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2009.01.08

直感について

元旦。とはいえ喪中の身の上、屠蘇も雑煮も年始の挨拶もなく(お年玉だけは取られたが)、普段の休日通りに遅めの朝食をとる。初詣も控えることにし代わりにというわけではないが義母の墓参りに出かけた。義母が眠る霊園は某駅からバスで20分ほどかかる。駅前ロータリーのバス停に着いたときには5~6名の先客が待つばかりだったが、バス待ちの列は次第に長くなり、発車する頃にはラッシュ時の通勤列車並みの混雑となった。

ボクらは運よく座ることができたが、ふと嫌な予感に襲われた。このバスはどうもさっきから挙動がおかしい。停留所に止まる度に立っている乗客が大きく揺さぶられる。停車の仕方が余りにも乱暴なのだ。しかもボクの席の斜め前方には太った女性の大きなお尻がある。揺れた拍子にボクの左足が床に落ち、そこに女性が倒れこんできたら……。

まさかと思った予感が的中したのは正に霊園前のバス停に着いたときだ。さぁ到着と不用意に下ろした左足が、停車時の揺れで体勢を崩した女性の尻に押されハンドレールにあたる。更に女性の体重がのしかかり太ももの筋肉が悲鳴を上げる。幸い軽い打撲で済んだが、午後、初ランをと思っていたボクには結構ショックだった。

もし、あのとき直感に従ってバスが止まりきってから足を下ろしていれば、ボクは痛い目に遭わずに済んだわけだが、かといって常に直感に従えばよいという訳でもなさそうだ。というのもボクの直感は午後の初ランは延期せよと主張したが、帰宅後、テレビで観たニューイヤー駅伝の劇的な結末にほだされたボクは、直感に逆らって18キロのランニングを敢行。もちろん打撲の痛みはあったものの大事に至ることもなかったのだ。

では、どんな時に直感は当たり、また外れるのか、ボクは走りながらそんなことを考えてみた。ヒントになったのは、あの大きな尻だ。よくよく思い出してみるとボクは足の小指を女性の尻に潰され骨折したことがある。もう10数年も前、息子が通う幼稚園の運動会で父兄の綱引きに出場したときのことだ。バスの中でボクが感じた直感は、どうやら、大きな尻に喚起された骨折の記憶、意識にまでは届かなかった潜在的な記憶に起因するものだったようだ。

直感はしばしば潜在的な記憶に起因する。もし、そうだとすれば直感の因って来たる記憶を探ることで、その直感の蓋然性を評価することができるかもしれない。もっとも、そのような時間の猶予があればのことだが……。

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