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2008.07.01

矮猫亭・2002年10~12月

古い日記の再掲載、なんと三連発です。今回は2002年10~12月。この頃はあいかわらず緩めの詩モード、俳句モードが濃厚です。

この頃に始めた朝のウォーキングは今も続いています。いまにして思うと、この朝のウォーキングが週末のランニングのきっかけでした。毎朝、歩いているうちに歩くのが楽しくなって、毎週末、八国山を歩くようになり、その後、ふと走ってみたくなって、だんだん距離も伸びていったのです。


お月見しましたか? 2002/10/02

小望月レンズのほこり払う吾子

先月20日の金曜日のことです。いつもより少し早めに家に帰るとお月見のお供えが飾ってありました。給食に月見団子が出たと聞いて慌てて用意したのだそうな。息子も天体望遠鏡をベランダに用意して私の帰りを今か今かと待っていた様子。こうこうと輝く月にしばし時を忘れました。

で、さぁ、飯だ、酒だとリビングに戻ったらテレビの天気予報が言うのです。明日は仲秋の満月――。あらら、一日、早かった。でも、翌日の夜は生憎の曇り空。ツレアイの勘違いのお陰で却って良夜を楽しむことができました。


幼児虐待 2002/10/11

我が家からそう遠くない所で子供が虐待死する事件がありました。レクイエムをと思ったのですが悲しすぎて詩になりません。それでも読んでくれる方がいらっしゃれば少しは供養になるでしょうか。

   坂道

子供が死んだ
たったの四歳だった
母さんの恋人に殺されたのだ
(食事は二日に一度
(うどんを茶碗に半分くらい)

それは公園に向かう坂の途中
まだ新しいアパートでのこと
日曜日には
息を切らせて登って行く自転車が
何台も何台も見えた
独りぼっち閉じ込められた部屋
窓ガラスに顔を押しつけて
いつまでも見ていた
赤い自転車
いつまでも
怒鳴られても
殴られても

(わずか一年足らずで
(体重は半分を割った
(命の失われた
(その瞬間は
(だれにも見せなかった
(母さんにも
(見せなかった)


朝の散歩 2002/10/17

先週から朝の散歩をすることにしました。通勤の途中、乗換駅から一駅。15分ほど歩きます。やっぱり朝は清々しくてよいですね。思いがけないところに青果市場があったり安くてうまそうな中華料理屋を見つけたりいろいろと発見もありますしね。その分、仕事時間が減りますが頭と気分がスッキリして能率が上がるから15分くらいは取り返せちゃうんじゃないかって思っているのですが。はてさてどうなるやら。


柿の木のある庭 2002/10/30

主なき隣家に熟す柿たわわ

隣の家のおばあちゃん。もう90歳なのにとてもお元気でお互い庭仕事が好きなものだからよくフェンス越しに話をしました。でも一人暮らしは何かと心配とグループホームに入居されました。時々、帰ってくるって聞いているので早く、早く、と思うのです。でないと柿が熟してみんな落ちちゃう。みんなカラスに食われちゃう。

闘病(?)記 2002/11/08

なんということでしょう。今週は3日も休んでしまいました。それも病欠ですよ。病欠。病気でこんなに休んだ記憶はちょっとないですね。それも高熱で寝こんだとか、痛くて動けないとかそういうのではないんですよねぇ。ただただ寒気がして、だるくて、そして頻尿。どうやら腎盂炎らしいのです。もう4日も抗菌剤をのんでるのですがまだダメ。背筋がゾクゾクゾクゾク。

あんまり病気したことないせいかちょっと体調崩すと弱気になっちゃう。しっかりしなくちゃねぇ。さぁ月曜までに治すぞー。


え? 前立腺? 2002/11/09

今日、医者に行って来たのですが腎盂とか膀胱とかじゃなくて前立腺炎なんだそうです。この休みの間に治すぞーなんて思っていましたが完治には2~3週間はかかるそうです。まいったなぁ、長期戦かよー。


