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2008.06.30

矮猫亭・2002年7~9月

引続き古い日記の再掲載。今回は2002年7~9月。依然として詩モードは衰えていませんが、かなり気分が俳句に傾いています。近頃のボクもそんな感じです。もっとも俳句から現代詩へとなんとか気分を切り替えようとしているところですが……。

ところで宇宙飛行士の星出さんはついに念願をかなえ、スペースシャトルで雄飛を果たしましたね。宇宙飛行士から数学教師へと大きく夢を転換した息子ですが、今でも彼の机の上には、日本科学未来館での講演会で頂いた星出さんのサインが飾ってあります。


五月闇 2002/07/02

五月闇我れ凡なるを思い知る

五月闇。旧暦5月は梅雨の最中。どんよりとした雲が月も星も隠す夜。ふと、自分の余りにも平凡なることに気づきました。いや、前々から気づいてはいたのです。多分。ただ、なかなか認めることができなかったのですよ。きっと。だって、やっぱり自尊心ってあるじゃないですか。それが自分の支えになってるとこが、やっぱり、あるじゃないですか。でも、もう認めちゃえって、平凡でいいじゃんって。人より優れていると思い込んでないと堪えられないなんて、それこそ弱さだなって。

でも、じゃぁ、自分の自分であることを支えるのは何?やっぱりそう思ってしまう。そして暗闇に立ち尽くす。スケートボードの板の上。

全然、不惑じゃぁないんですって、四十歳って言ったって。僕は。


梅雨憂し 2002/07/02

梅雨憂し俺ならできると言い聞かせ

最近、ちょっとオーバーロード気味で自信がないのです。しかも未経験領域で2つもプロジェクトを抱えちまった。でもねぇ、投げ出せないのですよ。家族のため、自分のため。目を閉じて自分を励ましながら通勤列車に揺られる毎日です。


黴 2002/07/03

お風呂場に黴の香ほのか我家なり

その家、その家の匂いって、あるじゃないですか。あれって何なんでしょう。出張から帰ってきたときとか、自分の家の匂いにホッとする。あぁ、やっぱりウチが一番。結構、カビなんかもかんけいあるんじゃないかなぁ。そう思うのです。それぞれの酒蔵に住み着いている酵母やコウジカビの違いが、酒の味に違いをもたらす。そんな話を聞いたこともあります。いまどきの近代的な酒造工場では、そんなこともないのでしょうけどね。


今月のご報告 2002/07/08

毎月のご報告がまだだったですね。5月に投稿したのはこんな詩です。

  たいまつ

朝のテレビが叫んだのです
あなたのラッキーカラーは赤って
だから今日はことさらに
血と肉とを
意識していようと思います
皮膚や毛や粘膜に覆われた
日の光の届かない場所で
とろりと赤く流れるもの
ぷるると赤く蠢くもの

   どんな臓器にも
   母の小さな刻印が感じられます

乾いたカサブタ
掻いたらだめって言われても
とめられない指の動き
の中にも赤く筋繊維が
伸びたり縮んだり
無口な骨にしがみついて
あかあかと痙攣
かがやくいたみ
ふるえ

   子供たちの時間は低く飛ぶから
   どんなしるべも役に立ちません

声と表情とに隠された蠕動、腫脹、排卵、痙
 縮、細動、敗血、滲潤、律動、発熱、硬直。
 いつも赤く動いています。細胞膜に閉じ囲
 められた炎の色です。

   立ち止まるとタンポポ
   あしもとに
   もう花も種子も尽きて
   手持ちぶさた気に揺れている

ふいにつむじから
血と肉とが
溢れ出す

あかあかと


先月(だったかな?)から選者が変わったのですが相変わらず佳作にもひっかかってません。う~む。


がんばれ! 星出宇宙飛行士 2002/07/15

久しぶりに日本科学未来館に行ってきました。息子(小五)が団員になっている宇宙少年団主催の星出彰彦 宇宙飛行士講演会に参加してきたのです。

星出さんは2006年完成予定の国際宇宙ステーションの乗組員です。5~6年後の搭乗に向けて日々訓練に励んでいらっしゃいます。講演では、その内容を判りやすく紹介してくれました。毎日、大変だけど、夢があるから頑張っていけるよ――。夢を持ち、その実現に向けて努力することの楽しさ、大切さを子供たちに、いやいや、大人たちにも教えてくれたのでした。難問あり珍問ありの子供たちの質問の1つ1つに気さくに、丁寧に、楽しそうに答えてゆく様子が印象的でした。


台風一句 2002/07/18

ビルの間を野分忙しく過ぎにけり

台風一過ならぬ台風一句です。が、「野分」は本当は秋の季語なんですよねぇ。


それが楽しみで、ついつい 2002/07/22

今日はすっかり筋肉痛です。足、腰、背中が張ってます。昨日の日曜は芝刈りと雑草むしりで一日中しゃがんでいたからです。

一気にやる必要ないのに、と思っても刈りたての芝生を眺めながら冷えたビールをクーッてのが楽しみでついつい頑張ってしまいました。

今日は、そのツケが回ってきてます。せめて明日には払いきれていると良いのですが。


鬼怒川も暑かった 2002/08/06

蝉時雨我も歌わん歓喜の歌
涼風や鼻歌漏れる野天風呂

先週木曜日から鬼怒川へ家族旅行に出かけました。昼間は、炎暑にもマケズ、豪雨にもマケズ東武ワールドスクェアーに日光江戸村と精力的に遊び夜は、もちろん、温泉⇒ビール⇒また温泉。珍しく家族カラオケも楽しみました。で、朝も、やっぱり、温泉。ひと風呂浴びての朝ごはんは食が進みます。

やっぱり家族で過ごす時間はほんと、楽しいですねぇ。あ~あ、もっと夏休みが長かったらなぁ。


かたぐるま 2002/08/08

私の勤めているオフィスはマンション街の一角に場違いにそびえたビルにある。遅くまで働いて会社を出ると早く帰れたお父さんが子供を連れて歩いていたりする。昨夜は3歳位の男の子を肩車した若い父親とすれちがった。後から思うと子供を肩に載せられるのはほんの短い間。あの感触を思い出す。あの幸せをもっと大切にしたかったと思う。

子供はどんどん成長し変わる。その時その時の子供と過ごすことをもっともっと楽しんでゆきたいです。

夏休み。もっともっと。


読書録「長谷川龍生詩集」 2002/08/11

ここのところ本の紹介をしていませんでした。実はあんまり読んでいないのです。ちゃんと読んでるのは「現代詩手帖」くらいかな。その「現代詩手帖」の7月号に「長谷川龍生の現在」という特集がありました。今年13年ぶりに詩集「立眠」を発表した彼は「荒地」と並んで戦後詩をリードした左翼系詩誌「列島」の中心人物でした。

で、ふと考えてみると「荒地」派の詩人はそれなりに読んできたけど「列島」は黒田喜夫くらいしか読んでない。そこで久しぶりに現代詩文庫に手を伸ばしました。

参りましたね。特に処女詩集「パウロウの鶴」の「逃げる真実」や詩集「虎」の「恐山」、「二つの抜け穴」未刊の「囮り鳩」なんかも良いです。リフレインの使い方の上手さ。ドラマチックな展開。ぽっかりと口をあけた落とし穴のような日常に潜む陰謀、狂気、不条理。

俄然、「立眠」も読んでみたくなりました。
おすすめ度は★★★★☆です!


今月のご報告 2002/08/11

「現代詩手帖」への投稿作品。6月はこんな詩を書きました。

  風の砂丘

もしも私に愛が
許されるなら
それは五月

古い手紙から
解き放たれた風が
子供たちを勇敢にする

坂道を駆け登り
海と出会う
春と夏との隙間に
太陽が溶け落ちる

旅立ちの準備は
終わっただろうか
もうすぐ雨がやってくる
砂浜のむこうに揺れる麦藁帽子


で、今月も紙面を飾るには至らんかったです。まだまだ頑張りますよー。


夏休みの想い出 2002/08/21

とうとう夏休みが終ってしまいました。10日の土曜日から数えて6連休とそこそこの長さではあったのですがやっぱり終ってしまうと、あっという間です。

この6日間の主な出来事、想い出を数えてみます。

■ 10日(土)メモリを192MBに増設

ずっと買ったときの64MBのままできたのですがさすがに我慢しきれなくなり増設に踏み切りました。それにしてもメモリは安くなりましたねぇ。

■ 11日(日)久しぶりに工事の音を聞く

わが家は旭化成のへーベルハウスなのですが1ヶ月ほど前に築5年点検がありました。基礎の補強とトイレ扉の修繕を行うことになり夏休み早々、自宅で工事の音を聞くハメに。

■ 12日(月)日本科学未来館「火星への旅」展を見る

元宇宙飛行士の毛利衛館長と漫画家の松本零士との共同企画による特別展です。この日は偶然、松本零士と星出彰彦宇宙飛行士との対談も行われており、興味深い話が聞けました。息子もパンフにサインをしてもらって大満足。

■ 13日(火)ネイチャーゲームを初体験

日本ネイチャーゲーム協会主催の所沢自然学校に参加。食物連鎖を疑似体験する「キツネ、ウサギ、葉っぱ」と観察力トレーニングの「カモフラージュ」を体験しました。まったく初めての経験だったのですが面白かったなぁ。息子も是非また参加したいと喜んでました。

■ 13日(火)映画「銀河鉄道999」を見る

レンタルビデオを借りてきて23年ぶりに見ました。先日の「火星への旅」展には松本零士のコーナーもあってヤマト、ハーロック、等々の作品が展示されていました。中でも特に息子が興味を惹かれたのが「銀河鉄道999」。奇しくも私が高校生の夏に見た作品でした。23年後に再び、今度は家族で見る。何とも感慨深かったです。

■ 14日(水)これもビデオで映画「A.I.」を見る

「銀河鉄道999」の鉄郎は反機械化主義。「A.I.」のDavidは機械そのもの。でも「希望」という同じメッセージが聞こえた気がします。

■ 15日(木)映画「スペーストラベラーズ」「ペイ・フォワード」を見る

「銀河鉄道999」と「A.I.」を返却がてら「銀河鉄道999」の続編を借りに行ったのですが貸し出し中だったため、この2本を借りてきました。「スペトラ」も「ペイ・フォワード」もやっぱり「希望」でした。

■ 15日(木)自転車盗まれる

実はレンタル屋には自転車で行ったのですがビデオを抱えて店の駐輪場に戻ったら消えてしまってました。こんなボロだれも盗みはしないだろと油断していた罰ですね。しかたなく炎天下をトボトボと歩いて帰りました。息子の自転車は無事だったので先に帰りなと言ったのですがいいよいいよって、家まで付き合ってくれました。男らしいと言うか、頼もしくなったもんだ。私は車を運転しないのでちょっと非常識なほど自転車を酷使してきました。通算すると荷重も距離もハンパじゃないと思います。10年以上も無理に耐えてくれた自転車なので諦めずに盗難届を出しました。映画だけじゃない。盗難届のテーマも「希望」なのでした。


