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2008.03.05

矮猫亭・1999年7~9月

久しぶりに古い日記を観ようと思ったら、いつの間にかにGaiaxがサービスを停止してしまっていた。Gaiaxは90年代の末、まだBlogなどという言葉が普及する以前に始まった日記サイトの草分け的存在だったが、ココログをはじめ多数の大手Blogプロバイダの参入により競争が激化し、ついに撤退に至ったということのようだ。

というわけで、こちらに移転するまでの約5年間の日記をおいおい再掲載していこうと思う。まずはノストラダムスやら2000年問題やらで大騒ぎした1999年の夏から初秋にかけて、矮猫亭日乗の最初の3ヶ月である。


月面着陸30周年! 99/7/22

小生は未だ小学校の低学年でした。深夜の生中継こそ見られませんでしたが、翌日以降、何度もテレビで着陸シーンを見た覚えがあります。さて、その偉業をなしとげたアームストロング船長は余り月面体験を語らない方だったそうです。毎日新聞の記者が同氏とのインタビューから月着陸秘話を紹介しています。

今世紀最大の偉業、アポロ11号飛行士の秘話http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Space/199907/15-2.html
※リンク先は既に存在していません。

宮台真司「学級崩壊をめぐって」 99/7/24

■ 論旨 ■ 社会の進み行きから大いに立ち後れてしまった今日の教育。我慢して大人しく授業を受けても、さほどメリットが得られないのであれば、誰も我慢なんかしなくなるのが当然。むしろ学級崩壊は教育変革の契機になるかもしれない。

宮台真司「学級崩壊をめぐって」http://www.crn.or.jp/LABO/KODOMO/THEME1/index.html#miya
※リンク先は既に存在していません。

故江藤淳氏の遺書に寄せて 99/7/26

やはり諒とはできませんよねぇ。老いを如何に生きるかは益々大事になってゆくこと。故江藤淳氏には身をもって思考し続けて欲しかった。もはや形骸に過ぎない自分を処決したと、氏は書き遺したそうだ。一見いさぎよく聞こえる言葉ではあるが、よくよく考えれば老いを受け入れられなかっただけではないか。老いさらばえてもペンを握って離さない。そんな姿をこそ見たかったと思う。ともあれご冥福を。合掌。

久しぶりに一句できました 99/7/27

曼珠沙華寂しき人のよりどころ

月食を見る 99/7/29

昨日は一家3人、自宅のベランダで月食を見ました。天体望遠鏡とバードウォッチング用のビノキュラを用意し、三脚にはペンタックスMZ10に200ミリの望遠を装着。傍目にはかなり力の入った人たちに見えたかもしれません。でも実際はむしろ脱力系。雲の間、電線の間を、昇りつつ細り、太りつつ昇る月をぼーっと眺めていました。欠けてゆく月の不思議さ、美しさに圧倒されて、ただただ「すごいね、きれいだね」と繰返しながら。

頭をからっぽにして夜風に吹かれる2時間。なんとも贅沢な時間でした。来年7月には皆既月食が見られるとか。皆さんも如何ですか?

乗り過ごしたぁ~ 99/7/30

久し振りにブラッドベリの『華氏451度』を読んでいたら、勤務先の最寄駅を乗り過ごしてしまいました。そのまま読み続けちゃえとも思ったのですが、――そこはそれ悲しき宮仕えの性ですねぇ、次の駅ですぐに引き返してしまいました。あぁ、悔しい。でも飯のタネには逆らえんなぁ。

魅惑のアリたち 99/8/9

昨日のことだ。義理の兄貴がアメリカ出張の土産を届けにきてくれた。Ant Farm。アリの飼育器である。8歳の息子は早速、同い年の義兄の娘とアリの捕獲に出かけ、30分ほど後、昔のチョコベビーに良く似た菓子のケースにクロオオアリ約2ccを詰め込んで帰ってきた。

アリを飼育器へ移す作業は大騒ぎであった。さぁフタを空けろ。急いで閉めろ。あっちへ逃げたぞ。今度はこっちだ。2つの飼育器に20匹ずつアリを収め終わった頃には一同くたくたであった。大人たちはビールを子供たちは麦茶を飲干し喉を潤した。

