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2008.07.30

矮猫亭・2003年7~9月

古い日記の再掲載、今回は2003年7~9月。振り返ってみると5年前の夏は随分と映画を観ていたことに気付く。ジャンルも西部劇ありSFあり、ヒューマンなものから官能的・耽美的なものまで多彩だ。それに比べて今年の夏は……。いよいよ夏休みも近づいてきた。そろそろ巻き返しにかかるとするか。


眼鏡が壊れちゃいました 2003/07/02

先週の木曜日のことです。レンズを拭いていたらフレームがブリッジのところで真っ二つに折れてしまいました。土曜日に眼鏡屋にいって新調したのですが、レンズ加工に1週間かかると言うので今は以前使っていた眼鏡で急場をしのいでいます。当時は未だひどくなかったので、この眼鏡は乱視の矯正がしてありません(乱視は、歳を取るにつれて脳が調整できなくなって、度が進むんだそうです)。お蔭で視界がボヤけて、目が疲れること、疲れること。気分的にもイライラがつのります。こんな、些細なことにさえ人の気持ちは左右されるものなのですね。

で、初めて眼鏡を掛けたときのことを思い出しました。中学生の頃です。当時はアレコレ悩みが多くて、すっかり落ち込んでいました。学校の視力検査で要矯正と言われて、眼鏡を作ってもらったのですが突然、視界がクリアになって、見るもの全て新鮮に思えました。今から思うと大げさな話ですが、あぁ、生きてて良かったなぁ、って思ったのです。

そんな些細なことにも感動できた自分がいたのですね。さぁ、今週末、新しい眼鏡を掛けたら少しは感動できるかな?少しは新しい自分になれるでしょうか?


かくかくしい 2003/07/07

また変な夢を見ました。私は江戸時代(と思わしき)ある村での訴訟の陪席している。村役人(と思わしき)男が判決を述べる。ちょっと意外な裁きに村人たちの席がどよめく。その様子を察した男が言う。乙の考えは各々しく、和を尊ぶこの村にはそぐわない。各々しい、とは、人は人、自分は自分、といった態度のことらしい。それにしても私の脳は、一体、なんで、こんな夢を見させるのだろう。不思議としか言いようがない。う~む。


無言電話 2003/07/11

久しぶりに無言電話である。夜中、子供が眠ってから、妻と二人で出かけたところ、ケイタイに電話がかかってきた。てっきり、目を覚ました息子がかけてきたと思ったが、いくら声をかけても何も言わない。ちょっとからかってやろう。

鈴木、鈴木だろう。今、どこにいるんだ。奥さんも心配してるぞ、早く帰って来いよ。

電話は何も言わないまま切れた。何故か、相手が本当に鈴木だったような気がしてくる。行方不明の鈴木などと言う男は知り合いには一人もいないのだが。

もっともこれは今朝の夢の話。ここのところ、おかしな夢を良く見る。なぜだろう。


自動車レース初観戦 2003/07/16

生まれて初めて自動車レースを見に行きました。先週の日曜、義理の兄と息子と3人で富士スピードウェイに行ったのです。全日本GTカー選手権、第4戦。あいにくの雨と霧で、スタートは遅れ、周回数は減らされズブ濡れになりながら、寒さに震えながらの観戦でしたが他には例えようもない最上級の興奮を覚えました。耳を聾するエンジン音、猛烈なスピード。そしてGTRとスープラとの熾烈な競合い。病みつきになりそうです。

レースの結果は、子供の頃から好きだったGTRが1-2フィニッシュ。大人気なくも大はしゃぎしてしまいました。スープラファンの息子には気の毒なことでしたが。


奥の細道 2003/07/20

芭蕉の『奥の細道』を読みました。随分、久しぶりのことです。この前、通しで読んだのは多分25年前。未だ高校生でした。

今回は岩波文庫で読みました。岩波文庫版は付録が充実していてお勧めです。芭蕉に同行した曾良の旅日記がついています。代表的な注釈書である菅菰抄もついています。先ずは一通り本文を通して読み次は「曾良旅日記」を付け合わせながら読み次は「奥細道菅菰抄」を参照しながらと、1冊で3回は楽しめます


卓球してぇなぁ 2003/07/22

3連休は如何でしたか? ゆっくりできたでしょうか。私は日曜日にビデオを買い、昨日は久しぶりにレンタルビデオで映画を見ました。今月の初め頃、ビデオが壊れてしまい、それ以来、映画とは縁遠い暮らしでしたがもう我慢できん、と意を決して池袋のビックカメラに。驚いたなぁ、今時はビデオなんて1万円ちょっとで買えてしまうのですね!で、昨日見た映画は、と言うと去年大ヒットした『ピンポン』。よかったなぁ。青春ですね。★★★★☆です。見終わったら無性に体を動かしたくなって息子と一緒に公園でバドミントンをしました。本当は卓球がしたかったのだけど――実は中学時代は卓球部――近所に卓球できるところがないんですよねぇ。あぁ、卓球してぇなぁ。


夢は枯れ野に(その0) 2003/07/23

旅について考えてみようと思っています。じっくりと時間をかけて。芭蕉の力を借りて、つまりは『おくのほそ道』を読み解いてゆく。もっとも、旅らしい旅をしたことのない私に何が解るというのか。自分で並び立てた問いの海に溺れてしまうのが関の山かも。そんな不安もありますが、先ずは溺れてみよう、と思うのです。海のことは溺れてみなければ判らないだろうし藁をもつかまんと延ばした手が蕉翁の足先に触れないとも限らない。

旅をめぐる旅の記録を不定期ながら連載してゆきます。「夢は枯れ野に」と題して。いつまで、どこまで続くか判りませんが、おつきあい願います。

旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る 芭蕉


映画三昧 2003/07/29

週末は2日間に3本の映画を見ました。全部ビデオとテレビではありますが私にしてみれば映画三昧と言っても過言ではないです。

先ずは土曜の夜、ケーブルテレビで「ザ・セル」。不気味、悪趣味、と妻にはさんざん酷評されましたが、私はそんなに悪くないと思いました。欲を言えば、もっと幻想的に、もっとどぎつく暴走しちゃっても良かったのではないかと。ちょっと甘めの★★★★☆です。

このまま寝たら変な夢見そう、と妻が言うので以前録画した「ビッグウェンズデー」を口直しに。なんと言っても海、特にサーフィンのシーンがきれい。でも、それだけの映画、と言ったら言いすぎかな。ちょっと辛めの★★★☆☆です。

最後はツタヤで借りた「黄色いリボン」。日曜の夜、息子も一緒に3人で見ました。ジョン・ウェインの演じる老兵がかっこいい。(こんな上司がいたらよいのですが......)でも子どもの頃に見たときほど感動できませんでした。それはもしかするとイラク戦争があったからかも。やつらは未だに騎兵隊のつもりなんじゃないかってふと思ってしまったのですよねぇ。これも辛めの★★★☆☆です。

映画を見終わった途端に息子の姿が消えました。自分の部屋から戻ると、父ちゃん、久しぶりにやるか。何かと思ったら軍人将棋。映画を見ながら、しこたまビールを呑んでいた私は早々に大将を失い完敗でした。


夢は枯れ野に(1) 2003/07/30

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。

 時は過ぎゆくもの。去ってゆくもの。取り残される者の痛みは誰もが知っているはずのことだが、皆、知らぬ振りを決め込み平然を装って暮らしている。今がいつまでも続くかのように思いなして。だが。
 時のように。過ぎゆくこと、去ってゆくことを生きた者もいる。芭蕉もそうした旅人の一人であった。
 幼くして父を失った芭蕉は親戚の家で育てられた。少年時代、その文才を認められ、後継ぎ息子の俳諧の相手として土地の有力者の家に出仕。だが芭蕉は23歳にして、その主君を失い、栄達の道を閉ざされた。このような生い立ちからすると、芭蕉は、取り残されることの悲しみが身にしみていたはずだ。それなのに、なぜ、過ぎゆく者の側に、去ってゆく者の側に芭蕉は立ったのだろう。
 別の言い方をしてみよう。流転ということ、無常ということを強く思い知らされた者が、それゆえにこそ日常を栖とせず、旅立ってゆくことの不思議さ。
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神の招きにあひて取もの手につかず

 無常ということと旅に棲むということとの間に何があるのか。芭蕉にしたところで何らかの確信を持って漂泊を続けたわけではないのではないか。何かに憑かれたように、未だ見ぬ風景に心を奪われ、旅立たずにはいられない。

 旅という福音。
 あるいは呪縛。

草の戸も住替る代ぞひなの家

 『笈の小文』の旅から僅か半年。まだ住み慣れ始めたばかりの草庵を芭蕉は去った。譲り受けたのは雛人形を商う者だったという。話が決まると間もなく人形が運び込まれ、芭蕉庵は倉庫となった。
 薄暗く狭い部屋に隙間なく並べられた人形たち。異様な風景だ。早く立ち去れ。二度と戻ってくるな。ここはもうお前の居場所ではない。芭蕉は無言の圧力のようなものを感じていたのではないか。

 旅への畏れ、躊躇。
 そして残される者への想い。

 芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出発するまでには更に1ヶ月の時を要した。病気のためとも、天候のためとも言われる。老いの目立つ芭蕉の身を案じた門人たちは、せめて北国に遅い春の訪れるまではと旅立ちを引き止めたであろう。だが。
 それを振り払ってでも旅立つというほどには芭蕉の決意も熟していなかったのではないか。そして、いよいよ覚悟の固まったのが、あの有名な瞬間であったとしたら。

