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2005.10.28

雨中痩猫の記

10月27日。朝、雨中、仔猫の鳴く声を聞く。頼りなげな声だ。切なく思われたが、とは言えどこから聞こえるとも知れず、まして通勤途上のこと、どうにもしようがない。

3週間ほど前のことであろうか、雨に降り込められ、一日中、家で過ごした休日、仔猫が頻りに鳴くのを聞いた。いぶかしく思われカーテンの隙間からそっと覗くと軒下に三毛の幼猫が身をひそめていた。野良の生まれが親とはぐれたか、それとも飼い猫が迷いいでたか、痩せ細った姿が哀れを誘う。ミルクでもくれようかと思ったが、味をしめて居すわられても厄介かと、思案しているうちに声がやんだ。

あるいは朝の仔猫はこの三毛であったか。あれからずっと心細く迷い続けていたのだろうか。思い返せば矮猫亭のささやかな庭に似つかわしい痩せ猫、今度、家にきたら、その時こそ……、そんなことを思いながら会社に向かった。

帰宅後、夕餉の折、妻に朝の仔猫のことを話すと、想いがけず仔猫の消息が分かった。昼間、5~6匹の仔猫を連れた親猫が近所の路地を歩いていた。その隊列の一番うしろに、ひときわ小さな仔猫。路地のあれこれが気にかかるらしく、立ち止まったり、いたずらしたりしているうちに、隊列から遅れ、はぐれてしまいそうになる。その度に仔猫は情けない声で親を呼ぶ。この猫が三毛であり、どう見ても雨の日の猫だと言うのだ。

迷ってばかりのチビ猫に何となく我が身の来し方が重なる。お互い無事に生き残れればと、妙な連帯感と共に、安寧を願うばかりである。

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2005.10.17

宙ぶらりん

10月17日。メールマガジン『C-Direct-2U (いつも心に詩のひとしずく)』に近作「ムウンストラック」が掲載された(2005年10月17日号)。

この作品の主要なモチーフは自分が暮らしているこの世界への違和感にある。身のおきどころなく、中途半端に宙吊りにされたような、居心地の悪い感じだ。座り損ねた椅子、いくら眼を泳がせてみても頭に入ってこない活字、いわれのない怯えを突きつけてくる視線、吊り下げられたまま冷たくなってゆく月、そして、哀切なようでいて、どこかおどけたような、作りもののような感じのする三角みづ紀の詩……。

編集担当の(裕)氏のコメントを読んで、ボクは、この宙ぶらりんの居心地の悪さが、実は自分がおかれている中年というライフステージによるものでもあることに気づかされた。(裕)氏のコメントは、ボクが思ってもみなかったような視座を与えてくれることがしばしばある。それは自分の作品を違った視点から捉えなおす機会となる。ボクがCD2Uに投稿を続けている理由はここにあるのだ。

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2005.10.08

キンモクセイ

10月8日。駅に向かう道。甘く爽やかに鼻をくすぐる匂いに気づく。足許ばかり見ていた顔を上げると金木犀の花が満開である。毎朝、毎夕、仕事の行き帰りに歩いている道だが、この香りに気づいたのは今日が初めてだ。なにか大事なものを見失っている、と教えられたような気がする。

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2005.10.05

青山逍遥

10月4日。社用により青山に赴く。帰途、渋谷まで歩く。青山通りの向こうにこどもの城を望む。その変わらぬ佇まいに、まだ幼なかった息子を連れて遊びに来たことを思い出した。渋谷に向かって足を進めるにつれ、大学時代にサークル仲間やガールフレンド(今の妻)と用もないのに談笑しながらぶらついたことや、血気盛んな十代のころ、五島プラネタリウムで頭を冷やしたことなど、追憶は甘やかに時を遡ってゆく。

ボクはいったい何をしているのだろう……、ふと、そう思う。あのころ考えていたこと、目指していたもの、ボクはどこまで実現できたのだろうか。そもそも実現しようと努めていただろうか。ボクは今まで何をしてきたのだろう……。

苦い悔悟をはらみながら追想はいつまでも続き、家路をたどるボクの歩みを重くした。青山通りはすっかり秋景色だった。

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2005.10.03

秋、スポーツの……

10月1日。チャレンジラン・イン・ナショナルスタジアム、10キロ・ロードレースに出場。初レースである。運動が苦手で体育はいつも2か3だった。そんなボクが国立競技場に立つ日が来るなんて思ってもみなかったことだ。タイムも自分としては出来すぎの50分30秒台をマークした模様。次の標的は2ヶ月後、所沢シティハーフマラソンである。

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