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2009.02.27

ようやく100キロ

2月15日。いよいよ東京マラソンもあと1ヶ月強に迫った。今月は週に1度のランニングのを20キロから35キロに延ばし、今日でついに月間走行距離も100キロを越えた。来週も無事に走れれば今月は140キロに達する予定だ。

月間100キロという距離は市民ランナーとしても決して多いほうではないかもしれないが、なんとなく1つの境界線として意識されてきたものだ。これまでにも何度か距離を伸ばすことに挑んできたが、その度に腰痛や膝痛に妨げられてきた。それだけに、ようやくここまでこれたことが嬉しい。

ちなみに35キロのランニングコースは自宅から八国山を越えて多摩湖に向かい、自転車道で多摩湖を2周して再び八国山を縦走し自宅に戻るというものだ。最後の5キロ、起伏の激しい八国山と、その後の昇りっぱなしの1キロ半が超キツイ。

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映画『マンマ・ミーア!』を観る

2月11日。映画『マンマ・ミーア!』を観る。

ここのところ何となく物憂い感じの息子を元気づけたい気持ちもあって、みんなで『マンマ・ミーア!』を観にいこうと誘ってみたところ妻も息子もすぐに賛成してくれた。さっそくネットで調べてみると、先月、『K-20怪人二十面相・伝』を観た池袋・サンシャイン通りのヒューマックスで上映している。そそくさと朝食をすませ急いで池袋に向かった。この日の池袋は何故か人出が多く映画も盛況の様子。ボクらも午前の上映のチケットが手に入らず、買物など用を済ませて夕方から観ることにした。

さて、この映画は一体どうしてこんなに楽しいのだろう。ギリシャの青い空と海とに囲まれた豊かな自然、全編にわたり流れ続けるアバの楽曲、主役のドナ(メリル・ストリープ)をはじめとする壮年(?)男女の元気溌剌ぶり、ドナの娘ソフィ(アマンダ・セイフライド)ほか若者たちの初々しさ……。その魅力を挙げていったら数え切れないほどだが、ボクが注目したいのはエンディングだ。大騒動を巻き起こした結婚式。物語は思いがけない方向に展開し盛大な祝宴のうちに大団円を迎える。愛の女神アフロディテの神恵。そして旅立ち。だが映画はまだ終わらない。ミュージカルにつきもののカーテンコールが用意されているのだ。メリル・ストリープをはじめ主な出演者による歌とダンス。そして雲上の神々が姿を現し笑顔のうちに喝采を送る。そこに示されているのは、この物語が神々への捧げものとして演じられた祝祭劇だったということだ。振り返ってみればこの作品全体を覆う祝祭的な雰囲気はどこかギリシア的だ。人間の生を欲望もろともに肯定するギリシア的な要素がこの映画をかくも楽しいものにしているのだろうか。

ところで、こんなに楽しい映画なのに涙を誘われてしまうのはなぜか。単純に見えるが意外に謎が尽きない。実はボクが思っていたよりも、ずっと深い映画なのかも知れない。

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2009.02.20

節分あれこれ

2月3日、節分。いつもより少し早めに会社を出て9時ころ帰宅。妻と息子と三人で豆まきを行なう。今年は妻の発案で掛け声を「福は内」のみとした。成田山や高幡不動など仏寺での節分会に多いようだ。玄関から始めて家中の窓ごとに豆を放つ。生意気盛りの高校生の息子も、こうした年中行事にはシブシブとながら(?)つきあってくれる。

節分と言えば、ここ数年、コンビニやスーパーで「恵方巻」の文字を見ることが多くなった。もともと関東にはなかった風習だが関西では珍しくないらしい。「恵方巻」に限らず節分の行事も土地によって色々と違いがあるようだ。当ブログで何度か取り上げてきた正岡子規の随筆『墨汁一滴』にも様々な節分行事が紹介されている。鰯の頭や柊の葉を飾るといった比較的なじみ深いものもあるが、鬼やお多福の格好をして家々を巡り祝儀(?)をもらう、田楽を焼いて味噌の匂いで鬼をはらう、といった話はこれまで全く聴いたことがない。なかでも珍しいのは厄払いのために褌や焙烙などを道端に捨てるというものだ。「二月六日」と日付の入った文章に以下のように紹介されている。

この夜四辻にきたなき犢鼻褌、炮烙、火吹竹など捨つるもあり。犢鼻褌の類を捨つるは厄年の男女その厄を脱ぎ落すの意とかや。それも手に持ち袂に入れなどして往きたるは効なし、腰につけたるままにて往き、懐より手を入れて解き落すものぞ、などいふも聞きぬ。炮烙を捨つるは頭痛を直す呪、火吹竹は瘧の呪とかいへどたしかならず。

四十二の古ふんどしや厄落し


褌と一緒に災厄が落ちてくれるのなら、ちょっと試してみたい気もしなくはないが、ボクは着物を持っていないので妻のスカートでも借りないと脱ぎ落としてくることはできない。うーむ。

◆ 後記(2009/3/6) ◆

久しぶりに歳時記を開いたら、こんな句があった。

わが声のふと母に似て鬼やらひ 古賀まり子

豆を撒くボクは父に、父は祖父に、きっと似ているのだろう。そして息子にもいつか、豆を撒きながら、そんなことを思う日がくるのだろうか。古賀まり子は1924年生まれの俳人。他にも「今生の汗が消えゆくお母さん」など母を偲ぶ秀句が多いようだ。

