« 梅原猛の『日常の思想』を読む | トップページ | 最果タヒ『グッドモーニング』を読む »

2008.07.07

矮猫亭・2003年1~3月

古い日記の再掲載、今回は2003年1~3月。年が改まっても緩めの詩モード、俳句モードは続いている。加えて登場してきたのが映画話。2月に登場する「少林サッカー」は息子の大のお気に入り。ブックオフでDVDを購入し今でも時々観ているようだ。人情喜劇が好きなところはボクに似たかな?


謹賀新年 2003/01/07

明けましておめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしたか?私は今年も特にどうということのない正月でした。ただただのんびり。それが何よりです。

でも歩くことはサボりませんでしたよ。2日には小江戸川越七福神めぐりをしました。去年も山手新宿の七福神めぐりをしており我が家の正月恒例行事になりそうです。

皆さんにとって佳い1年になりますように。


初ハイク、俳句ではなく 2003/01/15

三連休はいかがでしたか?南関東は暖かく穏やかな日が続いて絶好の外遊び日和でしたね。私は家族そろってハイキングに出かけました。能仁寺から天覧山に登り、多峯主山まで足を延ばす。帰りはふもとの吾妻峡に立ち寄りました。それほど時間も掛からないし、危険な場所もないので正月でなまった体を軽くいじめるにはちょうど良い具合でした。

天覧山も多峯主山もなかなかの賑わいでしたが八幡さまを通って吾妻峡にくだる道は貸しきり状態。飯能駅に戻るには遠回りになるため人気がないのでしょうか。

実はこの道は八幡さまの参道です。重機などなかった時代に道を開き石を積んだ人々の想いが偲ばれます。八幡さまの小さなお社には日めくりが掛かっていました。誰かが毎日お参りしているのでしょう。日めくりはちゃんとその日の日付になっていました。古人の想いはちゃんと受け継がれているのですね。胸にぽっと暖かい火の点った感じがしました。この暖かさ。少しの遠回りくらい、どってことないです。


ケビンとメグ 2003/01/16

年末から年始にかけて映画を2作品見ました。といっても両方ともテレビですけどね。

1つは「告発」(1994米)。ある刑務所で実際に起こった囚人虐待事件が題材になっています。囚人役のケビン・ベーコンの演技が印象的。★★★★☆かな。

もう1つは「フレンチ・キス」(1994米)。フランスを舞台にしたラブコメです。景色がきれいなのと主演のメグ・ライアンが可愛いのが取り柄。ちょっと辛目かもしれませんが、★★☆☆☆ってとこでしょうか。

今年こそたくさん映画を見たいものです。


久しぶりに創作ノートから 2003/01/24

毎日、通勤の途中、一駅分、歩いています。これでも少しは健康も気にしているのです。で、その中で経験したことを元に書いてみました。まだまだ素描の段階です。しかも一向に動き出す気配がない。う~む。

その女はいつの間にかに現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追ってゆかずにはいられない。汗が額を濡らし、膝の裏やふくらはぎの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。乗り換え駅のその次の駅が右手に現れ、私はそこから地下鉄に乗らなければならない。女はそのまま真っすぐ進む。ついに女の顔を見ることはできない。

汗をぬぐいながら乗りこむ電車は西へ向かう。薄暗がりに続くコンクリートの壁。女もあのまま西を目指しているのか。頭上から響く足音。いつまでも終わらない歩きの時間。


八国山でのんびりのほほん 2003/01/31

先週末は久しぶりに八国山に行って来ました。東村山と所沢の境にある100メートルほどの丘です。関八州が一望に出来たところから八国山と名づけられたそうですが今はかつてのような眺望は望めません。鎌倉時代、源氏と争った新田義貞が陣を張ったとのことですがトトロに出てくる七国山のモデルと言う方が私には馴染み深いです。麓の北山公園は花菖蒲で有名。ザリガニも採れるらしい。気楽にのんびりしたい時には良いですよ。

帰り道、ささやかな梅林の木々の芽が思ったよりも膨らんでいました。春、遠からじ、です。頑張りましょう。

追伸 ↑をアップしようと思っていたら風邪引いてしまいました。インフルエンザも流行っています。ご用心。ご用心。


少林サッカー(2001 香港) 2003/02/10

もう一度みたい。と、息子がしきりに言うので「少林サッカー」を借りてきました。なるほど、面白い。笑いに笑ったし、ちょっとホロリとさせられたり、手に汗握るシーンも。そして、何より、この不思議なテイスト。何なんでしょう、これは。チャウ・シンチー(主演・脚本・監督)の作品は始めてでしたが他の作品も見てみたくなりました。