古池や蛙とびこむ水の音

 無常ということ。
 ささやかな命の、その
 はかなさを告げるような水音。
 余韻をにじませた静けさ。

 門人杉風の別荘に仮寓を求めてから1ヶ月。ようやく芭蕉に旅立ちの時が訪れた。元禄2年(1689)、芭蕉45歳の初夏のことである。

出典:「古池や」の句は『春の日』より。注釈本『奥細道菅菰抄』に杉風の別墅(別荘)を指して「祖翁蛙飛込の句を製し給ふ地と云」とある。他は全て『おくのほそ道』から。


2度目の富士山 2003/08/07

夏休み中の息子(小6)が富士山に登ってきました。一昨年に続いて2度目の登頂です。前回は生憎の天候で、視界も悪く、寒さに震えながら登ったそうですが今回は天候に恵まれ絶景を堪能することができたようです。満天の星、流れ星、眼下に見下ろす花火、日の出、雲海......。想像もつきませんね。

自転車の鍵につけるキーホルダーを買わなきゃ、と言っていたのを覚えていて方位磁針つきの立派なキーホルダーを土産に買ってきてくれました。泣かせるぜぇ、でも、もったいなくてつけられないよ。

来年こそは私も登りたい。登ろうかな。登るかも。


温泉三昧、映画三本 2003/08/18

お盆休みは如何でしたか?それどころじゃなかった方、大雨で散々だった方には恐縮ですが私は二泊三日の家族旅行で箱根小涌園に行き、温泉三昧を楽しんで来ました。小涌園には水着で入れる広~いスパがあって、家族連れには(カップルにも)お勧めです。ホテルには卓球室もあって、久しぶりにラケットを握ることが出来ました。

旅行から帰ってきてからは、映画を3本(例によってビデオではありますが)。

山の郵便配達(★★★★☆)
荒野の七人(★★★★☆)
はだしのゲン(★★★☆☆)

とりわけ印象深かったのが「山の郵便配達」です。派手な映画ではないですが、しみじみと感じさせられ、考えさせられます。


夏休みも終っちまった 2003/08/18

私もその一人ですが、昨日で夏休みの終った方も多いかと思います。夏休みの最終日、私は息子の宿題の手伝いに明け暮れました。息子の通う小学校では毎年、アイデア貯金箱を作るという宿題が出ます。息子はいつも志が大き過ぎて実現できずに終るパターン。今年も金種の自動選別に挑戦しましたが、結局、オミクジ付き貯金箱でお茶を濁しました。

夜は家族揃って映画「雨あがる」を見ました。しみじみと良い映画でしたが、登場人物に語らせ過ぎだなぁ。コアメッセージは、観客に考えさせる、感じさせる。そんな演出にした方が良かったと思います。てなわけで★★★☆☆です。


創作ノートから 2003/08/21

炭素繊維の青い獣が疾走してゆく
絶え間ない咆哮
どこにも出口のないメビウスの輪の上を
誰よりも深い絶望を負って

あなたが踏むアクセルは誰よりも孤独
あなたが踏むブレーキは誰よりも絶望している


富士スピードウェイでレースを見たときの印象から言葉が生まれつつあります。果たして作品になるものやら、ただのスケッチで終るのか。まだまだ判りません。


いやな夢 2003/08/25

いやな夢を見た。内容は少しも覚えていないがその気分だけは鮮明に覚えている。せつなく、やるせない気分。内容を覚えていないせいか現実の気分と夢の気分の区別がつかない。わけもわからずただただ、せつなく、やるせなく。


新作です(散文詩「迷途」) 2003/08/29

5月に創作ノートをご覧頂きました間違っちゃう男の詩がようやく完成しました。散文詩なので改行なしで入力しています。読みやすいウィンドウ幅にしてご覧下さい。ご感想お聞かせ頂けると嬉しいです。

   迷途

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。そんなとき男は必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、それはそれで、そもそも間違った道を選んでしまっていた。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。これもまた別の誤りの始まりであった。いつもの間違いが加速を重ね、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろう。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにブレーキを踏もうとした。だが、その判断が本当に正しいのか、ひどく疑わしく思われた。男は躊躇した。迷った。仔猫の姿が消えた。仔猫の身体は軽過ぎて、微かな衝撃さえ残さない。ミラーの中で二、三度大きく跳ね、それきり動かなくなった。車道を渡り終えていた母猫が仔猫のもとに戻ってきた。しばらく我が子の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。

男は車を止め、ハンドルに顔を伏せた。通りすぎる子どもたちの冷たい視線。何台かの車が反対車線を抜き去って行った。あれから何時間たったのだろう。フロントガラスの向こうから赤い光が差し込んできた。ふと顔を上げると、いつまでもまっすぐな道の果てに太陽が低くぶら下がっている。男はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。どこまでも西へ。日の沈む場所へ。そこが出口でなくても構わない。

そのころ子どもたちは、母親に耳を引っ張られたり、背中を叩かれたりしながら、布団にしがみついていた。朝が来るのはいつも早すぎる。死んだ仔猫の夢が未だ頭の中でざらついていた。


田んぼと芝生 2003/09/02

電車の車窓から見ると、つまりはちょっと離れてみると、田んぼは芝生に似ている。そうか、だから私は庭に芝を植えたのか。手入れが大変ということは知っていました。それでも芝をと思ったのは子供の頃に慣れ親しんだ風景を取り戻したかったからなのですね。そのことに気づいたのは、仕事で筑波に向かっていたときのこと。少し離れところから見てみないと判らないことって、やっぱりあるもんだな。

今年は冷夏のせいで芝生の生育が悪い。芝刈りが少なくて済むのは助かりますが、やっぱり夏は青々とした芝が見たいものです。


創作ノートから 2003/09/06

レースの詩はここまできました。大分、目鼻がしっかりしてきたという感じ。

 誰もが知っているはずのことだが、この道は何処にも行き着かない。勝利や栄光、ましてや富などといった虚妄に憑かれ、迷いこんできた者たちには生憎なことだが、ここは純粋に不毛な場所なのだ。
 そのことを知り尽くした者だけが、誰よりも深くアクセルを踏み込むことが出来る。誰よりも微妙に、そして大胆にブレーキを扱い、誰よりも素早くクラッチを繋ぐ。ハンドルを切る。誰よりも鋭く。
 だが観客が熱狂するのも、実はその速さではない。虚無に酔うのだ。青い炭素繊維に包まれた虚無が、どこにも行き着かない道を疾走してゆく。その音、匂い、触れることの出来ない手触り。虚無のあらゆる属性に官能を覚えるのだ。
 どれほど激しいクラッシュも、死でさえも、はじめから失われているものを奪うことは出来ない。だからレーサーたちは不安に襲われることも、孤独に苛まれることもなく、走り続けられるのだ。


創作ノートから 2003/09/10

もしも私に愛が
ゆるされるなら
それは五月

もしも私の愛が
ゆるされるなら
それは五月

せせらぎの季節
木もれ日の季節
薔薇の花の風の季節
裏切りの季節


「もしも私に愛が......」という詩句は別の作品でも使ったのですがそちらの出来が余り思わしくなかったのでリユースできないかと考えています。でも未だ言葉あそびのレベルで詩になる気配、手ごたえは感じられません。


食玩フィギュア「王立科学博物館」 2003/09/18

神居光紀さんのサイト科学的日常の「本棚プラス」に紹介されていたのを見て試しに1個、買ってみたのが、落とし穴。まずい、コンビニで見つけると、ついつい買ってしまう。フィギュアもリーフも確かによく出来ているし、300円足らずという値段も買いごろ。すっかりハマりつつあります。


創作ノートから 2003/09/19

もしも私に愛が
ゆるされるなら
それは五月

せせらぎの
木もれ日の
薔薇の
花の
微風の
裏切りと


いろいろいじって遊んでみてます。そのうち何か形になってくるんじゃないかと。


八国山 危うし? 2003/09/24

久しぶりに東村山の八国山に行ってきました。「となりのトトロ」の七国山のモデルとなったところです。狭山丘陵の東の端に位置していて、この地域としては、よく自然が残されています。いつものように家族で森を散策。昼食はコンロでラーメンを作って食べました。屋外で食べると、これがうまいんだなぁ。

この八国山で署名運動をしていた人がいました。聞くと、山の一部を切り崩してマンションを建てる計画があるのだそうです。やれやれ、ここもですか。自然保護の対象となっているはずなのに。妻ともども建築反対の署名に名を連ねました。


映画の話 2003/09/25

最近映画の話をしていなかったですね。9月に見た作品を一挙ご紹介してみましょう。

普通の人々(1980/米) ★★★☆☆

レッドフォード初監督作品。とってもシリアスです。ラストに救いが見えるといえば見えなくもないですが気持ち悪いとも言えなくもない。

英雄の条件(2000/米) ★★☆☆☆
嫌いじゃないんですがやっぱり政治的なことが頭をよぎってしまう。

(1964/日) ★★★☆☆
このネットリ感が良くも悪しくもタマラナイ。若尾文子の妖艶と岸田今日子の怪演は見る価値あり。

レッド・バイオリン(1999/加-伊) ★★★★☆
唯一の四つ星。お奨めです。

乙女の祈り(1995/NZ-米) ★★★☆☆
タイトルにだまされてはいけません。かなりドロドロしてます。私には良い感じのドロドロなのですが正直言って途中で飽きてしまいました。

