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2008.05.16

薬王院へ行く

5月1日。下落合の薬王院を訪ねる。義母のことがあってから家にこもりがちな義父を外に連れ出そうと、妻が義父を誘い三人で行ってみることにしたのだ。

薬王院は真言宗豊山派の寺で東長谷寺とも呼ばれる。豊山派の総本山である京都の長谷寺から牡丹100株を譲り受け、今では1000株に及ぶ牡丹が植えられているという。今年は暖かい日が多かったせいか、例年より花の咲きだしが早く、既に見ごろを一週間ほど過ぎてしまっているとのことだった。それでも牡丹の花の美しさを十分に楽しむことができたのは、それほどに多種多数の牡丹が植えられているからだ。

牡丹園父と娘と腕組んで 矮猫

牡丹は元来、薬用として栽培されていたそうだ。しかし、花が大柄で花形も花色も多彩なことから園芸植物としても親しまれるようになり、唐代以来、百花の王と珍重されてきた。俳句の世界でも初夏の季題としてしばしば取り上げられている。
白牡丹といふといへども紅ほのか 高浜虚子
牡丹花の眠るが如き入日かな 上田敏
夕牡丹しずかに靄を加えけり 水原秋桜子

牡丹は大柄で豪華な花ながら押しつけがましいところがなく、優美な官能性、おっとりとした印象を与える。ここに挙げた句もそのような牡丹の風情を感じさせるものだ。

薬王院は本堂こそ近年になって建て直されたものだが、古い石仏や石碑も多数あり、古寺の趣きを保っている。隣接する野鳥公園も訪れたが、小さな池の周りにモミジやミズナラなど多数の樹木が植えられており、静けさと新緑を満喫することができた。

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2008.05.15

矮猫亭・2001年7~9月

古い日記の再掲載。今回は2001年7~9月です。この頃も相変わらず仕事の本ばかり読んでいたんですねぇ。それでも多少は詩を書く気もあった様子。それに引きかえ近頃の自分ときたら……。やはり、忙しい、を口実にしてはいけませんな。

ところで、この夏、初めて富士山に登った息子は翌々年、二度目の登頂を果たしましたが、その後はすっかりインドア少年になってしまいました。分からないものですねぇ。


あぁ また買ってしまいました 2001/07/03

コルグのマルチ・エフェクターPANDRA PX3Tを買ってしまいました。つい4ヶ月前にZoomの505Ⅱを買ったばかりなのに。リズムマシン機能(ドラム+ベース!)、FMトランスミッター機能までついて、しかも、とっても小さい。物欲を掻き立てられてしまいました。

で、早速、使ってみましたが、機能満載の上、操作性もgood。音も悪くありません。うぅむ、Zoomとうまく使い分けられるかしら……。


今度は情熱本だぁ 2001/07/04 09:06

リチャード・チャン.斎藤彰悟監訳.酒井泰介訳.パッション・カンパニー.春秋社.2001(Chang R.The Passion Plan at Work.2001)

色んな意味で勉強になる1冊でした。1つは勿論、情熱も大事よね、ということ。古臭い体質の小生の勤務先にもようやくモダンな経営学が根をおろしつつある昨今、それはそれでよいことなのでしょうが、妙にクールな時にシニカルな雰囲気が漂うようになってきた気がします。小生自身もその影響を被るところ大であって、熱気みたいなものを忘れていたのではないか。ちょいと反省させられました。

もう1つはコンセプトというかキーワードの力。本書に書かれていることは、経営ビジョンに関する諸々の本と大きな違いはありません。ただ、そこに、「情熱」というコンセプト、キーワードを持ち込むことで、幾多の経営学者の書いたクールな本からは感じられないビビッドな感覚が生まれています。理屈では判っていたビジョンの果たす役割を実感できたという感じです。

うがった見方をすれば、この著者、大したタマだ。経営学に「情熱」というコンセプトを持ち込んだだけで、本が1冊書けてしまった。それどころか「情熱」コンセプトでコンサルもやっているらしい。でもイノベーションってもんは、とどのつまりはそういうものなのかもしれませんね。というのも勉強になったことの1つであります。


浸透策も考えないとね 2001/07/05

野林晴彦;浅川和宏.理念浸透「5つの策」.慶應経営論集.第18巻第1号.2001年2月

どんないいビジョンができても、社内に浸透しなくちゃ意味がない。という訳で浸透策に関する論文も読んでみました。

浸透とひとことで言っても色んな側面がある。例えば製品が経営理念に沿ったものだからといって、人事制度もそうなっているとは限らない。当論文は、そうした浸透の「多義性」を実証的に明らかにしています。また浸透の各側面毎に有効な浸透策が違うとしています。20業種63社の経営理念担当者へのアンケート調査を実施。なかなか高度な統計手法を用いており、洗練された研究ではありますが、浸透の各側面毎に有効な浸透策が違うと言い切るには分析が甘いように思われます。

当論文は、経営理念が「人事制度」に体現しているかと、浸透策として「インナープロモーション」(理念をテーマとした交流会やキャンペーンの実施等)を実施しているかとの間に相関があることから、後者が前者に対して有効としています。しかし、何故、後者が前者に対して有効かの分析は行われていません。単に相関があるからといって因果関係があるとは限らず、むしろ何か別の因子が効いているような気がします。

常識で考えても、キャンペーンをしたら「人事制度」が変わるなんて思えませんよね。それにキャンペーンが「人事制度」にだけ効果的っていうのも不自然過ぎる。小生なら、キャンペーンを行うような会社は「人事制度」にも関心が強く、「人事制度」改革も進んでおり、その結果、相関が生じたと、解釈します。もし小生の解釈が正しいとすると、キャンペーンなんて浸透には効果がない、ということになりますが、その方が素直な気がしませんか?


