« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008.01.29

雪の日に

1月23日。この冬初めて東京にまとまった雪が降った。はらはらと舞い降りてくる雪片の数々を眺めていると三好達治の詩「雪」を思い出す。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

この詩を始めて読んだのは中学生の頃だ。静かな夜。雪に閉ざされた田園の家並み。その一軒一軒に眠る子供たちの穏やかな寝顔。たった2行の作品から広大なイメージが広がり、その美しさに目のくらむような感覚を覚えたものだ。

それから2~3年後のこと。高校生になったボクは雪をテーマに拙い四行詩を書いた。

降り積もった雪が
しんとして美しいのは
それが病んだ大地のみならず
自分自身の罪をも隠しているからだ

今にしてみれば無様な作品だが当時のボクにとっては三好の「雪」への精一杯のアンサーソングだった。三好の提示した「美」は認めざるを得ない。それどころか抗いがたい魅力がある。だからこそボクはその引力を断ち切りたかった。雪に蔽われた何かを、「美」に隠された何かを、暴き出さなければ、ボクはボクの詩を書き得ない、そんな切迫した気持ちがボクにはあった。
戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は
おれは絶対風雅の道をゆかぬ

17歳の頃に出会った中桐雅夫の詩「やせた心」の一節だ。あれから長い間ボクの「切迫した気持ち」はこの一節に支えられてきたと言えよう。ボクにとって三好の提示した「美」は断じて辿ってはならない「風雅の道」だったのだ。

改めて振り返ってみるとボクはむしろ「おれは絶対風雅の道をゆかぬ」という言葉に魅せられ、その囚われ人となっていたように思う。今のボクは敢えて「風雅の道」を行きたい気持ちがある。むしろ詩はどこまでいっても「風雅の道」でしかないとすら思っている。もっともボクにとっての「風雅の道」は「戦いと飢えで死ぬ人間」から目をそらすものでもない。「戦いと飢えで死ぬ人間」がいるからこそ求められる「風雅の道」を歩んで行きたいと思うのだ。

しかしボクはまだその道を見出せていない。この失語の日々は迷い込んだ雪原のようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.01.24

映画『殯の森』を観る

1月20日。映画『殯の森』を観る。カンヌで審査員特別大賞を受賞したこともあって、ぜひ観てみたいと思っていた作品だ。偶然、NHKのBS2で放映されることを知り録画しておいたものを妻と二人で観た。

オープニングから緑の森の存在感に圧倒される。吸い込まれてゆきそうな深い緑だ。物語はこの森を舞台に展開される。森と茶畑に囲まれたグループホーム・ほととぎすに暮らす認知症の男・しげきと新任の介護福祉士・真千子。二人は共に近親者を失い、その喪失感を抱えながら生きてきた。よく晴れた夏の日のこと、真千子は亡妻の墓参りを望むしげきを墓があるという森に連れてゆく。突然の雷雨もあって二人は森の奥深く迷い込んでゆく。

「殯」とは本葬の前に死者との別れを惜しむ場所であるという。古代日本では貴人が亡くなった際に殯の宮を築き祭祀を執り行う習慣があったそうだ。しげきと真千子の二人は深い森の奥で、改めて死者と向き合い殯の時を過ごしたのだろう。殯は死者を悼むと共に残された者の悲苦を癒し、新たな人生への旅立ちを促すものだろう。監督・河瀬直美が描く森はそうした殯を可能とするような神秘的な力を感じさせるものだった。


| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008.01.22

『わが屍は野に捨てよ』を読む

1月15日。佐江衆一の『わが屍は野に捨てよ:一遍遊行』(新潮文庫)を読む。盆踊りの起源ともされる踊り念仏を全国に広めた、時宗の祖師、一遍上人の賦算遊行の人生を描いたものだ。玄侑宗久の解説にも記されている通り、この作品は圧倒的な迫力をもって一遍の波乱に満ちた生涯を追体験させてくれる。そのため一遍の教義、思想を、そのよってきたる一遍の生立ちや社会的な背景と重ね合わせながら理解することができる。法然や親鸞といった同じ浄土門の祖師たちや日蓮の動向にも触れており、当時の一大ムーブメントであった鎌倉新仏教全体の雰囲気が感じられるところもよかった。また、以前、読んだ柳宗悦の『南無阿弥陀仏』が一遍の思想の多大な影響の下に書かれたものであることを改めて認識させられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.17

