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2007.08.31

今日は大久保へ

8月12日、ひばりが丘の義父母を誘って大久保に行く。ツレアイが韓国語を習っていることもあって我が家は時々大久保のコリアンタウンに出かける。以前から義父が行ってみたいと言っていたので今日は連れ立って遊びに行くことにした。とはいえ35度を超える猛暑続き、午後、遅めに出かけて先ずは韓国料理を楽しみ、それから夜の街を歩いてみることにした。

所沢でおち合って西武新宿についたのが4時半ころ。それでもまだ陽はカンカンと照りつけ時おり吹く風もさわやかというより熱風だ。職安通りをゆっくり歩きドンキホーテの脇を曲がる。この通りはコリアンタウンでもかなりディープに韓国色が強く、料理屋も小さな現地風の店が多い。お目当ての店は大久保通りに突き当たる少し手前、韓国風家庭料理のモイセだ。「モイセ」とは韓国語で「集まれ!」という意味とのこと。料理は旨いし、韓国風なのだろうか、飾らず、それでいて温かいのもてなしが心地よい店だ。カルビに豚カルビ、チャプチェにチジミ、石焼ビビンパ、どれも美味しくマッコリが進む。

食事を終え再び職安通りに戻る。夜といってもまださほど遅くないからだろうか、街はかなりの人出で賑わっている。通りを渡り韓国広場に向かう。この店は韓国の食材や調味料、加工食品などが豊富に揃っていて面白い。値段も手ごろで普通のスーパーで売っているような野菜もかなり安い。コチジャンに百歳酒、スナック菓子に韓国海苔、インスタントラーメン、などなど持ちきれないほど買い物をして店を出る。

ボクらは再び西武線で所沢まで戻り、ホームから入いれるスターバックスで一息ついた。香り豊かなコーヒーとコリアンタウンの余韻を楽しみながら、しばし別れを惜しんだのである。

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2007.08.29

夏休みを上野で過ごす

8月3日、家族で上野へ出かける。今年は夏休みを3~6日と11~14日の2回に分けて取ることにした。今日はその初日。以前なら夏休みといえば家族で旅行に出かけたものだが、息子も高校生になり部活やらなにやら夏休みも忙しかろうと、今年は旅行はやめにした。とはいえ折角の夏休み、どこか行きたいところはないかと尋ねたところ、息子は美術館に行きってみたいと言う。ボクとツレアイにとって美術館は学生時代の定番デートコースだったし、結婚した後も息子が生まれるまではしばしば足を運んでいた。だから久しぶりに美術館を訪ねることが出来るのは大歓迎……ではあるが、ボクとしては寄席に行きたい気持ちもあり、上野の国立西洋美術館から鈴本演芸場に向かう少々ユニークなコースを巡ることにした。

国立西洋美術館は「パルマ―イタリア美術、もう1つの都」展が開催されていたが、特にイタリア美術に興味があるわけでもないので常設展とロマネスク美術写真展を観た。膨大な松方コレクションがベースになっているだけあって常設展だけでも十分に見ごたえがある。特にロダンやモネの作品が多いところが嬉しい。他にはドルチの「悲しみの聖母」やグレコの「十字架のキリスト」、エルンストの「石化した森」といったところがボクのお気に入り。息子はもっと古い作品が好みらしく、中世から17~18世紀の絵画やロマネスク美術写真展の写真にじっと見入っていた。

美術館から鈴本までは普通に歩いて15分程度。開場までまだだいぶ間があるので、西郷さんの銅像を見たり清水観音をお参りしたりと上野の山をぶらつき、山の向こうの不忍池まで足を伸ばすことにした。不忍池は丈高い蓮の葉が一面に生い茂り、ところどころに薄ピンクの大きな花が咲いて、都会のオアシスというよりも生々しく力強い生命力、野生を思わせる景色だった。折から開催されていた骨董市をひやかしながら半周ほど池の周りを散歩して鈴本に向かう。途中のコンビニでパンやおむすび、スナック菓子やお茶(ボクはワンカップの日本酒)を買い込み、開場と同時に中に入る。

そこから先は別世界。太神楽(曲芸)に漫才、奇術に落語。浮世を忘れ、ひたすら笑い、芸を楽しんでいるうちに時は過ぎ、あっという間の3時間だった。これで御代は2800円というのだから寄席は安いものだ。さて、この日、聞いた落語ではなんといってもトリの橘家文左衛門が演じた「らくだ」が素晴らしかった。大ネタである上、登場人物のクセが強く、しかも話の展開につれて立場が逆転するようなシーンもあり、高度な演技力が求められる噺だと思うが、文左衛門はしっかりと演じきっていた。その他には古今亭菊志んの「寄合酒」や桂藤兵衛の「へっつい幽霊」が面白かった。