◆ 後記(2009/3/9) ◆

そういえば雑誌『大法輪』2009年3月号にも節分に関した記事があった。塩入亮乗が連載している「仏教民俗学入門(3)、農耕と仏教行事」だ。この記事によると豆撒きに代表される節分行事の起源は、陰陽道の影響を受けた宮中行事の追儺や、仏教寺院の修正会・修二会といった、本来、年末・年始に行なわれていた儀式にあるとのこと。また鬼にも吉凶2種の鬼があり、これが転じて「鬼は外、福は内」となったのだそうだ。この連載は身近な年中行事や庶民信仰を取り上げ、外来思想である仏教がどのように民衆に受容されてきたかを探るもので、なかなか興味深い。

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2009.02.16

1月の読書録から

1月31日。早いもので新年を迎えてからもう1ヶ月が経ってしまった。このひと月の間に読んだ本は雑誌を含めて4冊。殆どが仏教に関するものばかりで詩のほうは相変わらずすっかりお留守だ。

『遺教経に学ぶ―釈尊最後の教え』(松原泰道、大法輪閣)

100歳を越えた今も幅広く活躍される禅僧・松原泰道による『遺教経』の入門書。『遺教経』は死を間近に控えた釈尊が弟子たちに語った最後の説法を記録したもので釈尊の教えのエッセンスが凝縮されていると言われる。そういう意味では『遺教経』の入門書であると同時に初期仏教の入門書ともいえよう。

『大法輪』2009年1月号(大法輪閣)

特集は「禅語百選――生き方・考え方を一変させる禅の真髄」。日々是好日、滅却心頭火自涼など誰にとっても馴染み深い言葉をはじめ100語におよぶ禅の名言が紹介されている。新連載の「仏教民俗学入門」(塩入亮乗)や日野原重明による「鈴木大拙師の最期」も興味深い。

『墨汁一滴』(正岡子規、岩波文庫)

正岡子規の晩年の名随筆。「観察と思考と回想と幻想が相集ってなまなましい批評的場を形成し」ていると解説の粟津則雄は評している。当ブログにも先月2回、登場しているので併せてご覧頂きたい(「『墨汁一滴』を読む」「あら玉の年のはじめの七くさを」)。

大法輪 2009年 02月号(大法輪閣)

特集は「これでわかる[道元]――今・道元から学ぶもの」。日本曹洞宗の開祖とされる道元禅師の思想と生涯を解説。著作ガイドや現代語訳つきの名言集なども収録されており、映画『禅ZEN』で改めて関心を集める道元の入門書として大いに役立ちそうだ。

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2009.02.05

新宿を走る

1月25日。新宿シティハーフマラソンに出場。ここのところ不慣れなLSD(長時間、スローペース、長距離)ばかりで鬱憤が溜まっていたこともあり、スピード練習のつもりで自己ベストに挑むことにしていたが、いざ走り始めてみると、そう簡単にはいかないことが、すぐに分かった。というのも距離表示が一切なく自分がどの程度のペースで走っているのか計れなかったからだ。ボクのような未熟なランナーは自分が走っているペースを感覚で把握することができず、オーバーペースへの不安から控えめな走りになってしまう。また大都会を走る大会だけに参加者が4000人余と多いわりには走路が狭く、そのためスタート時のみならずコースのあちらこちらで渋滞が発生する。その上、自動車や歩行者がコースを横断できるように、しばしば一時停止させられることもある。

そんな訳(=言い訳?)で自己ベストからは10分以上も遅い記録となってしまったが、ゆっくりペースのおかげで余力が残り、本大会の最大の魅力である国立競技場のトラックを思い切り走ることができた。

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2009.02.04

なんとかかんとか30キロ

1月18日。東京マラソンまで残り2ヶ月。遅まきながら本格的に距離を踏んでおこうと30キロ走に挑戦することにした。ボクがいつも走っているランニングコースは2種類、自宅から八国山を越えてから狭山公園前までを往復する11キロのコースと、狭山公園で折り返さず、そのまま武蔵大和駅の前を通過して多摩湖自転車道に入り、ぐるりと多摩湖を巡って戻る22キロのコースだ。今日は先ず22キロコースを走り、そのまま折り返して11キロコースを走った。

走ってみて思ったのは、ゆっくり走るのは意外に難しい、ということだ。普段より2割くらいペースを落とすつもりでいたが、ついついペースが上がってしまい、目標ペースを守ることの難しさを思い知らされた。特に最初の5~6キロをきちんとコントロールすれば、もっと楽に走れたのではないかと思う。また10キロくらい走った頃から足首や膝、脛の前面が痛み始め、最後の5キロはかなり失速してしまった。ペースにばかり気をとられてフォームが乱れ走り方が小さくなっていたのか、体幹を使えず足にばかり負担をかけてしまったようだ。

30キロ走に挑んだのは2回目、一昨年の夏以来のことだ。その時は終盤に腰痛を起こし途中から歩いて帰る始末だったが、今回はなんとかクリアすることができた。とは言えフルマラソンを走るにはまだまだ課題が多い。う~む。

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