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2008.03.11

矮猫亭・2000年

続いて第三弾は2000年。この年はよほど忙しかったらしく、まるまる一年間、投稿のない、空白期間が続いた。その空白期間の終わりに掲げられたのがこの一句である。


ひさ~しぶりの一句 2000/12/20

オリオンの木星射るを仰ぎつつ

冬の星座といえば、やはり何といってもオリオン座ですね。一日の疲れを引きずるように、深夜、独り家路を急ぐ。ふと見上げると勇壮なオリオン座と、その腕の先に輝く木星。明日も頑張ろうって気にさせられます。明日は明日で、やはり疲れきった身体と心を引きずり歩くことになるのですけど。

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矮猫亭・1999年10~12月

古い日記の再掲載。第2弾は1999年の秋から初冬にかけての3ヶ月である。改めて読み返してみると、この頃はまだ、結構、小説を読んでいたのだなと驚く。また天体イベントのあるたびに家族で夜空を眺めたり、わずか8年半ほど前のことだが時の流れを感じさせられる。


曼珠沙華寂しき人のよりどころ 99/10/12

もう1ヶ月も前のことだが、彼岸花の群生地として知られる埼玉県某所へ遊びに出かけた。今年は残暑が厳しいため、彼岸花の発育が遅く未だ2分咲きといったところだった。来るのが1~2週間早かったというところだ。

メディアに取上げられたり、鉄道会社が宣伝するため、年々、花見客が増えるのが少し淋しい。幼なじみがアイドル歌手になってしまったみたいだ。まぁ、それはそれで我慢できるが、自動車とマナーの悪い客が増えるのは小生としては不本意だ。

今年はついに球根を持ち帰ろうとシャベルで根元を掘っているやからを目撃した。ここ数年、毎年、彼岸花を見に来ているが、さすがに始めてのことだ。全く世の中どーなってんのやら。


ティッシュのこびこび 99/10/14

ティッシュペーパーは2枚1組になっている。これをはがして別々にし内側を絨毯にかぶせる。すると、あら不思議、絨毯の上に落としたご飯粒がティッシュにくっついて簡単にとれる――こんな、ちょっとした生活の知恵が某テレビ番組で紹介されたらしい。

数日前のこと、仕事を終え、整形科で腰の治療をしてもらって家に帰ると、玄関の戸を開けた途端、小2の息子が息せき切ってとんできた。テレビで紹介されていたご飯粒とりのテクニックを「あのね、あのね」と息を継ぐのももどかしいほどの熱意で話す。

「でさぁ、なんでご飯がとれると思う?」
「う~ん、なんでかなぁ」
「ティッシュの内側ってこびこびになってるんだよ」

こびこび? なんだ、それは?――と一瞬、首をひねったが、あぁ、けばけばのことか!

我が息子ながらユニークな言語感覚である。


『浴室』――あるいは非熟の時代の『個人的な体験』 1999/11/13

トゥーサンの『浴室』を読んだ。読んだのだが、それで?、と聞かれると言葉に窮してしまう。特段の感想を持たなかったからだ。少なくとも僕にとっては同じ作者の他の作品の方が面白かった。

トゥーサンは1985年にデビュー。断章を積み重ねてゆくような斬新なスタイルと軽妙洒脱な語り口で若い世代を中心に人気を博した。トゥーサンの作品は海外にも紹介され、殊に日本には熱心な読者が多いと聞く。また映画作家としても知られ、自分の小説作品を続々と自らの手で映画化してきた。先日、集英社から発売された『アイスリンク』(野崎歓訳)は映画の撮影風景をユーモラスに描いた作品だそうだ。

トゥーサンのデビュー作であり、彼を一躍、文壇の寵児とした『浴室』を、僕は、80年代半ばのパリで書かれた『個人的な体験』(大江健三郎.1964)として読んだ。両作品の主人公は共に知的な職業に携わる青年だ。社会的責任を担うことへの不安から青春=モラ卜リアム期を卒業できないでいる点も共通している。両作品は、こうした青年が現実逃避の果てに危機に直面し、危機の乗り越えを通じて社会参加への決意を固めるまでを描いたものとして読むことができる。

