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2008.06.16

ホトトギス

6月1日。ようやく雨がやんだのでランニングに出かけた。いつもの通り八国山を越え多摩湖までの往復11キロ。八国山を走っているとホトトギスの鳴き声が聞こえた。「特許許可局」と鳴くとも言われるホトトギスだがボクには「天辺駆けたか」と聞こえる。

ほととぎす亡母(はは)も天辺駆けおるか 矮猫
びわ実る月命日も二度目かな 同

古来、日本人はホトトギスの力強い鳴き声を初夏の風物として珍重してきた。ホトトギスを季題とした句も数多く詠まれている。
夢に来る母をかえすか郭公(ほととぎす) 宝井其角
ほととぎす消行く方や島一つ 松尾芭蕉
子規(ほととぎす)柩をつかむ雲間より 与謝蕪村
谺して山時鳥ほしいまま 杉田久女

其角は蕉門十哲、第一の門弟と言われるものの、芭蕉とは異なり明るく洒脱な句風が特徴である。「夢に来る母をかえすか」も亡き母を偲ぶ切ない句ながら、どこか苦笑を誘うようなところがある。一方、其角の師である芭蕉の「ほととぎす消行く方や」はスケールが大きい。空を横切るホトトギスの動きを通じて、このスケール感を表現しているところに芭蕉の高度な技量が感じられる。蕪村の「子規柩をつかむ」は、人が死出の山路を越すときにホトトギスが鳴くといわれることから、着想されたもののようだが、超現実主義的な感じのする句で江戸のモダニスト・蕪村らしい作品だ。

現代の俳人の作品では「谺して」の句が好きだ。久女は明治から昭和にかけて活躍した女流俳人。下五の「ほしいまま」に観察眼の鋭さがうかがえる。女性の社会的地位が未確立であった時期に新しい女の生き方を模索した久女の心情がにじみ出ているようにも思われる。


走るたびに思うことだが身体は実に正直なものだ。精神的な面も含め、その日のコンディションが確実にタイムに現れる。本日は60分34秒。特にセーブして走ったつもりではなかったのだが、この暑さではやはり好タイムは望めない。時鳥のように八国山を「ほしいまま」に駆け抜ける……というわけにはなかなかいかないものだ。

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