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2008.06.24

矮猫亭・2002年1~3月

古い日記の再掲載。今回は2002年1~3月。年が改まった途端に仕事モードはすっかり鳴りを潜め、詩モード全開に。いや、もちろん仕事をしていなかったわけではないのですが……。


初散歩は七福神めぐり 2002/01/06

あけましておめでとうございます。1月2日、新宿の山の手七福神めぐりをしてきました。西武新宿駅から職安通りの鬼王神社へ。区役所通りを南へくだって御苑前の太宗寺。厚生年金会館の脇を再び北上して、抜弁天通りの法善寺、厳島神社、永福寺。大久保通りに出て経王寺。最後は神楽坂の善国寺をお参りして飯田橋駅へ。約8キロを4時間かけてのんびり歩きました。

歩いてみると東京も知らないところが多く、面白いものです。今年もたくさん歩きたいな。


年頭の誓い 2002/01/09

先日、ハーバード・ビジネス・レビューを読んでいたら、こんな文章に出会いました。

高名な天才が他者に比べて成功率が高いわけではない。~略~ 天才はひたすら多くを作る、つまり凡庸な者より多数の成功と多数の失敗を同時に生み出していくのである。~略~ 創造性とは、やり遂げた仕事量に比例する関数なのである。

出典:ロバート・I・サットン.西尚久訳.創造性を育てる「常識破り」のマネジメント.ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー.January 2002


で、少々気恥ずかしいのですが、今年の抱負。

今年は少しでも多くの作品を仕上げます。そのため「現代詩手帖」に毎月投稿することを課題とします。結果も毎月ご報告します。

さて、どうなりますやら。お楽しみに。


フレッド ソネット ―創作メモ― 2002/01/11

フレッドに教わったこと
いつだって
ずっと守ってた
でも もうだめ

走ってないと
不安が追いつくぜ
嘘じゃなかった
でも もう疲れちゃって

なんか逃げてるみたいで嫌だし
泣くのも怖くなくなった
勝手に追いつけばって感じ

遠くで小さく鳴る花火
苦しそうに光って消えた
もうフレッドには帰らない


前のバージョンがちょうど14行だったので、各連の行数と脚韻を整えて、ソネットにしてみました。第1連と第2連は各4行で、o、e、a、eと韻を踏み、第3連と第4連は3行づつ、韻はi、a、iに揃えました。

どうでしょう。少しオシャレに、それでいて安定感が出たかなと思います。でも、心なしか、切なさがあせたかな。うーむ。


ラッキー・レッド ―創作ノート― 2002/01/17

今日は赤がラッキーカラーだというので
ことさらに自分の血と肉とを
意識していようと思います。
皮膚と表情と
声とに
覆い隠されてはいても
赤く赤いモノども。
ねっとりと赤く
ぷるりと赤く
ぐにゃりと赤く。
日の光の届かない世界で
静かに増殖し
あるいは衰えてゆくモノ。

唐突に珍客が現れました。どう料理してやろうか。思案中です。


ラッキーレッド2 ―創作ノート― 2002/01/18

朝のテレビの占いによれば、今日のラッキーカラーは赤だそうで、
ことさらに自分の血と肉とを、意識していようと思うのです。

皮膚やら毛やらに覆われた、赤い蠕動、収縮、血流。声と表情とに
隠された、律動、滲潤、延伸、細動。潰瘍や腫脹の、ひとつやふた
つ、あったって、何の不思議もない。のんきそうにも見えるが、意
外に、痙縮、攣縮を、耐えているのかもしれない。

白々とした骨格のいさぎよさ、に、へばりつき、からみつき。ねっ
とりと赤く、ぷるりと赤く、ぐんにゃり赤く。日の光の届かぬとこ
ろで、増殖し、成長し、老い衰え。つまりは生きている。


せっかくのお客様ですので、おもてなしも、ひとひねりしてみました。行分けをやめ、全体に粘着質な感じにしました。また、目慣れぬ医学用語を並べ、即物的な、それでいて、おどろおどろしい感じを狙ってみました。