初ランニング

1月13日。遅まきながら今年初めてのランニング。自宅から八国山に向かい尾根道を縦走して帰ってくる往復7キロの道のりを1キロ6分程度のジョギングペースで走った。昨年はフルマラソン初挑戦を目標に張りきってトレーニングにいそしんでいたが、オーバーロードがたたったのか、8月下旬に腰を痛めてしまい、以来、走りたくても走れない日々が続いた。ここにきてようやく腰の調子もよくなったようなので5ヶ月ぶりに走ってみることにしたのだ。この間に2~3キロも体重が増えてしまったし、筋力や呼吸器、循環器の機能も落ちているのではないかと心配したが、いざ走ってみるとさほど苦もなく走ることができた。それより何より走ることの楽しさを改めて実感できたことが嬉しかった。

来月はいよいよ東京マラソン。ボクも初フルの舞台としてエントリーしていたが、せっかく抽選にも当たったのに腰痛のせいで辞退せざるを得なかった。来年こそと思う。この1年で42.195キロを走りきれる体を作ってゆきたい。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

『禅的生活』を読む

1月7日。玄侑宗久の『禅的生活』(ちくま新書)を読む。

本書は、作家であると同時に臨済宗の禅僧でもある玄侑が禅の世界観を紹介し、禅の考え方・感じ方を日常生活に生かしてゆく術を説いたものだ。といっても本格的な教学を語るものではなく、犬のナムと猫のタマを登場させたり、脳科学の最近の知見に触れたり、ボクのような余り禅に馴染みのない者にも親しみやすいよう、随所に工夫がこらされている。それでいて著名な禅語がふんだんに盛り込まれているので臨済宗の入門書としても役立ちそうだ。

本書は禅の悟りを語りながら説教じみていないところがよい。玄侑は、既に悟りを開いた先達として上からの目線で語るのではなく、読者の横にそっと肩をならべるようにして語っている。また巻末には禅語の索引が用意されており、原典も示されていて便利そうだ。こうした細やかな心遣いが初学者にとってはありがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.01.12

『六本木クロッシング2007』を観る

1月3日。せっかくの正月休み、家族でどこかへ遊びにいこうか、と切出したところ、息子が森美術館に行ってみたいと応えた。血は争えないとはよく言ったものだ。妻とボクも息子が生まれるまではよく美術館に出かけたが、その息子も昨春、高校生となり、近頃は美術に興味を持つようになってきた。特にシュールレアリスムやモダンアートがお気に入りらしい。折りしも日本のモダンアートの動向を紹介する『六本木クロッシング2007』が森美術館で開催されている。そんなわけで六本木に向かうことになった。

久しぶりの六本木はすっかり勝手が違ってしまいチョッと戸惑いを感じたが、ボクよりは流行に敏感な妻が六本木ヒルズへの道を案内してくれた。チケットを買い会場に入いると先ず目を引いたのが内原恭彦の巨大な写真作品。中東とも北アフリカとも思われる、見慣れない街並を撮ったものだが、なぜかその地の今をずばり切り取ってきたもののように感じられた。続いて吉野辰海の、これも巨大な異形の犬たち。素材はオーソドックスなブロンズだが、ねじり曲がったような独特の姿態が印象深い。順路に従って次の部屋に進むと今度は榎忠の「RPM-1200」が目に飛び込んできた。大量の磨きこんだ機械部品で構成されたこの作品を見ていると、あたかも未来都市を俯瞰しているような気にさせる。

といった具合で次から次へと多種多様な作品が繰り出されるが、中でも原真一、冨谷悦子、田中偉一郎の三氏の作品が気に入った。原の作品は、伝統的な素材である大理石からダリを思わせるような幻想的でエロティックな像を掘り出し、見る者に強い印象を与える。冨谷の作品は細密な銅版画だ。小さな画面を埋め尽くす細かな線を見ていると絵の中に吸い込まれそうな気がしてくる。ことに「己」と題された作品は、渾然と溶け合ったような動植物たちの中に佇む少女が神秘的でもあり官能的でもあり、強く惹かれるものがあった。田中の作品はなんと呼べばよいのだろう。40人もの名を連ねた「子づくり表札」やダルマの足許に黒眼を二つ書いた「目おちダルマ」、次々と映し出されるハトに一羽一羽それぞれ別の人名のテロップを重ねた「ハト命名」など、笑いを武器にアートの境界を軽々と踏み越えてしまうナンセンスが楽しい。また四谷シモンの人形を久しぶりに見られたのも嬉しかった。

