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2006.12.21

ジャガイモ、夕日、そして硫黄島

12月9日。四川風蒸ジャガイモを食べながら映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を観る。先日、日本テレビで放映された折に録画しておいたものだが、なかなか家族そろって観るチャンスがなく今日までほっておいてしまった。なんとも言えない懐かしさを醸し出す映像と人情味にあふれた心温まる物語が家族で食べる暖かい食事とマッチしていて、とても幸福な気分になれた。

9時からはフジテレビのドラマ『硫黄島 戦場の郵便配達』。8月のNHKスペシャル『硫黄島玉砕戦 生還者61年目の証言』では戦場の悲惨な現実を痛感させられたが、このドラマでは、戦火の最中にあっても決して失われることのなかった、家族や恋人、友人など、愛する人々への兵士たちの想いに切なく胸をうたれた。その兵士たちの想いを運びたい一心で本土から危険な戦場に向かうパイロット・根本少尉、不本意な戦いを強いられながらも最後まで兵士たちとともに戦いぬいた市丸少将の姿も感動を誘うものだった。

このドラマを取り上げた読売新聞の「試写室」に「肝心の戦闘シーンは迫力不足だ」と書かれていた。一体、このドラマに記者は何を期待していたのだろう。このドラマの「肝心」は戦場にあっても愛する人々を想い続けた兵士たちの姿ではなかった。戦闘の最中においても、そして捕虜となって生き延びた終戦の後までも、兵士たちの想いを家族に届けることに生涯を捧げた根本少尉の姿であり、玉砕の覚悟を決め、終戦後は平和に貢献せよとルーズベルトに手紙を書き送った市丸少将の姿ではなかったか。迫力満点の戦闘シーンなどというものはハリウッド映画にでもまかせておけばよかろう。もっともボクにしたって老いてなおカッコいい藤竜也にはシビレまくりで人の揚げ足などとれた義理でもないが……。

ふと「平和ぼけ」という言葉が頭に浮かぶ。いやな言葉だ。暖かなマイホーム、快適なオフィス、そのような場所で「硫黄島」を観ることは、結局、迫力満点の戦闘シーンを期待したり、藤竜也にシビレたり、そういうことでしかないのかもしれない。だが、それでもやはり、いや、だからこそ、戦争について知ることは必要なのだと思う。

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