ずばりミッション経営 2001/07/11

小野桂之介.ミッション経営に関する基礎的考察.慶應経営論集.第17巻第3号.2000年2月

経営ビジョン策定を含む経営計画のあり方見直し提案は、とうとうトップマネジメントの了承を得るに至りまして、お勉強にもますます熱が入ります。で、今度はタイトルもそのものズバリ。ざっと以下のような内容です。

企業がそのミッション=使命を果たすべき対象には顧客、従業員、株主、地域社会の4つがある。しかしこれら4者の利益は短期的にはトレードオフとなることから、このトレードオフを解決し、4者に対する使命を同時に追求できる道を探るのが経営者の役目。そして同時追求に成功している企業を見ると、いずれも顧客志向のミッションを基点としている。すなわち、従業員が顧客志向になれば、顧客に対して高い価値が提供でき、顧客志向の従業員は顧客が喜んでくれることでハッピーになる。また高い価値を得た顧客はそれに見合った対価を支払うので企業の業績が上がり、株主価値が向上する。一方、企業は好業績を背景に社会貢献活動を行い、その結果、社会的評価が高まり、顧客や株主の信頼、従業員の働きがいが増す。

小生が経営ビジョンのミッションの部分について考えていた枠組みもほぼ同様なものです。但し、じゃぁ、顧客にどのような価値を提供するのか、その価値の源泉は会社のどこにあるのか、といったところまで、踏み込んでみたい考えでおります。


とはいえ戦略論ふたたび 2001/07/12

でもやっぱり戦略論は面白いんですよねぇ。てな訳で「ミッション経営」に続いて慶應経営論集より2本。いずれもなかなか良いです。
小林喜一郎.戦略論をみる8つの視座.慶應経営論集.第15巻第1号.1998年3月

従来の戦略論を8つに類型化し、それぞれの特徴、功罪を整理。その上で経営資源論的アプローチを核として、他のアプローチを統合してゆくべきと論じています。戦略論にもこんなに色んなアプローチの仕方があったのかぁ、と素朴に驚きました。
磯辺剛彦.競争のタイプと経営戦略.慶應経営論集.第14巻第2号.1997年3月

戦略論の3つの主要アプローチ、産業組織論、資源論、動態的能力論のそれぞれがどのような競争観を前提としてきたかを明らかにし、その上で、競争を企業間の「相互作用」として捉えることを提唱しています。また「相互作用」として競争を捉えるアプローチの代表としてゲーム理論を紹介。その限界についても明らかにしています。


大胆なビジョンには大胆な浸透策! 2001/07/12

ジム・コリンズ.ビジョナリー・カンパニーの行動哲学.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.2000年1月号

先月ご紹介したBuilding your Company's Visionの共著者の1人コリンズの論文です。壮大なビジョンを社員に浸透させるには「触媒メカニズム」が必要だとしています。例えば砂利、コンクリート、アスファルト等を売るグラナイト・ロック社は世界最高水準の顧客満足をビジョンに掲げ、その実現のために「ショート・ペイ」システムを導入。これがなんと顧客が代金を決められるという代物。請求書の明細のうち満足できなかった項目については、理由を書いて返送すれば、その分の代金は支払いの必要なしというシステムなのだそうです。これで採算が取れるのかと疑ってしまいますが、結果は、社員の顧客満足向上の取組みが進み、市場シェアも利益率もぐーっと改善。

で、コリンズの言う「触媒メカニズム」とは以下のような特徴を持つものなのだそうです:

  • 期待通りの成果を思いがけないやり方で生み出す

  • 権力を分配する

  • 厳しい強制力

  • 組織内の「ウィルス」を追放

  • 効果が持続的

しかしなぁ、保守的なわが社ではどんな「触媒メカニズム」が作れるのかなぁ。


真打登場! 2001/08/03

ジェームズ・C・コリンズ,ジェリー・I・ポラス.山岡洋一訳.ビジョナリー・カンパニー:時代を超える生存の法則.日経BP出版センター.1995(1994)

いよいよ真打登場です。コリンズの著作はこれまでにも2論文をご紹介致しましたが、これこそ同氏の中核的な仕事です。その後の他の著作は、ここを起点に産まれた派生物と言っても過言ではないと思います。

さてさて「ビジョナリー・カンパニー」とは何でしょうか。その定義を第1章から引いてみます。

ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的な企業であり、業界で卓越した企業、同業他社の間で広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与えつづけてきた企業

著者はビジョナリー・カンパニー18社とそれぞれの比較対象企業18社との創業以来の歴史を詳細に調査した結果、ビジョナリー・カンパニーには以下の特徴があるとしています。
  • 「時計をつくる」志向――指導者の個人的なカリスマ性に依存せず、組織作り、仕組み作りに注力する