高度に産業化の進んだ社会においては、青年がモラトリアムを脱し、一人前の大人に成熟することには困難が伴うとされている。科学技術の発展と社会の複雑化により高学歴化が進み、モラトリアムは長期化した。また地域コミュティも崩壊、或は変容し、地域によって支えられてきた通過儀礼の習俗も失われた。かくして大人になることの困難に出会うこととなった青年を、大江は、不安にうちひしがられ、出口を求めて喘ぐ者として描いている。その不安は脳に障害を持って生まれてきた子どもに象徴化され、確かな手ごたえ、存在感が与えられている。

一方、その21年後に書かれた『浴室』においては、主人公を不安がらせるようなものは具体的な事物としては何も登場しない。せいぜいが何故、自分に送られてきたか見当のつかないレセプションの招待状ぐらいなものだ。ここでは不安はすっかり曖昧なものとなってしまい、何となく居心地が悪いとしか感じとられないのである。

この違いは何なのだろうか。もちろん作家の資質の違いということはあるだろう。しかし、そのような資質の違いも時代や社会的背景によるところが無視できない。また少なくとも、おのおの異った資質を受け入れたそれぞれの時代、社会の間に何らかの差があったであろうことは容易に想像できる。

1970年代から80年代にかけて、社会は急速に脱産業化、ポストモダンの色彩を濃くしていった。大衆文化が興隆し、かつてサブカルチャーと呼ばれたものが、マスメディアを通じて「オモテ」の社会に噴出していった。対抗文化の代表とされたロック音楽が商業化され、巨額のレコードセールスを記録するようになり、東京の、そしてパリの近郊にディズニーランドが開設された。これらの亊象に象徴されるように、アミューズメント産業が大規模化し、祝祭的な空間が恒常化していった。

こうした社会の変化に対応して、ある種の未熟さが、消費社会におけるオピニオンリーダーの資質として、更には職業上の才能として、もてはやされるようになった。また雇用の流動化、就労形態の多様化が成熟した大人の生活スタイルとモラトリアム期のそれとの差異を見えにくく曖昧なものとしていった。

かくして80年代後半から90年代にかけて、未熟が常態化した非熟社会、誰もがモラトリアム期の意識や生活様式の尾を引きずりながら暮らすモラトリアム社会が成立した。『浴室』はその途上、過渡期に書かれた作品であり、そのことが作品の在り様に大きく影響していると思われるのである。

当時のパリにおいては、社会的責任の内容も、その重さも、既に相対化され曖昧なものになってしまっていたと思われる。従って社会的責任を担うことへの不安も、逆に担わずにいることから惹起される不安も、共に自覚し難い漠としたものとならざるを得なかったであろう。この手応えのなさが、何となく居心地の悪い感じと、それ故のいらだちをもたらし、主人公を奇妙な行動に駆り立てたのだ。

浴室への閉じこもりに始まった現実逃避の旅の終わりに、彼はようやく社会への参加を決意した。その出発の様子を訳者の野崎歓氏は「浴室からの決定的離別を意味するには程遠い」と評している(「ジャン=フィリップ・トゥーサン登場」1989)。曖昧な不安、曖昧な逃避行の末の決意もまた曖昧なものとならざるを得ないのであろう。

冒頭に記したように、僕には、この曖昧づくしの物語はいささか退屈であった。少なくとも、その後のトゥーサンの作品、『ムッシュー』『ためらい』に較べると僕には余りピンとこないものであった。これは一体、何故なのだろうか。担い切れない程の社会的責任を担わされ、モラトリアムとは縁のない生活を余儀なくされているからなのだろうか。或は未熟であることがすっかり当たり前になってしまった非熟社会、モラトリアム社会を、1999年の東京を生きているからなのだろうか。

Toussaint J-P.野崎歓(訳).『浴室』.集英社文庫.集英社.1994 (La Salle de Bain.1985)


素敵な『トパーズ』 1999/11/21

村上龍の『トパーズ』を読んだ。官能的なるものをクールに描写するセンス、手腕は『限りなく透明に近いブルー』でデビューして以来、少しも衰えていない。僕は村上龍のそこが好きなのだが、作家として成長するにつれて別の面ばかりが表に出るようになってしまった。『トパーズ』では久しぶりに、その辣腕振りが遺憾なく発揮されているように思われ嬉しかった。特に「鮭」のラストは爆発的にイメージが奔流して絶品であった。

村上龍.トパーズ.角川文庫.角川書店.1991(1988)


たまには雑学本もわるくないか 1999/12/4

『世界の「人名」―ルーツと語源のなるほど話』なる本を読んだ。AdidasとPumaは創業者が兄弟だったとか、NIKEはギリシア神話のニケのことだとか、へぇっと思わされる話が結構あった。が、しかし、何でこんなん買ったんだったっけ?

