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2007.01.30

見方を変えれば

1月21日。NHK教育テレビ「課外授業ようこそ先輩」を見る。各界の第一人者が母校で授業を行なうというもので、我が家ではこれを見ながら朝食をとるのが日曜の定番である。今日は斬新なブックデザインで知られる祖父江慎が一宮市立北方小学校の生徒と「ちょっと嫌い、ちょっとイヤ」なものと向き合う体験学習を繰り広げた。

まずは生理的にうけつけられない嫌いなもの、イヤなものを挙げる。今度はその嫌いなもの、イヤなものをグループで観察し、どこがどう嫌いなのか、イヤなのかをまとめる。最後に各自、その嫌いなところ、イヤなところを工作で表現する。こんな流れの授業だ。

「嫌い」なこと、「イヤ」なことがあっても、ちょっと見方を変えることで、そうではなくなり、前向きなエネルギーが生まれる――番組の最後に祖父江がそんなようなことを言っていた。見方を変えれば「イヤーン」が「ステキ」になることもあるのだと。

こんな授業、受けてみたかったなぁ、と思うのは、いくつになっても見方を変えることが下手くそな証拠だろうか……。

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2007.01.29

光あまねし(四行詩日記・1月14日)

冬木立の向こう遠く秩父の山なみに夕陽がさしかかる
散り敷かれた落ち葉、子犬も少年もほの朱く照らされている
光あまねし――かつて草野心平がそう記した場所で
いまこの瞬間たしかに僕も無量の光に浴している


植木に寒肥をくれ、芝生の草取り、落葉掃き、今日は久しぶりに一日中、庭仕事に精を出しました。休み明け以来なんとなく塞いだままだった気持ちを切り替えたかったのです。だいぶ気分が落ち着いてきたので、仕上げに夕方の散歩に出ようと妻を誘いましたが、あいにく片付けもので忙しかったようで断られてしまいました。

それでも一生懸命に体を動かした後の散歩は心地よいものです。ボクは一人でいつもの散歩道を南に向かいました。隣町の東村山市秋津町のほぼ北端、柳瀬川にかかる秋津橋のたもとにボクのお気に入りの場所があるのです。ケヤキでしょうか、大きな木が何本か植わっている、その木陰に、草野心平が書いた「光あまねし」の文字を刻む石碑がおかれています。ささやかに流れる柳瀬川をはさんで、対岸には一面に落葉の散り敷かれた広い雑木林があり、少年が子犬を遊ばせている、そんな場所です。

ボクはここから見る夕焼けが好きです。西の空、遠く望む秩父の山なみの更に向こうから差し込んでくる夕陽を見ているとホッとさせられます。でも、この日はそれだけではなかった。山の端に沈もうとしている太陽の、この光ばかりは誰にでも平等に、いや人間だけではなく全ての生命に対して分け隔てなく与えられている。お昼に食べた蕎麦だって、この光に育まれた命、その恵みなのだと、なんだかとても有難い気持ちにさせられたのです。あたりまえのようでいて、いつもは忘れてしまっていることですが、ほんの一瞬でもそうした気持ちを持たせてもらえたことがとても嬉しかったのです。

ボクは晴々とした気分で家路につきました。帰ったら家族揃って飯を食う。そんな普段通りの平凡なことを楽しみに思いながら……。

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2007.01.26

なつかしさについて(四行詩日記・1月6日)

懐かしいな――ふとそんな言葉が口をつく
懐かしいね――返ってくる言葉に安らぎを覚える
でもこの目でじかには見たことのないはずの景色だ
本当はただ言葉に温もりたいだけなのかもしれない


思い立ってリビングの戸棚の整理をしていたら懐かしいものが出てきました。まだ幼かった頃の息子がたどたどしい字でつづってくれたバースディカードや、五年くらい前でしょうか、ひどい熱を出して何日も寝込んでしまった時に枕元においてくれた折り紙、そんな思い出をつづったファイルです。少し手を休めてあれこれ当時のことを思っているうちに、ふと「懐かしさ」ってなんだろう、と気になってきました。

懐かしい――なんと心地よいことばなのでしょう。一人つぶやいても、誰かとかわし合っても、心がポッと暖かくなってきます。最近は、この感じが嬉しくて、ついつい「懐かしい」という言葉を使いすぎているような気もします。例えば先日観た映画『ALWAYS 三丁目の夕日』。何度も何度も「懐かしいねぇ」と言いかわしながら家族で観ていました。この映画の魅力の本質は懐かしさであるようにさえ思えたほどです。でも、ちょっと冷静になってみると、この映画が描いた昭和33年にはボクは未だ生まれていなかったし、ボクが育った埼玉のベッドタウンと映画の舞台となった東京の下町とでは雰囲気もずいぶん違っていたはずです。それでも懐かしくてたまらない感じがしたのは、作った側の腕がよいのか、それとも見る側がよほど懐かしみたがっていたのか。そう思うとちょっと不安になります。ボクは未来に明るいものを見る気持ちが薄れているのではないかと……。

