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2008.03.11

矮猫亭・1999年10~12月

古い日記の再掲載。第2弾は1999年の秋から初冬にかけての3ヶ月である。改めて読み返してみると、この頃はまだ、結構、小説を読んでいたのだなと驚く。また天体イベントのあるたびに家族で夜空を眺めたり、わずか8年半ほど前のことだが時の流れを感じさせられる。


曼珠沙華寂しき人のよりどころ 99/10/12

もう1ヶ月も前のことだが、彼岸花の群生地として知られる埼玉県某所へ遊びに出かけた。今年は残暑が厳しいため、彼岸花の発育が遅く未だ2分咲きといったところだった。来るのが1~2週間早かったというところだ。

メディアに取上げられたり、鉄道会社が宣伝するため、年々、花見客が増えるのが少し淋しい。幼なじみがアイドル歌手になってしまったみたいだ。まぁ、それはそれで我慢できるが、自動車とマナーの悪い客が増えるのは小生としては不本意だ。

今年はついに球根を持ち帰ろうとシャベルで根元を掘っているやからを目撃した。ここ数年、毎年、彼岸花を見に来ているが、さすがに始めてのことだ。全く世の中どーなってんのやら。


ティッシュのこびこび 99/10/14

ティッシュペーパーは2枚1組になっている。これをはがして別々にし内側を絨毯にかぶせる。すると、あら不思議、絨毯の上に落としたご飯粒がティッシュにくっついて簡単にとれる――こんな、ちょっとした生活の知恵が某テレビ番組で紹介されたらしい。

数日前のこと、仕事を終え、整形科で腰の治療をしてもらって家に帰ると、玄関の戸を開けた途端、小2の息子が息せき切ってとんできた。テレビで紹介されていたご飯粒とりのテクニックを「あのね、あのね」と息を継ぐのももどかしいほどの熱意で話す。

「でさぁ、なんでご飯がとれると思う?」
「う~ん、なんでかなぁ」
「ティッシュの内側ってこびこびになってるんだよ」

こびこび? なんだ、それは?――と一瞬、首をひねったが、あぁ、けばけばのことか!

我が息子ながらユニークな言語感覚である。


『浴室』――あるいは非熟の時代の『個人的な体験』 1999/11/13

トゥーサンの『浴室』を読んだ。読んだのだが、それで?、と聞かれると言葉に窮してしまう。特段の感想を持たなかったからだ。少なくとも僕にとっては同じ作者の他の作品の方が面白かった。

トゥーサンは1985年にデビュー。断章を積み重ねてゆくような斬新なスタイルと軽妙洒脱な語り口で若い世代を中心に人気を博した。トゥーサンの作品は海外にも紹介され、殊に日本には熱心な読者が多いと聞く。また映画作家としても知られ、自分の小説作品を続々と自らの手で映画化してきた。先日、集英社から発売された『アイスリンク』(野崎歓訳)は映画の撮影風景をユーモラスに描いた作品だそうだ。

トゥーサンのデビュー作であり、彼を一躍、文壇の寵児とした『浴室』を、僕は、80年代半ばのパリで書かれた『個人的な体験』(大江健三郎.1964)として読んだ。両作品の主人公は共に知的な職業に携わる青年だ。社会的責任を担うことへの不安から青春=モラ卜リアム期を卒業できないでいる点も共通している。両作品は、こうした青年が現実逃避の果てに危機に直面し、危機の乗り越えを通じて社会参加への決意を固めるまでを描いたものとして読むことができる。

高度に産業化の進んだ社会においては、青年がモラトリアムを脱し、一人前の大人に成熟することには困難が伴うとされている。科学技術の発展と社会の複雑化により高学歴化が進み、モラトリアムは長期化した。また地域コミュティも崩壊、或は変容し、地域によって支えられてきた通過儀礼の習俗も失われた。かくして大人になることの困難に出会うこととなった青年を、大江は、不安にうちひしがられ、出口を求めて喘ぐ者として描いている。その不安は脳に障害を持って生まれてきた子どもに象徴化され、確かな手ごたえ、存在感が与えられている。

一方、その21年後に書かれた『浴室』においては、主人公を不安がらせるようなものは具体的な事物としては何も登場しない。せいぜいが何故、自分に送られてきたか見当のつかないレセプションの招待状ぐらいなものだ。ここでは不安はすっかり曖昧なものとなってしまい、何となく居心地が悪いとしか感じとられないのである。