博学こだわり倶楽部編.世界の「人名」:ルーツとと語源のなるほど話.KAWADE夢文庫.河出書房新社.1999


しし座流星群観望記 1999/12/6

11月16日、22時。東の空の主役は既に木星と土星の惑星コンビからオリオン座に代表される冬の星座に変わっていた。そこからかなり北よりの低い空に、ひときわ明るく輝く星が見えた。じっと見ていると微かに動いている。妻もその不思議な星に気づいたようだ。――きっと人工衛星だね。

しばし食い入るように見つめていたが妻に促されて窓を閉めた。早く寝ないと明日がつらい。寝室に入ると早めに床に着いた息子が静かな寝息を立てている。僕らも眠らなくちゃ。妻が目覚し時計を合わせる。ちゃんと起きられるかなぁ。

17日、3時30分。妻に起こされて床を離れる。妻は急いで上着をはおり東向きに窓が開けた子供部屋へ向かう。まだまだ寝たりなさそうに目をこする息子に早く起きるよう促していると、妻の歓声が聞こえた。――ほら、流星が見えたみたいだぞ。息子も慌てて起き上がりジャンパーを着込む。

本当は18日の未明の方が、しし座流星群の極大に近いのだが、天気が良くなさそうだったので1日早く見ることにしたのだった。しかし妻が早速かなり長く尾を引く明るい流星を目撃したことから、かなり期待が高まった。

30分ほど経っただろうか。初っ端の妻の目撃以来、流星は途絶えている。やはり窓からの観察では無理なのだろうか。――外へ行ってみよう。玄関を出ると覚悟はしていたものの想像以上に寒い。近所の駐車場まで歩き、東の空、しし座の方角に目を向ける。かじかんだ手をこすり合わせ、足踏みをしながら夜空を見つめ続けること15分。ちょうど、しし座の辺りからやや北向きに落ちてくる流れ星が見えた。

約束の1時間が経った。妻は2つ、僕と息子は1つ、流れ星をみつけた。妻は家に戻ってからも子供部屋の窓から観測を続け、更に2つ。しかもそのうちの1つは火球だったかもしれないという。僕と息子は布団に直行したので、それ以上、目撃を加えることはできなかった。

今月14日にはふたご座流星群が極大を迎える。1時間に50個の流れ星が期待できるそうだ。今度こそ負けないぞ。リベンジである。


課題に落し込む 1999/12/6

朝鮮、には素通りできないおもいがある――草野信子氏の詩書評を読んでいたら、そんな一文に出会った。ふとchallengedという言葉が頭に思い浮かんだ。もちろん同音異義語の「挑戦」から想起されたものだろうが、それだけでは済まないものがそこにはあった。

challenged――米国では障害者disabledをそのように呼ぶことが多くなってきていると聞く。日本語に訳せば、さしずめ「課題を与えられた者」というところだろうか。ここで草野氏が取り上げていた詩集『火の匂い』の著者キム・リジャ氏も心身の障害とは異なるタイプのものであれ「課題を与えられた者」の一人だ。その課題は異国――祖国朝鮮を侵略した日本に生まれ生きることである。

経営学には課題化という概念がある。ビジネスの世界で出会う問題は、一見、手をつけられそうにないほど大きく、複雑で、また、どこから手をつけたらよいか見当がつかないほど漠然としていることがしばしばである。こうした問題を分析し、個別具体的な、手のつけられる課題にブレイクダウンしてゆくことが課題化である。

何らかの問題を発見し、これを解決するために個別の課題に落し込んでゆく。その時に大切とされるのは問題に潜む様々な要因を析出し、それらの関係性、殊に因果関係を分析してゆくことだ。しかしそれ以上に大切なのは問題を解決しようとする意志である。意志に支えられて始めて我々の知性は容赦ない分析を達成しうる。解決の意志が曖昧であれば、分析は中途半端に終わり、析出された課題も具体性を欠くものとなる。

