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2006.03.31

現代詩手帖、茨木のり子追悼特集より(2)

3月31日。現代詩手帖4月号から「茨木のり子代表詩選」に収録された20編の題名を記しておく。

根府川の海
対話
行きずりの黒いエトランゼに
いちど視たもの(以上、『対話』[1955]より)
私が一番きれいだったとき
小さな娘が思ったこと(以上、『見えない配達夫』[1958]より)
花の名
女の子のマーチ
汲む(以上、『鎮魂歌』[1965]より)
スペイン
吹抜保
居酒屋にて(以上、『人名詩集』[1971]より)
自分の感受性くらい
青梅街道
木の実
四海波静
殴る(以上、『自分の感受性くらい』[1977]より)
隣国語の森(『寸志』[1982]より)
さゆ(『食卓に珈琲の匂い流れ』[1992]より)
倚りかからず(『倚りかからず』[1999]より)

いずれも印象深い作品ばかりだ。

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2006.03.30

現代詩手帖、茨木のり子追悼特集より

3月30日。現代詩手帖4月号を読んでいる。先月、急逝された茨木のり子さんの追悼特集号である。大岡信・飯島耕一・井坂洋子の三氏が選んだ代表作20篇を通して読んでみると、毅然としたもの言いと暖かなユーモア、高い倫理性・論理性と時に垣間見せる官能性・肉感性、平明な表現と繊細な感性……、相容れないように思われる要素がバランスよく同居しているところに、多くの人を魅了してやまないこの詩人の魅力の秘密があるように思われた。

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2006.03.20

風騒ぐ日に

3月17日。詩のメルマガ「C-Direct-2U(いつも心に詩のひとしずく)」に新作「団欒」が掲載された。3月13日号である。この日は強風著しく玄関前の蘇鉄が倒れ鉢が割れてしまった。

3月18日。早めに目が覚めてしまい家人を起こさぬよう台所で写真集『ぺるそな』を見る。30年以上に亘り浅草にやってくる人々を撮り続けた鬼海弘雄氏の土門拳賞・日本写真協会賞年度賞受賞作『PERSONA』の普及版である。写真を見ているうちに異形という言葉が浮かんできた。写真集に収められた普通の人々の姿は何故か異形の民のように見える。思えば誰だって他人から見れば幾分かは異形なのだろう。浅草はそうした異形ぶりを受け入れあって生きてゆく人々の街なのだろうか。

午後、蘇鉄の鉢を買い、早速、植え替える。夜になっても風はやまない。

3月19日。スーパーGT第1戦、鈴鹿GT300kmをテレビ観戦。トヨタがスープラに替えて投入したレクサスSCの仕上がりの良さに驚く。ボクが応援するニッサン勢もXANAVIが2位入賞とまずまずのスタートを切った。レース終盤、久々に速さを見せつけたTOM's・脇坂を追い込んだNISMO・松田の走りがなんとも頼もしい。

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2006.03.14

言葉の一行力

3月12日。岩永嘉弘氏の『一行力』を読む。

岩永氏は商品のネーミングの大家だそうだが、自分の職業をコピーライターとは呼ばず広告文案家だと言う。それが岩永氏の職業人としての実感、身の丈にあった言葉なのだそうだ。共感を感じる。

戦友の耳などありしところかな

一行力のある言葉の例として岩永氏が引用した渡邊白泉の句である。この句を選ぶとは、さすがは一行の文章の力に心血を注いできた人である。しかし、この句にはポエジーはないがインパクトがある、とする岩永氏の見方には同意できない。

この句は、戦場とは戦友の耳が落ちている場所だと即物的に表現することで、言い古され手垢のついた戦場のイメージを一新し、戦場の悲惨さ、戦争の不条理さを鮮明に描くことに成功している。ボクは岩永氏の言う「一行力」とは別の詩の言葉の力をこの句に感じる。そして、それこそがポエジーなのだと思う。

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2006.03.13

美しく生きる

3月7日。久しぶりに屋形船に乗る。勤め先の先輩が母親の介護のため退職されることになり送別の宴をはった。海から見る東京は光に満ち美しい。しかし、その光の下で人は美しく暮らすことができているのだろうか。いくら見た目に小洒落た生活をしていても人として美しく生きていることにはならない。安定した職を捨て、地位を捨て、母の世話をしながら畑を耕す暮らしを選んだ人をボクは美しいと思う。

3月11日。庭の水仙が咲く。長い冬の後、いち早く土を割って満面の笑顔のような花を咲かす。人の暮らしもこのように咲くことができれば美しいのに……。

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2006.03.03

より狡猾に

3月2日。今日も現代詩手帖2月号を読んでいる。「特集Ⅱ:日欧現代詩フェスティバル in 東京」から福田武人の「二重の要請を生きる」について記しておきたい。

詩人に対して発せられた設問自体がグローバリゼーションのもたらす文化の均質化に対して多様性をといったような答えを促しているように思えるところに私は一種の拘束や制度を感じざるを得なかった。

福田は実に手きびしい。たしかに先日、紹介したシンポでの小林康夫の問いは、議論を一定の方向に仕向けようとする意図が明らかだったと言わざるを得ない。
多数性、差異、個別性など同じ単語・概念をその壊乱的効果を無効化しつつ使う「多様性(でも多数性でも他者性でもなんでもいいが)の言説」とでも呼び得る制度的言説が政治家や「知識人」の言葉、官公庁や大学のパンフレット、マニュアル、その他あらゆる場所に浸透し流通している……中略……この制度的言説は、有効な批判的言説の効果を先回りして、というか、全くそれに反対せずに同じ語彙を使うことで封じ込め……中略……狡猾に批判的思考を押さえ込み、そのことによって思考の均質化を目論み……中略……ひいてはグローバリゼーションに貢献するものであるかもしれない。

福田はそこに「洗練された形に変化しつつ生きながらえている」制度的言説を嗅ぎとり「それに抵抗しなければならない」と言う。だが、どのようにして、それは可能なのか?
このフェスティバルはこれからも継続されるべきである。プログラミングを絶えず裏切り続ける特異な出来事の連続と言う形に変質・変貌され続ける限りに於いて。

福田はこうした「二重の要請」を詩人たちに突きつける。洗練された狡猾な制度的言説を逆手に取り、「フェスティバル」を継続しつつも、その内実を制度的言説に対する裏切りへと変貌させよと言うのだ。

小林の問いが「制度的言説」であったかどうかはボクには分からない。だが今日、詩が直面している困難のひとつが、「帝国主義的言説の二十世紀的野蛮」に比べはるかに狡猾な制度的言説の、その更に上をゆく狡猾さを身につけなければならないことにあるのは確かだと思う。そのように考えるとき小林らの議論は余りにも無邪気に見えてくる。

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2006.03.01

五月のように

2月28日。iPodにダウンロードしたPodcast「STORYTELLER BOOK ポッドキャスティング」で、竹内浩三の「五月のように」を聴いた。

歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ
理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ

20歳の誕生日に友達と自分のために書いた詩だという。素朴な幼さの残る作品だが、幼さのままにのびのびと読者に届く力がある。心尽(佐々木健)の穏やかな温かみのある声で聴くとなおさらしみじみと心に響く。
青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう

鬱屈した気分を抱えて夜の街をさまよっていたボクだが、腹の底から何か暖かいもの、優しく強く生を肯定するものが湧き上がってくるのを感じた。

竹内はこの作品を書いた3年後、フィリピンの山中に戦死した。五月の空を夢みながら、この世界を去っていったのだろうか……。

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