という訳で、やや甘めながら★★★★☆。


インフルエンザ 2003/02/17

流感や早退けの背に陽のそそぐ

今年最初の句作です。風邪で早退したときのことを詠みました。本当はインフルエンザではなかったのですが、多少、演出しちゃいまいした。

ところでインフルエンザはそろそろ山を越えたのでしょうか。いずれにせよ、用心するに越したことはなさそうです。


創作ノートから 2003/02/17

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩む
凍りつくまいとする泉の軋むような音が聞こえる


いま動かそうとしているネタです。二行一連を積み重ねて、連鎖的にイメージを飛躍させてゆく。そんな方法でやってみようかと考えています。ちなみに「去年今年貫く棒」は高浜虚子の句から引いたもの。年が変わろうが変わるまいがそんなことにはお構いなしの何かが、人には、人の暮らしにはある。虚子はそう言っているのだと思います。何だか、深いですよね。


十二月よどこへ行く?―創作ノートから― 2003/02/19

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩く
百八回目の鼓動のうしろに獣たちの気配がにじむ

湧きあがる泉の薄氷を軋ませる音
冬納めの日まで絶えることのない微かな響き


このネタ。少しずつですが動いています。どこに行き着くのか未だ見えませんがなんとなくモノになりそうな気がしてます。


新作です 2003/03/05

いじめ子もいじめられ子も雛の前

けんかくらいはしてもいいけどいじめたりいじめられたりは嫌ですね。みんな仲良くせぇよ。


伝統について 2003/03/07

伝統ということについて考えています。昨年は何故か俳句が非常に気になって実作も試みました。その流れということもないわけではありませんが俳句に惹かれたのは何か理屈があったわけではありません。

伝統ということを考えるようになった直接的なきっかけは大岡信を特集した先月号の現代詩手帖です。大岡は歌人を父に持つこともあってか日本の古典文学にも精通し優れた評論をいくつも残しています。それらの評論は歴史の一時点を切り取って回顧するものではなく千年を超えて現代にまで通じる流れを意識し現代詩が如何にあるべきかをめぐる思考へと繋がっています。大岡はそうした思考を実作においても実践しています。それは名高い連句や連詩の試みばかりではありません。

続いて紐解いたのは辻井喬の『伝統の創造力』(岩波新書.2001)です。辻井は、日本の現代文学、なかでも現代詩が衰弱しているのは伝統に根ざしておらずまた伝統を築き伝えてゆく意識がないからだと言います。伝統は歴史のある時点に完成しそのまま変わることなく受け継がれる静的なものではない。歴史の流れとともに変革を繰返しながら活き続けてゆく自己生成体である。そうした伝統の持つ創造力が働いていないと説いているのです。

現代詩が古典文学の恩恵を全く被っていないとは思いません。しかし個々の詩人の仕事と伝統との間にインテラクティヴな影響関係が成立しているとも、きっぱりとは言い難い。さぁ、ここからは自分の課題です。伝統とどのように向き合いその創造力を如何にして自分の創作活動に取り込んでゆくのか。じっくり考え、実作の中で答えを見つけてゆきたいと思います。


あと2点! 2003/03/10

先日ご紹介した拙作「いじめ子もいじめられ子も雛の前」が俳句三昧で4点を頂戴しました。3ヶ月ぶり2回目の高得点。あと2点で3級に進級です。


開戦の報に接し 2003/03/20

旧作の再掲を以って抗議の意を表します。一秒でも早い終結を祈念致します。

   この赤いのは

ああ血だ、この赤いのは血なんだ、のんきなペンキなんかじゃなく動物が生きるために使用すべき血液なんだ、それがむやみやたらと流され無差別に流されありあらゆる時代にありとあらゆる戦場に流され、泥に混じり糞尿に混じって草を枯らし土を腐敗させ、しかもそれはひげをそってて想われニキビにかみそりがひっかかったのではなくゴール前でスライディングタックルしてすりむいたのでもなく、銃弾や爆風や放射線や爪や牙や角や妙な形の脳みそや薮睨みの眼球が皮膚を破り心臓を押しつぶし胃腸肝臓膀胱をひっかきまわしてぐにゃぐにゃにして流れた血なんだ、それがマラリア色の難民の眼の中にべっとりと流れ込んでしみてしみて眼をこすりつつ台風一過の青空と自衛隊の軍用飛行機を眺めて平和な反戦デーだと思う心にぽとりと滴り、いもりの黒い影がアジア中をうろつきまわる、血だ、この赤いのは血が流れ流されどくどくあふれふきだし恋人達を黙らせ愛撫される乳房を痩せさせ俺のノートを下手な文字で汚し、それでもまだ飽きたらずに流れあふれて人と人の腹の中のサナダムシと人の足の下の地面を醜く一色に染めて殺し殺され滅んでいくものの泣き声を軍靴の音でかき消してしまうのはこの赤いねばねばした血液なんだ


ハンニバル(米、2001) 2003/03/26

日曜洋画劇場で「ハンニバル」を見ました。面白いことは面白いのですが「羊たちの沈黙」には及ばないかな。テレビだってことを差し引いても、あれほどではないかなと。と言う訳で私としては★★★☆☆です。

|

« 梅原猛の『日常の思想』を読む | トップページ | 最果タヒ『グッドモーニング』を読む »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30439/41704139

この記事へのトラックバック一覧です: 矮猫亭・2003年1~3月:

« 梅原猛の『日常の思想』を読む | トップページ | 最果タヒ『グッドモーニング』を読む »