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2008.08.15

矮猫亭・2003年10~12月

古い日記の再掲載。今回は2003年10~12月、5年前の秋だ。5年というのはなんとも微妙な歳月で、ついこの間のことのようにも思えるし(もう5年もたったのか!)、ずいぶん昔のことのようにも思える(まだ5年しか経ってないのか!)。これが10年、20年となると大違い――と思ったが、やはり、ついこの間のようにも、ずいぶん昔のように思われる。この歳になると5年も10年も大差ないということか……。


新作です(散文詩「冬納め」) 2003/10/06

久しぶりの新作です。散文詩なので敢えて行分けしませんでした。お好みの画面幅でご覧下さい。

   冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録

 冬納めの儀式は古来より西院にて執り行うものとされている。その間、本尊は伏せられ、黒いラシャ布が被せられる。これを本尊隠しと称する。永年、雪守家の末子の役目とされてきたが、鴉葬以来、毎年、隠し役を選ぶことが村主の最も重要な仕事となった。隠し役の要件は年によって異なる。十八年前には碧陰核をと泉告げが下り、村主は自分の娘に植碧するほか術がなかった。
 本尊が隠されると納女が招き入れられる。泉のほとりの荒小屋に棲む老女。齢い二百を超えると噂される。平素は疎んじられ声をかける者さえいないが、泉告げを聞くのも冬を納めるのも、この女にしかできない。著しい水勢のために真冬も凍らぬ泉。女は小さな杯に泉水を汲み、ひとしずくもこぼさぬよう、まる一日かけて、ゆっくりと山道を下ってきたのだ。物音もたてずに御堂に入る。闇戸が閉ざされる。この鉄の扉は儀式が終わるまで決して開かれることはない。
 隠し役と納女だけが残された御堂の中でどのような儀式が行われるのか。村には一人として知る者はいない。儀式が終わり闇戸が開かれると、女は口を閉ざしたまま山道を戻ってゆく。本尊は元の位置に、隠し役はラシャ布に包まれて目覚めることのない眠りを眠る。死んだわけではない。中には眠ったまま三十年、生き続けた者もあったと聞く。あとはただ空の杯が残されるだけだ。
 長い沈黙の後、ようやく扉が開かれ納女が現れた。この冬は納められんかった。村人はみな初めて女の声を聞いた。突然西の空が明るみ、火箭が闇空を渡る。錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ、見えない獣たちが満ちてゆく。冬眠は解かれた。いや禁じられたのだ。噴出の姿のままに泉は凍り、火箭に裂かれた風が鋭く氷面を渡る。村主の目に殺意が顕れる。速やかに伝播し納女を取り囲む。


カートに乗ってきた 2003/10/07

一昨日の日曜、久しぶりに秩父に行ってきました。今回のお目当てはハイキングではなくカートです。「スポーツの森」というレジャー施設にレンタルコースがあると聞き息子と2人、スポーツカートに初挑戦しました。

1周500メートルほどのコースはカーブが多く、なかなかトリッキー。上手い人は1周30秒くらいで走れるそうです。カートは無限のPK50、駆動系はスクータのものを流用しているのでオートマです。最高速は60kmだそうですが、あのコースは直線が短く、そこまでは出せなさそう。それでも地面スレスレを疾走する迫力、爽快感は格別です。やみつきになりそう。


奥武蔵ハイキング 2003/10/15

3連休はいかがでしたか?私は土曜日に家族でハイキングに出かけました。巾着田で有名な高麗駅(西武秩父線)から歩き始め日和田山・高指山・物見山と、300~400m程度の低山を巡り昼食後は北向地蔵と五条の滝を見物して武蔵横手の駅に。全行程約10kmを4時間ほどかけてゆっくり歩きました。

初心者向けの歩きやすいコースで少々物足りないきらいもありますが家族でのんびり話しながら歩くにはお勧めです。


新しい部屋 2003/10/29

既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんがメニューに「矮猫亭出版局」へのリンクを加えました.先日終刊した「矮猫亭雑誌」(バックナンバー)などわたくしの作品を公開しておりますので,是非,ご覧下さい.


全身小説家! 2003/10/30

先日,映画「全身小説家」を見ました.ガンで亡くなった小説家井上光晴の日常を追ったドキュメントです.10年ほど前,公開されたときに見損ねてしまい,それから,ずっと気になっていたのですがケーブルテレビで放映されると知り,ビデオに録画して見ました.

