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2007.09.25

巣鴨のトラさんのこと

もうすぐ10月だというのに、いつまでも夏の思い出にひたっているのもどうかと思うが、もう一つだけ書いておきたいことがある。それは巣鴨のトラさんのことだ。

初めてトラさんと出会ったのは7月30日のこと。いつもの朝のウォーキング、池袋から三田線の西巣鴨駅を目指して明治通りを歩いていたところ、「元気に歩いてるねぇ」と声をかけられた。ゴマ塩頭に黒縁メガネ、少々腰は曲がっているものの壮健そうなおじいさんだ。そのまま立ち去るのも悪いし、特に先を急いでいるわけでもないので「いやぁ、おとうさんこそお元気そうじゃないですか」と応えた。するとおじいさんは「それがねぇ、火事で6階から落ちたものだから指が曲がっちゃって……。」と靴を脱いで足先を見せた。確かに親指が内側に曲がっている。

そこからおじいさんの身の上話が始まった。「ボクはねぇ、大正14年生まれの83歳。それにしちゃぁ元気でしょ? むかしボクシングをやってたからね。白井義男って知ってる? おんなじバンタム級だったの。今でも時々ワタナベジムに行ってるん。」おじいさんはコブシを作りジャブをして見せる。なるほど素人とは思えない速さだ。ことにコブシを引き戻し体勢を整える仕草がプロっぽい。

「ここで会って話ができたのも何かの縁だから……」とおじいさんはズボンのポケットを探り、ミンティアを2~3個とり出すと、そのうちの1つを差し出す。「おとうさん、いいよ、いいよ」と断ったが、「お話しできたのが嬉しかったから、とっておいてよ」と言う。余り断るのも却って悪いからと受取ると、「じゃぁ、また会ったらお話ししましょう」と名残惜しそうに去っていった。

それから2~3日は毎朝、同じ道でおじいさんに会った。その度に一頻り立ち話をしてミンティアやガムをもらう。「火事のせいでこっちに越してきてからは一人暮らしだから、人と話をするのが楽しくてねぇ。だから色んな人にガムをあげるの。お返しとか持ってきてくれる人もいるけど絶対に受取らない。人にもらってもらうのが嬉しいんだから」

8月7日。二回に分けた夏休みの第一弾が終わって久しぶりに明治通りを歩いたがおじいさんには会えなかった。翌日もおじいさんの姿はなく猛暑で体調を崩されたかと心配したが9日にお会いすることができた。「しばらく会わなかったけどお元気ですか? 夏バテなんかしてない?」と声をかけると、「大丈夫、大丈夫」と明るい声で返事が返ってきた。そしていつものように立ち話。

「まだお話してなかったかなぁ。ボクはねぇ、渥美清さんの運転手をやってたの。17年。ボクシングをやめた後、金馬の弟子になって鈴本に出してもらってたときにね、渥美さんが時々来てて、声かけてくれたん。偲ぶ会にも呼んでもらったし今でも時々お墓参りに行ってるの。」

ここまで話すとおじいさんは「四谷赤坂麹町、ちょろちょろ流れるお茶の水……」とフーテンの寅さんのテキ屋口上を始める。よどみなく流暢な口上は、さすが元・噺家、聞いていて飽きない。「山田洋二さんにもよくしてもらってねぇ、映画に出ないかって誘われたこともあるん。なまけもののトラさんって役はどうかって。『なまけもの』なんてねぇ、ぼくはやだよって断っちゃった。そんな役やったら仲間や親戚から何を言われるか分かんないもんねぇ。」

という訳でボクはひそかにおじいさんのことを巣鴨のトラさんと呼ぶようになったのだが、実はそれ以来、トラさんとゆっくり話をしたことがない。翌週の17日には信号待ちをしていたトラさんをみかけ声をかけたが、すぐに信号が変わってしまったため、ほんの1~2分しか話すことができなかった。ここ1ヶ月ときたら姿を見かけることさえない。ご高齢なので体調を崩されたのではと気にもかかるし、トラさんの元気な声を聞かない朝はなんとなく物足りなく寂しい。

トラさん、またお会いしましょう。ボクはいつものように歩いていますから……。

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