  • 「ANDの才能」――現実か理想かではなく現実的理想を追う

  • 「基本理念を維持し、進歩を促す」

  • 「一貫性」――基本理念と進歩への意欲を組織のすみずみ(目標・戦略・方針・文化・経営陣の言動・オフィス配置・報酬体系・会計システム・職務計画等々)にまで浸透させる

また基本理念を維持し、進歩を促すための仕組みとして以下のような方策が取られているとしています。
基本理念の維持
  • カルトのような文化を築く

  • 基本理念に忠実な生え抜きを経営者にする

進歩を促す

  • 社運を賭けた大胆な目標(BHAG、Big hairy audatcious goals)を掲げる

  • 大量のものを試して、うまくいったものを残す

  • 決して満足しない組織をつくる――現状を不十分と感じさせる仕組み、短期的業績と将来への投資の両立

ビジョナリー・カンパニーを作り、維持してゆくためには、「一貫性」を維持することが重要なのだそうです。そのためには常に矛盾を発見し、つぶしていかなければならない。しかも進歩の芽を摘まないよう、変えてはいけないことをはっきりさせ、それ以外のものは常に変えていく、新しいことを試し続けることが必要となります。だからビジョナリー・カンパニーは決して終わることのない挑戦になります。

う~む。だとすれば、小生は終りのない仕事に取組み始めてしまったのでしょうか。ちょっとひるんでんでしまいそうですが、逆に言えば、今後の仕事は全てビジョンナリー・カンパニーへの挑戦に繋ぐことができるわけですから、とても大きな指針を得られたとも言えます。

ま、それはともかく早く目の前の仕事を終えないと夏休みがなくなるゾ~~~。


富士山初登頂 2001/08/07

久し振りに息子の登場です。わがやの一粒種、小学4年生の息子が富士登山に挑戦、無事、その頂きを踏みしめて帰ってきました。

息子は幼稚園生の頃、図画工作系の児童教室に通っていました。この教室の先生がアウトドア好きで、春から夏にかけてはバーベキュウやキャンプ、ハイキングといった野外イベントが目白押しです。息子が参加した富士登山の会も、教室恒例の年中行事で、今年は小学3年生から5年生までの教室OB5名と父兄2名が参加したそうです。

6日の朝、8時に懐かしい教室に集合。先生のワゴン車で富士に向かいます。昼頃、富士山五合目に到着。先生が用意してくれた握飯で簡単に腹拵えを済まし、いざ出発。初日は快調に進み、夕方には予定通り七合目の山小屋に着いたそうです。

ところが2日目は季節外れの悪天候。ガスが立ち込め、風が吹きすさび、気温も恐らく0度前後。午前4時半に山小屋を出てはみたものの、寒さに凍え、しゃがみこんだり、泣出す子供もいたそうです。先生が下山を決意した、まさに、その時、今まで陰っていた太陽がさっと姿を現わしました。体が暖まり、勇気づけられた子供たちが立ち上がる。先生はもう迷うことなく、「さあ、登ろう」と声を掛けたそうです。

その後も天候は回復せず、真っ白なガスの中を強風と戦いながら進んでいったのだそうです。しかし歩くうちに子供たちの体と心はすっかり暖まり、みんな元気に楽しく足を運びました。少々おしゃべりが過ぎる位だったそうです。ようやくガスが晴れると頂上はもう目の前。かくして富士登山は大成功に終わったのでした。

この2日間、小生は仕事をしながらも気になって気になって仕方なかったです。つれあいも同じだったらしく、「今頃、五合目かな」、「もう山頂かな」、などと、携帯でメールを交わしていました。

来年は、うち中そろって参加しようかなぁ。


ひさ~しぶりの創作メモ 2001/08/28

あんまり久し振りすぎて、忘れられちゃったかもしれませんが、2ヶ月ほど前に思いついたネタにちょこっとだけ進展がありましたので、ご報告します。
もしも私に愛が
許されるなら
それは五月
古い手紙から
解き放たれた風が子供たちを勇敢にする

「息子たちを勇敢にする」を「子供たちを......」に改めました。その方がイメージが広がるというか、自由に想像力を働かせることができると感じたからです。想像力の翼を十分に広げないと、個人的な体験や感傷に縛られてしまう。そうなると、いくら詩っぽい言葉を並べても、結局、説明や吐露に終わる。そう考えたのです。

私の創作は概ね個人的な体験を出発点としています。しかし個人的な体験を生(なま)のままぶつけることは殆どありません。むしろ、そこを原点にしながら、どこまで飛んでいけるかを試していると言えるかもしれません。だからと言って個人的体験にこだわりを持たないということではありません。むしろ強くこだわっているのです。こだわっているからこそ、そこから一旦、離れて、その体験の普遍的な意味を探りたいのです。

「息子たち」から「子供たち」へと変えたことにはもう1つの理由があります。この詩句では、個を越えて他者と一つになってしまおうとする、ある種の無謀さが、言わば愛の成立基盤としてとらえられています。もし初めの着想の通りに「息子たち」としてしまうと、そうした無謀さをふるうこと=勇敢さが、何の根拠もない伝統的な性役割分担と結びつけて理解されてしまうかもしれない。私はそんな誤解を恐れました。マイナーな理由ではありますが、私にとっては譲れない点でもあります。


