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2008.02.28

『父の終焉日記・おらが春 他一篇』を読む

2月6日、小林一茶の『父の終焉日記・おらが春 他一篇』(校註・矢羽勝幸、岩波文庫)を読む。江戸時代の俳人と言えば芭蕉、蕪村と並んで一茶が思い浮かぶ。そして一茶の代表作と言えば「おらが春」であるが、実はこれまで読んだことがなかった。

「おらが春」は今で言うエッセイのような散文と自作の俳句を中心に編まれた句文集である。文政2年(1819、一茶57歳)の一年間に書かれた日記の体裁をとっているが、実際は出版を前提に書かれたもので、構成にも工夫が凝らされており、脚色も少なくないそうだ。「おらが春」の他には「父の終焉日記」と「我春集」が収められている。「父の終焉日記」は父の発病から死、初七日を迎えるまでの約1ヶ月を描いたもので、こちらもやはり日記体が採用されているが、俳句は少なく今日の私小説に近い。「我春集」は文化8年(1811、一茶49歳)に書かれた連句や俳句、俳文をまとめたもので、「おらが春」に代表される一年単位の日記体句文集という一茶独自のスタイルを確立した作品とされる。

「おらが春」から印象に残った句を幾つか引いておく。まずは

目出度さもちう位也おらが春

正月にちなんだ普甲寺上人の逸話と共に巻頭を飾る一句である。浄土真宗の教えに従い松飾りも施さずに迎える正月は普段とさほど変わらないという句意のようだ。一方、巻末には
ともかくもあなた任せの年の暮

という句が配されている。こちらも他力信仰の境地を詠んだもので明らかに巻頭の句との呼応が見て取れる。一茶は「おらが春」を編むにあたって、浄土信仰・阿弥陀信仰の心的境地を主題に選び、その主題に相応しい構成を工夫したものと思われる。
這え笑え二つになるぞけさからは

「目出度さも……」に続く二句目には年老いてから得た幼娘・さとへの愛情を詠ったこの句が採用されている。この年の夏、一茶はさとを急な病いで喪っており、その愛惜の想いが「おらが春」のもう一つの主題となっている。国語教育の現場では「おらが春」の主題は亡娘への慟哭であるとされ、むしろそうした理解のほうが一般的であろう。しかし構成面から見ると、それは副次的な主題として扱われているように思われる。もちろん一茶にとって娘の死は大事件ではあるが、「おらが春」の一茶は悲嘆にくれたままこの年を終えるわけではない。「おらが春」は念仏者として信仰の力によりその悲しみから救済された者の記録として書かれているのだろう。少なくとも表向きの建前としては……。

さて、そうした主題意識のもとに取りまとめられた「おらが春」には子どもの愛らしさや親子の愛情を描いた句が多い。気に入った句をいくつか拾っておく。

あついとてつらで手習した子哉
柳からもゝんぐあゝあと出る子哉
蓬莱になんむ(なんむ)といふ子哉
年問へば片手出す子や更衣
たのもしやてんつるてんの初袷
子宝がきやら(きやら)笑う榾火哉
あこが餅(あこが餅)とて並べけり
秋風やむしりたがりし赤い花
※括弧内は原本では繰返し記号(大返し、くの字点)

「秋風や……」はさとの死の約一ヵ月後、墓参の折に詠まれたものだ。静かな佇まいの句だが、そのために却って哀惜の念がしみじみと伝わってくる。
露の世は露の世ながらさりながら

一方、さとの死の直後に詠まれたこちらの句は絶唱と言っていいだろう。世の無常を知り尽くしたはずの仏教者にあっても耐えがたい、強く激しい悲しみが感じられる。

ところで一茶と聞くとまず思い浮かぶのは痩せ蛙や雀など小さな生き物たちを詠んだ句である。

犬猫の尻尾でなぶる小蝶哉
竹の子と品よく遊べ雀の子
世がよくばも一つ止まれ飯の蠅
魚どもや桶ともしらで門涼み
なでしこに二文が水を浴びせけり
蟻の道雲の峰よりつゞきけん

いずれも生命そのものを慈しむような優しさにあふれた句だ。やや異色なのが「蟻の道……」の一句。極小の生き物をとらえたクローズアップの視線が一直線に広大な天空へと向かう。そのスケールの大きなフレームの転換が心地よい。どんな小さな生き物であっても、その命は宇宙全体につながる大きなものなのだと、一茶は言っているのだろうか。
我と来て遊べや親のない雀 六才弥太郎

「弥太郎」は一茶の幼名。継母に虐げられていた幼少時の作というわけだ。もっとも実際には長じてから回顧的に詠まれたものらしい。一茶は継母からよほどひどい仕打ちを受けていたらしく、「おらが春」にも幼少時のつらい思い出が綴られ第三の主題となっている。もっともこちらも副次的な主題であり、第二の主題である愛娘への愛情、哀惜をより引き立てる役割を負っている。
灰猫のやうな柳もお花かな
かくれ家や猫にもすゑる二日灸
猫の子や秤にかゝりつゝじやれる

矮猫亭にちなんで猫に関する句を拾ってみた。先に挙げた「犬猫の……」を含め四句、いずれも春らしいほのぼのとした句だ。
思うまじ見まじとすれど我家哉
影法師に恥よ夜寒の無駄歩き
能なしは罪も又なし冬籠
喧嘩すなあひみたがひの渡り鳥
※「嘩」は原本では口へんに花

気に入った句を挙げてゆくとキリがないが最後に矮猫亭らしく酒に関する句を一つ引いて締めくくりとしよう。
下戸庵が疵也こんな月

門人・佐藤信胤の開いた菊見の会での句。こんなに月のきれいな夜だというのに庵主が酒をたしなまない。何もかも素晴らしいのだが、それだけが玉に疵。穏やかなユーモアと共に、門人のもてなしに対する感謝の気持ちが表れている。

ところでボクの場合は大酒呑みが疵也? いやいや、たまにも褒められない疵だらけ、というところか……。

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2008.02.01

落語口演会へ行く

1月26日。所沢のお隣さん、東村山市の保健増進委員会が主催した第2回「落語口演会」に行く。出演者は古今亭菊志んと柳亭こみちのお二人。

菊志んは昨年6月に真打に昇進。その2ヶ月ほど後に上野の末広亭で聞いた「寄合酒」が印象に残っている。明るく賑やかな芸風で万人に好まれそうな感じだ。今回の演目は「転失気」と「替り目」。「転失気」は本来のサゲが江戸時代の俗語による地口落ちで分かりにくい。菊志んはそこのところを一工夫して誰にでも分かる駄洒落にかえていた。「替り目」で見せた酔っぱらいの演技も派手ながら不自然なところがなく大いに笑わせてもらった。

柳亭こみちは数少ない女性落語家。ご当地・東村山の出身で大学を卒業後、出版社(だったかな?)に就職。5年前に落語の世界に転進を図ったという変わりダネである。本日の演目は「宮戸川」の上段、別名「お花・半七馴れ初め」。若い男女が一線を越えるか、越えないか、という艶噺を女性が演じるとは、なかなか意欲的な選択だと思ったが、お花らしい健康的な色気を感じさせる話しぶりに感心させられた。「宮戸川」は下段の内容が陰惨なためか上段のみを演じることが多い。その場合はいよいよクライマックスというところでスパっと話を終わらせてしまう。この切れ味がよくないと面白みが半減してしまうのだが、この日のこみちの切り方はなかなかよかったと思う。

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