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2007.03.30

四行すら(四行詩日記・3月30日)

日に日に膨らんでゆく花芽の速さに
四行すらもどかしく
満幹万樹おおいつくす夜桜を仰ぎ
声なく、ただ笑いがこみ上げるばかり



日記のように、毎日、四行詩を……、と意気込んだものの、慌しい日々にすっかり三日坊主。日々、濃くなってゆく春色を前に一言の詩句もひとひらの詩想もモノにできぬまま、いたずらに時は過ぎてゆく。見上げれば桜はすっかり満開だ。極楽を思わす景色に声を失う。ふと笑いがこみ上げてくる。そうか、この笑いか、これが詩か。そんな気がしてくる。後にはただ口元に爽やかな微笑が残るばかりだ。

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曲がり角に棲んで(四行詩日記・3月21日)

たとえば自転車のベルや時候の挨拶
子どもたちの笑い声、車の警笛、うわさ話
曲がり角に棲んで
出会いを聞きながら暮らしている



リビングで新聞を読んでいたら自転車のベルの音が聞こえてきた。窓から外を見ると、家の前の小さな三叉路で四歳くらいの子どもが、まだ補助輪もとれぬ自転車のベルをしきりに鳴らしている。曲がり角を曲がったところで、たまたま友だちと出くわし、習い覚えたばかりのベルで挨拶を交わしていたようだ。思えばこの小さな三叉路の前に棲んでいるおかげで、いろいろな出会いの音を聴くことができる。主婦同士の挨拶や立ち話、道を譲り合った車の「ありがとう」の警笛、たまには慌てものの自転車の急ブレーキの音も。普段は騒音と思うばかりだが、こうした出会いの音を聞きながら暮らすのも悪くはない気がしてきた。

ごくまれだが夜遅くに三叉路で話をしている若者らしい声を耳にすることもある。仲間同士か恋人同士か、一緒に出かけた帰り道、この三叉路で今宵の別れを惜しんでいるようだ。こうした別れは明日ふたたび出会うための準備とも言えるだろう。だが、そのまま二度と逢えぬこともないわけではないのだ。そう考えるとまして出会いの音は心地よく有難いもののように思えてくる。

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2007.03.28

今月はちょっと外食がち

3月28日。息子の高校受験もようやく終わり、中学校も無事に卒業、あとは入学式を待つばかりとなった。そんなわけで気が緩んだせいか、今月、我が家はちょっと外食が多い。

振返ってみると、先ずは3月3日、韓国家庭料理の「ハントシ」で昼食。行きつけの床屋に向かう途中、この店ができたのを見つけたのは半年ほど前のことだったろうか。ずっと気になっていたのだが、なかなか立ち寄る機会がなかった。この日は雛祭りだったこともあって、たまには外で昼飯を食おうと、家族で出かけたのだ。味もよいし、値段もリーゾナブル。店の雰囲気も韓国っぽくて面白いし、韓国人の店員さんもきさくで感じがよい。妻にとっては韓国語会話の練習にもなったようだ。

翌4日は義母と妻と3人で狭山のお不動さんと山口観音に詣でた。息子の高校合格のお礼参りである。参詣後、小腹を満たしに観音さまの門前の茶店に立ち寄った。先ずは精進落としのビール、コンニャクの味噌おでんをつまみに喉を潤し、義母と妻は焼きダンゴを食した。武蔵野名物、醤油のつけ焼きである。ボクはダシの香りに誘われて手打ちウドンを頂いた。所沢の自宅からは電車で僅か20分ほどのところだが、ちょっとした旅行気分、身近な春を楽しんだ。

10日は少し早めのホワイトデイ・ディナー。妻の希望ですしを食うことに。どこに行くか迷ったが、と言いたいところだが我が家の予算で男子・15歳が満腹するまで食べられる店は、そんなに多くあるわけではなく、迷わず所沢駅の「三崎丸」に行った。1カン120円は回転寿司から比べれば高いかもしれないが、握りたての旨い寿司を落ち着いて食べられることを考えれば十分に安い。寿司には欠かせない日本酒もそれなりに取り揃えてあって不満なし。

17日は妻と川越へ。呑龍上人の蓮馨寺、成田山別院のお不動さん、そして喜多院のお大師さまに礼参り。川越に行くと必ず立ち寄るのが仲町の「まめ屋」。文字通り豆の専門店である。煮豆、炒り豆、乾物、生豆、あれこれ種類も豊富だし、自由に味見ができる。値段も手ごろなのでついつい買いすぎてしまう。この日も蓮馨寺に参詣したあと「まめ屋」で買い物をしてから、成田山と喜多院へ向かった。参拝を終え、駅に向かう帰り路、新富町の甘味処「あかりや」に立ち寄った。自店で搗いているためだろうか、ここは餅が旨い。妻は抹茶味のクリームみつまめを、ボクは粟餅のぜんざいを頂いた。