さぁ、いよいよ企業価値経営へ 2001/08/30

G・ベネット・スチュワートⅢ.河田剛;長掛良助;須藤亜里訳.EVA創造の経営.東洋経済新報社.1998

これまた久しぶりにお仕事の話。経営ビジョン策定の推進役を勤めるようになってから早いもので約3ヶ月が経ちました。この間の洗脳活動が効を奏してか、小生の目指していたゴールに大分、近づいてきました。そのゴールとは企業価値経営であります。売上成長を目指すのでも、利益成長を目指すのですらない。本質的な付加価値の創造、最大化を目指す経営であります。

という訳で、付加価値の測り方から始まって、付加価値を高めるための方法、中でも業績と報酬の連動のさせ方、財務プランニングなどなどを解説した企業価値経営の代表的教科書The Quest for Valueの邦訳を読みました。詳しい内容についてはAMAZONに譲りますが、はっきり言って面白いですよ。多少、会計や財務の基礎知識が必要になるかもしれませんが、その努力を払ってでも読む価値があるのでは、と思います。


これまた久しぶりの一句 2001/08/31

何もせぬまま日暮れて虫時雨

久しぶり続きの締めくくり(?)は俳句です。夏になったら、あれもやろう、これもやろう、と、思っていたけど、何もできないうちに秋になっちゃったなぁ。今日も、もう日暮れ。虫たちが責め苛むように鳴く。まぁ、そんなメランコリックな句です。

でも、まだ、推敲中。「日暮れて」と「虫時雨」がつき過ぎてる感じがします。虫が鳴くのは日暮れてからに決まっていて、言葉がだぶり、スリムじゃない感じがするのです。そこで、別案:

本日も何もせぬまま虫時雨

とは言え、こちらも、どうも気に入らないのです。川柳っぽい滑稽さが先に立って、ブルーな感じが出ていない気がするのです。で、もう1つの別案:
何もせぬまま今日も虫時雨

字足らずなんだよねぇ。しかも何となく端正さに欠ける気がする。まぁ、それも、だらぁっとした夏の夕方っぽくていいのかなぁ。

という訳で、今しばらく悩ませて頂きます。小生は俳句をきちんと勉強したことがないので、ご意見ご助言なんぞ頂けると助かっちゃいます。


フレディがやってきた!―創作メモ― 2001/08/31

フレディが歌ったこと
フレディに誓ったこと

今も
いつも
いつまでも

遠くのほうで花火が光って
苦しそうに光って消えて
もとの闇に立ち尽くす

わたしと
あなたと
わたしたちの嘘と

さよなら、フレディ
もう大丈夫
誰も測りに来ないから
わたしも、もう泣かないから


めったにないことですが、ふと詩になりそうな言葉が浮かんでくることがあります。昨日の仕事帰り、深夜、駅から自宅へ向かう道を辿っていたとき、唐突に「フレディ」がやってきたのです。

「フレディ」が誰なのか、どんな人物なのか、具体的なイメージがまったく湧かないうちに、言葉は勝手に進んでいきました。歌うフレディ、フレディへの誓い、花火、嘘、そしてフレディの死。

これで完結してしまっているようにも思えるのですが、これでは未だ詩になっていない。フレディが動き出してくれるのを気長に待つとします。でも死んじゃったフレディは動いてくれるのかしらん?


アメリカもそんなもんっすか、はぁ 2001/09/06

Collingwood H.The Earnings Game:Everyone Plays Nobody Wins.Harvard Business Review.June 2001

企業価値価値経営という考え方には
  • 株式市場は十分に効率的であって、

  • 市場は全体としてみれば経済合理的に企業の価値を評価する。従って、

  • 株価は1株あたりの企業価値と高い相関を持ち、

  • 企業価値を高めれば株主の投資収益も高まる

といった前提があります。この前提は、数々の長期的な株価動向の調査研究により実証されていると言われていますが、本当なのでしょうか。

今回読んだ論文はこの前提に疑問を感じさせるものでした。企業価値経営の本家アメリカでも、本質的な企業価値を表していない会計上の利益、それも超短期的な四半期毎の利益が株価を大きく変動させるとされています。そのため米企業は様々な策を弄して、会計上の利益を証券アナリストの予想額に一致させようとしているのだそうです。例えば、利益が足らなそうな時には、卸に押込み販売するとか、会計上の処理を上手く操作して数字だけは予想値に合せるとか。それどころか、もっと利益が出せるはずなのに、売れば儲かるはずの有価証券を売らずに利益を抑えることさえあるのだそうです。どっかの国のどっかの企業とおんなじですね。

また米国では、証券アナリストの評価も、四半期毎の利益予想があたったか、はずれたか、で決まるのだそうです。このためアナリストは本質的な企業価値を評価を疎かにし、投資家も――プロである機関投資家すら!、アナリストやマスメディアに踊らされて、四半期毎の利益を見て、売り買いしちゃうのだそうです。はぁ。

この論文の著者は、こうした企業の利益管理が当の企業にとっても、アナリストや投資家にとっても有害であるとしています。企業が足元の利益を目安に事業を進めれば、その価値を高めることに失敗し、更には価値を損ねることさえある。その結果、アナリストや投資家が企業の足元の利益だけで評価や投資判断を行えば、長期的には大きな誤りを犯すことになり易い。みんな、しっかりしなさいな。著者の嘆きの声が聞こえてきそうな一文でした。