必ずしも熱心とは言いがたいかもしれないが、ほぼ20年に渡って日本の現代詩を読んできて思うのは、何らかの課題をおびた詩が乏しいということだ。この間、日本という国には、あるいは日本の詩には山積する問題があったはずだ。これらが個々の詩人によって課題化され、課題を達成するためのアクションとして個々の作品が書かれることが余りにも少なかったのではないかと思われるのだ。課題とは単なる問題ではない、そこには解決への意志と、意志に支えられた知性が加わっている。巨大な複雑な問題を前にニヒルを気取るばかりが詩人の役目ではあるまい。

草野信子.詩書選評:生きていく力量.詩学.第54巻第12号(1999年12月号)

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2008.03.07

映画三昧の日

2月14日。シカゴ・オヘア空港を発ち成田に向かう。腕時計を午前1時に合わせ食事を待つ。機内では到着地の時刻に見合った過ごし方をするのがボクの時差対策。もっともおまじないのようなもので効果があるのかどうかは分からない。いずれにせよ、この瞬間、14日が終わり15日が始まった。

今回はわずか5日ばかりの出張だったが妙に気疲れした。仕事そのものは順調に進んだが気候が過酷だった。シカゴの冬は寒いとは聞いていたが、ここ十年来の大寒波に見舞われ現地の人すら辟易するほどだった。そそくさと食事をすませ眠りにつく。秋田の地酒・雪の茅舎のおかげもあってすぐに寝つくことができた。

午前7時。4時間ほど眠ったところで目が覚める。もう一眠りしようかと迷ったが、ここでひと頑張りすれば帰ってから時差ボケに悩まされずに済むかもしれないと、眠気覚ましにコーヒーを貰い映画を観ることにした。それも立て続けに5本……。

『喜劇・駅前弁当』(日・1961)……ご存じモリシゲ(森繁久彌)・バンジュン(伴淳三郎)の名コンビによる駅前シリーズの第3作。その他にもフランキー堺や花菱アチャコ、柳家金語楼、 坂本九といった懐かしい顔の数々が嬉しい。高度成長を迎えたばかりの日本の明るく浮ついた雰囲気を伝える一作だ。

『炎のランナー』(英・1981)……ボクはどうもイギリス映画が苦手らしい。名作の誉れ高い本作だが、初めて観たときと同様、途中で少々飽きてしまった。何かを賭して走るというテーマがどうもボクにはピンとこないようだ。あるいはユダヤ人差別やキリスト教信仰への理解が不足しているのだろうか。いずれにしてもヴァンゲリスによる主題曲と青年たちが海辺を走るシーンの美しさが印象に残るばかりだ。

『象の背中』(日・2007)……う~ん、こちらもちょっと入り込み切れなかったなぁ。というのも男にとって虫のよすぎる話だと思われ興ざめしてしまったのだ。自業自得といわざるを得ない病いにも拘らず家族は献身的に看護してくれる。それでも飽き足らずホスピスに愛人を呼び寄せるが悶着の起こる気配さえない、等々。多少なりとも人生の終幕を意識し始める中年男向けのファンタジーという気がした。

『理由なき反抗』(米・1955)……こちらもご存じジェームス・ディーンの代表作。初主演の『エデンの東』(米・1955)といい本作といい、繊細で跳ねっかえりな青年を演じさせたらジミーの右に出る人はいない。主演映画わずか2本で永遠のアイドルとなっただけのことはある。ジミーの魅力もさることながら本作は映画としてもなかなか好きな作品だ。なんど見ても飽きない一本だ。

『オリヲン座からの招待状』(日・2007)……こちらは古きよき時代の映画、映画館へのオマージュという感じですね。バンツマこと阪東妻三郎の『無法松の一生』の映像が何度も使用されていて、これがまた古い映画が好きなものにとっては何ともたまらない。ストーリーも無法松を髣髴とさせるものだが、そのことを隠すどころかむしろ無法松と二重映しになるように工夫されており面白かった。