アリ飼育器の説明書には「魅惑のアリたち」と書いてあった。嘘はなかった。妻と小生と息子の3人は夜の更けるまでアリの巣作りの様子に見入ることになったのだ。義兄からもアリが横穴を掘り始めたと無邪気な報告の電話があった。

昨夜の晩飯はデリバリーピザと冷しトマトとビール。アリの魅力は食事の支度も忘れさせるほどだ。当のアリはというと砂糖水とオレンジジュースを浸した麩を一片ご馳走した。こちらは亭主自ら丹精込めた自信の品である。

その日わたしは 99/8/10

その日わたしは融点に達し液体化した。

今朝ふと思いついた詩のタネである。しばらく手のひらで転がしてみようと思う。もしかすると芽が出るかもしれないし、このまま動かずに終るかもしれない。動かないと思ったものが数年後にふと蘇ったりすることもある。詩神ミューズは気まぐれで...。

少し動いている 99/8/11

「液状化した男」は少しだけ動いている。例えば彼の感じていた液状化の予感。日ごとに皮膚が薄く透き通ってゆく感じ。そして液状化の瞬間。何かに薄膜を食い破られ液化した身体がドロリと現出する。こんなイメージの断片がいくつもいくつも浮かんでくる。だがどんな糸でそれらをつないでゆくかは未だ思い当たらない。

大生! 99/8/12

昨夜は今世紀最後の皆既日食だというのにインターネット生中継を見損ねてしまった。旧友 神居光紀氏とビアホールでジョッキを交していたのだ。「大生!」を繰返すこと3回。お蔭で今朝は胃が重い。が、彼が仕事で扱っている或るソフトウェアを紹介してもらって非常に面白かった。これは各種の機器のユーザーインターフェースをシュミレーションするもので、機器のデザインにも使えるしユーザーサポートにも力を発揮する。ゲーム等のエンターテイメントやアートにも応用できそうだ。

神居光紀氏のプライベートSF誌・Tide
http://www.mine.ne.jp//nakamine/tide.htm
※リンク先は既に存在していません。

激動!?の3日間 99/8/16

13(金)……前夜は流れ星を諦めて早々に床に就いたが、まぁ、休暇は休暇である、やっぱり休むことにした。で、家族で出かけた先は東京タワー。小生としては約30年ぶり2度目の登塔ということで「激動その1」。しかし東京タワーというのは何とも不思議な場所で、なんで蝋人形が、それも少々マニアックなフランク・ザッパや中世欧州の拷問シーンがあるのか、どうもよくわからない。デジモンのイベントは、まぁ、わかる。水族館もなるほど合点がゆく。が、なんでホログラム、なんでトリックアート(要はペンキで書いただまし絵)なのだろう。う~む。

14(土)……豪雨であった。それはそれで相当なものだが、家にいる分には、どーということもない。「激動その2」は蟻である。無聊をかこちせめてもの慰みと Ant Farm を見ると、なんと蟻帝国は滅亡していた。縦横に掘られたトンネルのあちこちに蟻の死骸が散在し、一匹たりとも微動だにしない。なるべくショックを与えずに息子に伝えるには...と30秒ほど悩んでいたら、みんな死んじゃったから見てもムダだよぉ! 明るく単細胞な息子であった。ほっ。

15(日)……冷蔵庫を買った。これは「激動その3」に値する。なにしろ結婚以来11年間、故障1つせず働き続けてきた冷蔵庫の代替りである。本来ならなおして使い続けたいところだったが、修理に金がかかるガス系統がまいってしまったらしいので諦めることにした。モーターはいつものようにギンギン回っているのに、冷凍室も冷蔵室も冷えが悪く、アイスクリームはトロントロン、ビールもキンキンからはほど遠い状態であった。池袋のビックカメラに出かけた。値札に惹かれて三菱を買った。値札である。木村佳乃のポスターに惹かれたのではない。今より30リットルも大きく、「勝手に氷」やら「前から冷やそ」やらのついた新冷蔵庫は今週末土曜日にデビューの予定である。早く我が家に馴染んでくれれば良いが。どきどき。