運動会 2003/09/29

土曜日は息子の小学生生活最後の運動会でした。天気が大丈夫かなぁとハラハラしていたのですが晴れましたねぇ。祈りが通じすぎてドーッと暑くなっちゃいました。息子は開会宣言をしたり、運動音痴なわりには徒競走も組体操も無難にこなし随分と逞しくなったように見受けられました。来年はいよいよ中学生。輝くような青春を謳歌して欲しいものです。

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2008.07.28

『稲森和夫の実学』を読む

7月18日。『稲森和夫の実学―経営と会計』(日経ビジネス人文庫.2000)を読む。久しぶりのビジネス書である。会社の同僚から薦められて読んでみたものだ。

稲盛和夫は言わずと知れた京セラの創業者。アメーバ経営などの独自の経営手法で知られるが会計についても一家言ありだ。技術畑の出身ながら自らの経営観に即した独自の管理会計を編み出し、経営の柱の一つとしたのである。稲盛は自らの経験に即して会計に関する7つの原則を挙げている。

・本質追求の原則
・キャッシュベース経営の原則
・一対一対応の原則
・筋肉質経営の原則
・完璧主義の原則
・ダブルチェックの原則
・採算向上の原則
・ガラス張り経営の原則

これらの原則の根底に流れているのは、正しいことを正しく行うという、極めて当たり前のことでありながら、いざ実践となると難しいことを徹底する姿勢である。例えば製造業では一般的な標準原価計算を稲盛は採用しない。それは自分が目指す経営には標準原価計算は役に立たないと考えているからだ。専門家の常識はどうあれ、自分の経営観と合致した、正しいことを行う。こうした姿勢は、法定耐用年数ではなく実際の耐用年数に従って有税償却を行ったり、売れ残り在庫の資産価値を無価値と評価したり(「セラミック石ころ論」)と、随所に貫かれている。また実施についても「完璧主義の原則」や「ダブルチェックの原則」に見られるように正しく行うことへの強いこだわりが示されている。
原理原則に則って物事の本質を追求して、人間として何が正しいかで判断する

「お金の動き」に焦点をあてて、物事の本質にもとづいたシンプルな経営を行う

経営者が自分や企業を実力以上によく見せようという誘惑に打ち克つ強い意思を持たなければならない。


稲盛はこうした正しさの追求、原理原則と物事の本質の追求は先ず経営者が自らに課すべきだとしている。そこには経営者たるものという自負と、その自負に裏付けられたストイシズム、稲盛の経営思想の強度が感じられる。しかし、企業が組織として正しいことを正しく行ってゆくことは、もちろん経営者一人の想いの強さだけでは実現できないことだ。稲盛は、厳しく自らを律し原理原則に徹する姿勢を社員にも求めるとともに、社員がそこから逸脱してしまわないようにするための仕組みを構築する。
人の心をベースにして経営していくなら、この人の心が持つ弱さから社員を守るという思いも必要である。

稲盛の強い信念の背後にある社員に対する愛情を感じさせる言葉だ。稲盛からすればこれも経営者たるものが持っていて当たり前のものなのだろう。原理原則を貫く姿勢、その背後にある社業への情熱と社員への愛と信頼。経営者たるものにとって当たり前のはずのことを見失っている者が余りにも多すぎると感じるのはボクだけだろうか。

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2008.07.23

矮猫亭・2003年4~6月

古い日記の再掲載、今回は2003年4~6月。相変わらず詩と俳句、そして映画の日々が続いている。
5/30の創作ノートにに登場した「男はいつも間違った場所にいた……」はその後、「迷途」という作品に仕上がった。また5/19に登場している「十二月が生まれたのはどこだろう……」も「冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録」につながる源流の一つとなった。今にして思えばそれなりに実りの多い日々だったと思う。

なお、いつものことながらリンク切れについてはリンクを削除しました。ご容赦下さい。


屋形舟 2003/04/02

咲き初むる花を脇目に屋形船

先日、職場の仲間と屋形船に乗りました。私としては生まれて初めてのことでした。両岸の桜をめでながら、隅田川を上り下りおいしい料理と酒、他愛なくも愉快な話を楽しみました。幹事さん、ありがとう、の心を込めた一句です。


新入社員 2003/04/07

春の虹新入社員のシャツ白し

もうかれこれ20年近く前には、自分も新入社員だったのですねぇ。あの頃、何を考え、どう行動していたか、思い出すと恥ずかしくなります。悔いのない仕事人生を、なんてキレイゴトは、私には言えません。振返って悔いることがあっても良いではないですか。まぁ、思い切っていきましょうや、何はともあれ。


すみれも咲きます 2003/04/09

つつましう暮らしてこそや菫草

桜の咲き乱れる季節はついつい視線が上向に気持ちもなんだか浮かれてしまいます。それでは足元に咲く清楚なすみれを見損なう。それどころか踏みつけて台無しにもしかねない。いくさに心奪われている方々にも知っておいて欲しいことです。


葉桜 2003/04/16

葉桜や仰ぎつ過ぐる乳母車

オフィスの窓から見える桜はもうすっかり緑一色です。日も永くなり、日差しもずいぶん強くなってきました。桜の下を通り過ぎた乳母車と若いお母さん。仰ぎ見ていたのは、葉桜でしょうか、青空でしょうか。初夏の兆しを強く感じさせるできごとでした。


久しぶりにリンクを追加しました 2003/04/18

リンク棚に現代詩フォーラムを追加しました。お勧めです。見てみてね。


病中三句 2003/05/12

五月闇点滴瓶のほの明かし
病室にも黄金週間野球帽
熱癒えて庭に咲き出ずハルジオン

今更の感もありますが、ゴールデンウィークは如何でしたか。私は腎盂腎炎をやらかしまして、ひたすら養生の10日間でした。入院にこそ至りませんでしたが、前半は日に2度の通院点滴。今も抗菌剤を内服中です。健康の有難味をつくづく思い知らされました。


ツバメもカビも初夏らしく 2003/05/15

初燕天衣無縫という語あり
しまい湯や黴の香ほのか我が家かな

昨日、職場の廊下の窓からツバメが飛ぶ姿を見ました。ツバメを見たのは今年初めてのことです。身ごなしよく、自由自在に飛び回る姿に「天衣無縫」なんて言葉もあったなと思いました。なんか、うらやましいなぁ。「しまい湯」の方は旧作を改めたものです。旅から戻ると風呂場の黴の匂いさえ懐かしくやっぱり我が家はいいなぁと、そんな句です。


12月はここまで来ました――創作ノートより 2003/05/19

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を急ぐ
百八回目の鐘音がもの惜しげに立ち去る

錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ
冬眠の禁じられた森に見えない獣たちが満ちてゆく

真裸の木立を吹きぬける風は
見慣れぬ罪の形に引裂かれたままだ

湧きあがる泉が薄氷を砕く音
冬納めの日まで絶えることのない響き

泉読みの老婆の微かな唇の動きを
私は盗もうとしている

火箭 西から東へと闇空を渡る
偽りは全て焼きつくされるだろう

十二月は葬送曲を必要としない
再臨は既に予定されている

間に合うのだろうか
既に祭壇に生贄は繋がれた


ひさ~しぶりに創作ノートから。2月にお目見えしたネタですが3ヶ月かかってようやくここまで来ました。この後どこに行くのかは未だ見えません。う~む。


創作ノートから 2003/05/26

男が首をかしげたまま自分の指の皮を剥いている。
高校の制服らしきものを着ているが
その年代らしい尖った生気が感じられない。

駅で見かけた風景をスケッチしたものです。ただのスケッチですが、どこかで使えるかも、と感じています。


遅ればせながら 2003/05/27

昨日の地震、大きかったですね。皆さま、ご無事だったでしょうか。被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。さて、もう2003年も5ヶ月が過ぎようとしていますが昨年1年間の作品をまとめた2002年のことばしごとを公開しました。是非ご覧になってみて下さい。(このリンクは「リンク棚」にも置いてあります)尚、PDFファイルですので、ご覧になるにはAcrobat Readerが必要です。Acrobat ReaderはAdobe社のサイトで入手できます。


間違った場所――創作ノートより 2003/05/30

男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方角へ間違った歩き方で歩いていた。思いがけず三叉路に出くわし驚かされることもしょっちゅうだった。出くわせば必ず思っているのとは逆の方に進んでしまう。まれには選んだ通りに足を運べることもあったが、そんなときは、いつも、そもそも間違った方を選んでしまっていた。

いま動かそうとしているもう一つのネタです。こちらは散文詩にしようと思っています。


猫が!――創作ノートより 2003/05/30

いつからだろう。男はいつも間違った場所にいた。間違った道を間違った方向に間違った歩き方で歩いていた。だから思いもかけない三叉路に出くわし、驚かされることもしょっちゅうだった。出くわせば必ず自分の考えとは逆の方に進んでしまう。まれには思った通りに足を運べることもあったが、そんなときはそもそも間違った道を選んでしまっている。もうどこにも出口はなかった。

ある朝、男は珍しく車で出かけた。思えばこれもまた別の誤りの始まりであった。過剰な速度がいつもの間違いを加速し、あっというまに見知らぬ土地へと男を連れ去った。男は途方にくれた。どこにでもあるような、これといった特徴もない住宅街をのろのろとさまよった。ちょうど下校の時刻なのだろうか。ランドセルをしょった子どもたちが怪訝そうにこちらを見ている。その視線に気をとられた瞬間、仔猫が車の前を横切った。

男はとっさにアクセルを踏んだ。ブレーキを踏むつもりで間違えたのか、それとも誤った判断の通りに足が動いたのか、それは彼自身にも分からなかった。ミラーの中で仔猫が二、三度大きく跳ねた。それきり動かなくなった。先に道を渡り終えていた母猫が仔猫の元に戻ってきた。しばらく仔猫の耳や背を舐めていたが、一向に目覚める気配もなく、とうとう諦めて去って行った。


