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2008.12.19

矮猫亭・2008年10月

10月。昨年の夏から燻ぶってきたサブプライム問題が遂に火を噴く。秋の深まりと共に株価は下落し、1万円割れ、9千円割れ、8千円割れ……と、「まさか」を繰返す。ボクのようなものでも幾ばくかの株や投信を持っていてこの「まさか」に泣かされた。起死回生を狙って『株で儲けたい人のおそるおそるの信用取引』(日向野利治、明日香出版社、1998)『eワラント完全マスター』(天海源一郎、扶桑社、2008)といった本も読んでみたが「レバレッジ」という言葉が怖くて結局なにもできない。あいかわらずのさえない日々が続くばかりである。



5日。TBSテレビで映画『涙そうそう』(日本、2006)が放映される。初めて観てみたが切なくてなかなか良かった。血のつながらない兄妹の恋愛になりそうでならない愛の物語、と言ってしまえば、すっかり手垢にまみれたテーマのように思われるが、沖縄の風景と大ヒットした主題曲を背景に、妻夫木・長澤コンビが爽やかにノビノビと演じており古臭さを感じさせない仕上がりだ。

12日。息子の通う高校の文化祭に行く。いかにも男子校の文化祭的な文化祭であることはよくよく承知していたが、まだ息子の高校を訪ねたことのない義理の父が見てみたいというので一緒に行くことにした。例によって総じて言えば男子校の文化祭なのだが、さすがは某私立大学の付属だけあってアカデミックな展示もないわけではない。しかも機材やら何やら相応にカネをかけている。なるほど高い授業料もダテではないか……。

19日。先週、先々週と週末のランニングを19キロに増やしたせいか、ここのところちょっと腰が痛い。大事をとってランニングは休み、代わりにというわけでもないが妻と航空公園まで歩くことにする。息子が小さかった頃には自転車で毎週のように通った公園だが今では年に数度しか行くことがない。隣接する市立図書館が貸出し図書のコンビニ受取りサービスを始めてからは、ますます足が遠のく一方だ。

すっかり秋らしくなった景色を楽しみながら1時間ほど園内を散策。図書館に立ち寄り詩集や写真集などを物色して帰途に着く。西荒井町の交差点を渡り小さな三叉路を脇道のほうへ抜けると左手に馬頭観音の石碑。御姿を彫ったものではなく文字碑だ。「天保十三歳」と刻まれている。江­戸時代の末、水野忠邦の天保の改革のころから170年近くもの間この場所で人々の往来­を見守ってきたということだろうか。

御幸町の馬頭観音(所沢市)

25日。なかなか腰痛が抜けず整形外科を受診。椎間板や骨にはこれといった異常はなく、加齢と疲労によるものだろうとのこと。しばらくトレーニングは休んで通院するようにと指示を受けた。やれやれ。

帰りにブックオフに立ち寄り以前から欲しかった『身近な樹木ウォッチング―まず基本170種を覚えよう』(淡交社、2001)を購入。値段はなんと100円。ラッキー!

29日。待ちに待ちに待ちに待った井上雄彦の『リアル』8巻(集英社)がいよいよ発売される。さっそく会社帰りにコンビニで購入。家に着くまでに2度も読んでしまった。来月は『バガボンド』29巻(講談社)も発売予定。こちらも楽しみだ。

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2008.12.11

あぁ、筋肉痛。

12月8日。昨日からの筋肉痛がいっこうに抜けない。まぁ、あれだけ楽しく遊んだのだから仕方がない。自業自得というものだ。

昨日は所沢シティマラソン。といってもフルマラソンの部はなくハーフに出走した。3月の東京マラソンに向けてゆっくり走る練習をするつもりだったが、やはりレースはテンションが上がるもので、結局そんなことは途中ですっかり忘れてしまった。自己計測タイムは1時間44分37秒(ネット)。自己ベストの44分ちょうどには及ばなかったものの、一人で走っているときには決して出せないタイムだ。

大会パンフによると昨日のハーフの出走者は約2000人。仮に半分だとしても1000人は筋肉痛に悩まされているはずだ。そう思うとなんだか可笑しくなってくる。

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2008.12.09

『中桐雅夫詩集』を読む

12月5日。久しぶりに『中桐雅夫詩集』(現代詩文庫、思潮社)を読んでいる。ボクが長年とらわれてきた「闘いと飢えで死ぬ人間がいる間は/おれは絶対風雅の道をゆかぬ」(「やせた心」)という詩句を遺した荒地派を代表する詩人だ。心の滓というか、なにか澱んでいるような感じ、ぐたっと緩んでしまったまま引き締まってこない感じを払拭したくて読んでみることにしたのだ。

