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2005.11.29

「心の闇」に

11月28日。詩のメールマガジン「C-Direct-2U (いつも心に詩のひとしずく)」(略称CD2U)に拙作「子守唄―詩のスケッチブックから」が掲載された。編集担当の裕氏のコメントはいつものことながら興味深い。

もしか、
大人になったとはいっても、少年時からずっと抱え込んだままの
少年Aと似ている自分の心の闇を見つめてでもいるのだろうか。

これは裕氏自身のことを言っているのか、それとも「子守唄」を書いたボクに向けられたものだろうか。或いはそのどちらでもあるのかもしれない。いずれにせよ誰にだって「心の闇」はあるはずだと、詩はそこに向かってさえも開かれているのだと、ボクは思う。詩を書くことは時に自分の「心の闇」に否応なく直面させられることだ。そして、詩とは、その奥に鈍く光るなにものかに届こうとする力でもあるのだ、と。

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2005.11.22

合唱の鎖―久しぶりの新作

11月21日。久しぶりの新作「合唱の鎖」完成。息子の通う中学校の合唱コンクールに想を得たものだ。ご感想を乞う。


   合唱の鎖―詩のスケッチブックから

乾いたピアノの音、そして
三六人の十四歳たちが声を合わすと
市民ホールいっぱいに砂丘がひろがる
その魔法に酔い痴れることなく
十四歳たちは砂地を登り始める
這うように登り始める

かつては自分も同じように
その場所を這い登ったことがある
そう思うと
少しは許せるような気がしてくるのだ
あの頃の私を
この頃の私を

砂丘の向こうには海
そしておびただしい数の軍艦
その砲先の狙う岸辺には
父と母との鎖が
幾重にも幾重にもきつ立し
おびただしい数の砲弾に拮抗している

三六人の十四歳たちは歌い続ける
とどろき渡る砲声にもひるまず
這い登る
四肢にからみ、崩れ、流落する砂地を
太陽の真下
青空に突き刺さる高みをめざして

そして遂に知るのだ
父母らの鎖の二重螺旋のきつ立を
その連なりを自らに許す日
父となり母となった者らの歌声は
いよいよ高らかに響き渡る
合唱の鎖が砲声に拮抗するのだ

※本作品は所沢の中学生たちが歌った合唱曲「砂丘」(作詞:園田恵子、作曲:荻久保和明)の印象に拠る

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2005.11.16

原点に触れた思いのする週末

11月12日。NHKスペシャル「ユリばあちゃんの岬」を見る。知床の岬に一人、海の恵みを糧に生きるユリばあちゃんの姿に、自然と共に生きる、人の暮らしの原点を見せつけられた思いがした。手に余るほどの科学技術の産物、文明の利器に囲まれながら、いっこうに豊かさを実感することができない、いまの自分の生活はいったいなんなんだろう、と考えさせられる。

11月13日。妻と二人、川越に赴く。江戸の昔、川越では、氷川神社の祭礼の折に朝鮮通信使の姿を模した唐人揃いと呼ばれるパレードが行われたという。日韓国交正常化40周年を記念して、その唐人揃いを復活させた「国際交流・多文化共生パレード」が開催されると聞き、見物に出掛けたのだ。この日のために復元したという通信使の衣装も興味深かったが、その後ろを練り歩く細田学園の農楽団や在日コリアの人々の鉦と太鼓、ドラと笛(チャルメラ?)の響きに圧倒された。電子楽器にはとてもマネのできない生々しい音、音楽の原点を思わせる音だ。

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2005.11.10

おとなはこれを愛というのさ、なんちゃって

11月9日。未明、尿意を催し目が覚める。いつものことだ。枕元の時計を見ると4時半。判で押したように毎朝この時間である。

隣で眠っている妻を起こさないよう静かに床を離れトイレに立った。やけどしないようにね――妻の声。起こしてしまったかと思ったが寝言だ。寝言に答えてはいけないとよく言われるが、大丈夫だよ、と咄嗟に声が出てしまった。うん、よかった――再び妻の声。そして静かな寝息。

ほんのささやかな出来事だが、長年、互いに思いやり、気遣い合ってきたことの証左のように思われ、胸にぽっと火のともったような暖かい気持ちになった。

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2005.11.09

雑録

11月3日。曇り。文化の日がサンドイッチの日でもあることを知る。もっとも所沢界隈の住人にとっては圧倒的に入間航空祭の日である。頭上を横切る機影と爆音に幾度となく思い知らされる。いつものように八国山から多摩湖方面をランニング。来月初の市民マラソンに備え、普段の倍の20キロを走る。

11月4日。晴れ。久しぶりに会社を休む。といっても特段の用があった訳ではなく何となく一息入れたかったのだ。午前中、床屋へ往き、昼食は妻と四川ラーメンの「龍の子」へ。麻辣湯麺すこぶる美味。

11月5日。晴れ。11月とは思えないほどの暑さ。日中は半そでTシャツ一枚で過ごせた。この陽気を利して日がな窓掃除にいそしむ。

11月6日。雨。市民ホールにて息子の通う中学校の合唱祭が開催される。義父母と妻と共に参観。中学生ともなると聴き応えのあるコーラスができるようになるものだと大いに感心した。帰宅後、ウェブサイトでスーパーGT最終戦の結果を確認。優勝はZENTセルモスープラの立川・高木組。シリーズチャンピォンの座もこの二人が獲得した。本山、三連覇ならず。残念。

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2005.11.02

お久しぶりの13ページの7行目

11月1日。久しぶりに現代詩フォーラム今読んでいる本の13ページ7行目を書き写すスレを訪ね2件投稿。

ま、水晶の珠をつらねたるが如し。午に至つて空晴る。蝋梅の花を裁り、雑司谷に往き、

永井荷風の『断腸亭日乗』、大正7年(1918)正月二日の日記の一節である。雑司が谷には亡父の墓があり、荷風は命日に当たる1月2日に墓参をするのが常だったようだ。この日は帰宅後、友人と「春酒を酌」みに出かけたが、「先考の忌日なればさすがに賤妓と戯るる心も出でず」とある。遊興人・荷風らしいくだりだ。
・Technical elements, such as software development or engineering, and

一方、こちらのお堅い英文は米国のプロジェクトマネジメント協会がまとめた国際標準『A Guide To The Project Management Body Of Knowledge』(3rd ed.)、通称「PMBOK」である。仕事の都合で読まなければならなくなったものだが、どうせ読むなら、いっそ同協会認定のProject Management Professional資格取得を目指そうか……、などとちっとも思わないところがボクらしい、かな?

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