夕立しずく 2002/08/21

夕立のしずく残さず葉に抱き

雨上がりの夕方、雨戸を閉めようと窓辺に立つと庭のチャボヒバに雨のしずくがびっしりとついていました。薄赤い日を浴びてキラキラと光る様のきれいなこと。ただ、それだけのことなのですが生きていることの歓びを感じさせられました。ちょっと大袈裟かな?でも一日中、家で書類の整理をしていたせいかせいせいと気の晴れる、心の解放される感じがしたのです。


かまきり 2002/09/05

またちょっとご無沙汰してしまいました。その間に8月は終わってしまって残暑厳しい中にも少しづつ秋の気配が感じられます。

今夜は会社帰りの駅のホームでカマキリを見つけました。家の最寄の所沢ならいざ知らず池袋駅ですよ。イケブクロ。雑踏に潰されることもなく15センチくらいにまで育ったカマキリ。

蟷螂の祷れるを見て父になる 有馬朗人

カマキリが鎌を持ち上げた姿まで祷る姿に見えるなんて余程、心配だったんでしょうねぇ。お父ちゃんですねぇ。父カマキリは母カマキリに食われてお腹の中の卵の栄養になる。そんなことも思い出させる一句です。


キルト・フェスティバル 2002/09/08

ハーツ・アンド・ハンズというキルト学校主催のキルト・フェスティバルに行ってきました。実はツレアイがこの学校に3年ほど通っており今年初めて作品を応募したところブロンズ賞を頂いてしまったのです。諸先輩、同輩の労作、傑作、秀作と並べられても決して見劣りしない独自性が感じられた――かな?ちょっと欲目も入っているかもしれませんが。

キルト・フェスティバルは明後日10日まで渋谷東急本店7階でやってます。19世紀の作品を中心としたアンティークも多数展示されていて、なかなかの見モノですよ。


丸い背中 2002/09/19

夜仕事の妻の背丸く影落し

急に秋らしくなってしまってちょっと心細いくらいですね。日もすっかり短くなって家事も大変そう。つれあいも昼のうちに終えられなかったことを遅くまで頑張っていたりします。その背中が妙に丸く見えてやっぱり歳とったなぁと思いました。もちろんお互い様だけど、ちょっと寂しい。寂しいけど却って愛しくもあって夫婦ってなかなか奥が深いですねぇ。


タマゴ、発見! 2002/09/22

庭の掃除をしていたらこんなものを見つけてしまいました。誰のタマゴなんでしょうねぇ。やっぱり鳥かしら。一体、誰がどっから持ってきちゃったのかなぁ。で、やっぱり、食べちゃったんでしょうねぇ。


金木犀の香りに 2002/09/29

今日は思いがけずいい天気になりましたね。天気予報がハズレるのは困るけどこういうハズレはプレゼントみたいなものかな。明るい空を見ているといても立ってもいられなくて家族揃って自転車に乗って航空公園に行きました。広い公園のあちらこちらに金木犀の良い香り。もう、すっかり、秋なんですねぇ。

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2008.06.27

矮猫亭・2002年4~6月

古い日記の再掲載。今回は2002年4~6月。仕事モードと入れ替わるように家族と過ごす日常生活の記述が増えてきている。ティーンエイジを目前に控えた息子と一緒に遊ぶ最後のチャンスといった気持ちがあったようだ。詩作のほうも徐々に調子が乗ってきている様子。まだ40歳になったばかりの比較的充実した日々が思い出される。


ROBODEX2002 2002/04/02

日曜日のことです。久し振りに横浜に行きました。もっともROBODEXを見るのが目的だったので大好きな街歩きも今回はおあずけでした。ROBODEXはパーソナル・ロボットの総合展示会。今回が二回目で、二年前の初開催の時にはソニーの小型ロボットの集団がパラパラを踊り世間の注目を集めたそうです。覚えてますか? この間にロボットはますます進化し、ますます身近に人々の関心もますます高まってきたのだそうです。ROBODEXも大盛況で、30分も行列しちゃいました。入場してからも、人気ブースのデモはかなり前からならんでいないと、近付けないくらい。

本田ASIMOやソニーAIBOといった有名ロボはもちろん商品化されたものなら、ロボット玩具に警備ロボ癒しロボやロボット研究用なんてのもありました。実験機となると、町の発明家の手造りブリキロボから大学や研究所の本格ロボ、国家プロジェクトの最先端ロボまでと、更に幅広のバラエティです。

数々のロボットたちと、ロボットに情熱を注ぐ人々。私は、もうすぐかもしれないと、思わされました。息子が大人になる頃には、ロボットと一緒に働くのが当たり前のことになるかもしれないと。20年前には未だ特別な存在だったパソコンが今では、すっかり、ありふれた存在になったように。15年後の私は、、肩叩きの不安に怯えながらロボット操作の教習所に通っているかも知れませんね。昔は、体力とパソコンでやってこれたのになんて、情けなくグチをこぼしたりして。


ご報告 2002/04/06

  やがて角の生える日

たけちゃんはくやしかったのだ
ちょーかっちょいい消しゴムを
むりやり下手くそな字でよごされて
ごしごしこすってみても
マジックだから消えねぇよ

絶対になくしっこない
消しゴムだったのに
もしも、もしも失くしても
くそーっなんて言わないで
静かになみだをかみしめられたのに

オニちゅうとあだ名された
先生の文字で
たけちゃんの名まえが
にじみ
かすむ
校庭に降る雨は
先生の大好きな
アジサイやアサガオを育むのに

やっと涙のおさまったたけちゃんに
小さな角が芽を出す
三十六本目の角は
ひときわ鋭く冷たかった


2月に「現代詩手帖」に投稿した詩です。応募総数588篇。入選9篇、選外佳作10篇。今月も選者のお目がねにはかないませんでした。


ロボット経済学 2002/04/09

ロボットが働く。そんなことは誰でも考える。私でさえ考える。ロボットが働けば労働の供給が増える。私の仕事もロボットに奪われるかもしれない。こんなことを考える人も少なくない。妻も考えた。SF小説にもありそうだ。さらにロボットが消費すると考える人もいる。燃料を使うとか、強化プラスチックが云々モーターがどうこう、マザーボードが......、とかいう話ではない。ロボットが知性を持つようになれば、人間のように欲しいものを買うようになるというのだ。驚いた。が、消費が増えれば労働需要も増えるというもの。私もクビがつながるかもしれない。いまからロボットに気に入られる方法を考えておこう。

福田次郎.ロボットとエージェントによる新たな経済市場の創造.MRI TODAY.2002.3.28


今年も来てくれましたよ 2002/04/16

日曜日、狭山の稲荷山公園に行ってきました。私の住む所沢からは西武池袋線で15分程度。芝生が広々としていて、キャッチボールにもピクニックにも、ウォーキングにも、もってこいです。満開の八重桜の下にシートを広げ、お茶とおにぎりの昼食を取っていたら、頭上を横切る黒い小さな影。珍しく持ってきていたビノキュラを覗いてみると......なんとツバメではないですか! もう来てたんですネ。みずくさい。ひとこと行ってくれれば、いいのに。まぁ、言ってもらっても、何もお構いできないけどね。スズメ、カラス、ヤマバト、ヒヨドリ、シジュウカラにわかバードウォッチャーに分かるのは、これ位いのもの。でも双眼鏡で見る世界は、不思議なほどキラキラと輝いていて、とても平和そうに見えるのです。すぐ隣が、自衛隊の基地だなんて、嘘のよう。


のんきな庭びと 2002/04/28

ゴールデンウィークの1日目。いかがでしたか。私は殆ど庭で過ごしました。草取り、種まき、花ガラ摘み。晴空の下、緑と花に囲まれて、ゆっくりと過ごしました。ウグイスの鳴く声も聞こえてきたりして。なんだかホッとさせられました。


おにぎり、おにぎり 2002/04/29

ゴールデンウィークもあっという間に前半戦が終わってしまいました。この3日間、東京近郊はよく晴れた日が続いて、遊びがいがありましたね。一昨日は庭仕事に精を出しましたが、昨日は家族で銀座を歩きました。休日に行ったのは久しぶり。すっかりストリートパフォーマーが増えていて驚きました。この春から総合学習の時間に稲作の勉強することになった息子の参考にと「お米ギャラリー」というところに立ち寄りました。展示物はこじんまりとしたものですがPR用の小冊子やレシピカードがふんだんに用意されていました。米粉のクレープやお米のアイスクリームなんかも売ってましたが私はやっぱり、おにぎり。なかなか美味しかったですよ。京橋駅近くの警察博物館というところにも行ってみました。明治以来の貴重な史料が惜しげもなく並べてあって思いのほか見ごたえありでした。

で、今日は例によって航空公園。一日中お日様の下で過ごしました。いつもはコンビニで弁当買っていくのですが、今日は自分でおにぎりをつくってみました。握るたびに形も大きさも違っちゃうのですが、ま、外で食べれば何でも美味しい。ですよね!?


あ~あ、終っちゃった 2002/05/07

って、何がって、GWですよ。もちろん。

妙なもんで終わった途端に今日は大雨。「あ~あ気分」がマスマスつのります。朝だってきっちり5時半に目が醒めちゃうから不思議。時計が鳴るのは6時なのに。あ~あ。

ところでGW後半ですが、結局、前半と同様、近場で過ごしてしまいました。3日は立川の昭和記念公園、5日はいつもの航空公園。あとは庭仕事やら、買い物やら。どうってことのない4日間でしたが、でも、だからこそ、心底、くつろげたのだと思います。

だからこそ、GW明けは、あ~あだなぁ。


今月のご報告 2002/05/08

  あいさつ

走ってないと追いつかれるぜ
フレッドがよくそう言ってたっけ
でも、いつまでも走ってるわけには
いかないだろう
いつまでも
おんなじところを

立ち止まる
振り返る
こっちに来るのは誰だ
身構える
耳を澄ます
明かりなんかなくても
じきに目が慣れるさ

突然遠くで花火が鳴る
苦しそうに光って消える
痩せた肩の向こうで
小さく
微かに

さぁ追いついたぜ、フレッド
どんな挨拶をしようか


3月の投稿詩です。こうして読み返してみるとストーリーに寄り掛かり過ぎだな。そのストーリーも、現代詩手帖で取り上げられるには、余りに通俗的過ぎました。でも、よいのです。そういうのが書きたかったのだから。


ふられちゃいましたぁ 2002/05/21

先週末のことです。新宿で「東京国際ミネラルフェア」というのがありました。鉱石、貴石、宝石、化石、隕石、等々、日本最大級の展示即売会で石マニアにはたまらないイベントなのだそうです。理科好きの息子にはうってつけと思い、一緒に行こうぜ、と誘ったのですが土曜も日曜も友達の家に行くからなぁ、とふられてしまいました。どうしてもって言うんなら、友達に相談して別の日にしてもらおうかなんて、気まで使われちゃいました。トホホ。

小学5年生ともなると段々遊んでくれなくなるんですねぇ。それも成長の証しなのでしょうが、やっぱり寂しくなるなぁ。


19-11=8 2002/05/23

今日は息子の誕生日。早いもので、なんと、もう11歳です。プレゼントは何がいい? と、数日前に聞いたところ19のベスト「青」がいい! だ、そうな。どらえもん○○やら、ポケモン××やらを欲しがっていた頃が懐かしいです。

