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2006.03.01

五月のように

2月28日。iPodにダウンロードしたPodcast「STORYTELLER BOOK ポッドキャスティング」で、竹内浩三の「五月のように」を聴いた。

歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ
理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ

20歳の誕生日に友達と自分のために書いた詩だという。素朴な幼さの残る作品だが、幼さのままにのびのびと読者に届く力がある。心尽(佐々木健)の穏やかな温かみのある声で聴くとなおさらしみじみと心に響く。
青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう

鬱屈した気分を抱えて夜の街をさまよっていたボクだが、腹の底から何か暖かいもの、優しく強く生を肯定するものが湧き上がってくるのを感じた。

竹内はこの作品を書いた3年後、フィリピンの山中に戦死した。五月の空を夢みながら、この世界を去っていったのだろうか……。

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