収穫 2002/11/13

うちには小学五年生の息子がいます。昨日は学校からお米を持って帰ってきました。スーパーで買うような白い米ではなく籾米です。稲作の体験学習で収穫した米。それを脱穀するのが宿題なのだそうです。フィルムの空きケースに入れて割り箸の先で突く。ひとしきり突いたら新聞紙に広げる。やさしく籾殻を吹くと、いよいよ玄米の登場です。白くない米に息子は驚き訝っていましたが私には黄水晶の原石のように見えました。大きなバケツをぶら下げた「行ってきます」から種蒔き、雑草取り、水やり、稲刈り。手間と時間を積み重ねた326粒の結晶。息子の心の中にも何かが結晶していると思います。いつか自分だけの色に輝き出す原石が。


菊花を飾って 2002/11/18

先日、隣のおばあちゃんの家から菊の切花を一抱え頂きました。といってもホームから一時帰宅なさった訳ではなく留守宅の様子を見にきた娘さんが庭の花を切って届けてくれたのでした。おばあちゃんの様子をお聞きすると変わらず元気にお過ごしとか。なにしろじっとしていられなくて職員の方々のお手伝いに精を出してるそうです。ちょっと安心。でも早く会いたいなぁ。

色も形もとりどりの菊を白い花瓶に投げ入れました。素朴な感じが目に愛らしく、香りもとても爽やかです。


おかえり、自転車 2002/11/22

日曜日のことです。義父母に誘われて六義園へ行くことになり慌てて出掛ける準備をしていました。そこに警察から電話がかかってきたのです。息子から受話器を受け取ると自転車が見つかったとのこと。ずっと駐輪場に置きっぱなしだったので不審に思った管理人が通報してくれたとか。

六義園からは早めに帰り(紅葉がきれいでした。(でも今度の週末はもっと見頃かも)バスで交番に向かいました。簡単な手続きを済ませて久し振りに愛車と対面した時にはあたりはもうすっかり真っ暗。お巡りさんにお礼を言って、さぁ、出発。はじめは寒風に凍えそうでしたがペダルをこぐごとに暖かく家に着く頃には、もう汗びっしょりでした。ビールがうまかったですよ。

錆だらけの愛車と親切なお巡りさんに乾杯!


今年もあと32.5日! 2002/11/29

いよいよ今年も後32.5日となりました。悔いを残さないようラストスパートをかけないといけませんね。でも、この1年を振返ってみるゆとりも大切にしたいと思います。通り過ぎてゆく日々、年月を通り過ぎるにまかせず、深く味わい直す。それは今年の上に来年を積み重ねてゆくためのレッスンでもあるはず。というわけで来月は今年のあれこれを振返ってみようと思います。

幼子の額のあざや冬ざるる

とはいえ思い出したくないこともありますね。今年は幼児虐待事件が多かった。この秋には私の自宅近くでも小さな子供が飢えて衰弱して死にました。来年は決して繰返したくないことです。


まずは句帖を開いてみましょう 2002/12/05

今年は実に俳句の年でした。以前から興味はあったのですが実作することは殆どありませんでした。今年は歳時記も購入し句作も19句に及びました。(まだ増えるかな?)音数律、季語、無駄を許さない簡潔さ。俳句の魅力が判りかけてきた気がしているのです。

   矮猫亭句帖2002

恋猫聞く不惑が二人向き合いて
花びらに降り籠められし心地して
春空の高みに機影の微かなる
おぼろ月本音を言わぬ人と居り
五月闇我れ凡なるを思い知る
梅雨憂し俺ならできると言い聞かせ
お風呂場に黴の香ほのか我家なり
蝉時雨我も歌わん歓喜の歌
涼風や鼻歌漏れる野天風呂
夕立のしずく残らず葉に抱き
何もせぬまま日暮れて虫時雨
ビルの間を野分忙しく過ぎにけり
夜仕事の妻の背丸く影落し
小望月レンズのほこり払う吾子
主なき隣家に熟す柿たわわ
木枯らしや岐路に立てるを告ぐ便り
落葉焚き偏屈ひとり手を炙り
流感の息子の耳朶の産毛かな
幼子の額のあざや冬ざるる