憲法を制定する!? 2002/01/24

先月読んだスミスの『TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探求』にならって、自分の憲法を制定することにしました。憲法といっても、何も大げさな堅苦しいものではなく、要は自分の価値観を明確にするということ。自分にとって、本当に大切なものを書き出し、そこに優先順位をつけるのです。スミスは、その価値観をベースに長期目標を設定し、その達成のための日課を決めると良いと言っています。

僕の憲法の第1章は家族、愛、友情、平和といった内容になる予定です。


遠藤先生、さようなら 2002/01/28

遠藤誠先生が亡くなられました。帝銀事件の弁護団長を勤められたことで知られる、熱血の人、反骨の人でありました。先生は仏教家としても著名で、仏の法と社会の法との交差する場所で、活躍されたと言えます。

先生の活躍を支えたのは、もちろん先生ご自身の強い信念でした。しかし、それだけではなかったようです。

『続 交遊革命』と題された先生の著書があります(社会批評社、1997年)。五年ほど前のことでしょうか、在りし日の先生からご恵送頂いたものです。紐とけば、「良き友を持つことは この道の半ばをこえる」と副題にあるように、「自分ヲ勘定ニ入レヌ」人々との多くの熱い出会いが、先生の支えとなっていたことが、示されています。中でも、ご令室の遠藤けい子(旧姓、戸田)さんとの出会いは、決定的なものであったようです。先生は、親鸞の夢告(むごう)の逸話を引きつつ、「僕にとって救世観音であった」と、けい子さんを称えています。

僕が死ぬことによって彼女が救われるのであれば、僕は、ためらわず死ぬだろうと。

複雑な事情もあり、波乱も紆余曲折もあった、けい子さんとの日々を語った章は、この激しい一文により締め括られています。その愛の深さ、激烈さに、圧倒されます。

心からの感謝と哀悼を捧げ、ご冥福をお祈り致します。はるかな天から、いつまでも、けい子さんを見守っていて下さい。合掌。


夜中に、ふと ―創作ノート― 2002/01/29

夜中に、ふと
目が覚めて
わたしの左手が
妻の左手を
握っていることに気付く
とても不吉なことのように思われ
すぐに手を離す
横身に寄り添って右手で右手を握り直す
そのまま乳房に触れてみる

いつの日か、逃れ難い別れ
せめて、こんなふうに暖かく
夜中に、ふと


ナマいなぁ。あまりにもナマなんで、照れくさくなっちゃう。でも、この手の素材は下手に煮炊きすると、味が壊れちゃうんですよねぇ。新鮮なうちに、よく切れる包丁でスパっと料理したいところです。


今月のご報告 2002/02/01

1月29日、今年最初の現代詩手帖(思潮社)が発売されました。現代詩手帖の投稿は、前月の20日が締切り。最新の2月号は、12月20日までに投稿された作品が審査の対象です。そろそろ年の瀬が強く感じられる12月18日、私はささやかな詩を封筒に納め、ポストに託したのでした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


投稿総数711編。入選は、わずか6作品。その他に選外佳作の8編が、タイトルと寸評のみ掲載されました。で、私の作品は?と言うと………今月は選ばれませんでした。来月こそ頑張るぞぉって、来月の分はもう投稿しちゃったんだよねぇ。


落葉焚き 2002/02/05

土曜日のことです。落葉が散乱して余りにひどい景色だったので、ひさしぶりに庭掃除をしました。終わってみると、落葉が山積み。何となく捨てるのはもったいないし、月曜日に収集場所まで運ぶのが大変そう。そこで焚き火をすることにしました。

焚き火といっても、そのまま火をつけては火事になりそうなので、一斗缶を探してくることにしました。ところが、これが、なかなかみつからない。近所の料理屋の裏か、工事現場にでも行けば、転がってるかなと思っていましたが、今時は、そうでもないのですね。結局、ホームセンターで1000円程で買いました。

五寸くぎを金槌でたたき、一斗缶の4つの側面にいっぱい穴をあけて、準備完了……おっと肝心なものを忘れていた。落葉焚きと言えばヤキイモ。それくらいの楽しみがなくっちゃ、苦労のしがいがない。イモは妻に準備してもらいました。アルミホイルと新聞紙でくるみ、水で濡らす。何年か前に人に教わったやり方です。