子供が子供でいてくれる時間は意外に短いのですね。もっともっと大事にしておけば良かったなぁって思います。せめて残された子供時間をせいいっぱい大切にしてあげなきゃ。

週末は久しぶりにギターをしこんでやるかな。親子で「あの青をこえて」を歌おうっと。


いずれはエアーも決めてやるのさ 2002/05/25

5月。息子は11歳になりましたが、私は40歳になりました。40歳。不惑です。もう迷ってる歳ではありません!? そこで、ずーっとやってみたかった、あることを始めました。

何だと思います?
スケボーです。

生まれて初めて触れたスケートボード。入門書の通りに体を動かしたつもりなのですがそう簡単に乗れるものではありませんでした。おっさんになんぞ乗られてたまるかとばかりに何度も何度もはねつけられました。さんざん転ばされて、あちこちスリキズだらけになった頃ようやくボードも根負けしたのでしょうか――いやいや分かり合えたのだと思いたい、ついについに乗ることが出来たのでした。

けっこう痛い目に会わされたけど、やっぱり面白い。思い切ってやってみて良かったです。


ひさ~しぶりの一句 2002/05/29

おぼろ月 本音を言わぬ人と居り
本音を言わぬ人。実は、私のそばにそう人がいるというのではなく周りの人からそう思われているのではないかと思うのです。本音を言ってくれない。そう思って悲しんでいる人がいるのではないかと。

性分というんでしょうか。余り感情を表に出さない。したいこと、欲しいものがあっても、何故か我慢しちゃう。後で悔やむと判っていても、それでもやっぱり自分のことは後回し。

朧月は春の季語ですが、最近、おぼろ月のことが多いです。こうこうと輝く月が見たい。こうこうと輝いていたい。


あらぁ、佐藤さんだったのですか! 2002/06/12

土曜日のことです。練馬区立美術館に行ってきました。『絵本原画の世界』展。これなら息子も興味を持つかなと思ったのです。息子の反応はまぁまぁでしたが、それより驚かされたことがありました。ロシア民話の『大きなかぶ』の絵本、見たことありませんか?あの原画って彫刻家の佐藤忠良だったんですねぇ。全然、知りませんでした。

絵本の原画が見られる機会なんて、なかなかないですよね。小さな子供も若いカップルもお年寄りも楽しめる良い企画だったと思います。


学校も変わる? 2002/06/17

息子(小五)の授業参観に行ってきました。久しぶりの小学校で先ず思ったのは、変らないなぁ、ということ。自分が小学生だった30年前と、ほとんど同じ景色、同じ匂い。授業の進め方だって余り変ったようには思われないしきっと先生の意識も、生徒の意識も、変っていないのだろうなぁ。そんな素朴な懐かしさが半分。でも少し不安も感じました。30年も変らない組織。それで良いのか? 大丈夫なのか?

しかし、参観後の学校説明会に出席して変らないことばかりでもないのだなぁ、と、思いました。そもそも、学校が、その教育方針やら具体的な運営方法やらを親はともかく、地域住民にまで説明するような会を持つなんてきっと30年前ならなかっただろう、と、思うのです。また、その方針の中味も変ってきているようです。例えば「開かれた学校」。以前のような言葉だけのものではなく具体的な施策も実施されるようになりつつあります。また「総合的な学習の時間」が代表的ですが各学校の独自性を重んじ、権限委譲が進められているそうです。

学校。変って欲しいことも、変って欲しくないこともありますね。親は欲張りだから。こと子供のことに関しては。


久しぶりの創作ノート 2002/06/20

母は黒く名付けられた時間
低く飛び去った後には
ためらいだけが残されていた
全く突然やってきた詩句です。その意味するところは、まだ、よく判りません。この詩句を、いくら、いじくり回してもどこにも、たどり着けない気がします。そんな時は、素直に蔵にしまいこんで忘れてしまった方が、利口そうに思えますがそれが、なかなか、できないんですよねぇ。


落首 2002/06/26

世界はこんなに広くて、人もたくさんいて。
多様な文化、多様な言語。ほんと、いろいろだし。
幾世代も幾世紀も、千代に八千代に続いてるんだし。
だからそんな兄弟も、一組くらいはいたんじゃないか。
いつか歴史に残らぬ日の、どこか地球の片隅に。
チャランとポランと名付けられた兄弟が。
いたずら好きのチャランと、
いつも眠そうなポランと、
似ているようで似ていない。
似てないようで、やっぱり似ているのは、
どうもこうも「いい加減」なところ。
約束は守らない。
締切りは忘れる。
規則なんか知らない。
難しいことは人まかせ。
決して頑張ったりしない。
こだわらない。
悟らない。
チャランとポラン、やっぱりそっくりなのは、
いつもなんとなく楽しそう。
いつも仲良く、加減良く。
いつも適当が当に適う。
仕事中に、こんなことを、ついつい考えてしまう僕は、
きっとチャランの子孫。ポランの末裔。
明日は半期の締めだけど。ノルマはまだまだ遠いけど。
ついつい考えてしまう僕は、きっと。
別に幸せではないけどね。

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2008.06.25

高浜虚子『六百句』を読む

6月5日。引続き『日本の詩歌』第3巻(中公文庫、1975)から『六百句』(抄録86句)を読む。『六百句』も『五百句』や『五百五十句』と同様に俳誌『ホトトギス』六百号を記念したものだ。昭和22年刊行、昭和16~20年の作品を収録している。

この頃の句は一転して原点回帰、写生の冴えを感じさせるものが多い。

帯結ぶ肘にさはりて秋簾(昭和16)
大根を洗う手に水従へり(昭和16)
木の股の抱ける暗さや秋の風(昭和17)
初夢の唯空白を存したり(昭和18)
枯れ蓮の水を犬飲むおびえつゝ(昭和18)
枯菊に尚色といふもの存す(昭和20)

もちろん独特の感性がもたらす超現実主義的な感じを帯びた句(「木の股の」・「初夢の」)や老境を象徴するような句(「枯れ蓮の」・「枯れ菊に」)が姿を消してしまったわけではないが、叙情側に傾きかけたバランスが客観写生側に戻ってきた感じがする。
犬ふぐり星のまたゝく如くなり(昭和19)
牛の子の大きな顔や草の花(昭和19)
夏草に延びてからまる牛の舌(昭和20)

この頃の句のもう一つの特徴は野や牧の草花のような小さな生命に向けられた温かみのある視線だ。写生への回帰も含めこうした変化は戦争という時代背景と無関係ではないように思われる。
黎明を思ひ軒端の秋簾見る(昭和20)

添書きに「二十二日。在小諸。詔勅を拝し奉りて。朝日新聞の需めに応じて。」とある。加藤楸邨の解説によると、この句に加え「秋蝉も泣き簔虫も泣くのみぞ」、「敵といふもの今は無し秋の月」の計3句が、「需めに応じて」詠まれたそうだ。「秋蝉も」の句には敗戦の衝撃を受け止めかねている様子が伺える。「敵といふもの」の句も口当りは良いが思考は停止してているように感じられる。「黎明を」の句に至ってようやく覚悟が固まったのではないかと思われるのだ。

最後にもう1句引いておこう。

風邪引に又夕方の来たりけり(昭和18)

風邪引きで寝込んだだけでも日暮れ時は心細く感じられるものだ。まして3ヶ月も入院していた義母はどれほど寂しく頼りなく思っていただろうか。
手向けしは螺髪の如き花あじさい 矮猫

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2008.06.24

矮猫亭・2002年1~3月

古い日記の再掲載。今回は2002年1~3月。年が改まった途端に仕事モードはすっかり鳴りを潜め、詩モード全開に。いや、もちろん仕事をしていなかったわけではないのですが……。


初散歩は七福神めぐり 2002/01/06

あけましておめでとうございます。1月2日、新宿の山の手七福神めぐりをしてきました。西武新宿駅から職安通りの鬼王神社へ。区役所通りを南へくだって御苑前の太宗寺。厚生年金会館の脇を再び北上して、抜弁天通りの法善寺、厳島神社、永福寺。大久保通りに出て経王寺。最後は神楽坂の善国寺をお参りして飯田橋駅へ。約8キロを4時間かけてのんびり歩きました。

歩いてみると東京も知らないところが多く、面白いものです。今年もたくさん歩きたいな。


年頭の誓い 2002/01/09

先日、ハーバード・ビジネス・レビューを読んでいたら、こんな文章に出会いました。

高名な天才が他者に比べて成功率が高いわけではない。~略~ 天才はひたすら多くを作る、つまり凡庸な者より多数の成功と多数の失敗を同時に生み出していくのである。~略~ 創造性とは、やり遂げた仕事量に比例する関数なのである。

出典:ロバート・I・サットン.西尚久訳.創造性を育てる「常識破り」のマネジメント.ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー.January 2002


で、少々気恥ずかしいのですが、今年の抱負。

今年は少しでも多くの作品を仕上げます。そのため「現代詩手帖」に毎月投稿することを課題とします。結果も毎月ご報告します。

さて、どうなりますやら。お楽しみに。


フレッド ソネット ―創作メモ― 2002/01/11

フレッドに教わったこと
いつだって
ずっと守ってた
でも もうだめ

走ってないと
不安が追いつくぜ
嘘じゃなかった
でも もう疲れちゃって

なんか逃げてるみたいで嫌だし
泣くのも怖くなくなった
勝手に追いつけばって感じ

遠くで小さく鳴る花火
苦しそうに光って消えた
もうフレッドには帰らない


前のバージョンがちょうど14行だったので、各連の行数と脚韻を整えて、ソネットにしてみました。第1連と第2連は各4行で、o、e、a、eと韻を踏み、第3連と第4連は3行づつ、韻はi、a、iに揃えました。

どうでしょう。少しオシャレに、それでいて安定感が出たかなと思います。でも、心なしか、切なさがあせたかな。うーむ。


ラッキー・レッド ―創作ノート― 2002/01/17

今日は赤がラッキーカラーだというので
ことさらに自分の血と肉とを
意識していようと思います。
皮膚と表情と
声とに
覆い隠されてはいても
赤く赤いモノども。
ねっとりと赤く
ぷるりと赤く
ぐにゃりと赤く。
日の光の届かない世界で
静かに増殖し
あるいは衰えてゆくモノ。

唐突に珍客が現れました。どう料理してやろうか。思案中です。


ラッキーレッド2 ―創作ノート― 2002/01/18

朝のテレビの占いによれば、今日のラッキーカラーは赤だそうで、
ことさらに自分の血と肉とを、意識していようと思うのです。

皮膚やら毛やらに覆われた、赤い蠕動、収縮、血流。声と表情とに
隠された、律動、滲潤、延伸、細動。潰瘍や腫脹の、ひとつやふた
つ、あったって、何の不思議もない。のんきそうにも見えるが、意
外に、痙縮、攣縮を、耐えているのかもしれない。

白々とした骨格のいさぎよさ、に、へばりつき、からみつき。ねっ
とりと赤く、ぷるりと赤く、ぐんにゃり赤く。日の光の届かぬとこ
ろで、増殖し、成長し、老い衰え。つまりは生きている。