昨日ご紹介したネタはここまで来ました。思いがけず猫ひいちゃったりして、この後、どうしよう。


まだ推敲中ですが 2003/06/04

梅雨鬱し鴉多きを訝しむ

季語がねぇ、ちょっとねぇ、なんとなくいまひとつ。「いぶかしむ」っていうのも直截すぎて面白くない。う~む、う~む、と悩むのも楽しみのうちです。


結局「黴」にしました 2003/06/05

黴の宿鴉多きを訝しむ

結局、上五は「黴の宿」としました。梅雨時の旅。投宿先は古ぼけた黴臭い宿。しかも鴉が多いとなると、何とも怪しく鬱陶しい。そんな句です。


リンク棚に「C-Direct-2U」を追加しました 2003/06/09

まぐまぐの同名メルマガ(毎週月曜日発行)のサイトです。このメルマガは近代詩の名作や読者の投稿詩等を配信するものでサイトにはバックナンバが作者別に整理されています。編集者さんのコメントも素晴らしいです。


変な夢を見ました 2003/06/11

みょ~な夢を見ました。

大巨人アンドレ・ザ・ジャイアント(プロレスラー、為念)を招聘しようという夢です。もちろんアンドレは故人ですが、夢の中ではフランスの山奥で優雅に暮らしている。アンドレを呼ぶならジャイアント馬場さんに会わせてあげなきゃ。と、いう話になったのですが、さすがに夢の中とはいえ馬場さんは亡くなっている。じゃぁ、どうするかというと、関根勤にモノマネしてもらおうということに。絶対にばれないよ、と、大笑いしているところで目が醒めました。

いったいなんだったんでしょう。この夢を見ている間、私の脳は何をしていたんだろう。


ちょっと常陸へ 2003/06/13

昨日はちょっと早起きして茨城県のけっこう北の方へまで出張にでかけました。雨の中、大荷物を持って、鬱陶しいなぁと思っていたのですがいざ特急に乗ってしまうと次第に田園風景が広がり、とてもリラックス気分。田んぼの多いところで生まれ育ったせいか、田んぼを見るのが好きなんですよねぇ。

水戸の辺りだったでしょうか。線路沿いの通学路を小学生が一列になって歩いていました。

通学路連なる傘はみな黄色

車窓から景色を見ているだけでも、やっぱり旅は楽しいですね(仕事でなければ、なおのことでしょうが)。


リンク棚に「Poetry Resources」を追加しました 2003/06/16

初の英文サイトへのリンクです。相互リンクのご依頼を頂き加える事にしました。(オーナーさんは日本語が読めるのでしょうか?)


ただいま推敲中 2003/06/18

通学路の句ですが、いまひとつ小学生の可愛らしさが感じられないと思い推敲中です。

通学路連なる黄傘数えけり

と、してみたのですが、どうでしょう。いやいや、まだまだ悩む余地がありそうです。


たどたどし、としてみました 2003/06/20

通学路黄傘連ねてたどたどし

あれこれいじくってみましたがようやく「たどたどし」に落着きました。如何でしょう?


2003年上半期を振返る(ことばしごと編) 2003/06/24

早いもので、もう1週間もすると今年も半分終わりです。そこで上半期を振り返ってみることにしました。先ずは創作活動から。

上半期は俳句が13句。週に1句くらいのペースでいけるかなと思っていましたが大体その半分ですね。詩のほうは、情けない話、未だ1作もできていません。ただ、寝かせてあるものも含めて、仕掛かり中のものが4つありますので年末までには完成品を幾つかご披露できるのではないかと思います。

    2003年上半期 全句作

流感や早退けの背に陽のそそぐ
いじめ子もいじめられ子も雛の前
咲き初むる花を脇目に屋形船
春の虹新入社員のシャツ白し
つつましう暮らしてこそや菫草
葉桜や仰ぎつ過ぐる乳母車
五月闇点滴瓶のほの明かし
病室にも黄金週間野球帽
熱癒えて庭に咲き出ずハルジオン
初燕天衣無縫という語あり
しまい湯や黴の香ほのか我が家かな
黴の宿鴉多きを訝しむ
通学路黄傘を連ねたどたどし


2003年上半期を振返る(映画編) 2003/06/25

今日は今年上半期に見た映画を振り返ってみたいと思います。

フレンチ・キス (1995/米)
少林サッカー (2001/香港)
ハンニバル (2001/米)
バック・トゥ・ザ・フューチャー (1985/米)
TAXi (1997/仏)
シェーン (1953/米)
Laundry (2002/日)
少年時代 (1990/日)
真夏の夜の夢 (1999/英=伊)
ウォーターボーイズ (2001/日)

6ヶ月で10本は私としては悪くないペースですが、全てビデオかテレビ。映画館にはただの一度も足を運んでいません。情けないなぁ。

ここからベスト1を選ぶとすると、なんと言っても「シェーン」。とにかく面白い。かっこいい。情感もたっぷり。ゆったりと、おおらかな作りで、古き良きマンネリズムを感じました。下半期は、どんな映画と出会えるのでしょう。楽しみ、楽しみ。


2003年上半期を振返る(読書編) 2003/06/27
最後に読書編です。今年上半期に読んだ本は16冊。その他に毎月欠かさず「現代詩手帖」を読んでいますので自分としては、まぁ悪くないペースです。この6ヶ月は良い出会いに恵まれ、印象に残っている本が多い。その中からベスト3を選んでみましょう。

辻井喬.伝統の創造力.岩波新書.岩波書店.2001
國文學編集部.俳句創作鑑賞ハンドブック.國文學.第29巻16号改装版.1988
本間祐(編).超短編アンソロジー.ちくま文庫.筑摩書房.2002

「伝統の創造力」は以前ご紹介しましたね。「俳句創作鑑賞ハンドブック」は私のような初学者には大変勉強になります。最後の「超短編アンソロジー」は散文詩の勉強にと読んだのですが勉強を忘れて読み入ってしまいました。面白かったです。

さて、振返りはこんなところにしておきましょう。来週火曜からの後半戦にどう臨むか。この週末にじっくり考えたいと思います。


芝刈り雑感 2003/06/30

芝刈り機の音は軍用ヘリの音に似ている。庭の芝を刈りながら、そんなことを思っていた。『地獄の黙示録』で見た黒いヘリコプター。機銃掃射、ナパーム弾。高校生の頃のことだ。また、その頃の友人の一言を思い出した。戦争は必要悪だ。戦争がなければ人口過剰で人類は滅亡する。

私が庭の芝を刈るのは芝を枯らさないためだが刈られる芝にとって本当に必要なことなのだろうか。炎天下に芝を刈る。汗を流しながら。機銃掃射のように。

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2008.07.16

最果タヒ『グッドモーニング』を読む

7月7日。最果タヒの詩集『グッドモーニング』(思潮社、2007)を読む。今年の中原中也賞受賞作品だ。

きっかけはブログでつくる詩人名鑑に最果タヒのリクエストを頂いたことだ。まだ『現代詩手帖』を定期購読していた頃、投稿欄でしばしば最果タヒの名を見かけた。あるとき、ふと、「タヒ」を横書きにすると「死」に見えることに気付き、そのことが記憶に残っていたのだ。しかし当時の作品については印象に残っていない。既にボクが熱心な読者ではなくなってしまっていたからだろう。そんなわけで慌てて『グッドモーニング』を読んでみた次第だ。

支配されていたものに戻ってきて
いまこれを
かき始めている
視界と
言葉をひきはがして(「0」)

巻頭に収められた作品「0」の最初の一連を読んで、この詩集はウロボロスのような円環(=〇≒0)をなしているのではないかと、ボクは思った。ここから旅立ちここに戻る――この詩集は、著者の筆名から連想させられた最果て=死へのタビではなく、意外にも原点に回帰し再び生き始める旅であると、直感したのだ。しかし「yoake mae 1」から「yoake mae 5」と「good morning」の6章に収められた20篇の詩を読み終えたとき、ボクは、その直感はハズレだったと思い知らされた。「0」はそこから始まる「yoake mae」各章の作品群とこそ近しいものであり、最終章「good morning」の作品とは大きな隔たりがある。そこから「0」に立ち戻る回路は開かれていない。
わたしは、衝動に追い立てられて書くさいにきらめいて見えるこの世界をあいしていた。いつかそこにまた、帰りたいと、そして十代の経験に固執し、攻撃的でいなければ出会えないと、一年間思い続けていた。賛美すべきものは攻撃性ではない。うつくしさだ。そう思い出した瞬間、目の前の世界が、懐かしく鮮やかな色を帯びて広がった。(「あとがき」)

久しぶりに見たモネの絵をきっかけに世界は再び輝き始めたとする「あとがき」を読んで、ボクの直感もまんざらではなかったと思いなおした。やはり最果はこの世界に戻ってきていたのだ。例えば、真上から垂直に螺旋運動を俯瞰して見れば、それは平面上の円周をたどって幾度も同じ場所に回帰する円運動に見えるだろう。最果は再び十代の血を抱きしめている。しかし、それは同一平面上での出来事ではない。「0」から出発して「yoake mae」を巡り「good morning」に至る。そこは「0」と同じ世界だが次元が異なっている。それは最果にとっても予想外の出来事ではなかったか。
言葉にすることが
すべてを
台無しにし
わたしが
ここからでていくことを不可能にする(「0」)

