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2009.02.20

節分あれこれ

2月3日、節分。いつもより少し早めに会社を出て9時ころ帰宅。妻と息子と三人で豆まきを行なう。今年は妻の発案で掛け声を「福は内」のみとした。成田山や高幡不動など仏寺での節分会に多いようだ。玄関から始めて家中の窓ごとに豆を放つ。生意気盛りの高校生の息子も、こうした年中行事にはシブシブとながら(?)つきあってくれる。

節分と言えば、ここ数年、コンビニやスーパーで「恵方巻」の文字を見ることが多くなった。もともと関東にはなかった風習だが関西では珍しくないらしい。「恵方巻」に限らず節分の行事も土地によって色々と違いがあるようだ。当ブログで何度か取り上げてきた正岡子規の随筆『墨汁一滴』にも様々な節分行事が紹介されている。鰯の頭や柊の葉を飾るといった比較的なじみ深いものもあるが、鬼やお多福の格好をして家々を巡り祝儀(?)をもらう、田楽を焼いて味噌の匂いで鬼をはらう、といった話はこれまで全く聴いたことがない。なかでも珍しいのは厄払いのために褌や焙烙などを道端に捨てるというものだ。「二月六日」と日付の入った文章に以下のように紹介されている。

この夜四辻にきたなき犢鼻褌、炮烙、火吹竹など捨つるもあり。犢鼻褌の類を捨つるは厄年の男女その厄を脱ぎ落すの意とかや。それも手に持ち袂に入れなどして往きたるは効なし、腰につけたるままにて往き、懐より手を入れて解き落すものぞ、などいふも聞きぬ。炮烙を捨つるは頭痛を直す呪、火吹竹は瘧の呪とかいへどたしかならず。

四十二の古ふんどしや厄落し


褌と一緒に災厄が落ちてくれるのなら、ちょっと試してみたい気もしなくはないが、ボクは着物を持っていないので妻のスカートでも借りないと脱ぎ落としてくることはできない。うーむ。

◆ 後記(2009/3/6) ◆

久しぶりに歳時記を開いたら、こんな句があった。

わが声のふと母に似て鬼やらひ 古賀まり子

豆を撒くボクは父に、父は祖父に、きっと似ているのだろう。そして息子にもいつか、豆を撒きながら、そんなことを思う日がくるのだろうか。古賀まり子は1924年生まれの俳人。他にも「今生の汗が消えゆくお母さん」など母を偲ぶ秀句が多いようだ。

◆ 後記(2009/3/9) ◆

そういえば雑誌『大法輪』2009年3月号にも節分に関した記事があった。塩入亮乗が連載している「仏教民俗学入門(3)、農耕と仏教行事」だ。この記事によると豆撒きに代表される節分行事の起源は、陰陽道の影響を受けた宮中行事の追儺や、仏教寺院の修正会・修二会といった、本来、年末・年始に行なわれていた儀式にあるとのこと。また鬼にも吉凶2種の鬼があり、これが転じて「鬼は外、福は内」となったのだそうだ。この連載は身近な年中行事や庶民信仰を取り上げ、外来思想である仏教がどのように民衆に受容されてきたかを探るもので、なかなか興味深い。

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