新旧、和洋、取り混ぜて一気に5本も映画が見られるとは贅沢なこと限りない。出張の疲れも吹き飛び後は成田への到着を待つばかりだ。

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2008.03.05

矮猫亭・1999年7~9月

久しぶりに古い日記を観ようと思ったら、いつの間にかにGaiaxがサービスを停止してしまっていた。Gaiaxは90年代の末、まだBlogなどという言葉が普及する以前に始まった日記サイトの草分け的存在だったが、ココログをはじめ多数の大手Blogプロバイダの参入により競争が激化し、ついに撤退に至ったということのようだ。

というわけで、こちらに移転するまでの約5年間の日記をおいおい再掲載していこうと思う。まずはノストラダムスやら2000年問題やらで大騒ぎした1999年の夏から初秋にかけて、矮猫亭日乗の最初の3ヶ月である。


月面着陸30周年! 99/7/22

小生は未だ小学校の低学年でした。深夜の生中継こそ見られませんでしたが、翌日以降、何度もテレビで着陸シーンを見た覚えがあります。さて、その偉業をなしとげたアームストロング船長は余り月面体験を語らない方だったそうです。毎日新聞の記者が同氏とのインタビューから月着陸秘話を紹介しています。

今世紀最大の偉業、アポロ11号飛行士の秘話http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Space/199907/15-2.html
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宮台真司「学級崩壊をめぐって」 99/7/24

■ 論旨 ■ 社会の進み行きから大いに立ち後れてしまった今日の教育。我慢して大人しく授業を受けても、さほどメリットが得られないのであれば、誰も我慢なんかしなくなるのが当然。むしろ学級崩壊は教育変革の契機になるかもしれない。

宮台真司「学級崩壊をめぐって」http://www.crn.or.jp/LABO/KODOMO/THEME1/index.html#miya
※リンク先は既に存在していません。

故江藤淳氏の遺書に寄せて 99/7/26

やはり諒とはできませんよねぇ。老いを如何に生きるかは益々大事になってゆくこと。故江藤淳氏には身をもって思考し続けて欲しかった。もはや形骸に過ぎない自分を処決したと、氏は書き遺したそうだ。一見いさぎよく聞こえる言葉ではあるが、よくよく考えれば老いを受け入れられなかっただけではないか。老いさらばえてもペンを握って離さない。そんな姿をこそ見たかったと思う。ともあれご冥福を。合掌。

久しぶりに一句できました 99/7/27

曼珠沙華寂しき人のよりどころ

月食を見る 99/7/29

昨日は一家3人、自宅のベランダで月食を見ました。天体望遠鏡とバードウォッチング用のビノキュラを用意し、三脚にはペンタックスMZ10に200ミリの望遠を装着。傍目にはかなり力の入った人たちに見えたかもしれません。でも実際はむしろ脱力系。雲の間、電線の間を、昇りつつ細り、太りつつ昇る月をぼーっと眺めていました。欠けてゆく月の不思議さ、美しさに圧倒されて、ただただ「すごいね、きれいだね」と繰返しながら。

頭をからっぽにして夜風に吹かれる2時間。なんとも贅沢な時間でした。来年7月には皆既月食が見られるとか。皆さんも如何ですか?

乗り過ごしたぁ~ 99/7/30

久し振りにブラッドベリの『華氏451度』を読んでいたら、勤務先の最寄駅を乗り過ごしてしまいました。そのまま読み続けちゃえとも思ったのですが、――そこはそれ悲しき宮仕えの性ですねぇ、次の駅ですぐに引き返してしまいました。あぁ、悔しい。でも飯のタネには逆らえんなぁ。

魅惑のアリたち 99/8/9

昨日のことだ。義理の兄貴がアメリカ出張の土産を届けにきてくれた。Ant Farm。アリの飼育器である。8歳の息子は早速、同い年の義兄の娘とアリの捕獲に出かけ、30分ほど後、昔のチョコベビーに良く似た菓子のケースにクロオオアリ約2ccを詰め込んで帰ってきた。

アリを飼育器へ移す作業は大騒ぎであった。さぁフタを空けろ。急いで閉めろ。あっちへ逃げたぞ。今度はこっちだ。2つの飼育器に20匹ずつアリを収め終わった頃には一同くたくたであった。大人たちはビールを子供たちは麦茶を飲干し喉を潤した。