最後は(まだ数日あるので最後じゃないかもしれないけど)、先週土曜日、西東京市ひばりが丘の「ひじり亭」での会食。妻の実家の義父母、義兄一家と我が家族、総勢9人で訪ねたが、店の奥にちょうどお誂え向けの広さの個室があったおかげで、ゆっくり気ままに食事ができた。料理は和食を基本にちょっとひとひねりした創作料理、といった感じだ。どれも美味しかったがボクはつくねと大根の煮物が気に入った。いつもは元旦に妻の実家で勢揃いの新年会をやるのだが、今年は子供たちが受験や就職を控えていたこともあり延期となっていた。こうして楽しく春を向かえ、集って食事ができたのも、子供らを含め皆がそれぞれに頑張ってきたからなのだと思う。感無量である。

そろそろ花見の季節。油断していると更に外食が続きそうだ。財布と体重計から眼を離さないようにしないと……。

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2007.03.23

春を待つ(四行詩日記・2月17日)

かたくなに結ぼれたものがほころび
花びらや笑顔のようなものがこぼれる
そういう季節のきらめきを春と呼ぶなら
春を急く心に春は届かない

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2007.03.16

つきのひかり(四行詩日記・2月2日)

ふゆのあさ、にしのそら
しずみゆくまんげつ、りんとしたひかり
まだあけきらぬまちをてらし
ためらうこころをあゆましむ



ひどく憂鬱な朝でした。職場に向かう足取りは重く、かといって休むわけにもいかない。ふと西の空を見るとまだ薄暗い空に満月が浮かんでいる。清浄な凛とした光。たった独りで地球の自転に耐えているような、それでもおし止め得ぬ力に潔く身をさらしているような……。

ただそれだけのことでしたが、それだけで十分だと思いました。この月の光に照らされるひと時を恵まれただけで今日を生き抜くことができる、そんな気がしたのです。

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2007.03.13

出会い(四行詩日記・1月28日)

冬の朝、夜空と朝焼けとが出会うあたり
家並みの向こう、二本の樹が並び立っている
二つの種子の出会い、その瞬間はいつのことであったか
出会いと出会いとの遭遇、この奇蹟はいつまで続くのだろうか



草野心平の石碑(「光あまねし」)に向かう散歩道。今日は妻と二人で歩きました。途中まで歩いたところでふと右手の景色に目をやると、どこかで見たような樹が二本。ボクは思わず――あれって、このあいだ教えてくれた樹じゃない?

妻も初めはピンとこなかったようでしたが、葉を落とした裸の枝を箒状にひろげるケヤキと常緑でこんもりと繁るクスノキという対照的な樹形の二本の樹が並び立つ様子は、とても印象的で紛れようもありません。――ほんとだ、こんなに近くにあったんだ。なんで今まで気づかなかったんだろう。

冬の早朝、息子の部屋の東向きの窓から外を見ると、遠く家並みの向こう、この二本の樹のシルエットが朝焼けに浮かび上がって、それはもうなんとも言えない、ささやかながら美しい景色なのです。二週間ほど前だったか、ボクも妻から教わるまでは気がつきませんでしたが、息子を起こしに部屋に入ったついでに改めて見てみると、その様子はちょっと幻想的な感じでしばし見とれてしまいました。

しかし、この二本の樹は、遠くから見ると並んで見えるだけで本当は違う場所にはえているのかもしれないと、ボクは秘かに思っていました。それだけに、二本の樹が景色の上でだけ出会っているのではなく本当に寄り添って生きているのだと知ってとても暖かな気持ちなりました。

それだけではありません。二本の樹の出会いも、ボクと妻との出会いも、ボクらがここに住んで子供を育て二本の樹と出会ったことも、そうした出会いに気づくことができた、そのことすらも、どれもこれも、その確率を思えば奇蹟のようなことだと思います。普段は忘れてしまっていますが、そうした奇蹟のような一瞬の出会いがボクらの暮らしには満ち溢れている――そう思うと、一瞬一瞬をもっと大切に生きてゆきたい、もっと丁寧に暮らしてゆきたい、そんな気持ちにさせらたのです。

奇蹟と偶然の恵みは、いつも、いつまでも続くものではないのだから……。

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2007.03.05

菩薩

3月5日。新作「菩薩」『現代詩フォーラム』に投稿。「合唱の鎖」以来およそ1年半ぶりのことだ。


   菩薩

 ある老姉妹が奈良の長谷観音をお詣りしたときのことだ。参拝を終え京に向かう道すがら宇治に立ち寄り名物の鰻蒸しを食したところ、美味しさのあまり妹はつい度を過ごし腹痛を催した。さてそれからが大変。あちらの寺にご不浄を訪ね、こちらの社に厠を借り、京の町を無様にかけまわることになった。
 ――もう折角の旅行がだいなし。そう言いながらも妹はなんだか楽しそうだった。
 ――ねえさんはしっかりしてるから、どこへ行ってもすぐトイレを探してくれるし、ほら知らないところだから一人で行くの怖いじゃない、暗いし。ねえさんは一緒に行って待っててくれたのよ。
 それは旅行好きの二人が一緒に出かけた最後の旅でのこと。二ヵ月後、姉は二度目の手術を受け、それからは入退院を繰り返す日々。二人が再び旅枕を並べることはついになかった。

