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2009.05.15

季の登場―『私自身のための俳句入門』から(2)

『私自身のための俳句入門』(高橋睦郎、新潮選書、1992)・「歴史篇」は「和歌」の歴史を辿り、俳句の成立に影響を与えた幾つかのターニングポイントを挙げている。まず最初に取り上げられているのは「季」の登場だ。

高橋は万葉集の成立過程や古今集新古今集へと続く和歌の変遷を俯瞰し、この過程において「公の相聞」ないし「本来の相聞」が没落し「私の相聞」に取ってかわられたとしている。いわば和歌の主題の大転換である。「公の相聞」とは天皇の国見に代表される「国土の支配者と国土の支配霊との相聞」を指し、その本質である「人間と天地自然とのあいだにおこなわれる相聞」が「本来の相聞」である。万葉集の原型が成立した頃には「公の相聞」・「本来の相聞」が和歌の主流をなしていたが、次第に恋愛を中心とした人と人との相聞、「私の相聞」に、その坐を奪われたというのだ。

こうした転換の原因について高橋は特に語っていないが、大陸からもたらされた漢詩が支配層に普及し、その公的な教養として重んじられるようになり、ついには和歌にかわって「公の相聞」の主役となったことが挙げられるだろう。高橋の『読みなおし日本文学史―歌の漂泊』(岩波新書、1998)は、こうして「公」の場から追われた和歌の放浪漂泊が、その後の日本文学の展開に大きく影響したとしている。

さて高橋は「本来の相聞」が没落の中で衰えた生命力を補うべく、没落の原因ともなった漢詩から「季」という概念を採り込んだとしている。しかしいつのまにかに主客は転倒し「季」こそが主役の位置を占めるようになる。高橋はそうした状況について「相問はいわば本質であって、これの表現は季のめぐりというかたちをとる」ようになったと語る。もちろん「季」は俳句には欠かせない概念であり、「季」の登場は俳句の成立にとって大きな出来事であったといえよう。しかし高橋によれば、「季」の登場はそれだけではなく、季題・季語に見られるような表現の類型化を招来し、それが「形式を形式として成立させる力」となったとしている。

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