こんなのも読んではみたが... 2001/09/05

日本経済新聞社編.ベーシック株式入門.日経文庫.日本経済新聞社.1990

株式市場がどのような原理の下、どのようなメカニズムで株価を形成するのか、この辺りを知りたいと思い、また、これまで余りにも株式投資について無知であったことを反省して、取敢えず入門書に手を伸ばしてみました。

これから株式投資を始める人を対象にかかれた本だったので、ちょっと、こちらの求めていた内容とは違う部分が多かったのですが、それなりに面白かったです。というか、何ごとも面白がっちゃえば面白く思えてくるものなのかもしれません。


企業価値経営を成功させるには 2001/09/06

Haspeslagh P.C,Noda T,Boulos F.Managing for Value:It's Not Just About the Numbers.Harvard Business Review.July-August 2001

企業価値経営(value based management VBM)さえ導入すれば会社は良い方向に動き出す。価値指標を定めて、この指標に報酬を連動させさえすれば、社員は皆、価値創造を目指すようになる――。当然、世の中、そんなに甘いもんではありません。では、どうすれば効果が出るのか、企業価値経営の導入に成功する企業としない企業との間にはどのような差があるのか。著者は北米、欧州、アジアの約2000社に及ぶ大企業を対象に調査を行い、企業価値経営の成功要因は以下の5つだとしています。

  • トップが社外に対して価値の向上を約束すること
  • 広範な階層の社員に対して十分な研修を行うこと
  • 多くの社員を株主化すること(ヴァーチャルに、実際に)
  • 事業部門に権限を委譲すること
  • 業務プロセスの大幅な改革を行うこと
また業務改革のポイントとして以下の4つが挙げられています。
  • 価値指標とその計算のための会計を複雑にしないこと
  • 価値創造要因(value driver)を明確にし、価値創造のために何をしたら良いかが、誰にでも理解できるようにすること
  • 予算策定と戦略策定を統合すること
  • 情報システムを充実させること
では企業価値経営にはどのような効果が期待できるのでしょうか。同じ調査の結果から著者は、成功した企業には3つの効果が現れているとしています。
  • 事業構成(business portfolio)の改革
  • 本社企画部門と各事業部門との関係改善
  • 最前線の社員の意識と行動の変革
3つの効果のうち小生が特に興味を持ったのが2つめです。企業価値経営がうまく導入されれば、事業部門への権限委譲が進んで、本社企画部門が個別案件に首を突っ込まずに済むようになる。本社企画部門は全社戦略に集中できるし、また事業部門の戦略スタッフとの建設的なコミュニケーションが促進される。一方、各事業部門のマネジャーは戦略の立案と遂行に集中できるようになる。細かなことまで逐一、本社の許可を求める必要はなくなり、その為に費やしていた膨大な時間を本来の仕事に振り向けられる。著者はそのように語っています。

よいなぁ。実にうらやましいです。でも、これ以上書くとグチ入ってしまいそうなので、今日はここまで。


元ネタも読みました 2001/09/13

Boulos F,Haspeslagh P.C,Noda T.Getting the Value Out of Value-Based Management.Harvard Business School Publishing.2001

先週ご紹介した論文の元になった調査レポートを読みました。対象約2000社とありましたが、実際の回答数は300社足らずでした。レポートの内容はそれなりに面白かったですが、論文の方が参考になるかな。それでもいくつか興味を引いた箇所がありました。
  • 企業価値経営は「公式」に導入しなくても効果がないわけではない。しかし効果は限定的で、「公式」に導入した方が、幅広い問題の解決にはつながる可能性が高い

  • 北米・英国は株主価値創造を使命と考える企業が多く、アジア(といっても殆どが日本企業のようです)は全てのステークホルダー(利害関係者)にバランスよく責任を果たすことを大切とする企業が多い。欧州はその中間

  • 企業価値経営を行っている企業の5割弱がEVAを、約4割がRONA(=Return on Net Asset)を、2割強がCFROI(Cash Flow Return on Investment)を価値指標にしている(重複使用あり)


ステークホルダーの信頼を高めるには 2001/09/17

フレデリック・F・ライクヘルド.ロイヤルティ・リーダシップ.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.2001年10月号

小生は企業のミッション(=使命)には大きく分ければ2つの要素があると考えています。1つは株主や顧客、従業員を始めとした各ステークホルダー(=利害関係者)に対する責任。もう1つは企業独自の信念、すなわち存在意義や価値観を追求することです。今回はその前者の方に関わる論文のご紹介です。

この論文の著者によると、長い目で見れば、企業の収益性は、各ステークホルダーからどれだけ信頼を勝ち得ているかにかかっているのだそうです。そして信頼を得る鍵は経営トップの誠実さであると。なんだか、至極、当たり前な話ですが、えてして当たり前なことほど難しかったりしますね。

ステークホルダーとの間に上手く信頼関係を構築している企業を分析すると6つ共通点、原則があると、著者は言います。

  • トップが実践目標を公言すること

  • win-winの関係を構築すること

  • 意識的に相手を選ぶこと

  • 戦略、組織、全てをシンプルにすること

  • 正しく評価し、正しく報いること

  • 熱心に聞き、素直に話すこと

これまた当たり前っぽいのですが、それだけに説得力ありませんか?