最果が出発したのはこのような場所だ。十代の最果がどのような経験をしたのか、「yoake mae」の詩群はその経験を具体的には明かしていない。しかし、最果が自分を取り囲む世界を閉塞感に満ちたものとして受け止めていたことは、はっきりと感じられる。最果は抗いがたい衝動に突き動かされて、その世界を攻撃的な言葉で描く。世界はそのとき思いがけない輝きを示すが、そこに出口が見えていたわけではない。攻撃的な言葉を重ねることで攻撃的な姿勢は一層強固となり、閉塞感もますます強くなる。むしろ最果は、言葉に、詩に幽閉されていると感じていたのではないか。
体が
わたしになにかを
見せることを拒否しているが
わたしをまだ
殺させはしない(「0」)

最果が旅立った場所と辿りついた場所との違いを示唆するヒントがここにあるように思われる。ここには「体」が「わたし」を拒否していると書かれているが、ボクには同時に「わたし」が「体」を拒否しているように見えるのだ。この文章は、「体」が「わたし」を殺そうとしているのか、「わたし」が「体」を殺そうとしているのか、どちらともとれるような構造を持っている。ボクは最初、どちらなのだろうと頭を悩ませたが、よく考えてみれば同じことなのだ。「わたし」が「体」を殺すことも、「体」に殺されることも、いずれも結局は自殺に他ならない。それを押し止めているのは「わたし」なのか、「体」なのか、これもまた決して分かちえないことだ。

少々、「0」に長居しすぎたようだ。「yoake mae 2」に移ろう。この章でまず目を引くのは、「/」や「+」、「*」などの記号が多用された、散文詩とも行分け詩とも言い難い独特の詩形だ。なかでも「苦行」はミスタイプを思わせるような無意味な字句を意図的に並べる等、ペンではなくキーボードで書かれた詩ならではの表現が目立つ。

   わたしの、素肌、を舐めるより 確実な
わたしの
     味
       です。ですますます。べつに
     詩人 *
ですからうまれたときから表現者ですからべつに
べーつーにー
いいです
     愛さないでも(「苦行」)

「苦行」の最後に置かれたこの詩句は、率直な心情の吐露とも自己戯画化を企図した諧謔ともとれるが、いずれにせよ読み手のこの作品に対する評価、毀誉褒貶を左右する箇所だ。ここで、最果は、愛されない肉体を抱えた孤独感を裏返し、自分の肉体は真の自分ではなく、肉体を愛されるくらいなら愛されなくて結構だと、肉体と他者とを激しく拒絶している。「yoake mae 2」から「yoake mae 3」の詩群には、このように自分の肉体と他者とを拒み自我に内閉するような趣きを持った作品が多い。

「yoake mae 4」に至ると変化の兆しを感じさせる作品が登場してくる。妊娠を主要なモチーフとした作品「死なない」である。

わたし、
妊娠して、
祝ってください
祝ってください窓からでもいいから開けて、こちらを、
みてください、妊娠したんですよ、わたしは妊娠したんですあなたたちの、あなたたちのかぞくを
う、

うむんですよ。(「死なない」)


妊娠のモチーフは「yoake mae 3」の「非妊」にも登場するが、ここではまだファンタジックな空想の色彩が強く肉体を受け入れた様子は感じられない。「yoake mae 4」の「博愛主義者」でも妊娠が取り上げられているが、「私」は妊娠を受け入れることができず、むしろその原因となった「女みたいな顔して、あなたをまっていた」ことを悔やんでいる。肉体と他者とを受け入れかけたことを悔やみ、いっそう激しく拒絶しようとしているのだ。しかし「死なない」では妊娠は祝うべきこととして捉えられており、それどころか出産によって「あなたたち」との間に「かぞく」という回路を開こうとさえしている。
きっと
捨てられています・・
かぞく ですから(「死なない」)

この大胆かつ強行な転回を目指した目論見はこの作品では成就しない。だが程なく夜明けを向かえ「good morning」の章で実現されることになる。
日にやけてずるずるになった肌が泥になって、
それを洗い流して銭湯
に入る
子供達が何人も、先にあたたまりながら、
わたしはその真ん中でおんなじぬくもりで温まるよ
そう、だね(「再会しましょう」)

自己と他者とが「おんなじぬくもり」を媒介にして繋がりあっている。直接触れ合っているわけではないが、肌と肌、肉体と肉体とを通じて回路が開かれた感がある。寒々とした言葉を旅してきた者にとっては、ほのかな灯りがともったように感じられる詩句だ。「good morning」の冒頭に置かれたこの作品はタイトルからして既に他者への拒絶を解除し自己を開き放ったことが示唆されている。この章には「再開しましょう」の他に「きみを呪う」と「世界」との3作品が収められているが、いずれの作品においても世界は危機的なものとして描かれている。しかし「yoake mae」各章の詩群で顕著であった閉塞感は感じられない。それは、最果の世界に対峙するその姿勢に大きな変化があったためと思われる。

世界は依然として危機的であり同時に「うつくしい」。だが、最果はもう自我の内側にうずくまろうとはしない。無限螺旋階段の新たな高みを目指して世界のただ中に打って出ようとしている。ボクにはそのように感じられるのだ。

人と人の間を疾走している。きみたちはわたしたちをなんと呼ぶ? 名前がない間わたしたちは疾走をしている。そうして竜巻をつくりあげていく。きみたちをめちゃめちゃに切り裂きながらわたしたちはああ孤独だと
叫んでいる。(ああ)

(うつくしい世界)(「世界」)


久しぶりに現代詩を、しかも新進気鋭の若手の作品を読んで、自分の帰る場所はやはりここにしかないと痛感させられた。たとえそれが世迷い言であっても構わない。ボクのような世迷い人はいつまでも世迷い言を書き連ねてゆくほかはない。例えそれが無限に続く螺旋階段であったとしても、いや同じ円周の上を這いずり廻ることでしかなかったとしても……。

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2008.07.07

矮猫亭・2003年1~3月

古い日記の再掲載、今回は2003年1~3月。年が改まっても緩めの詩モード、俳句モードは続いている。加えて登場してきたのが映画話。2月に登場する「少林サッカー」は息子の大のお気に入り。ブックオフでDVDを購入し今でも時々観ているようだ。人情喜劇が好きなところはボクに似たかな?


謹賀新年 2003/01/07

明けましておめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしたか?私は今年も特にどうということのない正月でした。ただただのんびり。それが何よりです。

でも歩くことはサボりませんでしたよ。2日には小江戸川越七福神めぐりをしました。去年も山手新宿の七福神めぐりをしており我が家の正月恒例行事になりそうです。

皆さんにとって佳い1年になりますように。


初ハイク、俳句ではなく 2003/01/15

三連休はいかがでしたか?南関東は暖かく穏やかな日が続いて絶好の外遊び日和でしたね。私は家族そろってハイキングに出かけました。能仁寺から天覧山に登り、多峯主山まで足を延ばす。帰りはふもとの吾妻峡に立ち寄りました。それほど時間も掛からないし、危険な場所もないので正月でなまった体を軽くいじめるにはちょうど良い具合でした。

天覧山も多峯主山もなかなかの賑わいでしたが八幡さまを通って吾妻峡にくだる道は貸しきり状態。飯能駅に戻るには遠回りになるため人気がないのでしょうか。

実はこの道は八幡さまの参道です。重機などなかった時代に道を開き石を積んだ人々の想いが偲ばれます。八幡さまの小さなお社には日めくりが掛かっていました。誰かが毎日お参りしているのでしょう。日めくりはちゃんとその日の日付になっていました。古人の想いはちゃんと受け継がれているのですね。胸にぽっと暖かい火の点った感じがしました。この暖かさ。少しの遠回りくらい、どってことないです。


ケビンとメグ 2003/01/16

年末から年始にかけて映画を2作品見ました。といっても両方ともテレビですけどね。

1つは「告発」(1994米)。ある刑務所で実際に起こった囚人虐待事件が題材になっています。囚人役のケビン・ベーコンの演技が印象的。★★★★☆かな。

もう1つは「フレンチ・キス」(1994米)。フランスを舞台にしたラブコメです。景色がきれいなのと主演のメグ・ライアンが可愛いのが取り柄。ちょっと辛目かもしれませんが、★★☆☆☆ってとこでしょうか。

今年こそたくさん映画を見たいものです。


久しぶりに創作ノートから 2003/01/24

毎日、通勤の途中、一駅分、歩いています。これでも少しは健康も気にしているのです。で、その中で経験したことを元に書いてみました。まだまだ素描の段階です。しかも一向に動き出す気配がない。う~む。

その女はいつの間にかに現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追ってゆかずにはいられない。汗が額を濡らし、膝の裏やふくらはぎの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。乗り換え駅のその次の駅が右手に現れ、私はそこから地下鉄に乗らなければならない。女はそのまま真っすぐ進む。ついに女の顔を見ることはできない。

汗をぬぐいながら乗りこむ電車は西へ向かう。薄暗がりに続くコンクリートの壁。女もあのまま西を目指しているのか。頭上から響く足音。いつまでも終わらない歩きの時間。


八国山でのんびりのほほん 2003/01/31

先週末は久しぶりに八国山に行って来ました。東村山と所沢の境にある100メートルほどの丘です。関八州が一望に出来たところから八国山と名づけられたそうですが今はかつてのような眺望は望めません。鎌倉時代、源氏と争った新田義貞が陣を張ったとのことですがトトロに出てくる七国山のモデルと言う方が私には馴染み深いです。麓の北山公園は花菖蒲で有名。ザリガニも採れるらしい。気楽にのんびりしたい時には良いですよ。

