10月27日。台風20号が関東方面に北上中の朝のこと。妻:だいぶ荒れそうだけど、どうする? ボク:明日にするかぁ。妻:今日だったらxx(息子、高校1年生)も留守だから気楽に出かけられるんだけどなぁ……。
というわけで雨風覚悟で出光美術館に向かった。お目当ては『没後170年記念 仙崖・センガイ・SENGAI―禅画に遊ぶ』展である。仙崖は江戸時代の禅僧で自由闊達な画風で知られる。ボクも名前くらいは聞いたことがあったが、先々週の「新・日曜美術館」で取上げられたのを観て、俄然、興味がわき、この週末に行ってみることにしていたのだ。
さて実際に観てみると、仙崖の作品は機知とユーモアに溢れた親しみやすいものが多く、声を上げて笑いそうになることもしばしばだった。例えば「虎図」と題した小品はどうみても猫にしか見えない絵に「猫に似たもの」との詩文が添えてある。「花見画賛」には描き損じた人物を墨で消して「書きそこない」と書き込んであった。古今東西、こんな画家は他にあるまい。まさに涯画無法。自分の絵は美人と違って笑われることを好む、と記しただけのことはある。
圧巻は「一円相画賛」だ。一円相とは禅画の画題の一つで、図形の丸を一筆で描いただけのものだ。一円相は禅の境地を示すのだそうだが、仙涯はその傍らに「これくふて/茶のめ」との詩文を添えた。もちろん円を饅頭に見立てたパロディだが、禅の境地などというものにこだわっているうちは、まだまだ悟りからはほど遠い、と言っているように感じられた。禅の境地、悟りの境地に至れば、融通無碍な心が得られるそうだが、仙涯の自由自在な画風はまさに融通無碍という言葉がふさわしい。
帰りは案の定、暴風雨のなかを歩く羽目になったが、それも一興と二人して笑いながら家路を辿った。これも仙涯の絵の効果なのかもしれない。融通無碍には程遠い身ではあるが……。
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