前半,なるほど,小説家とはこういうものか,ふむふむと見ていたのですが後半,う~む,と唸っちゃいましたね.こりゃぁ,ただの小説家じゃない.正に全身小説家だ.彼は生身の人生をではなく小説を生きている.

いやぁ,参りました.かなりお薦めです(★★★★☆).


?つながり 2003/11/04

三連休はいかがでしたか?私は風呂のカビ取りをした他は,のんびり映画を観てすごしました.何を観たかと言うと,ジョン・ウェインの西部劇「アラモ」と地下鉄サリン事件から1年後のオウム真理教(アレフ)を追ったドキュメント「A」

「アラモ」はよかったなぁ.★★★★☆です,それも限りなく5つ星に近い.アラモ砦の事件を美化するものと見る向きもあるでしょうが,私にはそう見えなかった.もっと深く魂に迫るものを感じました.

「A」は,正直言って,途中で飽きました.記録としての価値は認めますが,映画としてはどうでしょう.ぎりぎり★★★☆☆というのが私の主観的評価です.

ところで両者には共通点があります.なにかというと「A」つながり.それから,共に絶望的な状況下で奮闘する者たちが描かれている.そして最後にCATVで観た.ほんと,我が家はCATVさまさまなのです.


宮沢賢治覚書 2003/11/06

久しぶりに読書ノートから.草野心平の『宮沢賢治覚書』を読みました.講談社文芸文庫の「現代日本のエッセイ」シリーズとして刊行されたものです.草野心平が宮沢賢治について書いたエッセー13作品が収録されています.賢治の人となりと作品の特質が,草野らしい熱く太い筆致で書かれています.草野の賢治発見は実は自分自身の発見だったとする粟津則雄の解説も良いです.難を言えば,同じ文章・フレーズがあちこちで何度も使われています.人によっては飽きちゃうかもしれません.


創作ノートから 2003/11/11

久しぶりに創作ノートから.今回も散文詩に仕上げるつもりです.まだまだ手がかかりそうではありますが.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられない。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れる。私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりにコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。頭の上に軽やかな足音が降ってくる。いつまでも、いつまでも。


創作ノートから 2003/11/13

昨日ご紹介したストーカー(?)の話をちょっと推敲してみました.判りやすいように,削ったところは取消し線を入れ,加えたところは太字にしてあります.題は未だ決めていません.「歩きの時間」なんてどうかなぁ.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。頭の上に軽やかな足音が降ってくる。いつまでも、いつまでも。モーターや鉄輪、鉄路のくぐもった響き。その隙間から軽やかな足音が降ってくる。

降りやまない足音につつまれて、私の歩きの時間もいつまでも続く。


創作ノートから「歩きの時間」(仮題) 2003/11/14

引続き校正中です.舌足らずの感が強かった終わり方に手を入れました.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁。女が向かっていたのも西だ。モーターや鉄輪、鉄路のくぐもった響き。そのモーターの唸り。鉄輪がレールの継ぎ目を踏む音。くぐもった響きの隙間から軽やかな足音が降ってくる。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だ降りやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、女の足音がついて来る。その速さにつつまれて、私の歩きの時間もいつまでも終わろうとしない。


さらばGTR,さらば元祖ドリキン 2003/11/18

先週末は暑いほど陽気の良い日曜日でしたが私は息子と二人でテレビにかじりついていました.というのも,全日本GT選手権(JGTC)の最終戦があったからです.結果は青い稲妻カルソニックスカイライン(トレルイエ/井出)の圧勝.更に3位,4位もGTR勢が占める活躍ぶりでした.注目のGT500クラス,シリーズチャンピオンはザナヴィGTR(本山/クルム)が遂にエッソスープラ(脇阪/飯田)を逆転.わずか3ポイント差ながら栄冠を手中におさめました.本山はフォーミュラニッポンでもシリーズ優勝しており,日本一速い男を実証しました.

ところでニッサンはGTRのJGTCへの参加休止を表明しています.ファンとしては寂しい.もったいない.更なる進化を遂げて帰ってくるのを待つばかりです.

で,来期はフェアレディZがGT500に登場するらしい.そのZ(ハセミ,木下/柳田)はGT300クラス2位.こちらも見事シリーズチャンピオンの座に着きました.

有終の美を飾ったのはGTRだけではありません.今期を最後に引退を表明していた元祖ドリフトキング土屋圭市もすばらしい走りでした.