帰り道、ささやかな梅林の木々の芽が思ったよりも膨らんでいました。春、遠からじ、です。頑張りましょう。

追伸 ↑をアップしようと思っていたら風邪引いてしまいました。インフルエンザも流行っています。ご用心。ご用心。


少林サッカー(2001 香港) 2003/02/10

もう一度みたい。と、息子がしきりに言うので「少林サッカー」を借りてきました。なるほど、面白い。笑いに笑ったし、ちょっとホロリとさせられたり、手に汗握るシーンも。そして、何より、この不思議なテイスト。何なんでしょう、これは。チャウ・シンチー(主演・脚本・監督)の作品は始めてでしたが他の作品も見てみたくなりました。

という訳で、やや甘めながら★★★★☆。


インフルエンザ 2003/02/17

流感や早退けの背に陽のそそぐ

今年最初の句作です。風邪で早退したときのことを詠みました。本当はインフルエンザではなかったのですが、多少、演出しちゃいまいした。

ところでインフルエンザはそろそろ山を越えたのでしょうか。いずれにせよ、用心するに越したことはなさそうです。


創作ノートから 2003/02/17

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩む
凍りつくまいとする泉の軋むような音が聞こえる


いま動かそうとしているネタです。二行一連を積み重ねて、連鎖的にイメージを飛躍させてゆく。そんな方法でやってみようかと考えています。ちなみに「去年今年貫く棒」は高浜虚子の句から引いたもの。年が変わろうが変わるまいがそんなことにはお構いなしの何かが、人には、人の暮らしにはある。虚子はそう言っているのだと思います。何だか、深いですよね。


十二月よどこへ行く?―創作ノートから― 2003/02/19

十二月が生まれたのはどこだろう
そして死ぬのは

去年今年貫く棒を抱いて夜更けの道を歩く
百八回目の鼓動のうしろに獣たちの気配がにじむ

湧きあがる泉の薄氷を軋ませる音
冬納めの日まで絶えることのない微かな響き


このネタ。少しずつですが動いています。どこに行き着くのか未だ見えませんがなんとなくモノになりそうな気がしてます。


新作です 2003/03/05

いじめ子もいじめられ子も雛の前

けんかくらいはしてもいいけどいじめたりいじめられたりは嫌ですね。みんな仲良くせぇよ。


伝統について 2003/03/07

伝統ということについて考えています。昨年は何故か俳句が非常に気になって実作も試みました。その流れということもないわけではありませんが俳句に惹かれたのは何か理屈があったわけではありません。

伝統ということを考えるようになった直接的なきっかけは大岡信を特集した先月号の現代詩手帖です。大岡は歌人を父に持つこともあってか日本の古典文学にも精通し優れた評論をいくつも残しています。それらの評論は歴史の一時点を切り取って回顧するものではなく千年を超えて現代にまで通じる流れを意識し現代詩が如何にあるべきかをめぐる思考へと繋がっています。大岡はそうした思考を実作においても実践しています。それは名高い連句や連詩の試みばかりではありません。

続いて紐解いたのは辻井喬の『伝統の創造力』(岩波新書.2001)です。辻井は、日本の現代文学、なかでも現代詩が衰弱しているのは伝統に根ざしておらずまた伝統を築き伝えてゆく意識がないからだと言います。伝統は歴史のある時点に完成しそのまま変わることなく受け継がれる静的なものではない。歴史の流れとともに変革を繰返しながら活き続けてゆく自己生成体である。そうした伝統の持つ創造力が働いていないと説いているのです。

現代詩が古典文学の恩恵を全く被っていないとは思いません。しかし個々の詩人の仕事と伝統との間にインテラクティヴな影響関係が成立しているとも、きっぱりとは言い難い。さぁ、ここからは自分の課題です。伝統とどのように向き合いその創造力を如何にして自分の創作活動に取り込んでゆくのか。じっくり考え、実作の中で答えを見つけてゆきたいと思います。


あと2点! 2003/03/10

先日ご紹介した拙作「いじめ子もいじめられ子も雛の前」が俳句三昧で4点を頂戴しました。3ヶ月ぶり2回目の高得点。あと2点で3級に進級です。


開戦の報に接し 2003/03/20

旧作の再掲を以って抗議の意を表します。一秒でも早い終結を祈念致します。

   この赤いのは

ああ血だ、この赤いのは血なんだ、のんきなペンキなんかじゃなく動物が生きるために使用すべき血液なんだ、それがむやみやたらと流され無差別に流されありあらゆる時代にありとあらゆる戦場に流され、泥に混じり糞尿に混じって草を枯らし土を腐敗させ、しかもそれはひげをそってて想われニキビにかみそりがひっかかったのではなくゴール前でスライディングタックルしてすりむいたのでもなく、銃弾や爆風や放射線や爪や牙や角や妙な形の脳みそや薮睨みの眼球が皮膚を破り心臓を押しつぶし胃腸肝臓膀胱をひっかきまわしてぐにゃぐにゃにして流れた血なんだ、それがマラリア色の難民の眼の中にべっとりと流れ込んでしみてしみて眼をこすりつつ台風一過の青空と自衛隊の軍用飛行機を眺めて平和な反戦デーだと思う心にぽとりと滴り、いもりの黒い影がアジア中をうろつきまわる、血だ、この赤いのは血が流れ流されどくどくあふれふきだし恋人達を黙らせ愛撫される乳房を痩せさせ俺のノートを下手な文字で汚し、それでもまだ飽きたらずに流れあふれて人と人の腹の中のサナダムシと人の足の下の地面を醜く一色に染めて殺し殺され滅んでいくものの泣き声を軍靴の音でかき消してしまうのはこの赤いねばねばした血液なんだ


ハンニバル(米、2001) 2003/03/26

日曜洋画劇場で「ハンニバル」を見ました。面白いことは面白いのですが「羊たちの沈黙」には及ばないかな。テレビだってことを差し引いても、あれほどではないかなと。と言う訳で私としては★★★☆☆です。

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2008.07.04

梅原猛の『日常の思想』を読む

6月27日。梅原猛の『日常の思想』(集英社文庫、1986)を読む。本書は1960年から73年にかけて新聞や雑誌に掲載されたエッセイ34篇を収めたものだ。「日常の思想」・「哲学の小経」・「現代文明への問いかけ」の3つのパートに分かれているが、真理の発見への情熱と現代社会への危機感が本書全体を貫いている。

「真理は手近に隠れている」。私は一生、手近に隠れている深い真理を求め続ける旅人でありたいと思っている。(自序)

梅原は日本の哲学なるものは「あまりに深遠すぎ、難解すぎるのではないか」という。それは「一見意味ありげな言葉で内容の空虚を隠す」ものであり、むしろ「日常の世界の言葉を、誰にも分かるように語」るべきだという。
私は多くの創造者のどこかに小児の心をみるが、それは彼らが小児的性格の持主であるというより、やはり彼らは何ものにもとらわれない心をもっているからであろう。小さい欲望や感情にとらわれていたら、とても創造は不可能である。とらわれた心は、自分自身のものをみる眼を限定し、ものの真の姿をみる眼を自ら失ってしまうのだ。(創造について)

梅原にとって日本の哲学は、「哲学」らしさ、アカデミズムにこだわる余りに、真理を捉える眼を失っていると映っていたように思われる。「発見とはその色眼鏡から自由になることである」とする梅原にとって、そうした哲学は、「哲学」という「色眼鏡通じて、ものを見ている」ことに他ならないと考えていたのであろう。

こうした梅原の真理発見へのラディカルな姿勢は真理そのものへの愛に支えられていたようだ。

10 発見や真理を可能にするのはたえざる認識の努力であり、それを可能にするのは、やはり真理あるいは美に対する強い愛である。(「発見」についての覚え書き)

しかし梅原はこうも言っている。
すべての思想は、自己の中なる大きな傷口から生まれるのである。(覆面の思想)

梅原にとって「大きな傷口」とはなにか。それは現代社会への危機意識、現代文明への批判精神であり、それらへの処方箋を描ききれていない自分への苛立ちであったようだ。
現代文明、技術文明の破綻は、おそらくはほぼ決定的であると思われるのに、私は一人の思想家として、この破綻をのがれる明瞭な理論的解決をもち合わせていない(現代文明の悔い改め)

梅原が本書で指摘する現代社会・文明の危機は既に30年が経過した今も古びておらず、その克服は依然として今日的な課題である。
しかしニーチェやロレンスの警告にもかかわらず、肉体はますます労働や戦闘から余計なものとなってゆくのが文明の傾向である。やがて、肉体の構造そのものが、労働する肉体から享楽する肉体に変化してゆくであろう。やがて、頭、胃袋は現在の三倍、性器は現在の五倍もある人間が誕生するかもしれない。(スポーツの思想序説)

私には、ドストエフスキーの予言の方向に、時代は徐々に進行しているように見える。それは聖化された殺人の方向である。今日若者たちは、殺人にほとんど聖なる感激を覚えるかに見える。(ドストエフスキーの予言)

明治時代は、私は、科学のために宗教を否定した時代であると思う。昭和時代は、私は、生産のために道徳を否定した時代になるのではないかと思う。(道徳の死)

現代人は、人を愛するには余りに忙しいのである。彼にとっては時間は、現在しかなく、未来の死などはなく、空虚感はあるが、真の孤独感はないのである。こういう現代人は、愛することが出来ずに、セックスだけをするのである。(愛について)

現代文明は、おのれの思惟と物質の力にたいして絶大な自信をもって、おのれの死を忘れている。そして人間の思惟の力は無限であるという信仰や、物質は永遠に弁証法的に発展するという神話を信じつつ、破滅への道を直行しているように見える。(死を忘れた文明)