そんなことをボーっと考えているうちにすっかり日は暮れてしまい、とうとう戸棚は片付きませんでした。

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2007.01.22

時流(四行詩日記・1月5日)

時流に乗るのも才覚か
いや乗り損ねたのが災難か
ならば災難に逢うがよし、と
良寛を気取るにも才度が足らぬ


災難に逢う時節には災難に逢うがよろしく候。死ぬ時節には死ぬがよく候――震災に見舞われた友人に良寛が書き送った手紙の一節。これが「災難をのがるる妙法」なのだそうです。

1月5日は仕事始めでした。一年の計を計ろうと、こし方ゆく末に思いを馳せていたところ、ふと、社内の時流からずれてきてしまっているような気がしました。乗り損ねた身の不幸を嘆いてみたり、いや、おのが才覚の及ばぬせいと我が身をせめてみたり、つまらないことにクヨクヨするなと自分に言い聞かせてみても、才覚に加えて度量も足らないらしく、しだいに先行きの不安までつのり……。なんだかどうにも気勢の上がらない仕事始めになってしまいました。これでは娑婆遊び上手とは程遠いですね。

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2007.01.18

娑婆遊び

1月4日。TVドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』(フジ)を見る。先祖代々続いてきたという貧乏暮らしを強く明るく生き抜いてゆく「ばあちゃん」の逞しさ、そんな暮らしのなかでも決して忘れることのない家族への深い愛情、周囲の人々への暖かな思いやり。泉ピン子の好演もあってそういったものがしっかりと伝わってきた。

ところで新年というと思い出す句がある。ことしから丸儲けぞよ娑婆遊び――もう一生分は生きてしまったのだから、これから先はおまけのようなもの、つらいことがあろうと悩みがあろうと命があるだけで丸儲け。還暦を向かえた小林一茶がその心境をユーモアを交えながら詠んだものだ。この句の背景には一茶の深い阿弥陀信仰があるという。阿弥陀さまのお力で浄土に往生することが約束されていることを思えば、苦しみ、悩みに満ちた娑婆での暮らしもつかの間の遊びのようなものだ、ということらしい。

「うちは明るい貧乏だからよか」と言い切る「ばあちゃん」も娑婆遊びにたけた人なのだろう。まったく「がばい」(=すごい)人たちだ。

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2007.01.16

106,398歩、ソウルの旅(12)

※「106,398歩、ソウルの旅」は昨年のゴールデンウィークに家族三人でソウルを訪ねた旅の記録です。

5月3日。鳥山公園を出て狎鴎亭洞駅に向かう。再び地下鉄に乗り乙支部三街駅へ。だいぶ慣れてきたせいか、行きとは違い車窓の景色を楽しむ余裕もでてきた。ほのかに赤らみ始めた空の下をゆっくりと漢河が流れている。これぞソウル、旅情をかきたてる風景にしばし言葉を忘れて眺め入る。

ふと車内に目を移すとお年寄りに席を譲る若者の姿が見えた。日本では余り見かけなくなった光景だが儒教の影響が強い韓国ではあたりまえのことだと聞く。日本の若者の一人である我が息子はどうだろう。お年寄りを大切にする心は持ち合わせているとは思うが、席を譲るといった行動にまで結びついているか。いや、先ずは自分自身の心と行動を問うべきところだ。

地下鉄を乗り継ぎ乙支部入口駅に戻る。いったんロッテホテルの部屋に帰りひと休み。ティーバックのお茶で喉を潤す。窓の外を見ると南山の頂きにソウルタワーが見える。その後ろの空は夕焼け色から濃紺へと少しずつに変化てゆく。星もちらほら見え始めた。自分たちはいまソウルにいるのだ。改めてしみじみとそう思う。何ヶ月も前から計画を立て準備を進めてきた妻も感慨深そうな表情だ。

しかし食べ盛りの息子を持つ身としては、いつまでも旅情に耽っているわけにもいかない。さぁ、夜のソウルに繰り出して本場の韓国料理を思う存分ぱくつくのだ。あれ、食欲旺盛なのは息子だけじゃなくボクもか!

続きはいずれまた……。

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2007.01.15

ひとつ池に(四行詩日記・1月3日)

マガモ、カルガモ、オナガガモ
ひとつ池に暮らしていても
仲良さそうもなく、悪そうもなく
ただ一つの池に一緒に暮らしている


子供が小さな頃には毎週のように通っていた航空公園ですが、近ごろは年に数回、それも妻と二人で散歩することが多くなりました。1月3日も受験生の息子は塾通い、冬木立の様子でも見に行こうかと二人で出かけました。ぐるりと一周歩いて池のほとりに立つと鴨がたくさん羽を休めていました。その様子を見ていると、なんとなくほほ笑ましく、心が落ち着いて、時のたつのも忘れてしまいます。

マガモにカルガモにオナガガモ、一緒に暮らす彼らはお互いにどんな存在として認識し合っているのだろう、ふと、そんなふうに思いました。アメリカ人がいて、日本人がいて、それと同じじゃない、と妻は言いましたが、それにしては鴨のほうがはるかに淡々としているように感じられます。子供が菓子を投げ入れれば鴨も我先にとエサにありつこうとしますが、菓子が尽きてしまえば、それっきり。争うでもなく、かといって友愛のようなものも感じられません。欲に加えて主義主張やら愛憎やらを持ち込む人間とは大違い。

