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2009.03.05

『所沢史話』を読む

2月19日。『所沢史話』(内野弘、所沢市教育委員会、1974)読了。昨年の秋、市立図書館で見かけてからずっと気になっていた本だ。図書館のネット貸出、コンビニ受取りサービスを利用して拝借。まったく便利な世の中になったものだ。

本書は上質紙に孔版刷り、しかも袋綴じという、あたかも学校のプリント教材を一冊にまとめたような極めて手作りな感じの本だ。しかし製本はしっかりと頑丈で、長く読み継がれるようにと細心の注意を払った、作り手の志を感じさせる。その志は著者による「あとがき」にもはっきりと見てとれる。

この史話は
一、市民の方が、おおまかに所沢の歴史・土地がらを知ることができるよう
一、中学生が、社会科の郷土学習をする時の参考になるよう
一、小学校三年担任の先生が、社会科教材研究の際、その一助となるように
ということを考えに置いて資料を選び、さらに郷土の歴史相談日に多く出た質問の答えも加え、「みち」を頼りにまとめました。道が文化を運ぶ動脈であることは、昔も今も変りないので、「できた道」「つくられた道」をとおし、所沢の関係位置と併せて所沢地方の歴史を見ていたゞきたいと思います。(「あとがき」より)

大人も子どもも市民として郷土の歴史を知ってほしい、その歴史の上に今があり、現在の土地がらも歴史を反映しているのだから……そんな思いが伝わってくる。もう一つ見逃せないのが「みち」というキーワードだ。本書は先史時代を扱った第1章を除くと「二、ふみわけ道」に始まり、「三、入間道」・「四、鎌倉道」・「五、江戸道」・「六、東京道」と、各章題が各時代に所沢を通っていた道を示している。本書によれば所沢はいつの時代も交通の要所として栄えてきた。関東の(或いは日本の)中心は奈良時代に国府の置かれた府中から幕府が開かれた鎌倉、江戸、そして首都・東京へと移り変わってきたが、所沢はその中心地と北方の群馬や長野、新潟とを結び、また西方の秩父とを結ぶ場所に位置してきた。それは著者の考えに従えば「文化を運ぶ動脈」を支えてきたということである。本書にはそんな郷土・所沢への愛着と誇りが感じられる。

ところで本書は図書館で閲覧するか貸出ししてもらうほか読む術がない。しかもA4版と版形が大きく持ち歩きにくい。もっと手軽に親しめるよう、また長く手元に置いておけるよう、復刻版をハンドブックのような形で市販して欲しいものだ。

◆ 後記(2009/3/6) ◆

所沢の歴史、ことに近代以降の歴史については写真集『目で見る所沢・狭山・入間の100年―写真が語る激動のふるさと一世紀』(郷土出版社、2002)もお薦めしたい。大正生まれの義父と一緒に見ていたら小学校の担任の先生が映っていると嬉しそうだった。古い写真を見ていると街並みは変われど、そこには過去も歴史も密かに息づいていると実感させられる。

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