せっかくのお客様ですので、おもてなしも、ひとひねりしてみました。行分けをやめ、全体に粘着質な感じにしました。また、目慣れぬ医学用語を並べ、即物的な、それでいて、おどろおどろしい感じを狙ってみました。


憲法を制定する!? 2002/01/24

先月読んだスミスの『TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探求』にならって、自分の憲法を制定することにしました。憲法といっても、何も大げさな堅苦しいものではなく、要は自分の価値観を明確にするということ。自分にとって、本当に大切なものを書き出し、そこに優先順位をつけるのです。スミスは、その価値観をベースに長期目標を設定し、その達成のための日課を決めると良いと言っています。

僕の憲法の第1章は家族、愛、友情、平和といった内容になる予定です。


遠藤先生、さようなら 2002/01/28

遠藤誠先生が亡くなられました。帝銀事件の弁護団長を勤められたことで知られる、熱血の人、反骨の人でありました。先生は仏教家としても著名で、仏の法と社会の法との交差する場所で、活躍されたと言えます。

先生の活躍を支えたのは、もちろん先生ご自身の強い信念でした。しかし、それだけではなかったようです。

『続 交遊革命』と題された先生の著書があります(社会批評社、1997年)。五年ほど前のことでしょうか、在りし日の先生からご恵送頂いたものです。紐とけば、「良き友を持つことは この道の半ばをこえる」と副題にあるように、「自分ヲ勘定ニ入レヌ」人々との多くの熱い出会いが、先生の支えとなっていたことが、示されています。中でも、ご令室の遠藤けい子(旧姓、戸田)さんとの出会いは、決定的なものであったようです。先生は、親鸞の夢告(むごう)の逸話を引きつつ、「僕にとって救世観音であった」と、けい子さんを称えています。

僕が死ぬことによって彼女が救われるのであれば、僕は、ためらわず死ぬだろうと。

複雑な事情もあり、波乱も紆余曲折もあった、けい子さんとの日々を語った章は、この激しい一文により締め括られています。その愛の深さ、激烈さに、圧倒されます。

心からの感謝と哀悼を捧げ、ご冥福をお祈り致します。はるかな天から、いつまでも、けい子さんを見守っていて下さい。合掌。


夜中に、ふと ―創作ノート― 2002/01/29

夜中に、ふと
目が覚めて
わたしの左手が
妻の左手を
握っていることに気付く
とても不吉なことのように思われ
すぐに手を離す
横身に寄り添って右手で右手を握り直す
そのまま乳房に触れてみる

いつの日か、逃れ難い別れ
せめて、こんなふうに暖かく
夜中に、ふと


ナマいなぁ。あまりにもナマなんで、照れくさくなっちゃう。でも、この手の素材は下手に煮炊きすると、味が壊れちゃうんですよねぇ。新鮮なうちに、よく切れる包丁でスパっと料理したいところです。


今月のご報告 2002/02/01

1月29日、今年最初の現代詩手帖(思潮社)が発売されました。現代詩手帖の投稿は、前月の20日が締切り。最新の2月号は、12月20日までに投稿された作品が審査の対象です。そろそろ年の瀬が強く感じられる12月18日、私はささやかな詩を封筒に納め、ポストに託したのでした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


投稿総数711編。入選は、わずか6作品。その他に選外佳作の8編が、タイトルと寸評のみ掲載されました。で、私の作品は?と言うと………今月は選ばれませんでした。来月こそ頑張るぞぉって、来月の分はもう投稿しちゃったんだよねぇ。


落葉焚き 2002/02/05

土曜日のことです。落葉が散乱して余りにひどい景色だったので、ひさしぶりに庭掃除をしました。終わってみると、落葉が山積み。何となく捨てるのはもったいないし、月曜日に収集場所まで運ぶのが大変そう。そこで焚き火をすることにしました。

焚き火といっても、そのまま火をつけては火事になりそうなので、一斗缶を探してくることにしました。ところが、これが、なかなかみつからない。近所の料理屋の裏か、工事現場にでも行けば、転がってるかなと思っていましたが、今時は、そうでもないのですね。結局、ホームセンターで1000円程で買いました。

五寸くぎを金槌でたたき、一斗缶の4つの側面にいっぱい穴をあけて、準備完了……おっと肝心なものを忘れていた。落葉焚きと言えばヤキイモ。それくらいの楽しみがなくっちゃ、苦労のしがいがない。イモは妻に準備してもらいました。アルミホイルと新聞紙でくるみ、水で濡らす。何年か前に人に教わったやり方です。

缶の半分くらいまで落葉を入れ、裂いた新聞紙を上に乗せて、いよいよ着火。紙は勢いよく燃えるのですが、落葉は、そう簡単にはいきません。それでも何度か点火を繰り返すうちに、よい感じの熾き火ができました。そこにイモを入れて、落葉を被せる。火が消えそうになれば、棒で掻き、それでもだめなら、新聞をくべ、もう一度、点火。火が勢いを取り戻したら、落ち葉の雨を降らせる。

そんなことを繰り返すうちに、あたりは、すっかり夕景色。空気が冷たくなって、いよいよ火の暖かさが身に染みるようになった頃、落葉はすべて燃え尽きました。灰の中からアツアツのイモを取り出し、すっかり焦げた新聞とアルミホイルをはがす。そっと頭を割ると、ホカホカと湯気が立ち上ぼり、甘い香りが広がりました。一家三人、夢中になってイモを頬張る至福の時。体も心もすっかり暖まりました。

火と戯れること、約2時間。それなりに緊張感もあり、立ったり座ったりと忙しく、ケムリも結構つらいものがありましたが、やはり火を起こし、火を囲むというのは、何ものにも代えられない楽しさがあります。くせになりそうです。

もっと落葉を降らせてくれよと、庭のヒメシャラを見上げてみても、枝はすっかり裸んぼ。でも、その枝先では、小さく固い芽が膨らみ始めていたのでした。


on 2002/02/15

on。接する、スイッチを入れる、火がともる、触れる......。

たった1音節の、たった2文字のささやかな言葉が、昨日から頭の中をめぐっています。なぜか、とても、なまめかしく、ほかりと暖かくもあるもの。なにかが始まろうとする、その胎動、ときめきのようなもの。そんな感覚が胸に広がって、なかなか去ろうとしないのです。

ところでバレンタインデーはいかがでしたか? あなたは誰かを「Turn you on」できたでしょうか?


いやな夢 2002/02/19

いやな夢を見ました。人を殺す夢です。しかも殺されるのも私です。かといって自殺という訳ではないのでした。

左手で自分の頭を押さえ、右手のナイフで首を切り裂きます。さらにナイフを動かして、頭を胴から切り離そうとする。でも全く痛くない。あくまでも殺す側の夢です、ここまでは。

あと5センチ、というところで、突然、気が変わりました。殺意喪失と言うか、すっかり気が萎えてしまったのです。気持ちが盛り下がると、ヒトゴロシも情けないもの。ヤバシ、ヤバシ、なんて呟きながら、必死でガムテープを首に巻きました。血で汚れた床を雑巾で拭いて、何度も何度もゆすいでは拭いて。

そうこうするうちに外出していた妻が帰ってきました。ばれないかなと、はらはらしていたら、案の上、クビどうしたの? いや、何でもないんだと、慌てて振ってみせると、ふいに血があふれ出す感触。

やっぱ、だめだったかぁ。そう思ったとき、ようやく自分が死につつあることを自覚しました。でも死ぬのは怖くなかった。ただ、家族と別れるのが、むしょうに悲しかった。もう会えなくなっちゃうんだから、K(息子)も早く帰ってくるといいのに。

目が覚めても、いつまでも切なさが残って、いやぁな感じでした。はぁぁ、思い出すだけで冷や汗が出そう。


さいた さいた 2002/02/24

2月も、もう7日足らず。陽気も随分春めいてきました。我家のささやかな庭の花壇にもクロッカスが咲きました。いつも真っ先に咲き出す、せっかちな元気者です。水仙、チューリップ、初めて植えたアネモネ。どれも、大分、芽が伸びてきました。部屋のシンビジウムもようやく開花。去年、植替えをした上に、何度も霜をあててしまって今年は咲かないかなと諦めていたのですが小ぶりながらも頑張ってくれました。

植物を見ていると勇気と元気がわいて来るようです。今日も一日、頑張りましょう。


これもさいた 2002/02/24

今日も暖かでしたね。妻と息子と自転車で公園に出かけました。久しぶりにテニスのマネゴトなんかしちゃってね。ところで、うちの庭ですが、大好きなユキヤナギも咲き始めました。


猫の恋 2002/02/27

恋猫聞く 不惑が二人 向き合いて

猫の恋、うかれ猫、はらみ猫。こんな季語があるのは、春が猫の繁殖期だから。最近、近所の猫が、ふだんとは違う太い声で、しつこく、うるさく、鳴いていませんか? そうです。あれです。あれが異性を求める声、また奪い合う声なのです。

わがやの周辺も恋する猫たちでいっぱい。昼となく、夜となく、ぬぅぁあ、ぬぅぉおを繰り返しています。子供も寝静まった頃、テレビやら新聞やら、それぞれに夢中になっていた妻と私。ひときわ太い猫の声に、ふと我にかえり、目を見合わせる。

それから二人は――――、どうなったのでしょうねぇ。後はご想像にお任せしましょう。


今月のご報告 2002/03/01

昨日、現代詩手帖の3月号が発売になりました。今月の新人作品の対象は1月20日までに投稿された作品。私はこんな作品を投稿しました。

   取引き

婚約記念に貰った時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――きっと取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュアの帰還。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇がなにくわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


投稿総数467編。入選8編。今月も、その選には及ばず、選外佳作9編にさえ、ひっかかりませんでした。が、それでも、挑戦は続きます。めげてはいられません。


ニンジン島 2002/03/03

昨日、久しぶりにミネストローネを作ったのですがカゴにしまってあったジャガイモもニンジンもすっかり発芽しちゃってました。台所の隅にも春は来ているのですね。あんまり可愛いかったのでニンジンの頭を切って白い小皿で水栽培にしました。白い海に浮かぶ赤い小島の森の若葉そんな風情になりました。


新しい仕事 2002/03/08

久し振りに仕事の話です。年明け早々、トップから新しい経営ビジョン制定のアナウンスをしてもらいました。いよいよ、その浸透を、すなわち意識と行動の改革を本格的に進める段に至ったと、気持ちを新たにした途端、なんと人事異動に引っ掛かってしまいました。研究開発部門の企画管理を担当する部署に移ることになったのです。

2週間ほどで残務を整理し、引継ぎを終え、開発部隊が集まっている第二本社に引越しました。東京西部の住宅街。窓の外には団地があって洗濯物や布団が干してあったりします。近所にはスーパーや100円ショップと生活雑貨を買うには便がよいです。が、仕事環境としてはどうなんだろう。

研開部門に移ってきて、まず驚いたのは本社との文化の違いです。研開部門なんだから自由な雰囲気なのだろうと期待していたのですが、本社より余ほど保守的、硬直化しています。考えてみれば、長い間、欧米大手のモノマネをどれだけ早くやるかが、勝負の分かれ目だった業界ですから、やることさえ決まっていれば効率よく進む官僚主義が求められていたのでしょう。