美術館に寄席、こんな取り合わせが気取らずに自然に楽しめるところが上野のよさであろうか。それにしても、こんな取り合わせをすっかり楽しめるようになるとは我が息子も随分と成長したものだ。

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2007.08.17

夏の夜は映画を見ながら……

7月に観た映画は2本。もっとも映画館に足を運んだというわけではない。自宅でのんびり食事をしながらである。そんな時にはもちろんビールが欠かせない。

博士の愛した数式(2006・日)……7月20日。久しぶりに早く仕事が終わったので平日には珍しく家族そろって夕飯をとることができた。せっかくだから映画でも観ようかとHDレコーダーを漁ってみたところ、以前、テレビ放映されたものを録画したこの映画がみつかった。さて映画のほうは、寺尾聰に浅丘ルリ子、吉岡秀隆に深津絵里と、ベテラン・中堅の芝居達者を揃えただけあって実によい出来映えであった。夏の夜には暑苦しい大作モノよりこうした静かでしみじみとした作品のほうが心地よいようだ。

マルクス捕物帖(1946・米)……7月30日。つれあいがコンサートに出かけるというので早く帰って息子と食事することにした。お笑い好きの息子ならきっと喜ぶだろうと、道すがらDVDをレンタルして帰り、つれあいが用意しておいてくれたカレーを食べながら二人で観たのがこの映画だ。古い作品ではあるがマルクス兄弟のナンセンスでスラップスティックなギャグの連発は高校生の息子にも大うけ。よほど気に入ったらしく、息子は後日、2回も観かえしたそうだ。こうしたドタバタ喜劇も暑さを笑い飛ばすにはもってこいである。

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2007.08.16

7月の読書録から

先月はマンガを含め4冊と相変わらず寡読である。まして久しく詩書にも触れておらず我ながらこれでよいのかと思う。

志ん朝の落語(3)・遊び色々(ちくま文庫)……7月3日、読了。同じちくま文庫の「志ん生の噺」シリーズを読み終えてしまったので今度は志ん朝を読んでみることにした。志ん朝は子供のころからテレビで慣れ親しんでいるので読んでいると自然に志ん朝の声が頭の中に再現されるようだった。さて本書には廓遊びを中心に芸ごとや花見、物見遊山、子供の悪戯など、遊びにちなんだ噺12編収録されている。なかでも「愛宕山」や「居残り佐平次」、「付き馬」、「花見の仇討」といったところがボクのお気に入り。志ん朝のからっと明るい江戸弁は実に国宝モノだったなぁと改めて思わせられた。

法華経入門(菅野博史・著、岩波新書)……7月10日、読了。食わず嫌いというか日蓮宗や法華経はなんとなく敬遠してしまうボクであるが、先入観で毛嫌いするのもどうかと思い本書を読んでみることにした。その結果、少なくとも法華経については宗教文学として面白そうだと感じるようになった。法華経には随所に法華経が登場し、さまざまな仏が法華経を語り、さまざまな菩薩が法華経を受持し弘通に勤めるという。法華経の功徳が法華経の中心テーマの1つになっているらしい。そこで国学者の平田篤胤は法華経は能書きばかりで肝心の丸薬がないと評したそうだが、ボクにはむしろそこが面白いのだ。また菩薩行と釈尊による救いを中心にした教説にも共感を覚えるところがあり大きな収穫を得た思いがした。

「部下を動かす!」スピード・コーチング(中島孝志・著、講談社)……7月18日、読了。これでも職場に行けば、一応、上司と呼ばれる身である。たまにはそれらしい勉強もしなくてはと思い図書館で借りてきた。「大善は非常に似たり。小善は大厄に似たり」という言葉が引用されていたが、なるほど自分はこれまで答えを与えすぎてきたと思う。これでは自ら考える機会=能力と自信を高めるチャンスを部下に与えることができない。肝に銘じておきたいと思った。

バガボンド・26巻(井上雄彦・著、講談社)……7月27日、読了。待ちに待った『バガボンド』の新刊である。前巻で館主・伝七郎を斬られた吉岡一門が仇討ちを挑んだ一乗寺下り松の戦いを描き、巻頭から巻末まで殆どのページが斬り合いと死体とで埋め尽くされている。それでも惨たらしさや醜さからは程遠い作品となっているのは作者が武蔵と吉岡の門徒たちの人間を描いているからなのだろう。次巻が待ち遠しい。

