』である。

ハナから作品そのものに関心があったわけではなく、いま息子がどんな本を読んでいるのか、ひいては息子の成長ぶりにこそ興味があったのだが、読み始めると意外にも作品にひきこまれていった。人の生き死にに関わる重い題材を、住本は素朴ながら真剣な手つきで丁寧に扱っている。いたずらに深刻ぶらない筆致にも好感が持てた。あっという間に巻を読み終え、巻目の刊行が待ち遠しく思われたほどだ。

あらかじめ悲劇的結末が約束されている、そういうタイプの筋書きであるから、やむを得ないこととも思われるが、巻はやや感傷的に過ぎるかもしれない。しかし、それもエンターテイメントの一要素として素直に受け入れることのできるものだ。他のライトノベルのことは知らないが、この作品は悪くない。わが息子も少しは成長しているのだな……と最後は例によって親バカで締めくくる次第である。

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2005.09.07

9.11、そのときあなたは

今年も「9.11」が近づいてきた。しかし衆院選挙の投票日と重なってしまったためか、あの日のことを回顧し未来への教訓を得ようとする動きは殆ど見られない。あのできごとはまだまだ語りつくされていないはずなのに……。

昨年の「9.11」、ボクはこのブログでつぶやいてみた。

あなたの「9.11」が知りたい.
もし良かったらここにトラックバックか,コメントしてもらえないだろうか.

その結果、思いがけずボクは12人の「9.11」に接することが出来た。「カテゴリー」の「9.11」にまとめられているので、是非、ご覧頂きたい。そして、あの出来事の意味をもう一度考えてみて欲しい。衆院選、誰に投票するのかも、その上で決めるべきだと思うのだ。

「9.11」を決して忘れないために、あの日、あなたがどこでどのように過ごしていたか、教えて頂けないだろうか。トラックバック or コメントをお待ちする。

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2005.09.03

その首(こうべ)、神

7月に発表した作品「団欒」は、戦乱のイラクに赴き過激派に惨殺された香田証生氏の死に触発され、またその死をめぐる報道のあり方・受けとめられ方に憤りを感じながら書いたものだ。この詩はむしろ後者に重きをおき、惨殺された者の死は理解不能な異物として描かれている。この冷酷さがこの作品のキモであり限界でもある。

自由詩、俳句、短歌、これらの形式を自在に操る異才の詩人、高橋睦郎は、『現代詩手帖』7月号に掲載された連作短歌「死後生くべくは」で、香田氏の死そのものに向き合い、その崇高な意味を切り出した。

この国の無気力背負いひ異土に落とされたればその首 神
註:「香田証生君」の添書きあり。振り仮名は「異土」=ことつち、首=こうべ。

なんと鋭い切れ味だろう。しかし、その鋭利な刃物は温かくもある。ボクはただ感嘆するほかない……。

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2005.09.02

はしる、はしる、はしる……

草木の間を必死に走って走りぬけるとき、野性に還ったように思われる瞬間がある。(「『誰も知らない』補遺」より)

そんな瞬間のことを確か長谷川龍生が書いていたな。あれは何という詩だったか……。

ずっと心にかかっていたものの何となく気が乗らずほっておいた。しかし九月の声を聞くとさすがに「このままでは」という想いがわく。というわけで現代詩文庫を開いてみたら――あった、これだ。いとも簡単に見つかった。

攻撃とは変って、生き生きとはずんでいる。
攻めるときは、死の大隊だが
逃げるときは、生き生きとした男たちだ。

「逃げる真実」。長谷川の代表的な詩集である『パウロウの鶴』に納められていた作品だ。「アメリカ帝国主義戦争に参加せる国連軍兵士たちにおくる。」と添え書きされている。もちろん朝鮮戦争のことだ。第二次世界大戦の終結時にソ連と米国とによって南北に分断された朝鮮。血生臭い大地に共産ゲリラが「国連軍」の兵士を追う。だがなんというアイロニーだろう。敗走する米兵は民衆に銃口を向けていたときよりも遥かに生き生きとして見える。

これは長谷川が現場で見た映像ではなく日本から幻視したものだろう。だが、このリアル感は一体どういうことであろうか。特に最後の五行にはぞっとさせられた。

逃げているおまえのうしろの
命からがらの黒人兵の顔など
白い歯をぎいっと剥きだして
ジャングルから飛び出してくる
童顔の日そのものだ。

深い思想性と高度な表現力とが一つになるとき思いがけないほど肉感的な官能的な作品が生まれる……そうした長谷川の詩の魅力が存分に発揮された作品だとボクは思う。

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2005.09.01

この夏の想い出から

maria早いものでもう9月である。夏も終わり。そこで、この夏の想い出の写真を1枚。軽井沢・聖パウロ教会の聖母子像である。夏は我が家にとって年に一度の家族旅行の季節。猛暑だった今年は涼しさを求めて軽井沢に出かけた。日中は殆ど自転車のペダルを踏んですごし、いにしえの避暑地の面影を残す旧軽井沢や、塩沢湖を巡ってテニスコートとペンションが立ち並ぶ南軽井沢をかけ回った。もちろん人気スポットである聖パウロ教会にも立ち寄ったが、教会そのものよりも、ひっそりとひかえめにたたずむ聖母子像に心が惹かれた。子どもの頃に見た田の畦道のお地蔵さんや道祖神のように、日本の風土、景色にとけこんだその姿に深い安らぎを覚えたのだ。軽井沢には、このような旧き佳き日本と西洋との幸福な出会いの跡が随所に残されているように思われる。願わくば、観光・レジャー開発の怒涛が、この街のしっとりとした魅力を呑み尽くしてしまうことのないように……。

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