缶の半分くらいまで落葉を入れ、裂いた新聞紙を上に乗せて、いよいよ着火。紙は勢いよく燃えるのですが、落葉は、そう簡単にはいきません。それでも何度か点火を繰り返すうちに、よい感じの熾き火ができました。そこにイモを入れて、落葉を被せる。火が消えそうになれば、棒で掻き、それでもだめなら、新聞をくべ、もう一度、点火。火が勢いを取り戻したら、落ち葉の雨を降らせる。

そんなことを繰り返すうちに、あたりは、すっかり夕景色。空気が冷たくなって、いよいよ火の暖かさが身に染みるようになった頃、落葉はすべて燃え尽きました。灰の中からアツアツのイモを取り出し、すっかり焦げた新聞とアルミホイルをはがす。そっと頭を割ると、ホカホカと湯気が立ち上ぼり、甘い香りが広がりました。一家三人、夢中になってイモを頬張る至福の時。体も心もすっかり暖まりました。

火と戯れること、約2時間。それなりに緊張感もあり、立ったり座ったりと忙しく、ケムリも結構つらいものがありましたが、やはり火を起こし、火を囲むというのは、何ものにも代えられない楽しさがあります。くせになりそうです。

もっと落葉を降らせてくれよと、庭のヒメシャラを見上げてみても、枝はすっかり裸んぼ。でも、その枝先では、小さく固い芽が膨らみ始めていたのでした。


on 2002/02/15

on。接する、スイッチを入れる、火がともる、触れる......。

たった1音節の、たった2文字のささやかな言葉が、昨日から頭の中をめぐっています。なぜか、とても、なまめかしく、ほかりと暖かくもあるもの。なにかが始まろうとする、その胎動、ときめきのようなもの。そんな感覚が胸に広がって、なかなか去ろうとしないのです。

ところでバレンタインデーはいかがでしたか? あなたは誰かを「Turn you on」できたでしょうか?


いやな夢 2002/02/19

いやな夢を見ました。人を殺す夢です。しかも殺されるのも私です。かといって自殺という訳ではないのでした。

左手で自分の頭を押さえ、右手のナイフで首を切り裂きます。さらにナイフを動かして、頭を胴から切り離そうとする。でも全く痛くない。あくまでも殺す側の夢です、ここまでは。

あと5センチ、というところで、突然、気が変わりました。殺意喪失と言うか、すっかり気が萎えてしまったのです。気持ちが盛り下がると、ヒトゴロシも情けないもの。ヤバシ、ヤバシ、なんて呟きながら、必死でガムテープを首に巻きました。血で汚れた床を雑巾で拭いて、何度も何度もゆすいでは拭いて。

そうこうするうちに外出していた妻が帰ってきました。ばれないかなと、はらはらしていたら、案の上、クビどうしたの? いや、何でもないんだと、慌てて振ってみせると、ふいに血があふれ出す感触。

やっぱ、だめだったかぁ。そう思ったとき、ようやく自分が死につつあることを自覚しました。でも死ぬのは怖くなかった。ただ、家族と別れるのが、むしょうに悲しかった。もう会えなくなっちゃうんだから、K(息子)も早く帰ってくるといいのに。

目が覚めても、いつまでも切なさが残って、いやぁな感じでした。はぁぁ、思い出すだけで冷や汗が出そう。


さいた さいた 2002/02/24

2月も、もう7日足らず。陽気も随分春めいてきました。我家のささやかな庭の花壇にもクロッカスが咲きました。いつも真っ先に咲き出す、せっかちな元気者です。水仙、チューリップ、初めて植えたアネモネ。どれも、大分、芽が伸びてきました。部屋のシンビジウムもようやく開花。去年、植替えをした上に、何度も霜をあててしまって今年は咲かないかなと諦めていたのですが小ぶりながらも頑張ってくれました。

植物を見ていると勇気と元気がわいて来るようです。今日も一日、頑張りましょう。


これもさいた 2002/02/24

今日も暖かでしたね。妻と息子と自転車で公園に出かけました。久しぶりにテニスのマネゴトなんかしちゃってね。ところで、うちの庭ですが、大好きなユキヤナギも咲き始めました。