アリ飼育器の説明書には「魅惑のアリたち」と書いてあった。嘘はなかった。妻と小生と息子の3人は夜の更けるまでアリの巣作りの様子に見入ることになったのだ。義兄からもアリが横穴を掘り始めたと無邪気な報告の電話があった。

昨夜の晩飯はデリバリーピザと冷しトマトとビール。アリの魅力は食事の支度も忘れさせるほどだ。当のアリはというと砂糖水とオレンジジュースを浸した麩を一片ご馳走した。こちらは亭主自ら丹精込めた自信の品である。

その日わたしは 99/8/10

その日わたしは融点に達し液体化した。

今朝ふと思いついた詩のタネである。しばらく手のひらで転がしてみようと思う。もしかすると芽が出るかもしれないし、このまま動かずに終るかもしれない。動かないと思ったものが数年後にふと蘇ったりすることもある。詩神ミューズは気まぐれで...。

少し動いている 99/8/11

「液状化した男」は少しだけ動いている。例えば彼の感じていた液状化の予感。日ごとに皮膚が薄く透き通ってゆく感じ。そして液状化の瞬間。何かに薄膜を食い破られ液化した身体がドロリと現出する。こんなイメージの断片がいくつもいくつも浮かんでくる。だがどんな糸でそれらをつないでゆくかは未だ思い当たらない。

大生! 99/8/12

昨夜は今世紀最後の皆既日食だというのにインターネット生中継を見損ねてしまった。旧友 神居光紀氏とビアホールでジョッキを交していたのだ。「大生!」を繰返すこと3回。お蔭で今朝は胃が重い。が、彼が仕事で扱っている或るソフトウェアを紹介してもらって非常に面白かった。これは各種の機器のユーザーインターフェースをシュミレーションするもので、機器のデザインにも使えるしユーザーサポートにも力を発揮する。ゲーム等のエンターテイメントやアートにも応用できそうだ。

神居光紀氏のプライベートSF誌・Tide
http://www.mine.ne.jp//nakamine/tide.htm
※リンク先は既に存在していません。

激動!?の3日間 99/8/16

13(金)……前夜は流れ星を諦めて早々に床に就いたが、まぁ、休暇は休暇である、やっぱり休むことにした。で、家族で出かけた先は東京タワー。小生としては約30年ぶり2度目の登塔ということで「激動その1」。しかし東京タワーというのは何とも不思議な場所で、なんで蝋人形が、それも少々マニアックなフランク・ザッパや中世欧州の拷問シーンがあるのか、どうもよくわからない。デジモンのイベントは、まぁ、わかる。水族館もなるほど合点がゆく。が、なんでホログラム、なんでトリックアート(要はペンキで書いただまし絵)なのだろう。う~む。

14(土)……豪雨であった。それはそれで相当なものだが、家にいる分には、どーということもない。「激動その2」は蟻である。無聊をかこちせめてもの慰みと Ant Farm を見ると、なんと蟻帝国は滅亡していた。縦横に掘られたトンネルのあちこちに蟻の死骸が散在し、一匹たりとも微動だにしない。なるべくショックを与えずに息子に伝えるには...と30秒ほど悩んでいたら、みんな死んじゃったから見てもムダだよぉ! 明るく単細胞な息子であった。ほっ。

15(日)……冷蔵庫を買った。これは「激動その3」に値する。なにしろ結婚以来11年間、故障1つせず働き続けてきた冷蔵庫の代替りである。本来ならなおして使い続けたいところだったが、修理に金がかかるガス系統がまいってしまったらしいので諦めることにした。モーターはいつものようにギンギン回っているのに、冷凍室も冷蔵室も冷えが悪く、アイスクリームはトロントロン、ビールもキンキンからはほど遠い状態であった。池袋のビックカメラに出かけた。値札に惹かれて三菱を買った。値札である。木村佳乃のポスターに惹かれたのではない。今より30リットルも大きく、「勝手に氷」やら「前から冷やそ」やらのついた新冷蔵庫は今週末土曜日にデビューの予定である。早く我が家に馴染んでくれれば良いが。どきどき。