長田弘が選定・構成を行なったこの詩集は「海」、「戦争」、「弔詞」、「終末」、「少女」と冒頭から戦争体験をモチーフとした作品や、戦争体験を背景としたものと思われる死と暴力のイメージに満ちた作品が続く。中桐自身の言葉を借りれば、「人間自体のうちにひそむ、良心のとがめのない残酷さ」を味わった人間全体の不安、「単数の死ではなく」「メガ・デスに直面した詩人の声」を反映したものだろう(「「われ」から「われわれ」へ」、『国語通信』1969年11月号)。

『中桐雅夫詩集』には詩論として「ヴァジニア・ウルフの死」、「lost generationの告白」、「断片的回想」、そして前掲の「「われ」から「われわれ」へ」の4つの散文が収められている。特に「lost generationの告白」と「断片的回想」は戦中から戦後にかけて思春期・青春期を経験した中桐をはじめとする荒地派の詩人たちの思想と動向を垣間見ることができ興味深い。

政治の将棋の歩になることでもなければ、自分の塔にとじこもって外をみないという態度でもない――そういう姿勢で詩を書いてゆくむなしさを考えると、僕らは戦争中だけではない、これからもずっとロスト・ゼネレエションであらねばならぬのだと思われるのである。(「lost generationの告白」、『荒地』1947年10月号)。

先に挙げた詩句「闘いと飢えで死ぬ人間がいる間は/おれは絶対風雅の道をゆかぬ」の原点を思わせるような言葉だ。中桐は「風雅の道」を行かなかったのと同時に、武勇の道とでも言えばいいだろうか、市民運動や活動家とは一線を画したところで人と社会とをみつめ、時には抗議の声を上げてきた。

そうした姿勢はある意味では中途半端なものかもしれない。しかし詩人としてジャーナリストとして、その中途半端さに耐えつつ書き、生きてきた、中桐の言葉だからこそ、「おれは絶対風雅の道をゆかぬ」という詩句はいつまでもボクをとらえて離さないのかもしれない。

よく今日まで、詩だけは忘れずに生きてきたものだ、と思う。いや、詩だけを支えにして生きてきたといった方が正確であろうか。(「断片的回想」)

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2008.12.04

矮猫亭・2008年9月

8月は月初めから松本圭二の『アストロノート』に叩きのめされたが、ようやく立ち直りかけた9月も寺山修司の俳句にやっつけられっぱなしとなった。どうにもなかなか自分を立て直すきっかけがつかめぬまま夏が終わり秋に突入というかっこうだ。



1日。『寺山修司の俳句入門』(光文社文庫、2006)を読む。3ヶ月ほど前に読んだ未刊歌集『月蝕書簡』(田中未知編、岩波書店、2008)は寺山の(果たしえなかった?)原点回帰を思わせたが本書は更にその源流、寺山の高校時代にまで遡る。その作品には十代らしからぬスケールの大きさ、卓越した才能が十代らしい激しさで迸っている。つくづく圧倒され言葉を失う。

7日。7月20日以来1ヶ月半ぶりのランニング。いつものように八国山を抜け多摩湖に向かう5.5キロを往復。かなり抑え目のペースではあったものの筋力の低下は心配していたほどではなさそう。

8日。……と思ったら翌日しっかり筋肉痛に。トホホ。

10日。大前研一の『50代からの選択―ビジネスマンは人生の後半にどう備えるべきか』(集英社文庫、2008)を読む。50代には少し早いが定年までの時間と定年後の時間の過ごし方をそろそろ考え始めたほうが良いような気がして、まずは手始めに本書を紐解いてみることにしたのだ。読んでみて思ったのは、そろそろ腹をくくるべきだ、ということ。色んな意味で。

14日。映画『幸せの1ページ』(米国、2008)を観る。心温まる物語と豊かな自然美をとらえた映像が魅力的な作品。ジョディー・フォスターのコミカルな演技だけでも十分に見ものだ。一緒に行った息子は少女ニムを演じたアビゲイル・ブレスリンが気に入った様子。ボクに似たのか、どちらかというとポッチャリ好きのようだ。

