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2009.06.29

庄司紗矢香のリゲティ

昨日の『N響アワー』(NHK教育テレビ)は素晴らしかった。殊に庄司紗矢香
が奏でるリゲティのバイオリン協奏曲は最高だった。

リゲティ弾く少女は阿修羅五月闇 ならぢゅん

難曲に敢然と挑む庄司の苦しげに眉をひそめた表情や自在に弓を操る腕の様子が興福寺の阿修羅像を思わせた。「五月闇」は夏の季語。旧暦5月、梅雨時分の夜の暗さを表わす。

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2009.06.26

日焼けヒリヒリ(2)

いつものハンディ歳時記から日焼けの句をもう2つ。

レモンかじる日焼少女の男時計 増子たかし

ボーイッシュな少女の健康的な魅力を余すことなく詠みきった一句。デビューしたばかりの頃の内田有紀を思い出す。
ふぐりまで日焼け日焼けて島の子は 清崎敏郎
   ※2度目の「日焼け」は原典ではくの字点

もう1つはこちら。生まれたままの姿で次々と海に飛び込む子どもたちの様子が目に浮かぶ。近頃は小学校の修学旅行で男の子も海水パンツをはき風呂に入ると聞く。それに比べると昔の子どもたちは信じられないくらい大らかだった。ところで「ふぐり」といえば先日、読売新聞の夕刊でこんな句を見かけた(矢野誠一「落語のはなし」読売新聞夕刊2009年6月1日)。
金玉のしわをのばして春を待つ 電鐵庵蝶花樓源之馬樂

一体なんと評したら良いのだろう。とぼけた味わいのおかしさがあって何度よみ返しても笑ってしまう。馬樂は落語家の三代目蝶花樓源之馬樂。鉄道が普及すれば馬が楽になるという洒落で「電鐵庵」と名乗ったそうだ。

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2009.06.20

日焼けヒリヒリ

折角の梅雨の晴れ間だから花でも見に行こうかと妻と二人で北山公園を訪ねることにした。その前に用事を済まさせておかないと忘れてしまいそうなので、先ずは自転車で秋津のケーヨーD2に向い木ネジと金具を購入。そのまま府中街道を南に進み久米川辻交差点で右折。徳蔵寺の前を通って住宅街を西に向かった。道中すこし迷ったものの北山公園に無事到着。園内一面に咲くハナショウブと水面を伝う涼風を楽しんだ。

新・東京百景にも選ばれた北山公園は毎年この時期に東村山菖蒲まつりが開催される。今年は丁度この土日で閉会、まして今日は梅雨の晴れ間ということもあって相当な人出だった。露店で焼きそばと海苔巻きを買い昼食を取ったが、東屋も人がいっぱいで座る場所を探すのも大変なくらいだ。

栄転も左遷も昔花菖蒲 苑田ひろまさ

句誌『苑』2001年5月号より。もっとも同誌を拝見したわけではなく『俳誌のサロン』というサイトでみつけた。栄転だ、左遷だ、と何度も転勤を繰返してきたが、定年を迎えて退職した今は終の棲家で落ち着いて花を眺めることができる、そんな心境を詠んだものだろうか。ボクらの隣で食事をしていた御夫妻が丁度それくらいの年代だった。家から持ってきた弁当の握り飯を頬張る姿は二人の時間を静かに楽しんでいるように見えた。

昼食を終えたボクらは更に狭山公園へ向かうことにした。この春、6年におよぶ堤防強化工事が完成した多摩湖を見てみようというわけだ。道に自信はなかったが北川に沿って西に進めば辿りつくはずと、ひたすらペダルを踏み続けた。15分か20分ほど走ったところでボクのいつものランニングコースに合流、難なく狭山公園に到着した。

自転車を降り堤防に登ると広大な景色が広がり、とても都内にいるとは思えないくらいだ。豊かな水を湛えた多摩湖。日本一美しいといわれる給水塔が映る湖面は強い日差しに照らされキラキラと輝いている。湖を取り囲む森からはウグイスやホトトギスの声が聞こえてくる。その向こうにポッカリと浮かぶような西武球場のドーム。2月ころ毎週のように走っていた自転車道の辺りを俯瞰しながら堤防の上を歩く。

久しぶりにのんびりとした時間を過ごすことができたが帰ってきてからが大変だった。真っ赤に焼けた顔や首、腕がヒリヒリ、ヒリヒリと痛んだのだ。ケーヨーD2で買った木ネジと金具で家具の補修を済ませた頃には背中まで痒くなってきた。日焼け止めのおかげで大して焼けることのなかった妻から「こんど出掛けるときは塗ってみれば」と言われたが、やはり男が塗るのは何となく抵抗を感じる。

山の日に焼けてつとめのあすがまた 大島民郎

いつものハンディ歳時記から。ボクの場合は明日はまだ日曜で休みだけど、この日焼けはきっと月曜になっても引かないだろうなぁ。ヒリヒリ感は少しは治まっているかもしれないけど、それだけに楽しかった今日のことが思い出されて、会社に向かう足が重くなりそう。とほほ。