美術館を出ると同じフロアーに展望台・東京シティビューがある。52階から見下ろす東京は種々雑多な要素が混在していて、いま見てきたばかりの展覧会のようだ。この街も、この街のアートを集めた展覧会も、多様な個性が溶け合い相互に影響しあうことで一つの独特な雰囲気を醸し出しているようだ。しかし、なんとなく浮ついた作り物もめいた感じ、なにか肝心なものが足りないような感じがするのはボクの気のせいだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.01.10

初映画は『佐賀のがばいばあちゃん』

1月2日。映画『佐賀のがばいばあちゃん』を観る。2ヶ月ほど前に日本テレビで放映された際に録画したものだ。家族で御節をつまみながらのんびりと観てみることにした。

『佐賀のがばいばあちゃん』というと、ちょうど一年ほど前のフジのテレビドラマが印象深い。特に主演の泉ピン子がはまり役だっただけに吉行和子の「ばあちゃん」に興味がそそられた。実際に観てみると吉行のばあちゃんは淡々と飄々としていて内に秘めた強さが底光りしているように感じられた。また、その静かな演技はラストの別れのシーンにおける感情の爆発をより際立たせているようにも思われた。

泉の「ばあちゃん」のあざといまでの迫力と吉行の「ばあちゃん」の全体としては淡白ながらメリハリの利いた演技。どちらに軍配を上げようかと思案したが、そもそも、それぞれの作品のトーンに見合ったもので、比べようとするほうが間違いと結論するほかなさそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.08

初富士

1月2日。ここ数年、正月2日には川越へ行くことが多かったが、今年は趣向を変えて市内の山口観音(吾庵山金乗院)に参詣することにした。山口観音は奈良時代に行基が開いたとされる古刹で、その後、弘法大師が東国巡錫の折に立ち寄り霊泉を得たとされる。

本尊の秘仏・千手観音に手を合わせた後、マニ車を回しながら本堂を一巡り。お守りを頂いて裏手の五重塔に向かった。普段は扉が閉ざされている塔だが今日は特別に開扉されており、初めて中に入ることができた。狭い階段を登り露台から外を望む。眼下に広がる狭山丘陵。遥か秩父の峰の向こうには富士山を望むこともできた。

Conv0001

五重塔には聖観音像の頭部が納められている。かつて、この場所には奥の院があり聖観音像が納められていたが、太平洋戦争末期の金属不足により軍から供出を求められ、当時の住職は止むなくこれに応じたものの、この頭部のみは忍びがたく本堂に隠し置いたのだそうだ。その後、五重塔が再建された折に聖観音像の頭部は塔内に戻されたが、以来、思いがけない場所に残された戦争の爪あとを拝観者に示し続けてきたのだ。

初富士のめでたさも世の中が平和であればこそ。紛争の絶えない現代にあっては、めでたさも中くらいなり、といわざるを得ない。ボクは聖観音に手を合わせ平和を祈った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.07

呑み始め

1月1日。例年通り近所の日月神社に参拝し妻の実家に赴く。今年は友人に頂いた月の井酒造の純米吟醸酒・蔵酒を携え年始のご挨拶がてら酒の呑み始めである。月の井酒造は茨城・大洗の酒蔵で慶応元年の創業というから200年以上続く老舗だ。若くしてなくなられた先代の後をついで奥様が当主を務めていらっしゃる。そのいきさつはテレビドラマになったこともあるそうだ。さて肝心の酒の味はというとコクがあるがくどくなく非常に心地よい呑みくちだ。併せて頂いた日本酒ベースのブルーベリー酒もなかなかオツなもの。友人の懇意と月の井酒造の確かな酒造りのおかげで今年も上々の呑み始めとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »