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2006.06.19

106,398歩、ソウルの旅(2)

5月3日。午前4時50分。所沢駅に到着。始発列車の出る10分前だ。心配性のボクは気が急いてならないが妻と息子は余裕の表情。いつものことだ。結局、ちゃんと間に合って、ボクは心配し過ぎと笑われる。

息子は乗り物に弱い。ボクが車を運転しないせいだろうか。乗用車、バスはおろか電車でさえ酔うことがある。なんとか気をそらそうと、あれこれ息子が興味を持ちそうなことを話しかける。これが効を奏したのか、元気に池袋に到着。山手線に乗り換え浜松町へ向かう。

あれはもう10年近く前のこと。妻の発案で家族3人、山手線を歩いて一周したことがある。満員の通勤列車に乗っているときはそんな余裕もないが、車窓から外の景色を見ながら山手線に乗っていると、あの日のことを思い出す。10年、山手線から見る景色は存外、変わっていないのだが、息子はすっかり逞しく、それ以上にナマイキに、そして妻とボクとはかなり中年らしくなってきた。

浜松町から東京モノレールに乗り込む。海外旅行客は普通、成田に向かうものだが、妻が選んだツアーはJALのチャーター便で羽田を出るというものだ。向かう先も通常の仁川国際空港ではなく、よりソウルの街中に近い金浦空港である。韓流ブームを商機にということだろうか、JTBも便利なツアーを組んでくれたものだ。

ボクは東京モノレールから見る景色が好きだ。特に小さな古い運河や物流倉庫、東京競馬場の厩舎や飛行機の整備工場。それらをネタに冗談をとばしているうちに羽田到着。ここまでは順調すぎるくらい順調な旅立ちだ。すべては妻のそつのない計画のおかげ。ボクの心配性はどうやら無用の長物であるらしい。

しかし、はたして乗り物に弱い息子は初めての飛行機に酔ってしまうのだろうか。そもそも飛行機嫌いのボクが正気を失わずに離陸できるのかどうか。続きはいずれまた……。

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2006.06.14

106,398歩、ソウルの旅(1)

5月3日。午前3時30分起床。5時の始発列車に乗るには少々早めの時間だが、朝に弱い息子のことを考えればやむを得ない時間だ。妻も出がけのギリギリまで片付けが気になる性分。ボクだって人のことは言えない。用意周到、予めあれこれ準備万端を期するようで実はギリギリになって肝心なことを思い出したりする。そんな訳で我が家の旅立ちはいつもドタバタだ。この日、息子は存外すっきりと目覚め、妻も珍しく片付けより出立を優先し、結局、いつものように最後になってトイレに駆け込んだのはボクだった。

所沢駅まで徒歩5分、不動産屋ならそう書くだろう。実際は7分くらいだろうか、6~7年ぶりにスーツケースを転がしながら駅に向かう。これが我が家のソウルへの旅立ち。家族3人でゆく初の海外旅行の始まりだ。中3になった息子にとっては生まれて初めての海外旅行、初の飛行機。企画から手配まで全て妻に任せたのも初めてのことだし、つまらないことを言えばゴールデンウィークに旅をするのだって初めてだ(我が家では家族旅行といえば決まって夏休みなのだ)。

初めてづくしの旅の始めの、そのまた始めを紐解けば、韓流ブームの火付け役となったドラマ『冬のソナタ』にゆきつく。友人から借りたDVDを見て以来、妻はすっかり韓流のとりこ。いまでは週に一度、韓国語のレッスンを受けに行くほどの熱の入れようだ。もっともあれほど入れ込んだヨンさま贔屓も今ではRainさまがお気に入り。ボクとしてはそのお陰で本場の韓国料理が食べられるのだから文句はない。

          ○     ○

さて親子3人の珍道中、3泊4日、106,398歩がどんな旅になったのか。続きはいずれまた。

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2006.06.12

ゆり園にて

6月11日。妻と二人、ユネスコ村自然散策ゆり園に赴く。新緑の木々の下、六分咲きとはいえ40万株に及ぶというユリの群れ咲く様に圧倒されながら心地よい散歩を楽しむ。

しかし、このようなユリの群落は自然界にはありえないはずのもの。また咲いているユリも品種改良の施された園芸種だ。そういう意味では「自然散策園」と言いつつも天然の「自然」ではなく人工の「自然」だ。それも旧来の武蔵野の雑木林のような人と自然との共同作業による「自然」というよりは、人が一方的に自然を改造した虚構としての「自然」である。

虚構としての「自然」であっても「自然散策」は楽しく心地よい。いや、ボクらはもはや虚構としての「自然」しか楽しむことが出来なくなってしまっているのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていたら、なにをボンヤリしているの、と妻は少しむくれてしまった。ひとまず思考停止。ひときわ美しく咲くユリの傍らに妻を立たせ記念撮影のシャッターを切る。虚実の境を写真に写し取る。

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2006.06.08

清岡卓行さんが亡くなられた

6月5日。清岡卓行さんが亡くなられたことを知る。享年83歳。間質性肺炎だったそうだ。詩と小説の2つの領域で長く活躍された日本を代表する文学者の一人だ。2002年に現代詩花椿賞を受賞した詩集『一瞬』に代表されるように、日常的な素材を扱いながら一瞬にして思いがけない美の高みに駆け昇る、晩年の作品にはそういったものが多かった。清岡さんの最後の一瞬が安らかなものであったことを願いつつ。

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2006.06.06

人形供養

6月4日。所澤神明社人形供養祭に行く。なにを思ってのことか、数年前に買ったアンティークの人形を供養に出したいと妻が言い出し、ボクも同行することにしたのだ。

神社に着くと、社の前には、雛人形、五月人形、ぬいぐるみ、洋人形など、種々様々な人形が数え切れぬほど並べられている。その様子はなんとも異様で背筋の寒くなるような思いがした。

受付を済ませ人形を納めると、もうすぐ祭礼が始まるというので、神楽殿の前にしつらえられた会場に向かった。ほどなく神職による御祓い、霊抜きの神事が行われ、続いて、うず高く積まれた人形に火がともされ御焚上げが始まった。燃え崩れてゆく人形を見ていると、かえって先ほどまで感じていた恐ろしさが消え、滅びゆくものへの哀惜の念が強くなってくる。

人形供養は、家族や親しい人の身代わりとなり厄災を引き受けてくれた人形への感謝の気持ちを込めて行なわれるものだ、という。人形を供養する人々はそれぞれに固有の事情と心情を抱えて、ここに集ってきたのだろう。そうした人の心根がいじらしく切なく思われた。

それにしても妻はなぜ人形を供養したいと思ったのか。なんとなく尋ねられぬまま……。

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2006.06.05

なぜか『バガボンド』、いまは

6月2日。マンガ『バガボンド』第3巻(井上雄彦、講談社)を読む。命を賭しても剣において天下無双を目指す、若き宮本武蔵の熱情がひしひしと伝わってくる。この迫力は一体なんなのだろうか。

本当はもっと詩を読みたいのだが、何故か、ついついマンガに手が伸びてしまう。ことに今は『バガボンド』。迫力のある描写と武蔵の壮絶な熱情に抗いがたい興奮と魅力を感じる。

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2006.06.02

僕らはどこにも開かない

6月1日。御影瑛路の『僕らはどこにも開かない』を読む。小説を読んだのは昨年の夏に住本優の『最後の夏に見上げた空は』を読んで以来のこと、およそ半年ぶりだ。いずれも電撃文庫、ライトノベルである。実は前回同様、息子に薦められ読んでみたのだ。

『僕らはどこにも開かない』は、複数の登場人物の語りを少しずつ時間をずらしながら重ね合わせて物語を展開してゆくといった、やや手の込んだ手法をとっている。しかし奇を衒った感じはなく自然に読むことが出来る。それはこの手法が物語の主題に相応しいものだったからだと思われる。

高校生6人と教師1人を巻き込んだ殺人事件が解決し(?)、ようやく訪れた穏やかなひととき、主人公は、ふと、こんな風に思う。

僕らはどこにも開かない。
けれど、この程度の疎通は可能なんだ。
それはきっと心地のいいことで、それがあれば幸せになれるのかもしれない。

この物語の主要な登場人物はみな傷つきやすく、自己を閉ざし個=孤に立てこもることで自分を支えているように見える。その一方で個=孤に閉じ込められることに苛立ち、閉塞感を感じてもいるようだ。そうしたことは思春期の少年・少女にはありがちなことかもしれない。あるいは今の世の中が、そうしたことを助長する傾向にあるのかもしれない。いずれにせよボクのような大人にも無縁なことではないし、特定の時代にのみ限られたことでもない、普遍的な問題のだと思う。そのように考えると、ささやかな触合いに幸福をもとめる、いささか予定調和じみた結末もかならずしも悪くはない気がしてくる。

されど詩は、その先を求めずにはいられない。徹底した個=孤の奥底に通底するものを求めずにはいられないのだ。

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