« 時流(四行詩日記・1月5日) | トップページ | 光あまねし(四行詩日記・1月14日) »

2007.01.26

なつかしさについて(四行詩日記・1月6日)

懐かしいな――ふとそんな言葉が口をつく
懐かしいね――返ってくる言葉に安らぎを覚える
でもこの目でじかには見たことのないはずの景色だ
本当はただ言葉に温もりたいだけなのかもしれない


思い立ってリビングの戸棚の整理をしていたら懐かしいものが出てきました。まだ幼かった頃の息子がたどたどしい字でつづってくれたバースディカードや、五年くらい前でしょうか、ひどい熱を出して何日も寝込んでしまった時に枕元においてくれた折り紙、そんな思い出をつづったファイルです。少し手を休めてあれこれ当時のことを思っているうちに、ふと「懐かしさ」ってなんだろう、と気になってきました。

懐かしい――なんと心地よいことばなのでしょう。一人つぶやいても、誰かとかわし合っても、心がポッと暖かくなってきます。最近は、この感じが嬉しくて、ついつい「懐かしい」という言葉を使いすぎているような気もします。例えば先日観た映画『ALWAYS 三丁目の夕日』。何度も何度も「懐かしいねぇ」と言いかわしながら家族で観ていました。この映画の魅力の本質は懐かしさであるようにさえ思えたほどです。でも、ちょっと冷静になってみると、この映画が描いた昭和33年にはボクは未だ生まれていなかったし、ボクが育った埼玉のベッドタウンと映画の舞台となった東京の下町とでは雰囲気もずいぶん違っていたはずです。それでも懐かしくてたまらない感じがしたのは、作った側の腕がよいのか、それとも見る側がよほど懐かしみたがっていたのか。そう思うとちょっと不安になります。ボクは未来に明るいものを見る気持ちが薄れているのではないかと……。

そんなことをボーっと考えているうちにすっかり日は暮れてしまい、とうとう戸棚は片付きませんでした。

|

« 時流(四行詩日記・1月5日) | トップページ | 光あまねし(四行詩日記・1月14日) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30439/13640769

この記事へのトラックバック一覧です: なつかしさについて(四行詩日記・1月6日):

« 時流(四行詩日記・1月5日) | トップページ | 光あまねし(四行詩日記・1月14日) »