そろそろ経営ビジョンの浸透策を考え始めなければならない段階に至っていますが、最高の浸透策はトップ自身がビジョンに対して誠実であることと、小生は思っています。日々の言動から始まって、社員の評価、報酬、戦略的な意思決定に至るまで、あらゆる場面でトップが率先垂範を貫くいていかないと、ビジョンなんて、すぐに神棚行きですよね。

ところで垂範で思い出しましたが、昨日、庭で飯盒炊飯してみました。意外にきちんと炊けるものですね。病みつきになりそうですって、全然、関係ない話でした。


こりゃあ、まいりましたねぇ 2001/09/18

仕事の関係である資料を読んでおりましたら、死期を目前にした老人へのインタビュー調査の結果というのがありました。「あなたは若い人にどんなアドバイスをしますか」という質問に対する回答です。

1位 “Be happy now”(今を幸せに)
2位 “Friends and family are important”(友人と家族は大切に)
3位 “Go for it”(やりたいことをやれ)

う~む。自分はどれもできていないなぁ。まいりました。

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2008.05.14

初月忌

4月30日。義母の初月忌(最初の月命日)。息子は学校があるので妻と二人で実家を訪ねた。途中の商店街をツバメが低く飛んでいた。この春はじめてのツバメだ。

初つばめ月命日の軒かすめ 矮猫
旅やつれ運ぶ疾さや初燕 同

この時期のツバメは長旅にやつれたせいか、ただでさえ細い身体がまして痩せているように見える。それでもせわしげに家々の軒先を飛び渡るのは子を産み育てる営巣の場所を探すためだろうか。

ツバメを見ていたら、ふと斎藤茂吉の短歌を思い出した。処女歌集『赤光』におさめられた連作「死にたまふ母」の一首だ。

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

二羽のツバメはつがいだろうか。だとすると、この上の句にはこれから生まれてくる新しい生命、新しい親子関係が暗示されているのかもしれない。それは下の句の母の死と対比され、母への想いと響きあうものだろう。そのように考えるとツバメの喉もとの赤も命を象徴するものと思われてくる。中学生の頃から親しんできた歌だが、そんなふうに考えたのは初めてのことだ。

玄関から声をかけたが返事がない。義父は出かけているのかと思ったが居間から庭を覗くと金柑の実を採っているところだった。ボクらの姿に気付いた義父は手を休め居間に戻った。心なしか疲れているように見える。

「イチゴを買ってきたから後でお下がりを頂いてね」と妻が義父に声をかける。中陰壇にイチゴを供え線香を捧げる。遺影に向かい手を合わせると一ヶ月前の雨の日の午後が昨日のことのように思い出される。

春の雷(らい)母の遺せし管四本 矮猫
風光れ母は遺せし金の尿(しと) 同
北窓開く御母の息の絶えし部屋 同

二本の点滴と酸素吸入、尿道管、合わせて四本の管につながれた義母の身体は小さく見えた。病床の周りには義父、義兄とその一家、妻と息子とボク、そして妻の従姉。それぞれ足をもんだり手をさすったり、お母さん、おばあちゃんと声をかけ、次第に呼吸が間遠になる義母をなんとかこの世に繋ぎとめようと必死だった。しかし、その甲斐もなく、午後4時40分、ついに義母は来世に旅立った。

いや、その甲斐はやはりあったのだと思う。家族に囲まれ苦痛から解放され義母は幸せな最後を迎えたのだと。

義父はイチゴの隣に金柑を盛った小さな手かごを置き、ボクらとともに義母に手を合わせた。

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2008.05.09

矮猫亭・2001年4~6月

古い日記の再掲載。今回は2001年4~6月です。振り返ってみて思うのは、この頃は仕事の本ばかり読んでいたのだなぁ、ということ。ちょっと視野が狭く、近視眼的になっていやしないか、という気がしなくもないのですが、当時のボクには集中的に学ぶことが必要だったのでしょうね、きっと。


耳障りの良い言葉 2001/04/16

小生の愛読するメルマガに「ゆうくんの経済学研究室」というのがあります。今朝はここに記された文章にドキリとさせられました(小山友介.第33号)。
3番目の文章は、文部省(現在では文部科学省)の政策担当者のトップがいかに現実から遊離しているか・耳障りのいいキャッチフレーズを掲げて思考停止しているかを痛感させてくれるので、ある意味一番お奨めかもしれません(苦笑)

これは『論争・学力崩壊』(「中央公論」編集部・中井浩一編.中公新書ラクレ2.2001)に掲載された「徹底討論・子供の学力は低下しているか」(寺脇研、苅谷剛彦)を評してのものでしたが、ふと我が身が省みられました。小生は仕事柄(企画系)、様々な経営用語を使うことの多い立場にありますが、もしかしたら、ただ言葉を弄んでいるだけではないか、そのことで思考を代替してしまっているのではないか、と思った次第です。

どんな言葉も思考のツールであって、それで思考を代替することはできないですよね。それは詩語についても言えることで、ただ詩っぽい表現を並べたところで、それは詩にはならない。考えなくっちゃね。頭と身体のすべてで。そして魂をも賭して。

あれっ? なんか耳障りの良い言葉を使ってしまったような気が...