ブラッドベリの見た夢――『華氏451度』に寄せて 99/8/17

手を携えて散歩する老夫婦。夫人の耳にはイヤホンが差し込まれており、携帯ラジオに繋がっている。実は夫人はラジオから流れる音楽に聞き入っているのだ。彼女の夫と歩いているのではない。――ふと目にしたこんな風景に戦慄を覚えたブラッドベリは、かねてから構想していた『華氏451度』の執筆を急いだそうだ。恐らくは悪い夢にうなされるように冷たい汗をかきながら。

テレビやマンガに代表されるマルチメディア・コミュニケーションと大衆文化とが、活字に代表される古典的なコミュニケーション、知性、人間関係を駆逐し、管理社会を完成せしめる。『華氏451度』が米国で刊行されてから既に45年が過ぎたが、本書の示した警告は一向に古びることなく、むしろ重要性を増してさえいる。事態はより深刻に、その深刻さを感じ取ることすら困難なほどに深刻化しているのだ。

今日の巨大化し複雑化した社会は、最早、誰にも管理することができない。しかしそこに生きる我々は高度に洗練された管理の下にある。誰の意図にもよらずに自律的に管理を完徹する社会、自働的な管理装置の組込まれた社会に我々は生きているのだ。ブラッドベリの描いた悪夢には管理者の影が、その管理の意図が感じ取れる。わずかに45年後を生きる者の眼から見れば、ブラッドベリの悪夢もまだまだ生易しいものに映る。

古典に対して時代的な限界を指摘しても余り意味のないことであるが、そうせずにはいられないほど、ブラッドベリが見た悪夢と我々の生きる世界とは似て非なるものだ。その違いの1つは我々の机の上におかれた小さなコンピュータ、インターネットと繋がれたパーソナル・コンピュータである。

Bradbury R.宇野利泰(訳).『華氏451度』.ハヤカワ文庫.早川書房.1987(FAHRENHEIT 451.1953)

初デート 99/8/18

今日は8歳の息子の初デートである。双方母親同伴ではあるが、多摩六都科学館に行くそうだ。実は息子はそのまま別の女のところにしけこむ予定で、お泊りセットを持って出かけている。大好きなおばぁちゃんの家である。

ここまではトップページに書いたことだが、未だ裏がある。おばぁちゃんちには同い年の従妹がいるのだ。う~む。誰に似たんだ、うらやましい。

こちらもデートと洒落込んだが…… 99/8/18

息子が妻の実家へお泊りに出かけたので、その隙に夫婦でデートと洒落込んだ。いつもよりかなり早めに仕事を切り上げ、自宅最寄の駅で待合せ、夕食がてら近所の居酒屋に向かった。生ビールにピッタリの串焼きに舌鼓を打ったが、話すことといったら出かけている息子のことばかりで、デートらしさはこれっぽっちもない。ま、それもまた良いのかも知れないと思う今日このごろである。

人は過ちを 99/8/25

人は過ちを冒すものだ。えてして重大な過ちほど気付き難く、気付いた時には手後れになってしまう。正しい選択をしたと思い込んでいるうちに、取戻しようもなく時が経って、ふと気付けば思いもかけない荒野に立っている――。

何となく、そのような類いの過ちを冒しつつあるような気がする。つくつくほうしの声がうるさい。

でも今日は給料日。

惜夏企画「あなたのトマト」大募集 99/8/26

↑というのをご放言帳で始めました。連動してこちらでは小生の冷しトマトの記録を公開します。その一発目。今朝は朝食に小さめのトマト。4つ切りで調味料なし。良く冷えていて目が覚める。でも電車に乗るとまた眠くなる。

「あなたのトマト」はここで募集中。是非お聞かせ下さい。
http://www.gaiax.com/www/kigaru/s/k/saku/bbs.html
※リンク先は既に存在していません。

腰痛にしめくくられた夏 99/9/7

8/29、夏休み最後の日曜日。大予言の外れた夏の思い出をもう1つ加えてやろうと、家族3人で北の丸の科学技術館に出かけた。蝉時雨と真夏の日差しから逃げるように館内に飛込むと、特設ブースでタイタニックの引上げ品の特別展が開催されていた。僕らは迷わず入場したのだが、まさかここから悲劇が始まるとは思いもしなかった。