でも、これからもこれで良いのでしょうかねぇ。いっちょ、がんばってみましょうか。


夜中に、ふと(2) ―創作ノート― 2002/03/08

夜中に、ふと、目が覚めて、うつぶせの妻の左手を握っている自分の左手に気づく。とても不吉なことのように思われ、すぐに手を離す。だが離れない。幾度か試してみたのだが、手のひらが汗ばむばかり。あきらめて天井を仰ぐと、常夜灯のほのかな光に微かに浮かぶ虫影。

すこし幻想的な雰囲気を持ち込みたいと思いました。音韻やリズムの要素を押えるために、形式は散文詩で行こうかと、考えております。いじり過ぎないよう、用心、用心。


ハルソラ 2002/03/12

春空の 高みに機影の 微かなる

日曜日は暖かかったですね。春の陽差しに誘われて、公園に遊びに行きました。偶然お使いに来ていた姪と、わが家の一人息子をつれて(二人は同い年です)、家から一駅、自転車でも15分の所沢航空記念公園です。

明治時代のこと、ここには軍の飛行場があって、日本で初めて飛行機が飛んだのだそうです(ちなみに初めて墜ちたのもここです)。その後も訓練や試験飛行などに利用されてきましたが、敗戦後は接収され米軍基地に。80年代、ようやく県に返還され、跡地の一部に公園が建設されました。しかし、実は全面返還ではなく、今でも公園のすぐ近くにレーダー基地が残っています。

戦争と関わりの深い土地です。でも、いまでは、家族連れやカップルで賑わう、平和な景色が広がっています。もう誰も傷跡を覚えている人はいないかのようです。

インラインスケートに興ずる子供たちの歓声を聞きながら、ふと見上げると、良く晴れた青い空に、小さく、白く、十字架のような飛行機の影が浮かんでいました。


耳の後ろに ―創作ノート― 2002/03/16

男は耳朶の裏側にほくろがあった
直径は七ミリほど
少し膨らんでいて、二、三ミリは厚みがある

昨日、会社帰りに、そんな人を見掛けました。実はそれだけのことなのです。ただ妙に印象深くて、リアルな感じがしました。これは、いつか、どこかで使えるかな、って。それと、こんなふうに何でも数字で測っちゃう、そういう目線って、ちょっと面白い気がするのです。


たえて桜のなかりせば 2002/03/19

私の働いているビルは、団地に囲まれていて廊下に出ると窓の外は桜並木だったりします。その桜がもう三分から五分咲きになってます。おいおい、あんまり急がないでくれよ。週末まで待ってくれないと花見ができないぜ。

まったく仕事してる場合じゃないよなぁって思わされることが多いですよね、この季節。でも、部屋に戻ると、ディスプレーには書きかけの会議の資料が待っています。

やれやれ。

せめて週末は心おきなく遊べるよう今日も頑張っていきましょう。


ハナビエ 2002/03/26

待ちに待った週末。土曜日。早速、花見に行ってきました。総勢七名。家族三人に加えて妻の実家から両親と兄と姪が参加してくれました。

場所は勝手知ったる航空公園。かねて意中の大木の下に陣取りビールとコーラで乾杯。あいにくの花冷え、花曇りもかえって人出が少なくてと悦に入っていたのもつかのまぽつぽつ雨が降り始めました。

それでも慌てず騒がず(?)大きな天蓋の下に移動して花見は無事に続行です。雨にけぶる桜も乙なもの。負け惜しみに聞こえますか?でも、少なくとも思い出に残る一日になったと思うのです。この雨のお蔭で。


ハナフブキ 2002/03/28

先週の開花から、ずっと楽しませてもらってきた桜もそろそろ見納めの時期を迎えてしまいました。今のうちに花吹雪をたくさん浴びておきましょう。

花吹雪を見ると必ず思い出すことがあります。むかしむかし、まだ幼稚園に通っていた頃の話。私は家の近所の公園で砂遊びをしていました。大勢で鬼ごっこやボール遊びをするより砂場が好きな、おとなしい子でした。当時は。ふと顔を上げ、何気なく桜の木を見ると折からの風が、ひときわ強く吹いて散る花びらが、文字通り吹雪のようになりました。風が少し落ち着いて、花びらの舞いも静かになった時その一枚が、ひらひらと落下しながらモンシロチョウにに変わったのです。

私は大発見だと思いました。でも、そんなことを言っても誰も信じてくれないだろうとも思いました。そこでこの日の目撃は、ずっと胸の奥に隠されてきたのです。

十数年後、詩を書き始めたばかりの私は春風が花びらを蝶に変える様子を四行詩にしました。詩は、普通の言葉では伝えられないことを伝えようとする試み--しばしば必敗の--なのです。私にとっては、いつでも。


ハナチル 2002/03/29

花びらに 降り籠められし 心地して

今月は桜の話ばっかり。まぁ、しょうがないか。なにしろ春と言えば桜。この思いは動かしようがない。

決めつけちゃいけないけど、日本人なら多かれ少なかれ、そんな思いがあるのでは。なにしろ俳句や短歌だと、花と言えば桜を指すほど。桜吹雪に降られたら、しばし佇むのも止を得ない。

たしか萩原朔太郎の若い頃の詩に桜の花は気持ち悪い、というのがあった。粒つぶの卵が、たかってるみたいだというのだ。言われてみれば、そう見えなくもない。でもそこから生まれてくるのは、春そのものじゃないかそんな気になってしまうのです。

うーむ。こんなに手放しで喜んでいていいのだろうか。

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2008.06.20

高浜虚子『五百五十句』を読む

6月4日。高浜虚子の『五百五十句』を読む。もっとも例によって『日本の詩歌』第3巻(中公文庫、1975)に抄録された95句のみである。『五百五十句』は昭和18年に俳誌『ホトトギス』の550号を記念して刊行されたもので虚子が昭和11年から15年までの5年間に読んだ句が収録されている。

この頃の虚子の句は自ら標榜していた写生と花鳥風詠の枠を大きく踏み越えていたように思われる。

秋の風衣と膚吹き分つ(昭11)
濁り鮒腹をかへして沈みけり(昭11)
鉄板を踏めば叫ぶや冬の溝(昭12)

例えば、これらの句は虚子の観察眼が冴え渡り、誰もが見過ごしてしまいそうな一瞬を的確に切り出している。確かにそれは写生の極地ではあるが、長年の写生が育んだ虚子の鋭い感性が余人の感じ得ない、理解し得ない領域に踏み出しつつあるかのように思われるのだ。
我が息を吹きとゞめたる野分かな(昭11)
旗のごとなびく冬日をふと見たり(昭13)
病にも色あらば黄や春の風邪(昭13)
もの置けばそこに生まれぬ秋の蔭(昭13)
初蝶を夢の如くに見失ふ(昭14)
大寒の埃の如く人死ぬる(昭15)

これらの句ではそうした傾向が著しい。虚子の独特な感性から生まれる直喩・隠喩はもはや写生の領域を越え超現実主義的な雰囲気を作品に与えている。

またこの頃の句には老境の感慨、心境を映した主情的な句も多い。当時、虚子はまだ60歳代前半ではあったが、その頃の平均寿命が40代後半であったことを考えれば、そうした心境に達することに不自然さはない。だが写生・花鳥諷詠を踏み越えたという意味では特筆すべきものがあると思われる。

羽ひらきたるまゝ流れ寒鴉(昭12)
焚火かなし消えんとすれば育てられ(昭13)
打水をよろめきよけて病犬(昭14)
月も亦とゞむるすべも無かりけり(昭14)
高々と枯れ了せたる芒かな(昭14)
廻らぬは魂ぬけし風車(昭15)

これらの句では虚子の心情が風物に仮託され象徴的に表現されていると思われる。さらにはより叙情的に、老いの心境を直接に詠み込んだ句も少なくない。
枯荻に添ひ立てば我幽なり(昭11)
秋風や心の中の幾山河(昭13)
虫螻蛄と侮られつゝ生を享く(昭14)
秋風や相逢はざるも亦よろし(昭15)
我が生は淋しからずや日記買ふ(昭15)

加藤楸邨の解説によると、虚子はこうした事情について以下のように記していたそうだ。
写生主義と自分の胸奥の熱情との距離がだんだん近づいて来て、いつしか両者が合致して一にして二ならざるものになってしまう、必ずその境遇に達するものであります(「写生主義」、1929)

最後に気に入った句をもう少し引いておこう。
熱帯の海は日を呑み終りたる(昭11)
花の如く月の如くにもてなさん(昭12)
鵜の森のあはれにも亦騒がしく(昭13)
泣きじゃくりして髪洗ふ娘かな(昭13)
焚火そだてながら心は人を追う(昭13)
淋しさの故に清水に名をもつけ(昭14)
手鞠唄かなしきことをうつくしく(昭14)

昭和11年。虚子は箱根丸で海路、欧州に赴いた。「熱帯の海は」はその途中、紅海で詠まれた句。海外、殊に気候の大きく異なる熱帯での句詠は、無季詠を認めない伝統俳句の立場に立つ虚子に季題をどうするのかという課題を突きつけたはずだ。虚子は熱帯独特の風物を「熱帯季題」とすることでこの課題に対処した。一見、安易なようにも思えるが、それはそれで花鳥諷詠を貫く現実的な対処法であったといえよう。

「花の如く」は挨拶の文芸という伝統俳句の一つの側面を良くあらわしている。「泣きじゃくりして」は花鳥を詠むように人の営みを詠む虚子らしい句。「手毬歌」もそういった立場から手毬歌を虚心に観察することで得られた感想であろう。なんともいえない切なさが漂い印象的な句だ。

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2008.06.18

池田満寿夫の『般若心経』を観る

6月1日。週末恒例のランニングから帰宅後、軽いストレッチを済ませ、膝を冷やしながら、池田満寿夫の作品集『般若心経―池田満寿夫の造形』(同朋舎出版、1995)を観た。官能的な作風で知られる池田が晩年に取組んだ、般若心経をテーマとした作品を集めたものだ。先月11日に放映されたNHKの新日曜美術館でその存在を知り、さっそく市立図書館で借りてきた。

池田の心経シリーズはその殆どが陶芸作品である。小さな陶片に般若心経を一文字ずつ刻した「心経陶片」、野山の石仏の面影を宿した「地蔵」(仏像)、シルクロードの遺跡を思わせるような「佛塔」、そしてシリーズの最後を画家の本領で飾った「佛画陶板」。池田は59歳からの2年間に1000余りの作品を作成し、そのおよそ2年後にこの世を去った。

『般若心経―池田満寿夫の造形』にはそれらの多くの作品の写真が収録されているの加え、池田の般若心経をめぐる言葉がいくつか添えられている。なかでも心に残ったのが次の言葉だ。

物というのはあったって、それを見る者がいなければ、ないと同じ。物があっても、それを認める心がなければ、ないと同じじゃないか。物も心もないところには何の悩みもない。すべては空だということ。これは、仏教で見つけた、非常にユニークで素晴らしい認識だと思います。

