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2007.03.13

出会い(四行詩日記・1月28日)

冬の朝、夜空と朝焼けとが出会うあたり
家並みの向こう、二本の樹が並び立っている
二つの種子の出会い、その瞬間はいつのことであったか
出会いと出会いとの遭遇、この奇蹟はいつまで続くのだろうか



草野心平の石碑(「光あまねし」)に向かう散歩道。今日は妻と二人で歩きました。途中まで歩いたところでふと右手の景色に目をやると、どこかで見たような樹が二本。ボクは思わず――あれって、このあいだ教えてくれた樹じゃない?

妻も初めはピンとこなかったようでしたが、葉を落とした裸の枝を箒状にひろげるケヤキと常緑でこんもりと繁るクスノキという対照的な樹形の二本の樹が並び立つ様子は、とても印象的で紛れようもありません。――ほんとだ、こんなに近くにあったんだ。なんで今まで気づかなかったんだろう。

冬の早朝、息子の部屋の東向きの窓から外を見ると、遠く家並みの向こう、この二本の樹のシルエットが朝焼けに浮かび上がって、それはもうなんとも言えない、ささやかながら美しい景色なのです。二週間ほど前だったか、ボクも妻から教わるまでは気がつきませんでしたが、息子を起こしに部屋に入ったついでに改めて見てみると、その様子はちょっと幻想的な感じでしばし見とれてしまいました。

しかし、この二本の樹は、遠くから見ると並んで見えるだけで本当は違う場所にはえているのかもしれないと、ボクは秘かに思っていました。それだけに、二本の樹が景色の上でだけ出会っているのではなく本当に寄り添って生きているのだと知ってとても暖かな気持ちなりました。

それだけではありません。二本の樹の出会いも、ボクと妻との出会いも、ボクらがここに住んで子供を育て二本の樹と出会ったことも、そうした出会いに気づくことができた、そのことすらも、どれもこれも、その確率を思えば奇蹟のようなことだと思います。普段は忘れてしまっていますが、そうした奇蹟のような一瞬の出会いがボクらの暮らしには満ち溢れている――そう思うと、一瞬一瞬をもっと大切に生きてゆきたい、もっと丁寧に暮らしてゆきたい、そんな気持ちにさせらたのです。

奇蹟と偶然の恵みは、いつも、いつまでも続くものではないのだから……。

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