ブラッドベリの見た夢――『華氏451度』に寄せて 99/8/17

手を携えて散歩する老夫婦。夫人の耳にはイヤホンが差し込まれており、携帯ラジオに繋がっている。実は夫人はラジオから流れる音楽に聞き入っているのだ。彼女の夫と歩いているのではない。――ふと目にしたこんな風景に戦慄を覚えたブラッドベリは、かねてから構想していた『華氏451度』の執筆を急いだそうだ。恐らくは悪い夢にうなされるように冷たい汗をかきながら。

テレビやマンガに代表されるマルチメディア・コミュニケーションと大衆文化とが、活字に代表される古典的なコミュニケーション、知性、人間関係を駆逐し、管理社会を完成せしめる。『華氏451度』が米国で刊行されてから既に45年が過ぎたが、本書の示した警告は一向に古びることなく、むしろ重要性を増してさえいる。事態はより深刻に、その深刻さを感じ取ることすら困難なほどに深刻化しているのだ。

今日の巨大化し複雑化した社会は、最早、誰にも管理することができない。しかしそこに生きる我々は高度に洗練された管理の下にある。誰の意図にもよらずに自律的に管理を完徹する社会、自働的な管理装置の組込まれた社会に我々は生きているのだ。ブラッドベリの描いた悪夢には管理者の影が、その管理の意図が感じ取れる。わずかに45年後を生きる者の眼から見れば、ブラッドベリの悪夢もまだまだ生易しいものに映る。

古典に対して時代的な限界を指摘しても余り意味のないことであるが、そうせずにはいられないほど、ブラッドベリが見た悪夢と我々の生きる世界とは似て非なるものだ。その違いの1つは我々の机の上におかれた小さなコンピュータ、インターネットと繋がれたパーソナル・コンピュータである。

Bradbury R.宇野利泰(訳).『華氏451度』.ハヤカワ文庫.早川書房.1987(FAHRENHEIT 451.1953)

初デート 99/8/18

今日は8歳の息子の初デートである。双方母親同伴ではあるが、多摩六都科学館に行くそうだ。実は息子はそのまま別の女のところにしけこむ予定で、お泊りセットを持って出かけている。大好きなおばぁちゃんの家である。

ここまではトップページに書いたことだが、未だ裏がある。おばぁちゃんちには同い年の従妹がいるのだ。う~む。誰に似たんだ、うらやましい。

こちらもデートと洒落込んだが…… 99/8/18

息子が妻の実家へお泊りに出かけたので、その隙に夫婦でデートと洒落込んだ。いつもよりかなり早めに仕事を切り上げ、自宅最寄の駅で待合せ、夕食がてら近所の居酒屋に向かった。生ビールにピッタリの串焼きに舌鼓を打ったが、話すことといったら出かけている息子のことばかりで、デートらしさはこれっぽっちもない。ま、それもまた良いのかも知れないと思う今日このごろである。

人は過ちを 99/8/25

人は過ちを冒すものだ。えてして重大な過ちほど気付き難く、気付いた時には手後れになってしまう。正しい選択をしたと思い込んでいるうちに、取戻しようもなく時が経って、ふと気付けば思いもかけない荒野に立っている――。

何となく、そのような類いの過ちを冒しつつあるような気がする。つくつくほうしの声がうるさい。

でも今日は給料日。

惜夏企画「あなたのトマト」大募集 99/8/26

↑というのをご放言帳で始めました。連動してこちらでは小生の冷しトマトの記録を公開します。その一発目。今朝は朝食に小さめのトマト。4つ切りで調味料なし。良く冷えていて目が覚める。でも電車に乗るとまた眠くなる。

「あなたのトマト」はここで募集中。是非お聞かせ下さい。
http://www.gaiax.com/www/kigaru/s/k/saku/bbs.html
※リンク先は既に存在していません。

腰痛にしめくくられた夏 99/9/7

8/29、夏休み最後の日曜日。大予言の外れた夏の思い出をもう1つ加えてやろうと、家族3人で北の丸の科学技術館に出かけた。蝉時雨と真夏の日差しから逃げるように館内に飛込むと、特設ブースでタイタニックの引上げ品の特別展が開催されていた。僕らは迷わず入場したのだが、まさかここから悲劇が始まるとは思いもしなかった。