モノ作りの人がモノを作りながらこのような認識に至ったということが非常に興味深い。また池田は巻末に納められたエッセイで「私にとって宗教とはある意味では発見だ」とも言っている。
なぜか佛の顔をとってみても、日本的な顔にならなく、インドやジャワあたりの古佛に似て来たのに、自分でも驚いているのである。……中略……私のなかに古代原始の造形を再現しようとした意図があったことは確かだが、砂漠や遺跡のなかから発掘されたイメージが濃厚だったからかもしれない。私にとって宗教とはある意味では発見だからだ。

これらの言葉を併せ読むとき、般若心経シリーズは池田の写経修行、作仏修行だったのではないか、とボクには思われた。池田は作品作りを通じて般若心経を学び理解したと考えたのだ。炎の力を借りるがゆえに偶然性に依拠するところが大きく、また金属や石に比べ壊れやすい陶芸は、池田にとって無と空とを理解するのにうってつけの素材であったであろう。

般若心経シリーズは散逸することなく全作品が三重のパラミタミュージアムに展示されているそうだ。ある実業家が全ての作品を買い取り、この美術館を運営する財団に寄付したらしい。それは一種の布施行とも考えられる。ボクもその功徳にあやかって、この作品を目の当たりに見てみたいものだ。

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2008.06.16

ホトトギス

6月1日。ようやく雨がやんだのでランニングに出かけた。いつもの通り八国山を越え多摩湖までの往復11キロ。八国山を走っているとホトトギスの鳴き声が聞こえた。「特許許可局」と鳴くとも言われるホトトギスだがボクには「天辺駆けたか」と聞こえる。

ほととぎす亡母(はは)も天辺駆けおるか 矮猫
びわ実る月命日も二度目かな 同

古来、日本人はホトトギスの力強い鳴き声を初夏の風物として珍重してきた。ホトトギスを季題とした句も数多く詠まれている。
夢に来る母をかえすか郭公(ほととぎす) 宝井其角
ほととぎす消行く方や島一つ 松尾芭蕉
子規(ほととぎす)柩をつかむ雲間より 与謝蕪村
谺して山時鳥ほしいまま 杉田久女

其角は蕉門十哲、第一の門弟と言われるものの、芭蕉とは異なり明るく洒脱な句風が特徴である。「夢に来る母をかえすか」も亡き母を偲ぶ切ない句ながら、どこか苦笑を誘うようなところがある。一方、其角の師である芭蕉の「ほととぎす消行く方や」はスケールが大きい。空を横切るホトトギスの動きを通じて、このスケール感を表現しているところに芭蕉の高度な技量が感じられる。蕪村の「子規柩をつかむ」は、人が死出の山路を越すときにホトトギスが鳴くといわれることから、着想されたもののようだが、超現実主義的な感じのする句で江戸のモダニスト・蕪村らしい作品だ。

現代の俳人の作品では「谺して」の句が好きだ。久女は明治から昭和にかけて活躍した女流俳人。下五の「ほしいまま」に観察眼の鋭さがうかがえる。女性の社会的地位が未確立であった時期に新しい女の生き方を模索した久女の心情がにじみ出ているようにも思われる。


走るたびに思うことだが身体は実に正直なものだ。精神的な面も含め、その日のコンディションが確実にタイムに現れる。本日は60分34秒。特にセーブして走ったつもりではなかったのだが、この暑さではやはり好タイムは望めない。時鳥のように八国山を「ほしいまま」に駆け抜ける……というわけにはなかなかいかないものだ。

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2008.06.12

映画『蝉しぐれ』を観る

5月31日。雨。土曜日に雨が降るのはなんと8週連続とのこと。テレビでも見るかと新聞の番組欄をチェックしてみたらテレビ朝日で映画『蝉しぐれ』(日本、2005)を放映するというので観てみることにした。

『蝉しぐれ』は藤沢周平原作の時代劇で、身分社会ゆえの運命に翻弄される下級武士の息子・文四郎と幼なじみの商家の娘・ふくとの秘めた恋を描いたものだ。二人を演じたのは市川染五郎と木村佳乃。市川は先代である父の松本幸四郎を少し崩したような顔立ちで、軽みが感じられるところに個性があると思う。しかし、この映画では、一部のシーンではそういった面が発露されていたものの、全体としては感情を抑えた渋い演技でなかなか好演であった。木村も和服姿がよく似合っていて、しとやかながら芯の強い女の秘めた恋心を美しく演じていた。

近頃のボクはこうした切なくしんみりした日本映画がに惹かれるところがある。藤沢周平ブームと言われる昨今、そのように思うのはどうやらボクだけではなさそうだ。

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2008.06.11

一之輔!

5月31日。高校の同窓会報が届く。懐かしい想いに浸りながら、あれこれ記事を見ていて驚いた。なんと春風亭一之輔は12期後輩の同窓生ではないか! 一之輔は三遊亭歌彦とならんでボクの好きな落語家の一人。ことに昨年の秋にポッドキャスティング落語@にふ亭で聞いた『不動坊』は大のお気に入りだ。これはますます応援せねば……。

というわけで一之輔さんのブログはこちらです。
いちのすけえん(http://ichinoske.exblog.jp/)

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井上雄彦『バガボンド』28巻を読む

5月25日。井上雄彦の『バガボンド』28巻(吉川英治・原作、講談社)を読む。前巻で吉岡一門との一乗寺下り松の戦いを生き抜いた武蔵はひたすら眠っている。命をやりとりするような戦いに明け暮れた武蔵のひとときの休息。おつうや沢庵、又八、城太郎といった懐かしい顔に囲まれた静寂の時だ。しかし、その静けさの中で物語りは激しく動いている。武蔵を襲う悪夢の数々。そして目覚めたときに突きつけられた残酷な現実。武蔵はこの現実を乗り越え、さらに修羅の道を歩むのか。沢庵の必死の諭しも虚しく……。

本編はもちろんのこと、辻風黄平と佐々木小次郎が出会う巻頭のサイドストーリーも素晴らしい出来栄えである。

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2008.06.10

写真は未練だ

5月16日。荒木経惟の『すべての女は美しい』(だいわ文庫、2006)を読む。「イイ女」をめぐっていつものアラーキー節が炸裂した一冊だ。ことに「写真は未練だ」の一言にはグッときた。

写真ってのは未練だからね。未練がなかったら写真に残そうとは思わない。

いまここで向き合っている人の、この一瞬に見せた表情をいつまでも目に焼き付けておきたい。荒木の写真の根底にはそういった欲望、「未練」がこもっているのだろう。写真もまた一期一会の芸術なのであると思い知らされた一言だ。

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寺山修司『月蝕書簡』を読む

5月13日。寺山修司の未発表歌集『月蝕書簡』(田中未知編、岩波書店、2008)を読む。

面売りの面のなかより買い来たる笑いながらに燃やされにけり

巻頭歌である。この歌を含め、本書に収録された188首は、47歳でこの世を去った鬼才・寺山修司が未発表のままノートに遺したものだ。永年、秘書として寺山の活動を支えた作曲家の田中未知がこのノートを整理して歌集にまとめたのだそうだ。

詩や批評、随筆、演劇、映画など幅広いジャンルで活躍した寺山の創作活動の原点は俳句と短歌であった。10代で歌人としてデビュー、その後10年間の間に3冊の歌集を出版したが(『空には本を』『血と麦』『田園に死す』)、その後はしだいに歌を詠まなくなり、1971年、寺山はついに『寺山修司全歌集』の刊行をもって歌作に「終止符」を打った。

こうして私はまだ未練のある私の表現手段の一つに終止符を打ち、「全歌集」を出すことになったが、実際は、生きているうちに、一つ位は自分の墓を立ててみたかったというのが、本音である。(『寺山修司全歌集』跋文より)

30代後半になって寺山が再び歌を書き始め、しかし発表には至らずに終わった経緯は、本書に収められた田中の「『月蝕書簡』をめぐる経緯」に詳しい。かいつまんで言えば人に薦められて書いてはみたものの発表するだけの自信が持てなかったということのようだ。これではなんだか情けない話に聞こえるが、むしろ寺山の自分自身に対する要求水準の高さに思い至るべきだろう。例えば田中は辺見じゅんとの対談から寺山のこんな発言を引用している。
自分の過去を自分自身が模倣して、技術的に逃げ込むわけでね、……中略……自分自身の何か新しいことを語る語り口として、二十年ぶりで短歌を作るということに値するかどうか(『現代詩手帖』1981年9月号より)

本書の解説で佐々木幸綱は、この歌集は「既視感のある寺山ボキャブラリーにおおわれている」と記している。それは期待通りの「まぎれもなく寺山修司だという確かな手触り」とともに、どこかで見た記憶があるという失望、「期待が裏切られた印象」をもたらしたというのだ。寺山にはこのような周囲の期待のあり方が分かっていたのだろう。寺山でありつつ寺山を超える新機軸を打ち出す、それは周囲以上に寺山自身が求めていたことでもあったはずだ。

188首から気に入った歌をノートに抜書きしてみたところ40首にも及んでしまった。さらに厳選して何首か引いておこうと思ったが、どれもこれも捨てがたい。先ずはいかにも寺山らしいところを5首選んでみた。

出奔後もまわれ吃りの蓄音機誰か故郷を想わ想わ想わ
満月に墓石はこぶ男来て肩の肉より消えて
義母義兄義姉義弟があつまりて花野に穴を掘りはじめたり
起重機に吊りあげらるる一塊の土の中なる義母人形や
パイロットひとりひそかに発狂し月明をとぶ旅客機もあれ

佐々木が解説で述べた「寺山短歌の大きな魅力」である「演歌的物語あるいは童心の物語等をいったん深く抱き込んで、シュールな色合いに染める手ぎわ」のよさが余すところなく発揮されているように感じられる。

こうした寺山の方法論は青春期の作品と何ら変わるところがない。しかし歌想という意味では年齢相応の変化が感じられる。

レコードに疵ありしかばくりかえす「鳥はとびつつ老いてゆくのみ」
ふしあわせという名の猫を飼いころすわが影の外へ出さず
父親になれざりしかば曇日の書斎に犀を幻想するなり
木のままで一生終るほかはなし花ざかりの墓地首吊りの松
地の果てに燃ゆる竈をたずねつつ父ともなれぬわが冬の旅

これらの歌には、老いの気配を感受し、過ぎこし方を顧みているような風情が顕著である。こうした歌想の変化を熟成であるとか円熟であるとかといった曖昧な言葉で賞賛することができれば話は簡単なのだが、なにしろ相手は寺山である。そうはいかないところに佐々木の失望感あるいは寺山自身の苦悩があったのではないか。最後にもう1首。
一本の釘を書物に打ちこみし三十一音黙示録

この歌からはある想像が浮かび上がってくる。寺山は従来の寺山短歌を越える何ものかを世に示し、その上で再び短歌という表現方法を自分のなかから葬り去ろうとしていたのではないか、そんな気がしてならないのだ。そして、そのことが惜しくも果たされなかったために、ボクらはこれまで寺山の晩年の短歌を眼にすることができなかったのだろう。単なる想像に過ぎないが、しかし、なんという逆説だろうか。だがそれもまた寺山らしいという気がする。