15日。週末のランニング。いつものように自宅~八国山~多摩湖の往復11キロを走る。今週もジョギングペースだが、まだおっかなびっくり走っていた先週に比べれば大分ペースを上げられるようになってきた。

20日。RUNNETで所沢シティマラソン(ハーフ)と新宿シティハーフマラソンに参加の申込み。晴れて出走かなえば3年ぶりのレースだ。2005年10月、チャレンジランinナショナルスタジアム(10kmロード)でレースデビュー。12月には所沢シティマラソン(ハーフ)も走ったが、翌2006年は息子の受験を控えてレースは自粛。昨年は腰痛で断念。今年こそ走りたい。フルマラソンにも挑戦してみたい。

21日。いつもの週末ラン。まだペースを上げる気にはなれないが、この三連休中にもう1本走っておくつもり。午後は妻と義母の墓にお彼岸のお参り。思えばお彼岸らしいことなど30年くらいしていなかったのではないか。家族、親族に不幸のなかった証でもあるが、ボクがまだ子どもの頃に亡くなった祖父母が呼んでいるような気がする。春のお彼岸には久しぶりに母方の祖父母が眠る大宮霊園を訪ねてみようか。

23日。三連休2度目のラン。ゆっくり走る分には不安を感じなかったので少し距離を伸ばしてみる。いつものコースに、八国山縦走を1往復加えて15キロ走ったが膝にも腰にも痛みはこない。来月から週末ランを今の11キロから20キロに増やすつもり。

27日。9月も末になると陽気も景色もだいぶ秋らしくなってくる。秋の気配に誘われたか、珍しくウォーキングに出かけたいと妻が言う。来月から走る予定の多摩湖自転車道を下見したい気持ちもあり山口観音を目指すことにした。

自宅から公事道を抜け八国山を縦走。西武園の脇を通って多摩湖自転車道に入る。しばらく歩くと山口観音(吾庵山金乗院)の奥の院、五重塔が見えてくる。自転車道を離れて観音さまにお参り。いつものように本堂の周りをマニ車を回しながら一周し境内の石仏を写真に収めた。

山口観音の石仏

ここでいったん休憩を取ることにし以前から気になっていた豆腐料理の深山で昼食。さらに狭山湖まで足を伸ばした。帰りは西武球場前から西武線に乗ったが都合3時間くらいは歩いたのではないか。

夜は映画『ターミナル』(米国、2004)を観る。テレビ放映を録画しておいたものだ。空港から出られないという、ある意味では極限的な状況の中、ひょうひょうと生き延び、恋までしてしまう主人公の一味違ったタフさが魅力的。

28日。いつもの週末ラン。来週からはフルマラソン挑戦に備えてゆっくりペースの20キロ走を軸にする考え。そこで八国山~多摩湖コース11キロのシーズンベストを狙ったが5月頃の記録には届かない。やはり1ヶ月半のブランクは大きいものだ。体重が増えたせいもあろうが明らかに走力が落ちている。う~む。

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2008.12.01

小春日のように

11月30日。義母が亡くなってから8ヶ月が過ぎた。この間、妻は月命日の墓参を欠かさず、今日も義父と一緒に墓参りに行くという。久しぶりに休日と重なったので義兄とボクも加わり4人で所沢聖地霊園に向かうことにした。息子も誘ってみたが期末試験前とのことで断念。いつも暢気な付属校生もさすがに定期試験前は頑張るようだ。

関東地方は昨日に続く小春日和。義兄の運転する車も窓から暖かい日差しが差し込み油断していると目蓋が重くなってくる。「お母さんのお墓参りの日はいつも晴れるね」と妻。義父が大きく頷く。そうこうするうちに霊園に到着。天気がよいせいか駐車場は満車だ。

八度目も月忌は晴れぬ小春かな 矮猫

墓石に降り積もった落ち葉を払い、義父が育てた菊の花を供える。線香をたき手を合わす。空はいよいよ青く晴れ渡り小春日が4人を包む。我々だけではない。はらはらと落ち葉を降らすケヤキも、枯れ草の陰で鳴く虫たちも、あらゆる生命がその光に抱かれている。
人肌のごと小春日が墓を抱く 中山純子

「さぁ帰ろうか」。去りがたい思いにけじめをつけるように義兄が言う。ボクは亡くなった義母の笑顔を思い出しながら車に向かう。小春日のように穏やかで温かだった笑顔を。

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