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2008.05.14

初月忌

4月30日。義母の初月忌(最初の月命日)。息子は学校があるので妻と二人で実家を訪ねた。途中の商店街をツバメが低く飛んでいた。この春はじめてのツバメだ。

初つばめ月命日の軒かすめ 矮猫
旅やつれ運ぶ疾さや初燕 同

この時期のツバメは長旅にやつれたせいか、ただでさえ細い身体がまして痩せているように見える。それでもせわしげに家々の軒先を飛び渡るのは子を産み育てる営巣の場所を探すためだろうか。

ツバメを見ていたら、ふと斎藤茂吉の短歌を思い出した。処女歌集『赤光』におさめられた連作「死にたまふ母」の一首だ。

のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

二羽のツバメはつがいだろうか。だとすると、この上の句にはこれから生まれてくる新しい生命、新しい親子関係が暗示されているのかもしれない。それは下の句の母の死と対比され、母への想いと響きあうものだろう。そのように考えるとツバメの喉もとの赤も命を象徴するものと思われてくる。中学生の頃から親しんできた歌だが、そんなふうに考えたのは初めてのことだ。

玄関から声をかけたが返事がない。義父は出かけているのかと思ったが居間から庭を覗くと金柑の実を採っているところだった。ボクらの姿に気付いた義父は手を休め居間に戻った。心なしか疲れているように見える。

「イチゴを買ってきたから後でお下がりを頂いてね」と妻が義父に声をかける。中陰壇にイチゴを供え線香を捧げる。遺影に向かい手を合わせると一ヶ月前の雨の日の午後が昨日のことのように思い出される。

春の雷(らい)母の遺せし管四本 矮猫
風光れ母は遺せし金の尿(しと) 同
北窓開く御母の息の絶えし部屋 同

二本の点滴と酸素吸入、尿道管、合わせて四本の管につながれた義母の身体は小さく見えた。病床の周りには義父、義兄とその一家、妻と息子とボク、そして妻の従姉。それぞれ足をもんだり手をさすったり、お母さん、おばあちゃんと声をかけ、次第に呼吸が間遠になる義母をなんとかこの世に繋ぎとめようと必死だった。しかし、その甲斐もなく、午後4時40分、ついに義母は来世に旅立った。

いや、その甲斐はやはりあったのだと思う。家族に囲まれ苦痛から解放され義母は幸せな最後を迎えたのだと。

義父はイチゴの隣に金柑を盛った小さな手かごを置き、ボクらとともに義母に手を合わせた。

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