この違いは何なのだろうか。もちろん作家の資質の違いということはあるだろう。しかし、そのような資質の違いも時代や社会的背景によるところが無視できない。また少なくとも、おのおの異った資質を受け入れたそれぞれの時代、社会の間に何らかの差があったであろうことは容易に想像できる。

1970年代から80年代にかけて、社会は急速に脱産業化、ポストモダンの色彩を濃くしていった。大衆文化が興隆し、かつてサブカルチャーと呼ばれたものが、マスメディアを通じて「オモテ」の社会に噴出していった。対抗文化の代表とされたロック音楽が商業化され、巨額のレコードセールスを記録するようになり、東京の、そしてパリの近郊にディズニーランドが開設された。これらの亊象に象徴されるように、アミューズメント産業が大規模化し、祝祭的な空間が恒常化していった。

こうした社会の変化に対応して、ある種の未熟さが、消費社会におけるオピニオンリーダーの資質として、更には職業上の才能として、もてはやされるようになった。また雇用の流動化、就労形態の多様化が成熟した大人の生活スタイルとモラトリアム期のそれとの差異を見えにくく曖昧なものとしていった。

かくして80年代後半から90年代にかけて、未熟が常態化した非熟社会、誰もがモラトリアム期の意識や生活様式の尾を引きずりながら暮らすモラトリアム社会が成立した。『浴室』はその途上、過渡期に書かれた作品であり、そのことが作品の在り様に大きく影響していると思われるのである。

当時のパリにおいては、社会的責任の内容も、その重さも、既に相対化され曖昧なものになってしまっていたと思われる。従って社会的責任を担うことへの不安も、逆に担わずにいることから惹起される不安も、共に自覚し難い漠としたものとならざるを得なかったであろう。この手応えのなさが、何となく居心地の悪い感じと、それ故のいらだちをもたらし、主人公を奇妙な行動に駆り立てたのだ。

浴室への閉じこもりに始まった現実逃避の旅の終わりに、彼はようやく社会への参加を決意した。その出発の様子を訳者の野崎歓氏は「浴室からの決定的離別を意味するには程遠い」と評している(「ジャン=フィリップ・トゥーサン登場」1989)。曖昧な不安、曖昧な逃避行の末の決意もまた曖昧なものとならざるを得ないのであろう。

冒頭に記したように、僕には、この曖昧づくしの物語はいささか退屈であった。少なくとも、その後のトゥーサンの作品、『ムッシュー』『ためらい』に較べると僕には余りピンとこないものであった。これは一体、何故なのだろうか。担い切れない程の社会的責任を担わされ、モラトリアムとは縁のない生活を余儀なくされているからなのだろうか。或は未熟であることがすっかり当たり前になってしまった非熟社会、モラトリアム社会を、1999年の東京を生きているからなのだろうか。

Toussaint J-P.野崎歓(訳).『浴室』.集英社文庫.集英社.1994 (La Salle de Bain.1985)


素敵な『トパーズ』 1999/11/21

村上龍の『トパーズ』を読んだ。官能的なるものをクールに描写するセンス、手腕は『限りなく透明に近いブルー』でデビューして以来、少しも衰えていない。僕は村上龍のそこが好きなのだが、作家として成長するにつれて別の面ばかりが表に出るようになってしまった。『トパーズ』では久しぶりに、その辣腕振りが遺憾なく発揮されているように思われ嬉しかった。特に「鮭」のラストは爆発的にイメージが奔流して絶品であった。

村上龍.トパーズ.角川文庫.角川書店.1991(1988)


たまには雑学本もわるくないか 1999/12/4

『世界の「人名」―ルーツと語源のなるほど話』なる本を読んだ。AdidasとPumaは創業者が兄弟だったとか、NIKEはギリシア神話のニケのことだとか、へぇっと思わされる話が結構あった。が、しかし、何でこんなん買ったんだったっけ?