もっとも、そんなつまらない話をしても気づまりなだけので、ボクらはただじっと鴨の様子をみつめていました。これも、オシドリさながら、長年、ひとつ家に暮らしゆくための心得といったところでしょうか。

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2007.01.12

106,398歩、ソウルの旅(11)

※「106,398歩、ソウルの旅」は昨年のゴールデンウィークに家族三人でソウルを訪ねた旅の記録です。

5月3日。パークBOFへ戻り妻と落ち合う。あこがれの場所を訪ねたばかりの妻は少々興奮気味だ。それでもやはり腹はすいていたらしく、スターバックスで買ったチョコレートを嬉しそうに口に運んだ。再び狎鴎亭洞の街中に向かう。ソウルでは日本食が流行っているらしく、しゃれた外観のビルに日本語で「寿司」や「おでん」と書かれた看板が下がっていることが少なくない。その中には微妙におかしな日本語もしばしば見受けられた。なかでも「GAOの厨房」という店の看板は傑作。三人で大笑いしてしまった。

おいしい すしが
ウォ ソとは しんじがたいね
しょちゆう いぱいに すし
ひとつ たべながら
ぼくのごこゐを まぎ らして みる
ああ いいよ ああ いいよ

しんじがたい わだんに
じかたい げんをうてきな
あじと ふんいき
これが むてぽろ をのもである
     (「GAOの厨房」の看板から)


もっとも東京にしたってネイティヴから見れば微妙におかしな英語が街のあちらこちらにゴロゴロしているのだろうが……。

街歩きも少々飽きたので鳥山公園に立ち寄る。カップルや家族連れが思い思いに初夏の遅い午後を楽しんでいる。ウォーキングや体操に精を出すお年寄りの姿も目立つ。この公園は、日帝占領下の独立運動を率いた韓国の国民的英雄・安昌浩の業績を記念したものだという。園内にはツツジなど色とりどりの花に混じって占領下の苦難と独立運動の勇姿を描いたレリーフが飾られていた。このようなかたちで不幸な歴史の痕を突きつけられると、韓流ブームに浮かれるようにしてソウルを訪ねたボクも複雑な心持ちを覚える。いつまでも過去を引きずるべきではないかのもしれないが、だからといって、すっかり清算したような気になっていていいものか、疑わしくなってくるのだ。

続きはいずれまた……。

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2007.01.05

初詣(四行詩日記・1月2日)

人波をかき分け横入り
なにを急いで願掛けなさるか
忿怒の御姿お不動様を恐れぬか
ならばどなたに願掛けなさる


初詣というと、まずは元日に地元の鎮守・日月神社、二日に川越の成田山別院にお参りするのが、いつのまにか我が家の恒例となっています。今年は高校受験を控えた息子のために川越大師・喜多院と子育て呑龍・連馨寺にも参詣しました。成田山でひいた御神籤は吉。誠実に努力すれば報われるとのこと。一年間、ずっと忘れずにいたいと思います。

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2007.01.04

正月の航空公園

1月3日。久しぶりに妻と散策。航空公園を歩いた。雲間からもれる薄日を背景にいくつもの凧が宙を舞う様子が印象的だった。池畔のメタセコイアは妻のお気に入り。韓国ドラマ『冬のソナタ』を思い出すらしい。
 
200701033
200701034
 

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正月庭景色

1月3日。この時期、庭の彩りといえばナンテンやセンリョウ、マンリョウといった赤い小さな実が思い浮かぶが、我が家の場合、チャボヒバの根元のグラウンドカバーにピンクの愛らしい花が咲く。ご近所さまから頂いたもので名前は判らない。枯芝に目を移すとスイセンの芽がだいぶ大きくなってきている。花壇にはチューリップの芽も出始めているがこちらは未だ小さく、写真におさめるのは難しい。
 
200701032
200701031
 

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2007.01.03

棒の如きもの(四行詩日記・元日)

元日、まだ家人の目覚めぬうち
ひとり庭に降り立ち寒気に浴する
「去年今年貫く棒の如きもの」はあるか
鵯がひときわ鋭く啼く、「私」を糺すように

(引用:高浜虚子、昭和二十五年作句)


あけましておめでとうございます。

年末年始を迎えると虚子の晩年の句「去年今年貫く棒の如きもの」を思い出します。いくたび年の瀬を渡ろうと、どれだけ新年を積み重ねようと、決して変わることなく歳月を貫き通すもの。時世の移り変わりも、自己の成長・成熟、そして老い、をも越えて、「私」を掻き立て燃え立たすもの。そのようなものが、お前にはあるか、と問い質されているように思われるのです。

今年こそ胸を張って虚子に答えられるような「私」でいたい。ボクは今年もそんなことを想いながら元日を迎えました、宿酔と年酒とのわずかな合間でのことでしたが……。

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