猫の恋 2002/02/27

恋猫聞く 不惑が二人 向き合いて

猫の恋、うかれ猫、はらみ猫。こんな季語があるのは、春が猫の繁殖期だから。最近、近所の猫が、ふだんとは違う太い声で、しつこく、うるさく、鳴いていませんか? そうです。あれです。あれが異性を求める声、また奪い合う声なのです。

わがやの周辺も恋する猫たちでいっぱい。昼となく、夜となく、ぬぅぁあ、ぬぅぉおを繰り返しています。子供も寝静まった頃、テレビやら新聞やら、それぞれに夢中になっていた妻と私。ひときわ太い猫の声に、ふと我にかえり、目を見合わせる。

それから二人は――――、どうなったのでしょうねぇ。後はご想像にお任せしましょう。


今月のご報告 2002/03/01

昨日、現代詩手帖の3月号が発売になりました。今月の新人作品の対象は1月20日までに投稿された作品。私はこんな作品を投稿しました。

   取引き

婚約記念に貰った時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――きっと取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュアの帰還。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇がなにくわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


投稿総数467編。入選8編。今月も、その選には及ばず、選外佳作9編にさえ、ひっかかりませんでした。が、それでも、挑戦は続きます。めげてはいられません。


ニンジン島 2002/03/03

昨日、久しぶりにミネストローネを作ったのですがカゴにしまってあったジャガイモもニンジンもすっかり発芽しちゃってました。台所の隅にも春は来ているのですね。あんまり可愛いかったのでニンジンの頭を切って白い小皿で水栽培にしました。白い海に浮かぶ赤い小島の森の若葉そんな風情になりました。


新しい仕事 2002/03/08

久し振りに仕事の話です。年明け早々、トップから新しい経営ビジョン制定のアナウンスをしてもらいました。いよいよ、その浸透を、すなわち意識と行動の改革を本格的に進める段に至ったと、気持ちを新たにした途端、なんと人事異動に引っ掛かってしまいました。研究開発部門の企画管理を担当する部署に移ることになったのです。

2週間ほどで残務を整理し、引継ぎを終え、開発部隊が集まっている第二本社に引越しました。東京西部の住宅街。窓の外には団地があって洗濯物や布団が干してあったりします。近所にはスーパーや100円ショップと生活雑貨を買うには便がよいです。が、仕事環境としてはどうなんだろう。

研開部門に移ってきて、まず驚いたのは本社との文化の違いです。研開部門なんだから自由な雰囲気なのだろうと期待していたのですが、本社より余ほど保守的、硬直化しています。考えてみれば、長い間、欧米大手のモノマネをどれだけ早くやるかが、勝負の分かれ目だった業界ですから、やることさえ決まっていれば効率よく進む官僚主義が求められていたのでしょう。

でも、これからもこれで良いのでしょうかねぇ。いっちょ、がんばってみましょうか。


夜中に、ふと(2) ―創作ノート― 2002/03/08

夜中に、ふと、目が覚めて、うつぶせの妻の左手を握っている自分の左手に気づく。とても不吉なことのように思われ、すぐに手を離す。だが離れない。幾度か試してみたのだが、手のひらが汗ばむばかり。あきらめて天井を仰ぐと、常夜灯のほのかな光に微かに浮かぶ虫影。

すこし幻想的な雰囲気を持ち込みたいと思いました。音韻やリズムの要素を押えるために、形式は散文詩で行こうかと、考えております。いじり過ぎないよう、用心、用心。


ハルソラ 2002/03/12

春空の 高みに機影の 微かなる

日曜日は暖かかったですね。春の陽差しに誘われて、公園に遊びに行きました。偶然お使いに来ていた姪と、わが家の一人息子をつれて(二人は同い年です)、家から一駅、自転車でも15分の所沢航空記念公園です。

明治時代のこと、ここには軍の飛行場があって、日本で初めて飛行機が飛んだのだそうです(ちなみに初めて墜ちたのもここです)。その後も訓練や試験飛行などに利用されてきましたが、敗戦後は接収され米軍基地に。80年代、ようやく県に返還され、跡地の一部に公園が建設されました。しかし、実は全面返還ではなく、今でも公園のすぐ近くにレーダー基地が残っています。