私は過去百年間、日本人をささえた価値観は、そういう勤勉ー繁栄ー進歩という価値観であったと思う。(中略)むしろ、このような価値観の上に育った文明そのものが、このような価値観に対して懐疑を投げるのである。(余暇)


梅原は、今日われわれが危機に直面しているのは現代文明の原理が持つ問題点が露呈したためであるとしている。
現代文明は、三つの原理をその内面に秘めている。
(1)自然を支配するのは善である。
(2)生産力をあげるのは善である。
(3)欲望を満たすのは善である。
(中略)しかし、今やこの文明は壁にぶち当たった。その文明のもつ三つの善が、少なくとも、この三つの善の絶対化がはっきり誤りであることがわかったからである。(現代文明の悔い改め)

そして、この危機から脱却するにはこの三つの原理を「根本否定」するほかないとする。
人間は、二つの原点にもどるべきである。一つは自然という原点である。(中略)人間同士ばかりではなく、人間と他の生物が共になかよくやってゆく共存の思想を、人間中心主義のヒューマニズムの思想にとって代わらしめなければならない。(中略)もう一つは、文明は、欲望を越えた何らかの精神的目的をもたねばならないということである。(無明の長夜)

しかし、その実現について梅原は悲観的だ。
私は、もう人類の深い内的悔い改めしか、人類の再生はないように思うのであるが、人類に内的悔い改めが起こるのは、もう人類がどうにもならない状況に追いこまれてからのような気がする。(中略)私は、当分、福音の説法者として生きつつ、私の頭の中で、新しい文明の原理を先取りしてゆかねばならないようである。

梅原は「この破綻をのがれる明瞭な理論的解決をもち合わせていない」ことに歯噛みしながらも、せめて自分だけは現代文明の「根本否定」をなしとげ、著作や講演、そして近年の「授業」を通じて一挙にではなく少しづつ世界を変えようとしているのだと思う。

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2008.07.01

矮猫亭・2002年10~12月

古い日記の再掲載、なんと三連発です。今回は2002年10~12月。この頃はあいかわらず緩めの詩モード、俳句モードが濃厚です。

この頃に始めた朝のウォーキングは今も続いています。いまにして思うと、この朝のウォーキングが週末のランニングのきっかけでした。毎朝、歩いているうちに歩くのが楽しくなって、毎週末、八国山を歩くようになり、その後、ふと走ってみたくなって、だんだん距離も伸びていったのです。


お月見しましたか? 2002/10/02

小望月レンズのほこり払う吾子

先月20日の金曜日のことです。いつもより少し早めに家に帰るとお月見のお供えが飾ってありました。給食に月見団子が出たと聞いて慌てて用意したのだそうな。息子も天体望遠鏡をベランダに用意して私の帰りを今か今かと待っていた様子。こうこうと輝く月にしばし時を忘れました。

で、さぁ、飯だ、酒だとリビングに戻ったらテレビの天気予報が言うのです。明日は仲秋の満月――。あらら、一日、早かった。でも、翌日の夜は生憎の曇り空。ツレアイの勘違いのお陰で却って良夜を楽しむことができました。


幼児虐待 2002/10/11

我が家からそう遠くない所で子供が虐待死する事件がありました。レクイエムをと思ったのですが悲しすぎて詩になりません。それでも読んでくれる方がいらっしゃれば少しは供養になるでしょうか。

   坂道

子供が死んだ
たったの四歳だった
母さんの恋人に殺されたのだ
(食事は二日に一度
(うどんを茶碗に半分くらい)

それは公園に向かう坂の途中
まだ新しいアパートでのこと
日曜日には
息を切らせて登って行く自転車が
何台も何台も見えた
独りぼっち閉じ込められた部屋
窓ガラスに顔を押しつけて
いつまでも見ていた
赤い自転車
いつまでも
怒鳴られても
殴られても

(わずか一年足らずで
(体重は半分を割った
(命の失われた
(その瞬間は
(だれにも見せなかった
(母さんにも
(見せなかった)


朝の散歩 2002/10/17

先週から朝の散歩をすることにしました。通勤の途中、乗換駅から一駅。15分ほど歩きます。やっぱり朝は清々しくてよいですね。思いがけないところに青果市場があったり安くてうまそうな中華料理屋を見つけたりいろいろと発見もありますしね。その分、仕事時間が減りますが頭と気分がスッキリして能率が上がるから15分くらいは取り返せちゃうんじゃないかって思っているのですが。はてさてどうなるやら。


柿の木のある庭 2002/10/30

主なき隣家に熟す柿たわわ

隣の家のおばあちゃん。もう90歳なのにとてもお元気でお互い庭仕事が好きなものだからよくフェンス越しに話をしました。でも一人暮らしは何かと心配とグループホームに入居されました。時々、帰ってくるって聞いているので早く、早く、と思うのです。でないと柿が熟してみんな落ちちゃう。みんなカラスに食われちゃう。

闘病(?)記 2002/11/08

なんということでしょう。今週は3日も休んでしまいました。それも病欠ですよ。病欠。病気でこんなに休んだ記憶はちょっとないですね。それも高熱で寝こんだとか、痛くて動けないとかそういうのではないんですよねぇ。ただただ寒気がして、だるくて、そして頻尿。どうやら腎盂炎らしいのです。もう4日も抗菌剤をのんでるのですがまだダメ。背筋がゾクゾクゾクゾク。

あんまり病気したことないせいかちょっと体調崩すと弱気になっちゃう。しっかりしなくちゃねぇ。さぁ月曜までに治すぞー。


え? 前立腺? 2002/11/09

今日、医者に行って来たのですが腎盂とか膀胱とかじゃなくて前立腺炎なんだそうです。この休みの間に治すぞーなんて思っていましたが完治には2~3週間はかかるそうです。まいったなぁ、長期戦かよー。


収穫 2002/11/13

うちには小学五年生の息子がいます。昨日は学校からお米を持って帰ってきました。スーパーで買うような白い米ではなく籾米です。稲作の体験学習で収穫した米。それを脱穀するのが宿題なのだそうです。フィルムの空きケースに入れて割り箸の先で突く。ひとしきり突いたら新聞紙に広げる。やさしく籾殻を吹くと、いよいよ玄米の登場です。白くない米に息子は驚き訝っていましたが私には黄水晶の原石のように見えました。大きなバケツをぶら下げた「行ってきます」から種蒔き、雑草取り、水やり、稲刈り。手間と時間を積み重ねた326粒の結晶。息子の心の中にも何かが結晶していると思います。いつか自分だけの色に輝き出す原石が。


菊花を飾って 2002/11/18

先日、隣のおばあちゃんの家から菊の切花を一抱え頂きました。といってもホームから一時帰宅なさった訳ではなく留守宅の様子を見にきた娘さんが庭の花を切って届けてくれたのでした。おばあちゃんの様子をお聞きすると変わらず元気にお過ごしとか。なにしろじっとしていられなくて職員の方々のお手伝いに精を出してるそうです。ちょっと安心。でも早く会いたいなぁ。

色も形もとりどりの菊を白い花瓶に投げ入れました。素朴な感じが目に愛らしく、香りもとても爽やかです。


おかえり、自転車 2002/11/22

日曜日のことです。義父母に誘われて六義園へ行くことになり慌てて出掛ける準備をしていました。そこに警察から電話がかかってきたのです。息子から受話器を受け取ると自転車が見つかったとのこと。ずっと駐輪場に置きっぱなしだったので不審に思った管理人が通報してくれたとか。

六義園からは早めに帰り(紅葉がきれいでした。(でも今度の週末はもっと見頃かも)バスで交番に向かいました。簡単な手続きを済ませて久し振りに愛車と対面した時にはあたりはもうすっかり真っ暗。お巡りさんにお礼を言って、さぁ、出発。はじめは寒風に凍えそうでしたがペダルをこぐごとに暖かく家に着く頃には、もう汗びっしょりでした。ビールがうまかったですよ。

錆だらけの愛車と親切なお巡りさんに乾杯!


今年もあと32.5日! 2002/11/29

いよいよ今年も後32.5日となりました。悔いを残さないようラストスパートをかけないといけませんね。でも、この1年を振返ってみるゆとりも大切にしたいと思います。通り過ぎてゆく日々、年月を通り過ぎるにまかせず、深く味わい直す。それは今年の上に来年を積み重ねてゆくためのレッスンでもあるはず。というわけで来月は今年のあれこれを振返ってみようと思います。

幼子の額のあざや冬ざるる

とはいえ思い出したくないこともありますね。今年は幼児虐待事件が多かった。この秋には私の自宅近くでも小さな子供が飢えて衰弱して死にました。来年は決して繰返したくないことです。


まずは句帖を開いてみましょう 2002/12/05

今年は実に俳句の年でした。以前から興味はあったのですが実作することは殆どありませんでした。今年は歳時記も購入し句作も19句に及びました。(まだ増えるかな?)音数律、季語、無駄を許さない簡潔さ。俳句の魅力が判りかけてきた気がしているのです。