息子は小学2年生。科学モノは大好きだが、タイタニックから引上げられた遺品は科学というよりはロマン的、感傷的な匂いが強い。すぐに飽きてしまった息子はだだをこね始めた。つれあいの方はロマンの香りにゆっくり浸っていたい様子。で、ここは父親の出番とおもむろに息子を抱き上げた。が、高々と抱き上げたまま5分ほど歩いて気がついた。この子の体重は25キロ。

その日の夜から腰痛が始まった。翌日、近所の整形医を訪ねると、腰部脊椎症との診断。要は椎間板が老化していて、ちょっと無理するとヘルニアになり神経を圧迫するんだそーな。生れて初めて電気治療を受け、これまた初めて牽引治療を受け、診療所の門を出るとあぶらせみの死骸が足元に転がっていた。

  椎間板牽かれし門に蝉骸

この時、僕の夏は終った。

腰痛、そして名残りパラパラ 99/9/9

今週は腰の治療に専念しようと、毎日、5時半には仕事を切上げ、自宅近所の整形医に通っている。市販の低周波治療機を10台いっぺんにくっつけたような電気治療や、東京タワー蝋人形館の拷問シーンを思い出させる牽引治療にもすっかり慣れた。むしろクセになってきたと言うべきかもしれない。

昨日も診療所に向かうべく駅からのいつもの道を歩いていると、――あ、あれは噂のパレオ巻いた茶髪。しかもすっかりガングロである。ひやー、こういうのって渋谷だけじゃないのかぁ、と思っていると、彼女はおもむろにパラパラの振付けを練習し始めた。

その時、僕は何故か秋の訪れを感じた。夏遊びの無理がたたった腰痛と、過ぎ去った夏を惜しむように舞われる名残りパラパラ。いつのまにかヒグラシが主役となった蝉時雨に秋虫の声が混じる。

同志!って感じっすね 99/9/19

これはつれあいから聞いた話。ある日の午後、小2の息子を訪ねて同級生3人が遊びに来た。そのうちの1人はジュース5、6本を持参。全部、種類が違っていたため、誰がどれを飲むか、ジャンケンで決めようということになった。いわゆる「とりとり」である。

無事にジュースの配分が決まって、つれあいは煎餅やらクッキーやらをテーブルに広げた。するとジュースを持ってきてくれた当人のAくんが、あー、ぼく、これ、ちょっと、と何やら煮え切らないことを言い始めた。ジャンケンに負けて飲むことになったヨーグルトドリンクが気に入らないらしい。負けちゃったんだからしょうがないけど、飲めないのかなぁ。つれあいが助け船を出すと、うーん、ちょっと、だめかなぁ。

じゃぁ、どうしようか。つれあいが子供たちに声を掛けると、3人兄弟の真ん中で日頃から要領の良いBくんは、ぼく、取り替えてあげてもいいんだけど、もう口つけちゃったんだぁ。見ると、ただならぬ気配を感じてか、Bくんは既にスクリューキャップを開いてラッパ飲みである。一人っ子の我が息子は、ぼくは勝ったんだもん、と言い張る。全く誰に似たんだか。

うーん、取り替えてあげようかなぁ、でもなぁ、いやぁ、でもなぁ、うーん。どうにもふんぎりの着かないCくんは面倒見の良いお兄ちゃん。5歳年下の妹のわがままに、いつもいつも振り回されている。うーん、いいやぁ、Aくん、取り替えてあげるよ。長男の性であろうか、結局、人のいいCくんである。

小生もCくんと同じで2人兄妹の長兄である。そのせいか甘え上手の女に弱い。振り返ってみるとあの娘もこの娘も誰かの妹である。つれあいなんぞは、その典型と言ってよいだろう。まぁ、それも持って生まれた役回りというか――。

9月は思いしらされる月 99/9/17

もう10日ほども前のことだが、勤務先の壮年者検診を受けた。超音波エコー診断を受けていたら、――肝臓がちょっと白いですねぇ、軽い脂肪肝です、とのお言葉。

腰痛もトホホだが、脂肪肝もかなりなもんだ。お祭りのような8月が終って、9月は現実を思い知らされる月。そんな気がした。

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