息子は小学2年生。科学モノは大好きだが、タイタニックから引上げられた遺品は科学というよりはロマン的、感傷的な匂いが強い。すぐに飽きてしまった息子はだだをこね始めた。つれあいの方はロマンの香りにゆっくり浸っていたい様子。で、ここは父親の出番とおもむろに息子を抱き上げた。が、高々と抱き上げたまま5分ほど歩いて気がついた。この子の体重は25キロ。

その日の夜から腰痛が始まった。翌日、近所の整形医を訪ねると、腰部脊椎症との診断。要は椎間板が老化していて、ちょっと無理するとヘルニアになり神経を圧迫するんだそーな。生れて初めて電気治療を受け、これまた初めて牽引治療を受け、診療所の門を出るとあぶらせみの死骸が足元に転がっていた。

  椎間板牽かれし門に蝉骸

この時、僕の夏は終った。

腰痛、そして名残りパラパラ 99/9/9

今週は腰の治療に専念しようと、毎日、5時半には仕事を切上げ、自宅近所の整形医に通っている。市販の低周波治療機を10台いっぺんにくっつけたような電気治療や、東京タワー蝋人形館の拷問シーンを思い出させる牽引治療にもすっかり慣れた。むしろクセになってきたと言うべきかもしれない。

昨日も診療所に向かうべく駅からのいつもの道を歩いていると、――あ、あれは噂のパレオ巻いた茶髪。しかもすっかりガングロである。ひやー、こういうのって渋谷だけじゃないのかぁ、と思っていると、彼女はおもむろにパラパラの振付けを練習し始めた。

その時、僕は何故か秋の訪れを感じた。夏遊びの無理がたたった腰痛と、過ぎ去った夏を惜しむように舞われる名残りパラパラ。いつのまにかヒグラシが主役となった蝉時雨に秋虫の声が混じる。

同志!って感じっすね 99/9/19

これはつれあいから聞いた話。ある日の午後、小2の息子を訪ねて同級生3人が遊びに来た。そのうちの1人はジュース5、6本を持参。全部、種類が違っていたため、誰がどれを飲むか、ジャンケンで決めようということになった。いわゆる「とりとり」である。

無事にジュースの配分が決まって、つれあいは煎餅やらクッキーやらをテーブルに広げた。するとジュースを持ってきてくれた当人のAくんが、あー、ぼく、これ、ちょっと、と何やら煮え切らないことを言い始めた。ジャンケンに負けて飲むことになったヨーグルトドリンクが気に入らないらしい。負けちゃったんだからしょうがないけど、飲めないのかなぁ。つれあいが助け船を出すと、うーん、ちょっと、だめかなぁ。

じゃぁ、どうしようか。つれあいが子供たちに声を掛けると、3人兄弟の真ん中で日頃から要領の良いBくんは、ぼく、取り替えてあげてもいいんだけど、もう口つけちゃったんだぁ。見ると、ただならぬ気配を感じてか、Bくんは既にスクリューキャップを開いてラッパ飲みである。一人っ子の我が息子は、ぼくは勝ったんだもん、と言い張る。全く誰に似たんだか。

うーん、取り替えてあげようかなぁ、でもなぁ、いやぁ、でもなぁ、うーん。どうにもふんぎりの着かないCくんは面倒見の良いお兄ちゃん。5歳年下の妹のわがままに、いつもいつも振り回されている。うーん、いいやぁ、Aくん、取り替えてあげるよ。長男の性であろうか、結局、人のいいCくんである。

小生もCくんと同じで2人兄妹の長兄である。そのせいか甘え上手の女に弱い。振り返ってみるとあの娘もこの娘も誰かの妹である。つれあいなんぞは、その典型と言ってよいだろう。まぁ、それも持って生まれた役回りというか――。

9月は思いしらされる月 99/9/17

もう10日ほども前のことだが、勤務先の壮年者検診を受けた。超音波エコー診断を受けていたら、――肝臓がちょっと白いですねぇ、軽い脂肪肝です、とのお言葉。

腰痛もトホホだが、脂肪肝もかなりなもんだ。お祭りのような8月が終って、9月は現実を思い知らされる月。そんな気がした。

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