   矮猫亭句帖2002

恋猫聞く不惑が二人向き合いて
花びらに降り籠められし心地して
春空の高みに機影の微かなる
おぼろ月本音を言わぬ人と居り
五月闇我れ凡なるを思い知る
梅雨憂し俺ならできると言い聞かせ
お風呂場に黴の香ほのか我家なり
蝉時雨我も歌わん歓喜の歌
涼風や鼻歌漏れる野天風呂
夕立のしずく残らず葉に抱き
何もせぬまま日暮れて虫時雨
ビルの間を野分忙しく過ぎにけり
夜仕事の妻の背丸く影落し
小望月レンズのほこり払う吾子
主なき隣家に熟す柿たわわ
木枯らしや岐路に立てるを告ぐ便り
落葉焚き偏屈ひとり手を炙り
流感の息子の耳朶の産毛かな
幼子の額のあざや冬ざるる

ちょっとだけ自慢を。下から三つ目の「落葉焚き」は俳句三昧の4級句会で4点を頂き高得点者一覧に俳号「矮猫」を載せて頂きました。


詩は勝率5割かな 2002/12/05

「現代詩手帖」に毎月新作を投稿すること。それが年頭に立てた目標でしたが実際に投稿できたのは6作品でした。勝率5割じゃペナントには手が届きませんね。

先ずは「冬のシュプレヒコールに」を再掲します。これは2、3年前から創作ノートの片隅で棚晒しになっていたものです。何はともあれ完成できて、あぁ、すっきりした。

   冬のシュプレヒコールに

その言葉は
誰に届くのだろうか
「しろ」とか
「やめろ」とか
命令形で発せられる言葉
そして隊列は
どこに行き着くのか

冬枯れのけやき並木
梢の向こうに木星が冴える
その静まりを越えて
僕には帰る場所がある
コートのポケットの中で
握りつぶす沈黙

そしていつものように
女の白い耳許に
ささやかな
シュプレヒコールを捧げるのだ


取引き 2002/12/05

今年2作目の投稿作品はやや長めの散文詩でした。「取引き」――これも完成まで時間のかかった作品で原形を遡れば6~7年前になります。ちょうど家を建て始めた頃です。長い間勤めた部署から全く違う部署に異動となりちょっと精神的に不安定になっていました。そのせいか時に飲酒の度を越すこともありました。婚約記念の時計をなくしたのもある飲み会で正体を失いかけた時のこと。いまにして思うと随分と情けない話ですがそれが後に詩のネタになるんだから判らないもんですねぇ。

   取引き

婚約記念に貰った腕時計をどこかに失くしてしまった。大むくれの妻に言わせると、神さまか誰かの啓示なんだそうだ。――結婚なんかなかったことにしなさい。返す言葉に窮していると建築業者から電話だ。もっともらしく眉をひそめて現場に出かけた。

その赤いハンドバッグは湿った盛土の上に置かれていた。ビニールにくるんで埋めてあったというが、それにしても色が鮮か過ぎる。――お心当たりはございませんか。施主様にも事情が判らないとなると、届けやらなにやら、ちょっと面倒なことになるかも知れません。さびた口金をそっと開くと、折り目正しくたたまれた離婚届があった。女の白い手が目に浮かぶ。苦い想いを葬る慎重な手つき。どこか見知らぬ街で、見知らぬ女の想いが、息を吹き返すような気がした。――取り壊した借家の住人が捨てたんでしょうね。管理を頼んでた不動産屋にあたってみて下さい。

帰り途、ディスカウント店で時計を買い電車に乗った。座席にからだを預けると、また女の白い手だ。向かいの席で文庫の頁をめくる指が、離婚届の女と似ている。妙に長い指。目が離せられない。白い手がしだいに静かに光り始める。その周りはむしろほの暗く、次々と闇が吸い寄せられる。中でもひときわ濃い暗みに女の長い指が沈んでゆく。少しずつ。喫水線が手首の骨の突起を洗うと、白い皮膚がくすぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュア。その先には、なくした時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。

湿りを帯びた闇が何くわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買ったばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判らなくなった。


やがて角の生える日 2002/12/05

3作目は息子から聞いた話をヒントに書いたものです。「オニちゅう」のモデルとなった先生はその後、他校に転勤されました。すぐ怒る、と文句ばかり言っていた息子ですが別れの日にわらばん紙に書いてもらったサインをいまでも大事そうに机に飾っています。

   やがて角の生える日

たけちゃんはくやしかったのだ
ちょーかっちょいい消しゴムを
むりやり下手くそな字でよごされて
ごしごしこすってみても
マジックだから消えねぇよ

絶対になくしっこない
消しゴムだったのに
もしも、もしも失くしても
くそーっなんて言わないで
静かになみだをかみしめられたのに

オニちゅうとあだ名された
先生の文字で
たけちゃんの名まえが
にじみ
かすむ
校庭に降る雨は
先生の大好きな
アジサイやアサガオを育むのに

やっと涙のおさまったたけちゃんに
小さな角が芽を出す
三十六本目の角は
ひときわ鋭く冷たかった


あいさつ 2002/12/06

今年4作目となった「あいさつ」は創作過程で幾度かここに顔を出しました。ですから、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが最初は語り手が女性だったのです。それも高校生くらいの若い女性が想定されてました。その頃は切なげな恋歌になるはずだったのですができあがりは、随分、違うものになってしまいました。

   あいさつ

走ってないと追いつかれるぜ
フレッドがよくそう言ってたっけ
でも、いつまでも走ってるわけには
いかないだろう
いつまでも
おんなじところを

立ち止まる
振り返る
こっちに来るのは誰だ
身構える
耳を澄ます
明かりなんかなくても
じきに目が慣れるさ

突然遠くで花火が鳴る
苦しそうに光って消える
痩せた肩の向こうで
小さく
微かに

さぁ追いついたぜ、フレッド
どんな挨拶をしようか


たいまつ 2002/12/09

今年5作目の作品です。ここでは血が書きたかった(のだと思います)。絆としての血、呪縛としての血。血を超えてゆく子供たち。それでも繋がれている子供たち。その悲しみと恍惚とを共有する親たち。

しかしタイトルがひどいなぁ。これじゃぁだいなしだ(苦)。そこで改題することにしました。

   あかあかと(旧題:たいまつ)

朝のテレビが叫んだのです
あなたのラッキーカラーは赤って
だから今日はことさらに
血と肉とを
意識していようと思います
皮膚や毛や粘膜に覆われた
日の光の届かない場所で
とろりと赤く流れるもの
ぷるると赤く蠢くもの

   どんな臓器にも
   母の小さな刻印が感じられます

乾いたカサブタ
掻いたらだめって言われても
とめられない指の動き
の中にも赤く筋繊維が
伸びたり縮んだり
無口な骨にしがみついて
あかあかと痙攣
かがやくいたみ
ふるえ

   子供たちの時間は低く飛ぶから
   どんなしるべも役に立ちません

声と表情とに隠された蠕動、腫脹、排卵、痙縮、細動、敗血、滲潤、律動、発熱、硬直。いつも赤く動いています。細胞膜に閉じ囲められた炎の色です。

   立ち止まるとタンポポ
   あしもとに
   もう花も種子も尽きて
   手持ちぶさた気に揺れている

ふいにつむじから
血と肉とが
溢れ出す

あかあかと


風の砂丘 2002/12/10

今年最後の作品となりました。(今月もう一作書けないとも限りませんが)長編詩として書き始めたのですが一向に前に進められなくなって考え直した結果のソネット風です。そのせいか、改めて読みなおしてみてもなにかの序曲のような雰囲気を感じます。

   風の砂丘

もしも私に愛が
許されるなら
それは五月

古い手紙から
解き放たれた風が
子供たちを勇敢にする

坂道を駆け登り
海と出会う
春と夏との隙間に
太陽が溶け落ちる

旅立ちの準備は
終わっただろうか
もうすぐ雨がやってくる
砂浜のむこうに揺れる麦藁帽子


映画。今年は何本、見ましたか? 2002/12/14

本当は大好きなんですよ、映画。でも、なかなか見る時間が取れません。今年、劇場で見た映画は「Monsters Inc.」だけ。ビデオやテレビで見たものを加えてもせいぜい10~15本というところでしょうか。そんな中からトップ3をあげてみますと

1位 スペーストラベラーズ(2000/日)
2位 Monsters Inc.(200x/米)
3位 Chocolat(2000/米)
3位 A.I.(2001/米)

といったところでしょうか。

「スペトラ」はとにかく楽しくて笑えてでも最後はお約束。悲しく、苦く。でも、やっぱり――。で、深津絵里が光ってました。「Monsters Inc.」は泣いた。泣いた。もう恥ずかしいくらい泣いた。実は単純な泣ける映画が好き。自分でも意外なことに。「Chocolat」も「A.I.」も良い映画でした。優劣つけがたく同率3位。

来年はもっと見たいなぁ。


ちょっと貧しすぎな読書生活 2002/12/16

映画の次は本のトップ3です。

1位 長谷川龍生詩集.現代詩文庫.思潮社.1969
(以下、該当なし)

実は今年は余り本を読んでいないのです(「現代詩手帖」は一所懸命読んでいましたが)。これは、と思うような本と出会えなかったのはやはり母数が少なすぎたせいでしょうか。

で、長谷川龍生ですが今まで殆ど読んだことがなかったんですが「現代詩手帖」の特集で興味を持ちました。読んでみると実に良い。もっと早く読んでおけばよかった。


鴉啼く 2002/12/20

雪しまく挑むが如く鴉啼く

年内にもう1句くらい詠めないかなと思っていたら東京には珍しい大雪が降ってくれたおかげで滑り込みセーフ。

「雪しまく」は風吹きすさぶ中に雪が降る様子を表す季語です。裸木に1羽。ふてぶてしい面持ちで耐えている黒い鳥。孤高――やっぱり群れてちゃ美しくないのでしょうか。

声音を意識して「く」を重ねてみましたが、くどかったかなぁ。

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