余韻さめやらぬ夜.テレビで放映された映画「頭文字(イニシャル)D/サードステージ」を見ました.我ながら大人気ないとは思いますが,クルマ三昧で大興奮の一日でした.


映画3本鑑賞雑感 2003/11/27

今月2度目の3連休は息子が風邪気味だったこともあって,家でのんびり過ごしました。そんな時は,そう,例によってCATVで映画三昧です。

ガンヒルの決斗 (1959/米)

カーク・ダグラスがむちゃくちゃカッコイイ.それだけの映画と言えなくもないですが,仇役(A・クイン)の最後の一言がズシリと重い.なにしろ邦題が原題「Last Train from Gun Hill」の意を表現できていないのが残念.決闘シーンも素晴らしいけど,本当は,その後のガンヒルを列車で去る場面こそ見ものです.ちょっと辛目の★★★☆☆です.

家族ゲーム (1983/日)
ご存知,森田監督の若き日の傑作.もう何度も見ましたが,何度見ても,良いものは良い.文句なしの★★★★☆.お薦めの一本.

老人と海 (1958/米)
これも何度見ても飽きない一作.「ガンヒル...」と同じジョン・スタージェス監督の作品ですが,断然,上です.もちろんヘミングウェーの原作が素晴らしいこともありますがその映像化を支えたのは,なんと言ってもスペンサー・トレイシーの一人芝居.これも文句なしの★★★★☆です.


創作ノートから「歩きの時間」(仮題) 2003/11/28

また,いじってみました.最後の部分を少しだけ.でも,かえって,悪くなったような気も.う~む.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。

私はその速さに魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。ついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。窓の外は薄暗がりに続くコンクリートの壁。女が向かっていたのも西だ。モーターの唸り。鉄輪がレールの継ぎ目を踏む音。くぐもった響きの隙間から軽やかな足音が降ってくる。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、女の足音がついて来る。その速さにつつまれて、私の歩きの時間もいつまでも終わろうとしない続く。私が死んだ後も終わることはないだろう。


浅草寺の母子地蔵 2003/12/01

義父母の金婚式のお祝いに浅草寺参りにいってきました.仲見世を冷やかして,さてお参りの前にトイレにと右手に切れたところに冷雨にぬれた未だ新しい母子像がひっそりとたっていました.石碑には敗戦後の混乱期に命を落とした親子の鎮魂のために建立したと書かれていました.母子地蔵,始めて見た,その像に手を合わせるとビートルズの「Let It Be」が思い浮かびました.はなればなれになった人々にも再会のチャンスはある――そんな歌詞です.極楽や浄土,天国といったものがあるのかどうか,私には判りませんが,もしあるのならば戦火の中,生き別れ,あるいは死に別れた親子が,そこで再び出会うことができるよう私は祈らずにいられませんでした.親子が一緒にいられる,このあたりまえの幸せのありがたみを深く,かみしめてみる必要がある,そう思わずにはいられなかったのです.

浅草寺にお参りの節は,どうぞ,母子地蔵にも立ち寄ってみて下さい.


創作ノートから 2003/12/02

花束のように届けられた戦争の赤く錆びたリボンをほどく.秒速3000メートルで立ち上がる主題を叩きのめす.おまえに用はない.

いつになく暴力的な詩句が浮かんできました.どうしたものやら,ただただ手をこまねいて眺めているところです.


創作ノートから / 「歩きの時間」改め「追跡」(仮題) 2003/12/03

相変わらず推敲中.今回はかなり大幅に手を入れました.タイトルは「追跡」にしようかと思い始めています.

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私だって運動のために歩いているのだから、かなりのスピードのはずなのだが、女の歩く速さは次元が違う。殆ど走っているかのようだ。私はその速度に魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。汗が額を濡らし、膝の裏や向うずねの辺りが痛くなってくる。それでもついていくのがやっとだ。追いこすなんてとてもできない追わずにはいられないのだ。

十五分ほど歩くと私の持ち時間は尽きてしまう。右手に駅が現れ、私は地下鉄に乗らなくてはならない。女はそのまま進む。真っすぐ、脇目も振らずに。しかし追跡は三十分も続けばましなほうだ。信号機や踏切が邪魔をする。道を問う老婆。警察の職務質問。デモ隊に鼻先を横切られたこともあった。私はついに女の顔を見ることはできない。汗の匂いにさえ届かないのだ。