戦争と関わりの深い土地です。でも、いまでは、家族連れやカップルで賑わう、平和な景色が広がっています。もう誰も傷跡を覚えている人はいないかのようです。

インラインスケートに興ずる子供たちの歓声を聞きながら、ふと見上げると、良く晴れた青い空に、小さく、白く、十字架のような飛行機の影が浮かんでいました。


耳の後ろに ―創作ノート― 2002/03/16

男は耳朶の裏側にほくろがあった
直径は七ミリほど
少し膨らんでいて、二、三ミリは厚みがある

昨日、会社帰りに、そんな人を見掛けました。実はそれだけのことなのです。ただ妙に印象深くて、リアルな感じがしました。これは、いつか、どこかで使えるかな、って。それと、こんなふうに何でも数字で測っちゃう、そういう目線って、ちょっと面白い気がするのです。


たえて桜のなかりせば 2002/03/19

私の働いているビルは、団地に囲まれていて廊下に出ると窓の外は桜並木だったりします。その桜がもう三分から五分咲きになってます。おいおい、あんまり急がないでくれよ。週末まで待ってくれないと花見ができないぜ。

まったく仕事してる場合じゃないよなぁって思わされることが多いですよね、この季節。でも、部屋に戻ると、ディスプレーには書きかけの会議の資料が待っています。

やれやれ。

せめて週末は心おきなく遊べるよう今日も頑張っていきましょう。


ハナビエ 2002/03/26

待ちに待った週末。土曜日。早速、花見に行ってきました。総勢七名。家族三人に加えて妻の実家から両親と兄と姪が参加してくれました。

場所は勝手知ったる航空公園。かねて意中の大木の下に陣取りビールとコーラで乾杯。あいにくの花冷え、花曇りもかえって人出が少なくてと悦に入っていたのもつかのまぽつぽつ雨が降り始めました。

それでも慌てず騒がず(?)大きな天蓋の下に移動して花見は無事に続行です。雨にけぶる桜も乙なもの。負け惜しみに聞こえますか?でも、少なくとも思い出に残る一日になったと思うのです。この雨のお蔭で。


ハナフブキ 2002/03/28

先週の開花から、ずっと楽しませてもらってきた桜もそろそろ見納めの時期を迎えてしまいました。今のうちに花吹雪をたくさん浴びておきましょう。

花吹雪を見ると必ず思い出すことがあります。むかしむかし、まだ幼稚園に通っていた頃の話。私は家の近所の公園で砂遊びをしていました。大勢で鬼ごっこやボール遊びをするより砂場が好きな、おとなしい子でした。当時は。ふと顔を上げ、何気なく桜の木を見ると折からの風が、ひときわ強く吹いて散る花びらが、文字通り吹雪のようになりました。風が少し落ち着いて、花びらの舞いも静かになった時その一枚が、ひらひらと落下しながらモンシロチョウにに変わったのです。

私は大発見だと思いました。でも、そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうとも思いました。そこでこの日の目撃は、ずっと胸の奥に隠されてきたのです。

十数年後、詩を書き始めたばかりの私は春風が花びらを蝶に変える様子を四行詩にしました。詩は、普通の言葉では伝えられないことを伝えようとする試み--しばしば必敗の--なのです。私にとっては、いつでも。


ハナチル 2002/03/29

花びらに 降り籠められし 心地して

今月は桜の話ばっかり。まぁ、しょうがないか。なにしろ春と言えば桜。この思いは動かしようがない。

決めつけちゃいけないけど、日本人なら多かれ少なかれ、そんな思いがあるのでは。なにしろ俳句や短歌だと、花と言えば桜を指すほど。桜吹雪に降られたら、しばし佇むのも止を得ない。

たしか萩原朔太郎の若い頃の詩に桜の花は気持ち悪い、というのがあった。粒つぶの卵が、たかってるみたいだというのだ。言われてみれば、そう見えなくもない。でもそこから生まれてくるのは、春そのものじゃないかそんな気になってしまうのです。

うーむ。こんなに手放しで喜んでいていいのだろうか。

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