 十年におよぶ闘病生活の末に姉が息を引き取ったのは半月前のことだ。緊急入院の知らせに駆けつけた妹がひとまず家に帰った直後、いったんは持ち直したかに見えた病状が急変し、一人娘の腕の中で静かに息絶えたそうだ。
 ――お母さんは誰にも見せたくなかったんだと思うの。長年勤めた養護教諭の職を辞し母の最後の日々を支えた娘が言う。白髪が看護の労苦を偲ばせる。
 ――わたしにはすっかり甘えていたけれど、きっと他の人の前ではしっかり者でいたかったんだわ。だが僕は思った。あるいは怖がりの妹に死の実相を見せまいと姉が計らってくれたのかもしれない、と。

 ほら知らないところだから一人で行くの怖いじゃない、暗いし――

 そういえば、あの腹痛も長谷観音さまの愉快な計らいではなかったか。姉と妹の最後の旅がいつまでも鮮やかなまま記憶に残るよう、幾度も幾度も笑顔で思い出せるよう、ちょっとした悪戯を企んでくださったのではあるまいか。翌日、僕は妻を誘って狭山の山口観音に詣でた。秘仏のご本尊に向かい手を合わせ僕は南無観音と三度くり返した。顔を上げると妻――あの怖がりな妹の娘はまだ一心に何かを祈っている。その瞑目の横顔を秋の夕陽が静かに照らしていた。

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2007.03.02

106,398歩、ソウルの旅(15)

※「106,398歩、ソウルの旅」は昨年のゴールデンウィークに家族三人でソウルを訪ねた旅の記録です。

今回は旅のアルバムから5月3日に撮った写真をご紹介。

金浦空港
ソウルの旅はここから始まりました。
200605031_2


乙支路地下街の軽食堂
ソウルで始めて食事をした場所。マンドゥラーメンが旨かった。
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狎鴎亭の街角
スターバックスの窓から息子が撮った写真。
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夜の明洞
食事にも買い物にもブラつくだけでも楽しい。
200605035_2

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2007.03.01

2月の読書録から

3月1日。先月は公私に亘って余裕がなく余り日乗を録すことができなかった。そこで先ずは2月に読んだ本についてまとめて記しておきたい。

『南無阿弥陀仏』(柳宗悦、岩波文庫)……2月7日読了。柳氏が自らの仏教思想をまとまった形で記したものとしては他に類がないとのこと。また柳氏の民芸運動の理念と仏教思想との密接な関わりを垣間見ることもでき興味深い。浄土宗から浄土真宗(あるいは真宗)、そして時宗へと受継がれた、阿弥陀信仰と念仏行を核とする仏教、いわゆる浄土門の入門書としても大いに参考になった。

『バカ日本地図―全国のバカが考えた脳内列島MAP』(一刀、技術評論社)……2月10日読了。インターネット上で展開された「バカが思い描いている日本地図をつくる」プロジェクトを書籍化したものだ。このプロジェクトに関する新聞記事を読み面白そうだと思っていたところ、息子も友達から話を聞いて欲しくなったというので、二人で小遣いを出し合って買うことにした。読んでみると確かに面白い。北海道や九州など自分の生活圏から遠い地域の地理について自分がどれだけ無知であるか、そのくせ他の地域に住む人が関東の地理を知らないことをどれほど「バカ」と思ってしまうか、そのアンバランスさを思い知らされた。好企画である。

『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)……2月18日読了。梅原氏が中学生を対象に行った授業を収録したもの。宗教とは何か、なぜ宗教が必要なのか、を生徒たちに考えさせることから出発して、仏教導入期の聖徳太子、平安時代の最澄・空海、そして法然・親鸞の浄土門や道元・栄西の禅宗、日蓮の法華経信仰など多様に咲き誇った鎌倉仏教にいたる日本の仏教史を紹介している。宗教対立が平和を脅かし、地球環境の破壊が破局的な段階にまで至った今日、殺生を禁じ他の宗教にも寛容で多様性を持つ仏教が見直されるべきだとの梅原氏の主張は、図式的・短絡的との批判もあるかもしれないが、頷ける面も大いにあるとボクには思えるのだ。

『志ん生人情ばなし―志ん生の噺〈3〉』(ちくま文庫)……2月21日読了。落語を活字で読むのは始めてのこと。気づいてみれば、いつのまにかに、落語っぽい口調や声を頭の中で再生するような読み方をしていた。面白いものだ。さて所収14席はいずれも甲乙つけがたいが、やはりボクにとっては馴染みの深い「井戸の茶碗」と「抜け雀」が好きだ。そう言えば、先日、久しぶりにポッドキャスト落語のにふ亭を聴いたら三遊亭歌彦が「抜け雀」を演じていてなかなかよかった。これも保存版に入れておこう。

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