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2007.08.15

いのちの色

7月25日。庭の草取りをしていたときのことだ。ふと顔を上げると1メートルほど先にハチが飛んでいることに気づいた。あちこち飛び回るわけではなく、ひとところに浮遊している。気のせいかこちらを警戒しているようにも見える。もしやと思い、ハチが浮かんでいる、その下の辺りを見てみると、案の定、伏せてあった大きなバケツのふちにトックリを逆さにしたような形の巣がはりついている。直径5センチほどあろうか、けっこう大きな巣だ。このまま放置しておいては家族が刺されたりして危ないのではないか、ボクは意を決して巣を撤去することにした。

幸運なことに手元には蚊取り線香がある。攻撃してこないか様子を伺いながら静かにハチに近づく。警告を発しているような黄色と黒の体色、見るからに獰猛そうな顔立ち。おじけづく気持ちを抑え線香をハチの下に置く。立ち上る白い煙にしばらくは耐えるように旋回していたが、さすがに蚊取り線香にはかなわなかったのだろう、ハチはとうとうどこかに飛び去ってしまった。戻ってこないうちにとボクは手元にあった園芸用のシャベルの先で巣を剥がし取り、地面に落ちた巣を突き崩した。すると中から鮮やかな緑色のアオムシが5~6匹あらわれた。まだ生きて動いている。その下には、ハチの卵であろうか、ほのかに黄色く、ねっとりとした感じの丸いものが隠されていた。ボクは見てはいけないものを見てしまったような心持ちがして、慌ててレジ袋に巣とアオムシと卵とをすくい取り、むしり取ったままにしておいた雑草で覆った。そしてレジ袋の口を固く結んだ。

そのまま草取りを続けているとハチが帰ってきた。蚊取り線香を頼りに身を潜めて観察していると、ハチは巣のあった辺りをしばらくは去り難そうに漂っていたが、とうとう諦めたのか、ひときわ高く空へと飛び去った。そんなハチの姿を見ているうちに虫たちの命を奪ってしまったことを悔やむ気持ちが湧き上がってきた。ハチの卵を殺し、その卵を育むはずだったアオムシの生命を無為に奪い、生命の連鎖を次代に繋ごうとしたハチの営みを無に帰してしまった。そのようなことをする権利、資格がボクのどこにあるというのか。その必要性すらなかったのではないか。目を閉じると黄と黒のハチの体色やアオムシの鮮やかな緑、生々しい卵の薄黄色が思い出される。それだけではない。雑草の葉と茎、根と土の色、ハチが飛び立っていった空の青、強烈な太陽の光……激しく押し寄せてくる濃密な「いのちの色」に取り囲まれて、ボクはただひとり、おろおろとうろたえるばかりだった。

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2007.08.02

挑戦!3時間走

7月16日。初の3時間走に挑む。ランニングを始めてから約3年。今シーズンはフルマラソンにチャレンジしてみようと思いたち、先週からトレーニングのメニューを変えることにした。これまでは1キロ5分半くらいのペースで10キロ走ることにしていたが、これからはもっと長い距離をゆっくり長時間走る(LSD)ことにしたのだ。今日はその2回目、思い切って、3時間、走ってみることにした。

いつものように自宅から東村山方面に向かい八国山を縦断。西武遊園地の脇を走り多摩湖に向かう。いつもだったらここから狭山公園に沿って南に向かうところだが、そのまま西へ進み多摩湖自転車道に入る。湖こそ見えないが生い茂った森の木陰を自動車や信号に煩わされることなく走れるので快適だ。出発から約1時間半。東大和市の、その名も湖畔2丁目で折り返す。更に1時間ほどは快調に走ってきたが西武遊園地が見える辺りまで戻ってきた頃から急に体がきつくなってくる。どうやら体内の糖分が足りなくなってきたようだ。持参していた飴玉を口に放り込み飢えをしのぐ。

更に15分ほど走ると無性に塩を利かせた握り飯が食べたくなる。今度は塩分切れだ。顔を撫ぜてみるとザラザラしている。これだけ体から塩が吹き出ているのだから塩分が足りなくなるのもあたりまえだ。なんとか八国山を走り切り、ふもとの自動販売機でスポーツドリンクを買う。一口、含むと、水と糖とナトリウムイオンがすーっと体に吸い込まれてゆく気がする。さぁ、あと一息。痛み始めた腰や膝をかばいながらも何とか走り通し、出発から3時間10分で自宅に戻った。

10キロで水切れを起こし20キロで低血糖になるところまでは今までにも経験したことがあったが、さらにその先に塩分不足が待っていることは知らなかった。それに落ち着いてから地図を測ってみたところ走行距離は28キロを越えており、ペースは1キロ・6分40秒とLSDにしてはやや早すぎる。やはり新しいことにチャレンジすると、それだけ新しい発見があったり課題が見えてきたりするものだ。秋になったら4時間走、5時間走にも挑戦してみたい。

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