今さら冬の句もなんですが 2001/04/18

流感の息子の耳朶の産毛かな

日中は初夏を思わす温かさの今日このごろ、今さら冬の句をご披露するのもなんですが、ごめんなさい、なかなか納得できる姿にならなかったもんで。

この句は当時――といってもこの冬です――、小三の息子が流感で寝込んでいたときのことを詠んだものです。まだまだチビと思っていたが、布団に横たわる姿を見ると随分と大きくなっている。そう言えば何だか生意気なことをいうようにもなったし。でも寝顔はやはり幼くて、耳たぶには産毛も残っている。早く良くなれよ。元気になったら、またスキーにでも行こうな。

ちなみに息子は小生の専属スキーコーチであります。結構、スパルタ式なんよねぇ。


久しぶりに芝居を見てきました 2001/05/29

ふと気付くともう1ヶ月も留守をしていたのですね。ごめんなさい。どうも仕事がねぇ、バタバタしちゃいましてねぇ。いや、そんなの言い訳にもならんのでしょうけどねぇ。

ま、前置きはともかく、先週の土曜日、何年ぶりかで芝居を見てきました。劇工房ライミング第24回公演「ダンシング・アット・ルーナッサ」。息子の同級生のお母さんが出るというので、家族揃って行ってきました。しみじみと良い芝居でした。

欧州の「辺境」、アイルランドの庶民の暮らし。そこに息づくケルト文化とカトリシズムの葛藤。迫りくる第二次大戦の影。そして資本主義の浸透と家族の崩壊。そんな重たいテーマを扱った芝居でしたが、陽気なアイルランド民謡とダイナミックなダンスを取入れた軽快なタッチで描かれており、却ってそれ故にしみじみと胸に伝わってきました。必要以上に深刻ぶったり、感傷に訴えたりするところがないのが良かったです。

しかし、何ですねぇ、やっぱり「生」はいいですな。まして小劇場はもう役者の汗が飛んできそうなほどのライブ感。小4の息子には少し難しかったかもしれませんが、彼なりに感動していたようです。これを機に親子で小屋通いをしちゃうかも。

ところで「ダンシング・アット・ルーナッサ」はメリル・ストリープ主演で映画にもなっているのだとか。ご興味のおありの方は↓をどうぞ。

Dancing at Lughnasa
 ――映画データベースIMDbより(英語です、本邦未公開らしくて)


最近はこんな本を読んでいます 2001/06/07

勤め先で長期ビジョン策定のチームリーダーを拝命してしまいまして、最近は、それ系の本ばかり読んでいます。ちょいとご紹介、ご参考までに。
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2001年5月号 特集:戦略論の進化
 ・大前研一.見えない大陸――覇者の条件
 ・マイケル・E・ポーター.戦略の本質は変わらない
 ・ジェイ・B・バーニー.リソース・ベースト・ビュー
 ・岡田正大.ポーター VS バーニー論争の構図
 ・キャサリン・M・アイゼンハート;ドナルド・N・サル.シン
  プル・ルール戦略

なかなか読みがいのある一冊でした。ことに岡田論文は、ポーターに代表される産業論的アプローチと、コアコンピタンスやナレッジマネジメントで知られる経営資源論的アプローチの2つの流れを概観できます。また両者の統合を提起しているところも良いと思います。
小林喜一郎.資源論の統合的フレームワークに向けて――戦略論における経営資源アプローチの研究.慶應経営論集.第18巻第1号(2001年2月号)

こちらは産業論的アプローチと経営資源論的アプローチを比較して後者に軍配を上げています。小生としては、どちらが優れているといった問題ではないように思われるので、岡田論文に軍配を上げてしまいます。でも経営資源論的アプローチをもう少し詳しく勉強したいという方には、学説史が整理されていて、お奨めかも。
フレッド・R・デイビッド.大柳正子訳.戦略的マネジメント――21世紀のマネジメントモデルを構築する.ピアソン・エデュケーション.2000(David F.Concepts of Strategic Management 7th edition.Prentice Hall.1999)

入門書という感じですね。基本を押えておくためには役立つと思います。殊に戦略的マネジメントのプロセスモデルの図は使えます。


柔道戦略?! 2001/06/06

ハーバード・ビジネス・スクールの新刊案内を見ておりましたら『柔道戦略』(David B. Yoffie; Mary Kwak.Judo Strategy: Turning Your Competitors' Strength to Your Advantage)なる本がありました。①動いて相手のバランスを崩せ、②攻撃を受けるときは自分のバランスを保て、③梃子の原理を利用せよ――これら3つの柔道の原則を利用すれば小さな会社も巨大企業に勝てるのだそうです。なんだかなぁ、と思いつつも、ちょっと読んでみたくなりました。でも英語じゃぁ、ちょっと読むっていってもねぇ。


