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2007.01.22

時流(四行詩日記・1月5日)

時流に乗るのも才覚か
いや乗り損ねたのが災難か
ならば災難に逢うがよし、と
良寛を気取るにも才度が足らぬ


災難に逢う時節には災難に逢うがよろしく候。死ぬ時節には死ぬがよく候――震災に見舞われた友人に良寛が書き送った手紙の一節。これが「災難をのがるる妙法」なのだそうです。

1月5日は仕事始めでした。一年の計を計ろうと、こし方ゆく末に思いを馳せていたところ、ふと、社内の時流からずれてきてしまっているような気がしました。乗り損ねた身の不幸を嘆いてみたり、いや、おのが才覚の及ばぬせいと我が身をせめてみたり、つまらないことにクヨクヨするなと自分に言い聞かせてみても、才覚に加えて度量も足らないらしく、しだいに先行きの不安までつのり……。なんだかどうにも気勢の上がらない仕事始めになってしまいました。これでは娑婆遊び上手とは程遠いですね。

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