« なつかしさについて(四行詩日記・1月6日) | トップページ | 見方を変えれば »

2007.01.29

光あまねし(四行詩日記・1月14日)

冬木立の向こう遠く秩父の山なみに夕陽がさしかかる
散り敷かれた落ち葉、子犬も少年もほの朱く照らされている
光あまねし――かつて草野心平がそう記した場所で
いまこの瞬間たしかに僕も無量の光に浴している


植木に寒肥をくれ、芝生の草取り、落葉掃き、今日は久しぶりに一日中、庭仕事に精を出しました。休み明け以来なんとなく塞いだままだった気持ちを切り替えたかったのです。だいぶ気分が落ち着いてきたので、仕上げに夕方の散歩に出ようと妻を誘いましたが、あいにく片付けもので忙しかったようで断られてしまいました。

それでも一生懸命に体を動かした後の散歩は心地よいものです。ボクは一人でいつもの散歩道を南に向かいました。隣町の東村山市秋津町のほぼ北端、柳瀬川にかかる秋津橋のたもとにボクのお気に入りの場所があるのです。ケヤキでしょうか、大きな木が何本か植わっている、その木陰に、草野心平が書いた「光あまねし」の文字を刻む石碑がおかれています。ささやかに流れる柳瀬川をはさんで、対岸には一面に落葉の散り敷かれた広い雑木林があり、少年が子犬を遊ばせている、そんな場所です。

ボクはここから見る夕焼けが好きです。西の空、遠く望む秩父の山なみの更に向こうから差し込んでくる夕陽を見ているとホッとさせられます。でも、この日はそれだけではなかった。山の端に沈もうとしている太陽の、この光ばかりは誰にでも平等に、いや人間だけではなく全ての生命に対して分け隔てなく与えられている。お昼に食べた蕎麦だって、この光に育まれた命、その恵みなのだと、なんだかとても有難い気持ちにさせられたのです。あたりまえのようでいて、いつもは忘れてしまっていることですが、ほんの一瞬でもそうした気持ちを持たせてもらえたことがとても嬉しかったのです。

ボクは晴々とした気分で家路につきました。帰ったら家族揃って飯を食う。そんな普段通りの平凡なことを楽しみに思いながら……。

|

« なつかしさについて(四行詩日記・1月6日) | トップページ | 見方を変えれば »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30439/13664009

この記事へのトラックバック一覧です: 光あまねし(四行詩日記・1月14日):

« なつかしさについて(四行詩日記・1月6日) | トップページ | 見方を変えれば »