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2008.06.04

矮猫亭・2001年10~12月

古い日記の再掲載。今回は2001年10~12月です。振り返ってみるとこの頃は仕事モード8割、詩モード2割といったところでしょうか。今のボクのモードは? なんとなく中途半端でよく分かりません。トホホ……。

なお、いつものことながらリンク切れについてはリンクを削除しました。ご容赦下さい。


やっぱり、トップしだいっすよねぇ 2001/10/01

経営ビジョン策定もいよいよ大詰。ということは、そろそろ浸透策も本腰を入れて検討しなければなりません。そんなときにタイミングよく目に止まったのが、Robbinsの論文でした。

Steve Robbins.Culture as Communication.Havard Management Communication Letter.August 2001

この論文は、好ましい企業文化を広めていく方法について、特にトップマネジメントのコミュニケーションはどうあるべきかを語ったものです。ポイントは以下の6つ:
  • 好ましい文化を、具体的な行動レベルまで落とし込んで、定義し直す

  • 言葉だけではなく、行動、態度で、見本を示す

  • 報酬と結び付ける。何をした人に、どんな報酬を与えるか、注意が必要

  • 身振り、しぐさ、表情、声のトーンなど、非言語コミュニケーションを使いこなす

  • 違反を見過ごさない。但し、頭ごなしに叱つけては、聞く耳を持たなくなる

  • 積極的に味方を増やし、文化を広めてもらう

「先ず、自分が、好ましい文化を、体現できるようになること。その上で周囲に働きかければ、世界を変えることができる」――何とも美しい締めくくりです。やっぱり、ここは、一発、トップに頑張って頂かなくちゃ。


見通しのきかない時代になりましたねぇ 2001/10/03

アメリカの同時多発テロ以来、ますます見通しがきかなくなってきた気がします。本当に戦争が始まるのか。それはいつで、どのような影響があるのか。日本はどこまで支援するのか。

景気はどうか。世界的なリセッションとの声もありますが、本当にそんな事態になるのでしょうか。その程度は? V字カーブはありえるのか。それはいつか。

日本の構造改革も、随分、先行き不透明に思われます。そもそも改革の中味も未だ見えませんし、いわゆる「痛み」がどの程度で、誰が被ることになるのかも。世界同時不況といった事態になれば、改革そのものが先送りされることも考えられます。

様々なリスク管理の手法が発達して、克服とまでは言えなくとも、不確実性への対処ができるようになってきたはずでしたが、こうなってくると、それらの手法は本当に効果があるのか、心許なくなってきます。

というわけで、3年前のダイヤモンド・ハーバード・ビジネスのバックナンバーを引っ張り出してきてみました。特集「不確実時代の戦略」。本日はその冒頭の論文のご紹介です。

ヒュー・コートニー.ジェーン・カークランド.パトリック・ヴィゲリー.未来を段階的にとらえ、最適な選択肢を創造する―不確実時代の戦略と行動.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.1998年3月号

この論文によると不確実性には4つのレベルがあるそうです。レベル1は未来が確実に見通せる。レベル2は未来が選択的に予見できる。レベル3は未来が一定の幅に収まる。そしてレベル4が全く不透明な未来。そして、この不確実さのレベルと質に応じて、対処の仕方が違う。

対処の仕方を考えるには、「戦略姿勢」と「行動ポートフォリオ」の2つを決める必要があるそうです。「戦略姿勢」とは不確実な未来に対処するときの基本姿勢で、①未来を形成する、②未来に適応する、③プレーの権利を留保する(そのための最小限の投資を行う)の3つが挙げられていました。「行動ポートフォリオ」は、どのように利益を獲得するかの方針を示し、①いちかばちかの「大きな賭け」、②特定の結末では大きな利益が得られるが、そうでない場合は軽微の損となる「オプション」、③どんなシナリオでも利益がプラスになる「悔いのない手」の3つ。

理屈としてはきれいにまとまっていると思うのですが、現実、どうしたらよいのでしょうかねぇ。小生にはどうもピンときませんでいした。ここに解決法があるぞ、っていう感じを持てなかったのです。


不確実時代の戦略 2001/10/16

前回に引続き、「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス」98年3月号、特集「不確実時代の戦略」からのご紹介です。

グロービス編.未来を予測し戦略の精度を高める思考ツール.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.1998年3月号

シナリオ・プランニング、ゲーム理論、システム・ダイナミクス、エージェント・モデル、リアル・オプションの5つの「ツール」が概説されています。システム・ダイナミクスとエージェント・モデルについては、よく知りませんが、その他の3つは、考え方としては、かなり普及してきているのではないでしょうか。実践されているかどうかは別としても。

ジョン・R・カッツェンバック.森尚子訳.もたれあいを排し意思決定の質を高める―トップ・チームを機能させるアカウンタビリティ.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.1998年3月号
共同作業には2つのタイプがあるのだそうです。1つはリーダーシップ・アプローチで、1人のリーダーが作業全体の責任と権限を負い、全ての意思決定を行い、他のメンバーを指揮するもの。もう1つはリアルチーム・アプローチで、共通の目的・目標達成のために、チームのメンバーが相互に説明責任を負うもので、各メンバーは同格、それぞれ得意領域でリーダーシップを果します。作業のテーマによって、どちらが適しているかが異なりますが、多くの場合、トップ・マネジメントは後者が苦手なのだそうです。

コンスタンチノス・C・マルキデス.白鳥東五訳.勝者と敗者の分岐点はどこにあったのか―多角化を成功に導く戦略資産の活用.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.1998年3月号
リスクが高く意思決定の困難な多角化を考える際の6つのポイントが挙げられています。
  • 現在の市場で、自分の会社が競合会社のどこよりも優れているのところは何か

  • 新規市場で成功するためにどのような戦略的資源が必要か

  • 競合会社のやり方に追いつけるか、あるいは彼らを飛び越すことができるか

  • 多角化によって、一緒にしておく必要のある戦略的資産をバラバラにしてしまうことはないか

  • 新規市場において平凡なプレーヤーにとどまるのか、それとも勝利者になるのか

  • 多角化をすることで何を学ぶことができるか、それを学ぶのに十分な組織になっているか

クレイトン・M・クリステンセン.沢崎冬日訳.組織の方向性を繰り返し検証する―戦略再構築へのドライビングフォース・マッピング.ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス.1998年3月号
環境変化を予想し、それに対応するための戦略を検討する。その繰返しによって組織の戦略的な思考能力が高まるのだそうです。また戦略的思考の手順については、
  • 環境変化のドライビングフォース(環境を左右する推進力となる要因)を確認し、マップ化

  • ドライビングフォースに対処するための戦略を策定し、部門とドライビングフォースによる戦略マトリックスを作成

  • 戦略実施プロジェクトの具体的なプランを策定し、人的資源と資金の配分を決める

の順に進めるとよいそうです。


日本総研の経済見通し 2001/10/17

久しぶりに日本総研のサイトを見てきましたところ、「2001~2002年度改訂見通し」が公開されていました。

テロの影響で米国の景気は後退し日本の輸出は低迷、日米同時株安と先行き不安から民需も減退し、日本の不景気は長期化するとしていました。

う~む。苦しいなぁ。


おっと国民経済研究協会も 2001/10/23

ちょっと油断したら国民経済研究協会からも中期経済予測が公開されていました。

かいつまんでご紹介すると:

不良債権処理とデフレ、米国経済の停滞で01年度▲0.6%、02年度▲0.8%と2年連続マイナス成長。その後、対米テロ事件の決着で米国景気が急速に回復、外需に支えられて日本経済も底から脱出(03年度1.8%、04年度2.0%)。05年度以降は構造調整も山を越え、本格的な景気回復へ向かう(05年度1.6%)。

ちなみに成長率は実質GDPベース。強気で知られる協会さんの見通しも、えらく苦しそうですねぇ。


経営指標! 2001/10/23

経営ビジョンで宣言した企業価値経営に実体を与えるには、企業価値の指標を導入する必要がある。それをどうするか。小生の直面している課題です。EVAで行こうと腹は決まっているものの、これから色んな人を説得してゆくには、まだまだ理論武装が必要です。という訳で読んでみたのが:

シアラン・ウォルシュ.梶川達也;梶川真味訳.マネジャーのための経営指標ハンドブック-財務諸表、ROE、キャッシュフローまで.ピアソン・エデュケーション.2001

P/L、B/Sの見方から始まって、資本利益率系の比率分析、流動性指標と資金繰り、損益分岐点分析、DCF法による投資意思決定、SVAによる企業価値評価まで。とても幅広い内容を、図解をふんだんに使用して、初心者にも分かりやすく解説しています。ただ残念なことに、イギリスの会計方式をベースにしているので、ほんとの初心者が読むと混乱するかもしれません。このあたり訳者がフォローを入れているので杞憂かもしれませんが。

個人的にはなかなか勉強にはなりました。色々と忘れかけていたことを思い出させてくれました。が、しかし、そもそもの目的であった理論武装とは、ちょっと距離がありすぎました。


T.レビットのマーケティング論 2001/11/02

ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの最新号(2001年11月号)から特集「T.レビットのマーケティング論」を読みました。

で、思ったのですが、マーケティングって、結構、詩ですね。私にとって詩は、人間に否応なく課せられた宿命と、そこから生じる本源的な悲しみとに立脚したものです。社会的な生物である人間という種にとって、本質的に、決定的に重要なコミュニケーション活動を、言葉という極めて不完全な道具に依拠せざるを得ない。詩とは、こうした宿命を、敢て言葉でもって乗り越えようとする企てなのです。私にとっては。

で、マーケティングのどこが詩と似ているのか。マーケティングの本質を一言で言い表すとすれば、プロダクトアウトからマーケットインへと発想を改めること。製品を起点に、それをどう売るかを考えるのではなく、消費者を起点に、何をどのように売れば、そのニーズを満たせるかを考えることです。私は、こうした考え方の根底に、メディアとしての製品の不完全性に対する絶望を感じるのです。詩人の言葉に対する絶望と、同じ種類の絶望を。

社会的な機関である企業という組織にとって、本質的に、決定的に重要な消費者に対する価値提供を、製品という極めて不完全なメディアに依拠せざるを得ない。マーケティングとは、こうした宿命を敢て製品でもって乗り越えようとする企てなのです。

詩について書いたことをもじってみれば、こういうことです。詩人は、言葉を越えるために、言葉に様々な詩法を試みる。マーケターも、サービスやサポート、ブランドとそのイメージ(或いは神話)を製品に加え、トータルな価値を演出する。この二人の手つきは、よく似たものなのではないか。

まぁ、それはともかく、面白かったですよ。この特集は。


多角化企業の統合戦略 2001/11/09

おかげさまで経営ビジョンの策定が終わりました。トップの意志が決まってからも、根回し、稟議、経営会議に、取締役会と、「儀式」が続き、思いのほか手がかかりました(というか、トップ以外の取締役に好き勝手を言わせるガス抜き?)。随分、簡素化されたはずの意思決定過程も、まだまだ、冗長で手がかかるなと、実感させられました。