博学こだわり倶楽部編.世界の「人名」:ルーツとと語源のなるほど話.KAWADE夢文庫.河出書房新社.1999


しし座流星群観望記 1999/12/6

11月16日、22時。東の空の主役は既に木星と土星の惑星コンビからオリオン座に代表される冬の星座に変わっていた。そこからかなり北よりの低い空に、ひときわ明るく輝く星が見えた。じっと見ていると微かに動いている。妻もその不思議な星に気づいたようだ。――きっと人工衛星だね。

しばし食い入るように見つめていたが妻に促されて窓を閉めた。早く寝ないと明日がつらい。寝室に入ると早めに床に着いた息子が静かな寝息を立てている。僕らも眠らなくちゃ。妻が目覚し時計を合わせる。ちゃんと起きられるかなぁ。

17日、3時30分。妻に起こされて床を離れる。妻は急いで上着をはおり東向きに窓が開けた子供部屋へ向かう。まだまだ寝たりなさそうに目をこする息子に早く起きるよう促していると、妻の歓声が聞こえた。――ほら、流星が見えたみたいだぞ。息子も慌てて起き上がりジャンパーを着込む。

本当は18日の未明の方が、しし座流星群の極大に近いのだが、天気が良くなさそうだったので1日早く見ることにしたのだった。しかし妻が早速かなり長く尾を引く明るい流星を目撃したことから、かなり期待が高まった。

30分ほど経っただろうか。初っ端の妻の目撃以来、流星は途絶えている。やはり窓からの観察では無理なのだろうか。――外へ行ってみよう。玄関を出ると覚悟はしていたものの想像以上に寒い。近所の駐車場まで歩き、東の空、しし座の方角に目を向ける。かじかんだ手をこすり合わせ、足踏みをしながら夜空を見つめ続けること15分。ちょうど、しし座の辺りからやや北向きに落ちてくる流れ星が見えた。

約束の1時間が経った。妻は2つ、僕と息子は1つ、流れ星をみつけた。妻は家に戻ってからも子供部屋の窓から観測を続け、更に2つ。しかもそのうちの1つは火球だったかもしれないという。僕と息子は布団に直行したので、それ以上、目撃を加えることはできなかった。

今月14日にはふたご座流星群が極大を迎える。1時間に50個の流れ星が期待できるそうだ。今度こそ負けないぞ。リベンジである。


課題に落し込む 1999/12/6

朝鮮、には素通りできないおもいがある――草野信子氏の詩書評を読んでいたら、そんな一文に出会った。ふとchallengedという言葉が頭に思い浮かんだ。もちろん同音異義語の「挑戦」から想起されたものだろうが、それだけでは済まないものがそこにはあった。

challenged――米国では障害者disabledをそのように呼ぶことが多くなってきていると聞く。日本語に訳せば、さしずめ「課題を与えられた者」というところだろうか。ここで草野氏が取り上げていた詩集『火の匂い』の著者キム・リジャ氏も心身の障害とは異なるタイプのものであれ「課題を与えられた者」の一人だ。その課題は異国――祖国朝鮮を侵略した日本に生まれ生きることである。

経営学には課題化という概念がある。ビジネスの世界で出会う問題は、一見、手をつけられそうにないほど大きく、複雑で、また、どこから手をつけたらよいか見当がつかないほど漠然としていることがしばしばである。こうした問題を分析し、個別具体的な、手のつけられる課題にブレイクダウンしてゆくことが課題化である。

何らかの問題を発見し、これを解決するために個別の課題に落し込んでゆく。その時に大切とされるのは問題に潜む様々な要因を析出し、それらの関係性、殊に因果関係を分析してゆくことだ。しかしそれ以上に大切なのは問題を解決しようとする意志である。意志に支えられて始めて我々の知性は容赦ない分析を達成しうる。解決の意志が曖昧であれば、分析は中途半端に終わり、析出された課題も具体性を欠くものとなる。

必ずしも熱心とは言いがたいかもしれないが、ほぼ20年に渡って日本の現代詩を読んできて思うのは、何らかの課題をおびた詩が乏しいということだ。この間、日本という国には、あるいは日本の詩には山積する問題があったはずだ。これらが個々の詩人によって課題化され、課題を達成するためのアクションとして個々の作品が書かれることが余りにも少なかったのではないかと思われるのだ。課題とは単なる問題ではない、そこには解決への意志と、意志に支えられた知性が加わっている。巨大な複雑な問題を前にニヒルを気取るばかりが詩人の役目ではあるまい。

草野信子.詩書選評:生きていく力量.詩学.第54巻第12号(1999年12月号)

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