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2007.07.09

『正法眼蔵随聞記』を読む

6月22日。『正法眼蔵随聞記』(懐奘・編、 和辻哲郎・校注、岩波文庫)を読む。曹洞宗の開祖・道元の言行録だが、道元が伝えた師・栄西の言動も含まれていて、古文に親しみの薄いボクにとってはよく区別がつかなかった。それはともかく印象に残った言葉をいくつか引いておく。

呵責すべきを呵責すとも毀誉謗言の心を発すべからず
仁ありて人に謗ぜられば愁ひとすべからず
予があたふると思うことなかれ。皆是れ諸天の供ずるところなり
其の人の徳を取りて失を取ることなかれ
切に思ふことは必ずとぐるなり
人皆生分あり、天地是れを授く

いずれも仏教ということを抜きにしても処世訓・人生訓として尊い言葉であり耳にも馴染みやすい。しかし、師や主に逆らおうとも父母妻子や係累を捨ておこうとも出家すべきであり、それこそが真の忠であり孝であり慈しみなのだ、とする道元の厳格な出家主義にはちょっとついていけないものを感じざるを得ない。

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