詩神ミューズがいよいよその手を? 2001/06/07

もしも僕に愛が
許されるなら
それは五月
古い手紙から
解き放たれた風が
息子たちを勇敢にする

最近、ふと思いついたフレーズです。未だこの先が続かないのですが、いよいよ詩神ミューズの手が久しぶりに差し伸べられたのかも知れません。

あるいは、これはこれで完成しているのかも知れない。そうも思うのですが、様々なイメージが私の中に喚起されているのも事実。ただ未だイメージが言葉になってくれない。


あいかわらず戦略論ばかり読んでます 2001/06/12

ほんと、あいかわらずです。少し疲れてきました。けど、まぁ、がんばらなくちゃねぇ。というわけで(どういうわけだ?)、本日も読書録から若干のご紹介です。ご参考まで。
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー.1997年3月号 特集:戦略の本質
 ・マイケル・E・ポーター.中辻萬治訳.戦略の本質
 ・中辻萬治.ポーター戦略論のすべて
 ・野中郁次郎.ビジョン実現のプロセスとしての戦略
 ・矢作恒雄.日本企業に突きつけられた戦略の転換
 ・加護野忠男.戦略の歴史に学ぶ その定義と本質
 ・マイケル・E・ポーター.関根次郎訳.5つの環境要因
  を競争戦略にどう取り込むか
 ・ゲーリー・ハメル.萩原貴子訳.革新の戦略 その10
  原則
 ・ロバート・S・カプラン;デビッド・ノートン.鈴木一功訳.
  バランス・スコアカードによる戦略的マネジメントの構
  築

どれも基本を押さえる上では大いに参考になると思います。でも、もし、どれか1つを選べと言われれば、やはりポーターの「戦略の本質」かなぁ。いわく、「業務の効率化は戦略ではない」、「戦略の基盤は独特の業務活動」にある 等々。示唆に富み、わが身が省みられます。

で、笑ってしまったのがハメルの第3原則。「ボトルネックはボトルの先端にある」ですって。そうかぁ、困っているのは、小生だけではないのですねぇ。


経済見通し4 2001/06/18

野村総研さんの「2001年度・2002年度経済見通し」が改定されました。

実質成長率の見通しは、2001年度、2002年度ともに前回(3/16)よりやや弱気の予測となっています。

2001年度 今回:+1.3%・前回:+1.8%
2002年度 今回:+1.2%・前回:+1.5%


とうとうノウハウ本にまで手を出した 2001/06/18

野口吉昭編.HR Institute著.戦略シナリオのノウハウ・ドゥハウ.PHP研究所.1999

いわゆるノウハウ本です。が、しかし、押さえるべきところはかなりきちんと押さえています。当然といえば当然でしょうが、以前ご紹介したデイビッドの『戦略的マネジメント』よりも具体的な内容で、実務家には役立ちそうです。


これはちょっと感動ものでした 2001/06/26

基本に立ち返って経営のビジョンについて考えることにしました。経営戦略を考える前に、先ず、そもそも戦略を遂行することで、何を果たすのかを考える必要があるなということです。で、手始めに読んだのが↓。
James C. Collins; Jerry I. Porras.Building your Company's Vision.Harvard Business Review. September-October 1996

いけてます。すごいです。ビジョンにはどんな要素が盛込まれているべきか、それぞれの要素はどのような役割をもっているか、そして如何にあるべきか。とても平明に書かれています。言うは易く行うは難しなのでしょうが、一読の価値ありです。


今時、書名に「MBA」はどうかなぁ 2001/06/27

株式会社グロービス.MBAビジネスプラン.ダイアモンド社.1998

以前にも書きましたが、今年は勤務先で長期ビジョンの策定を担当することになりました。どうせなら経営計画のあり方も見直しましょうと提案し、これが通ってしまったものですから、さぁ、大変。という訳で本書を紐解いてみました。本書は、起業を考えている人や新規事業の企画を担当している人をメインの読者としていますが、全社計画を担当する小生にも、それなりに参考になりました。逆に言えば、かれこれ3年程、経営計画策定チームの一員として働いてきた割には、経営計画のイロハが十分には身に着いていなかったということでしょうか。反省。

それにしても今時タイトルに「MBA」と入れるのはどうなんでしょう。却って嫌われませんかねぇ。少なくとも小生は買うときにちょっと気恥ずかしかったです。

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2008.05.08

トラさんとの再会

4月19日、久しぶりに巣鴨のトラさんに会う。この日は急な仕事で珍しく休日出勤。いつもより1時間ほど遅く家を出た。例によって池袋から西巣鴨への道を歩いていると何とトラさんがいるではないか。昨年10月にお見かけして以来、6ヶ月ぶりのことである。

「お久しぶり」と声をかけるとトラさんも覚えてくれていたらしく「久しぶりだねぇ」と返してくれる。義母のことがあったばかりでもあり、お元気な姿を見られたのが嬉しくてボクは思わずトラさんと握手してしまった。しばし路上で近況を語り合っていたが、いつものようにズボンのポケットを探ると、「今日はガム終わっちゃったんだよねぇ、お茶でも買ってあげようか」とトラさん。「大丈夫、喉渇いてないから」と応えたが相変わらずの気前のよさである。

驚かされたのはトラさんが携帯電話を持っていたこと。「ちょっと見てよ」と建物の影に誘われ、なにかと思ったら、トラさんは携帯電話を取り出し親指で器用に操作すると、3歳くらいの女の子の写真を見せてくれた。「姪っ子なんだよ、かわいいでしょう」と自慢げな笑顔。トラさんの楽しそうな表情を見ているとこちらも楽しくなってくる。そういう人なのだ、トラさんは。今日も元気に頑張ろう、そんな気にさせてくれるのである。

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