ちょっとだけ自慢を。下から三つ目の「落葉焚き」は俳句三昧の4級句会で4点を頂き高得点者一覧に俳号「矮猫」を載せて頂きました。


詩は勝率5割かな 2002/12/05

「現代詩手帖」に毎月新作を投稿すること。それが年頭に立てた目標でしたが実際に投稿できたのは6作品でした。勝率5割じゃペナントには手が届きませんね。

先ずは「冬のシュプレヒコールに」を再掲します。これは2、3年前から創作ノートの片隅で棚晒しになっていたものです。何はともあれ完成できて、あぁ、すっきりした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


取引き 2002/12/05

今年2作目の投稿作品はやや長めの散文詩でした。「取引き」――これも完成まで時間のかかった作品で原形を遡れば6~7年前になります。ちょうど家を建て始めた頃です。長い間勤めた部署から全く違う部署に異動となりちょっと精神的に不安定になっていました。そのせいか時に飲酒の度を越すこともありました。婚約記念の時計をなくしたのもある飲み会で正体を失いかけた時のこと。いまにして思うと随分と情けない話ですがそれが後に詩のネタになるんだから判らないもんですねぇ。

   取引き

婚約記念に貰った腕時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュア。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇が何くわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


やがて角の生える日 2002/12/05

3作目は息子から聞いた話をヒントに書いたものです。「オニちゅう」のモデルとなった先生はその後、他校に転勤されました。すぐ怒る、と文句ばかり言っていた息子ですが別れの日にわらばん紙に書いてもらったサインをいまでも大事そうに机に飾っています。

   やがて角の生える日

たけちゃんはくやしかったのだ
ちょーかっちょいい消しゴムを
むりやり下手くそな字でよごされて
ごしごしこすってみても
マジックだから消えねぇよ

絶対になくしっこない
消しゴムだったのに
もしも、もしも失くしても
くそーっなんて言わないで
静かになみだをかみしめられたのに

オニちゅうとあだ名された
先生の文字で
たけちゃんの名まえが
にじみ
かすむ
校庭に降る雨は
先生の大好きな
アジサイやアサガオを育むのに

やっと涙のおさまったたけちゃんに
小さな角が芽を出す
三十六本目の角は
ひときわ鋭く冷たかった


あいさつ 2002/12/06

今年4作目となった「あいさつ」は創作過程で幾度かここに顔を出しました。ですから、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが最初は語り手が女性だったのです。それも高校生くらいの若い女性が想定されてました。その頃は切なげな恋歌になるはずだったのですができあがりは、随分、違うものになってしまいました。

   あいさつ

走ってないと追いつかれるぜ
フレッドがよくそう言ってたっけ
でも、いつまでも走ってるわけには
いかないだろう
いつまでも
おんなじところを

立ち止まる
振り返る
こっちに来るのは誰だ
身構える
耳を澄ます
明かりなんかなくても
じきに目が慣れるさ

突然遠くで花火が鳴る
苦しそうに光って消える
痩せた肩の向こうで
小さく
微かに

さぁ追いついたぜ、フレッド
どんな挨拶をしようか


たいまつ 2002/12/09

今年5作目の作品です。ここでは血が書きたかった(のだと思います)。絆としての血、呪縛としての血。血を超えてゆく子供たち。それでも繋がれている子供たち。その悲しみと恍惚とを共有する親たち。

しかしタイトルがひどいなぁ。これじゃぁだいなしだ(苦)。そこで改題することにしました。

   あかあかと(旧題:たいまつ)