いつもの電車はいつものように西へ向かう。学生と勤め人ばかりを詰め込んで。その日も私は彼女を見失った。汗を拭いながら地下鉄に乗りこむ。窓の外は薄暗がりにコンクリートの壁が続く。女が向かっていたのも西だ。モーターの唸り。鉄輪鉄の車輪がレールの継ぎ目を踏む音。そのくぐもった響きの隙間から軽やかな聞きなれた足音が降ってくる軽やかに降り始めた。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り下り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、事務棟の薄暗い廊下にまで、足音はついて来る。その速さにつつまれて、私の歩き追跡の時間もは続く。私が死んだ後も終わることはないだろう。私が追っているのか、足音に追われているのか、分からなくなる。それでも追わずにはいられないのだ。


小林秀雄の「モオツァルト」 2003/12/08

小林秀雄の「モオツァルト」を読んだ(『モオツァルト・無常という事』新潮文庫).恐らく25年ぶりのことだ.あの頃,私はモーツァルトも小林秀雄も好きではなかった.それなのに,なぜ読んだのだろう,まったく覚えていない.改めて読んでみると,この文章が実は私の創作観に大きな影響を与えていたことに気づく.そう言えばモーツァルトの音楽も以前に比べれば少しは好きになってきている.


映画『39・刑法第三十九条』を見て 2003/12/15

森田芳光監督の1999年の作品『39・刑法第三十九条』を見ました.これも公開当時ついつい見損ねてしまい,CATVで録画したものです.森田監督らしい繊細かつ独特な映像感覚・セリフ感覚が素晴らしい.見ているうちに緊張とある種の崩壊感のようなものが高まっていきます.そして黒い画面に白い文字で浮き上がる最後のメッセージ.人は,おのれの罪を直視しなければ,自分自身を失うことになるのですね.私は,若い頃は自己欺瞞に対して非常に敏感だったと思います.今はどうだろう.欺瞞なく自分自身を生きているのだろうか.そんなことを考えさせられました.どうどうの★★★★☆です.


創作ノートから 2003/12/17

ここから先は読むな.物語は終っている.もうページをめくる必要はない

どうも最近,頭に浮かぶ詩句はどうにもこうにも暴力的な匂いがする.何かたまっちゃってるのでしょうか.それとも,何かが変わりつつあるのでしょうか.


き、きられた 2003/12/18

『上野千鶴子が文学を社会学する』を読み始めました.手元にないので正確に引用できませんが

言葉を選ぶことには政治的な立場の選択が避け難く含まれている

ノッケからそんなようなことが示されています.相変わらずズバズバものを言い,相変わらずスッパリと切りまくってます.小気味いいといえばいいのですが,こちらも無縁ではいられません.き,きられた,と感じてしまいます.

それにしても『上野千鶴子が...』とは,なんちゅうタイトル.なんだか,みもふたもない感じがするのは私だけでしょうか.


日本85歳,シエラ・レオネ36歳 2003/12/22

WHOが「世界保健報告2003年版」を発表したそうです.早速,プレスリリースを見ると保健の国際的な格差が喫緊の課題とのこと.日本の女性の平均余命85歳に対してシエラ・レオネはなんと36歳なのだそうです.確かに,これでいいとは思えませんね.東京の街にはジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」が流れ不況もなんのその,子供も大人も,老いも若きも浮かれきった様子.でも,私たちは,あの甘美なメロディに酔ってしまっていいのだろうか.ジョンは,ただ,豊かな社会に生きる者を酔わせるために歌ったのだろうか.がらにもなく,そんな想いを抱かせられてしまいました.


2003年を振返る(映画篇) 2003/12/24

さて今年もいよいよ余すところ1週間ほどとなりました.そこで例によって,この1年を振返ってみたいと思います.まずは映画.今年はなんと32本も見てしまいました.もっとも映画館で見たのは1本もなく殆どがCATVで放映された旧作です(ちと情けない).今年見た映画のベスト5は以下の通りです.

山の郵便配達 (1999/中国)
アラモ (1960/米)
荒野の七人 (1960/米)
ピンポン (2002/日)
家族ゲーム (1983/日)

<次点>
全身小説家 (1994/日)
少林サッカー (2001/香港)
シェーン (1953/米)

「山の郵便配達」はとにかく良い.誰にでもお薦めのイチオシです.西部劇が2本ランクインしているのは今年の我が家のブームが反映されたもの.特に「アラモ」はカッコ良く,面白く,且つ感動させられます.

来年も良い映画をたくさん見て,たくさん感激したいものです.

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