さて、今日の文献は、経営会議も終わって、大仕事もようやく一段落というときに、出くわしたのものです(実は、その後が一苦労でしたが)。

Burgelman R.A; Doz Y.L. The power of strategic integration. MIT Sloan Management Review. April 1 2001

「戦略的統合の力」というタイトルに惹かれて読み始めたのですが、1行目で、いきなり、自分の誤りに気付かされました。私が期待したのは、戦略を共有化することで組織を統合するといった内容でしたが、実際は、戦略の観点から見た組織統合のあり方を扱ったものでした。

多角化企業が追い求める新規事業機会には5つのタイプがある。著者は言います。1つは、既存事業部間の協力から生まれるシナジーを必要とするもの。1つは、既存の組織の枠組を超え、組織の新設や再編が必要となるの。残るは、両方が必要になるものと、いずれも不要なものですが、前者は更に2つに分けられるそうです。すなわち、両方を必要とする度合いが高く、トレードオフが生じてしまうものと、トレードオフが生じる限界ギリギリのもの。著者によれば、最も大きな価値を生むのは、この最後のものなのだそうです。

しかし、このタイプの機会を追うには「complex strategic integration」が必要。これがどうも一筋縄ではいかないらしい。例えば、組織間の協力が必要であれば、集権的な組織とし、報酬を会社全体の業績と連動させる。逆に、組織の枠組を変える必要があれば、プロジョクト制を活用するなど、分権的で柔軟な仕組みを作る。「complex strategic integration」の場合は、両方を追うので、こうした定石が通用せず、しかもトレードオフが生じる限界を見極めることが必要になる。

で、「complex strategic integration」を実現する鍵はというと、結局はトップの力量次第ということのようでした。いやぁ、経営者って大変なんですね。


ひさ~しぶりの一句 2001/11/14

落葉焚き 偏屈ひとり 手を炙り
譲れない一線ってもんがありますよねぇ。相手が誰であれ、原理原則を貫き、正論を述べるべき時があると思うのです。

で、言っちゃうんですよねぇ。自分ではかなり丸くなっちまったつもりなのですが、相手にしてみれば、生意気にも、偏屈にも見えるでしょうなぁ。そんなわけで、唇寒くなることが、しばしばあります。

その寒さを噛み締めつつ、それでも、偏屈には偏屈のやり方ってもんがあるんだと、なけなしの自負をいたわるように、手をさすり、火にかざし、静かに耐えています。気を許すと後悔してしまいそうな自分を。


人的資源の効率化と個人消費の活性化が日本経済再生の鍵 2001/11/26

ご無沙汰してしまいました。さてNRI中期経済予測2002-2006が公開されました。当予測によると、日本経済は未だ再生可能で、その鍵は企業部門の一層の効率化、特に人的資源の効率化(=生産性に見合う賃金体系への移行)が必要なのだそうです。一方、効率化が進められると短期的には需要不足が生じる恐れがある。その対応のために財政再建を遅らせると、長期金利の上昇を招き、経済はますます停滞するのだとか。むしろ個人消費を活性化させることが重要なのだそうです。特に、①30~40代の住宅ローンや教育費負担、②高齢者世代の将来不安、を軽減させることが効果的。こうした政策を取れば、10年くらい先には2%台の安定成長に復帰することが可能なのだとしています


コーポレートブランド 2001/12/12

遅まきながら今月最初のノートは読書録です。相変わらず経営ビジョンと企業価値をめぐる活字の旅が続いております。が、詩作の方もムクムクと創作意欲が高まってきておりますので、こちらもご期待下さい。

今年も、もう僅か。気を緩めずに頑張っていきましょう。

伊藤邦雄.コーポレートブランド経営―個性が生み出す競争優位.日本経済新聞社.2000

顧客価値、従業員価値、株主価値。この3つの価値をめぐるゼロサムゲームに終止符を打ち、これらが共に高まるトレードオンの関係を築くカギがコーポレートブランドである。こんな主張に共感を覚え、紐解いたのが本書です。私が考える企業価値経営も、継続的な価値創造の実現によって、すべてのステークホルダーの満足を調和的に高められるというものです。

そのための価値の源泉を、私は、徹底的な顧客志向と、そのこだわりを具体化できるイノベーションに求めました。それらをベースとした優れた製品・サービスは顧客の高い満足を実現する。その結果は、一方で財務面に現れ、キャッシュフローが増大し、株主価値が増大する。また一方では、顧客の満足する姿が従業員の働きがいを向上させる。これらは更なる顧客価値の創造につながり、好循環が形成される、というわけです。

本書の著者は、価値の源泉は知的資産にある、としています。なかでも、企業ブランド、ビジネスモデル、そして人的資産が重要とし、この3つの要素を強化し、企業価値を高める仕組みについて解説しています。なかなか示唆に富み面白かったですよ。

朔の個人的評価:★★★★☆


フレディ改めフレッド動く ―創作メモ― 2001/12/13

フレッドに教わったこと
ちゃんと守ってるのに
いつだって
いまだって

走ってないと不安になる
立ち止まると涙が出てくる
悔しいよ
フレッド

遠くで小さく花火が光って
苦しそうに光って消えて


憶てますか、フレディのこと。8月に登場以来、随分、音沙汰なかったけど、やっと帰って来てくれました。しかも名前は変わるし、女の子まで連れてきた。で、この女の子が、実によい。すっかりフレッドを喰ってしまった。どうみても主役はこっちだよね。

女の子が来てくれることは、めったにないから、このネタは是非モノにしたいなぁ。


2001年度~2003年度の経済見通し 2001/12/17

野村総研さんから2001年度~2003年度の経済見通しが発表されました。実質GDP成長率の予測は、01年度△0.9%、02年度△0.6%、03年度0.5%とのこと。但し米国の景気が02年後半には年率2%成長ペースに復帰することを前提としているそうです。もし米国景気が03年に更に悪化するようであれば、日本の成長率も△1%位に落ち込む可能性があるとしています。


時間を創る! 2001/12/21

だいたいオリンピックと同じくらいの頻度だろうか。何年かに一度、時間管理に関する本が無償に読みたくなる。いつも心のどこかに、時間が足らないという想いが降り積もっていて、これが一定量以上積み重なると、もういてもたっても入られなくなる。どうもそういうことらしい。

このままでは、あれもできない、これもできない、と焦っているうちに持ち時間が全て尽きてしまう。ここのところ、そんな気持ちがムクムクと大きくなってきていた。いつものあれだ。逆らわずに何か読んでみよう。早速、アマゾンを検索。システム手帳の「フランクリンプランナー」で有名なフランクリン・コヴィの創業者ハイラン・スミス氏の著書を読んでみた。

ハイラム・W・スミス.黄木信;ジェームス・スキナー訳.TQ 心の安らぎを発見する時間管理の探求.キングベアー出版.1999(1994)

これまでに読んできた時間管理に関する本は、どれも必ず優先順位をつけることの重要性を説いていた。本書も、そこは同じなのだが、優先順位の付け方が他とは大きく違う。よく言われる重要性と緊急性の2つの基準などという話は本書には登場しない。スミス氏は、何が自分の人生にとって大切か、先ず自分の価値観を明らかにせよと言う。どんなに能率的にモノゴトを進めることができても、それが本当に自分の求めていることと違っていては、少しも効率的ではない、というわけだ。

この手の本に良く取り上げられる時間泥棒対策といった小手先のテクニック論に触れつつも、むしろ、価値観の明確化や意識と行動の改革といった原理原則に紙面の多くが費やされている。多少、説教臭くもあるが、人間味ある触れる語り口には魅力もある。

朔の個人的評価★★★★☆


フレッドますます動く 2001/12/24

クリスマスイブですねぇ。皆さん、いかがお過ごしですか。私はいつものように自宅でホームパーティの予定です。妻にはキルトの道具を、息子にはおもちゃ――ビットチャージというリモコン操作できるミニカーです――を買いました。私はフェイクスェードのジャケット。夜が待ち遠しいです。

フレッドに教わったこと
ずっと守ってた
いつだって
いまだって

走ってないと
不安になるぜ
そんなこと分かってて
でももう疲れてしまって

なんか逃げてるみたいで嫌だし
泣くのなんてもう怖くない
立ち止まる
見ている

遠くで小さく鳴る花火
苦しそうに光って消えて


フレッドがぐいっと動いてくれました。と言うか、例の少女が内面を吐露し始めて、フレッドの存在感は益々希薄。もうひと押しで詩になりそうな気がします。頑張らなくっちゃ。

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2008.06.03

GWを振り返る

5月6日。早いもので11連休に及んだ超大型連休も今日でおしまい。振り返ってみると「お出かけ」が5回にランニングが3本と、3月末に義母を亡くしたばかりで余り華やかなことはなかったものの、それなりに充実していたように思われる。

4/29は狭山の山口観音に参詣。義母の最後を看取ったときボクは山口観音のお守りを握りしめ延命十句観音経を心の中で念じ続けていた。義母が安らかに息を引き取ったのは観音さまのご加護があってのことと思う。そこで妻と二人、観音さまに御礼を申し上げるとともに、義母の冥土への旅を見守って下さるようお願いしてきたのだ。また弘法大師の御影を頂き、翌30日、初月忌(最初の月命日)を迎えた義母の中陰壇に果物と共にお供えした。翌1日は義父も誘って三人で下落合の薬王院へ。3日は妻の実家で食事会。

そして最終日の今日は妻と息子と三人で上野の鈴本演芸場を訪ねた。口開けは来年3月に二代目三平を襲名する林家いっ平、トリは一昨年、大名跡を継いだ正蔵と、何かと話題の絶えない兄弟二人を迎え、立ち見も出る盛況ぶりだった。正蔵は「お菊の皿」を演じたが、現代風に味付けされておりながら過度に浮ついたところがなく、なかなかしっかりとした出来栄えだった。もう名実共に「こぶちゃん」ではないようだ。他にも大好きな柳家喜多八(「小言念仏」)や三遊亭小円歌(三味線漫談)をライブで見られご機嫌であった。

ランニングは4/26、4/30、5/5と3~4日おきに11キロずつ走った。自宅から八国山を越えて多摩湖までの道を往復するいつものコースだ。1月にランニングを再開以来、徐々にペースを上げ、ようやく57分台前半まで辿りついたが、このコースの自己ベストにはまだまだ2分ほど届かない。せめてあと1分、入梅までにタイムを削っておきたいところだ。

「お出かけ」とランニング以外に何をしていたかというと庭仕事と読書くらいなものだ。庭仕事は主に草むしりと掃除。昨年の秋に腰を痛めてからは庭の手入れもさぼりがちで、すっかり荒れ果てた庭に謝るようにして一本一本、雑草を抜いていった。読書のほうもマンガばかりだったが、友人に薦められて読んだ石塚真一の『岳』(1~6巻)が余りにも素晴らしくて何度も繰返し読んでしまったほどだ。作者の山への熱い想い、山に登らずにはいられない人々への深い愛情、そしてそこで命を落とすまで戦い抜いた人々への尊崇な敬意がずっしりと伝わってくる作品だ。この作品に出会えたこともGWの大きな収穫である。あとは待ちに待った『頭文字D』の最新刊・37巻。こちらは例によって例のごとくなのだが、ボクはそれが好きなのだから、それでいい。

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