朝のテレビが叫んだのです
あなたのラッキーカラーは赤って
だから今日はことさらに
血と肉とを
意識していようと思います
皮膚や毛や粘膜に覆われた
日の光の届かない場所で
とろりと赤く流れるもの
ぷるると赤く蠢くもの

   どんな臓器にも
   母の小さな刻印が感じられます

乾いたカサブタ
掻いたらだめって言われても
とめられない指の動き
の中にも赤く筋繊維が
伸びたり縮んだり
無口な骨にしがみついて
あかあかと痙攣
かがやくいたみ
ふるえ

   子供たちの時間は低く飛ぶから
   どんなしるべも役に立ちません

声と表情とに隠された蠕動、腫脹、排卵、痙縮、細動、敗血、滲潤、律動、発熱、硬直。いつも赤く動いています。細胞膜に閉じ囲められた炎の色です。

   立ち止まるとタンポポ
   あしもとに
   もう花も種子も尽きて
   手持ちぶさた気に揺れている

ふいにつむじから
血と肉とが
溢れ出す

あかあかと


風の砂丘 2002/12/10

今年最後の作品となりました。(今月もう一作書けないとも限りませんが)長編詩として書き始めたのですが一向に前に進められなくなって考え直した結果のソネット風です。そのせいか、改めて読みなおしてみてもなにかの序曲のような雰囲気を感じます。

   風の砂丘

もしも私に愛が
許されるなら
それは五月

古い手紙から
解き放たれた風が
子供たちを勇敢にする

坂道を駆け登り
海と出会う
春と夏との隙間に
太陽が溶け落ちる

旅立ちの準備は
終わっただろうか
もうすぐ雨がやってくる
砂浜のむこうに揺れる麦藁帽子


映画。今年は何本、見ましたか? 2002/12/14

本当は大好きなんですよ、映画。でも、なかなか見る時間が取れません。今年、劇場で見た映画は「Monsters Inc.」だけ。ビデオやテレビで見たものを加えてもせいぜい10~15本というところでしょうか。そんな中からトップ3をあげてみますと

1位 スペーストラベラーズ(2000/日)
2位 Monsters Inc.(200x/米)
3位 Chocolat(2000/米)
3位 A.I.(2001/米)

といったところでしょうか。

「スペトラ」はとにかく楽しくて笑えてでも最後はお約束。悲しく、苦く。でも、やっぱり――。で、深津絵里が光ってました。「Monsters Inc.」は泣いた。泣いた。もう恥ずかしいくらい泣いた。実は単純な泣ける映画が好き。自分でも意外なことに。「Chocolat」も「A.I.」も良い映画でした。優劣つけがたく同率3位。

来年はもっと見たいなぁ。


ちょっと貧しすぎな読書生活 2002/12/16

映画の次は本のトップ3です。

1位 長谷川龍生詩集.現代詩文庫.思潮社.1969
(以下、該当なし)

実は今年は余り本を読んでいないのです(「現代詩手帖」は一所懸命読んでいましたが)。これは、と思うような本と出会えなかったのはやはり母数が少なすぎたせいでしょうか。

で、長谷川龍生ですが今まで殆ど読んだことがなかったんですが「現代詩手帖」の特集で興味を持ちました。読んでみると実に良い。もっと早く読んでおけばよかった。


鴉啼く 2002/12/20

雪しまく挑むが如く鴉啼く

年内にもう1句くらい詠めないかなと思っていたら東京には珍しい大雪が降ってくれたおかげで滑り込みセーフ。

「雪しまく」は風吹きすさぶ中に雪が降る様子を表す季語です。裸木に1羽。ふてぶてしい面持ちで耐えている黒い鳥。孤高――やっぱり群れてちゃ美しくないのでしょうか。

声音を意識して「く」を重ねてみましたが、くどかったかなぁ。

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