大島民郎は1921年生まれ。水原秋桜子に師事し「馬酔木」や「橡」の同人として活躍。一昨年、85歳で亡くなられた。

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2009.06.17

中途半端な梅雨空

例年より2日遅れの梅雨入りから早いもので1週間が過ぎた。さすがに先週末のような晴天炎暑はおさまったものの、とはいえ終日ふり続けるというようなこともなく、なんとなく中途半端な梅雨空である。そのせいか「都会にもついりの報せ……」と詠みだしてはみたものの、いつまでたっても下五が思いつかない。うーむ、言い訳すら中途半端だ。とほほ。

梅雨晴れやところどころに蟻の道 正岡子規
   ※「どころ」は原典ではくの字点

句集『寒山落木』より。もっともボクが読んだのは『日本の詩歌』第3巻(中公文庫、1975)に収められた抄録だ。長雨が続くとアリも巣に降り込められるらしく久しぶりに晴れた日にはエサを求めて大行列をなすことがあるそうだ。明治21年、子規21歳のときの作品。

アリなら行列くらいで済むところだが、人間が降り込められると、もう少しばかり複雑なことになるようだ。

梅雨永し二階を妻の歩く音 辻田克巳

いつものハンディ歳時記から。雨を嫌って家にこもっていたら普段は気にも止めない妻の足音が気になる。そんな時に思うのは例えば妻への感謝や労わり、或いはもう少し艶っぽいことか、それとも……。あれこれ想像が掻き立てられる句だ。短いからこそ、書き過ぎないからこそ、想像力を喚起する力に富む、これも俳句の魅力の1つであろう。

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2009.06.12

紫陽花の想い出

家の裏のアジサイがすっかり満開である。2株あるうちの1つは西洋アジサイ。濃い藍色の大柄な花を咲かせている。もう1つは純和風のガクアジサイで、やや淡い青の花色が爽やかだ。それぞれに想い出があり、西洋アジサイは結婚したばかりの頃に鉢植えを買って妻にプレゼントしたもの。ガクアジサイのほうは妻の実家から株分けしてもらったものだ。珍しいオカメアジサイも分けてもらったが残念ながら枯らしてしまった。そんな訳でこちらは少し苦い想い出である。所沢に越してきたときクレマチスとアジサイを一緒に地植えにしたが早いものでもう10年も経ってしまった。

紫陽花の藍をつくして了りけり 安住敦

いつものハンディ歳時記から。アジサイは咲いてから散るまでの間に少しずつ花色が変わってゆくため七変化とも呼ばれる。安住が見たアジサイは藍色の花色を次第に濃くし、その極まったところで枯れていったのだろう。自分もそのような生き方がしたいと思う。老いてなお色濃く、いや老いてこその深みをも得て、最後の瞬間まで極まってゆきたい。安住は1907年生まれの俳人。富安風生に師事。戦後、久保田万太郎と共に俳誌『春燈』を創刊した。1988年没。

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2009.06.10

誘蛾灯の光は蒼く

ドラネコどもの目に余る蛮行に不本意ながらガーデンバリアなるネコ避け機を設置したのが日曜日。効果を論ずるには未だ早いかもしれないが少なくともここ3日間は被害なしである。

さて、そんな機器を設置したからか、子どもの頃に見た誘蛾灯を思い出した。誘蛾灯は蛍光灯の光で虫をおびき寄せ電撃で殺すというものだ。近頃は殆ど見かけなくなったがボクが子どもの頃には飲食店の軒先などによくぶら下げてあった。

死にさそふものの蒼さよ誘蛾灯 山口草堂

例によってポケット歳時記から。山口は水原秋桜子に師事した俳人で大阪馬酔木会をおこし俳誌「南風」を創刊。誘蛾灯というと先ずその蒼い光が思い浮かぶ。子供心にもどことなく隠微で妖しげな感じがしたものだ。次の句はそうした印象を巧みに詠み込んだもの。こちらもポケット歳時記から。
肩に手を置く彼とあり誘蛾灯 中田品女

誘蛾灯の蒼い光に浮かび上がる男女の姿。道ならぬ恋であろうか。命をも奪うかもしれない、惹かれてはいけないものに、どうしようもなく惹かれてゆく、そんな心象が巧妙に描かれており、背筋をゾクっとさせる。

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2009.06.07

ネコに恨みはございませんが……

ボクは元来ネコ好きである。まして亭号に「猫」の一字を借りている以上できる限り義理立てもしたい。しかし我が家の近隣のドラネコどもときたら余りに粗野に過ぎる。庭先に車寄せ、ついには玄関前にまで、ところ構わず大小の用を足す。近頃は、何処で仕留めた獲物か、ハツカネズミの屍骸(喰い残し?)まで置きっぱなしにする始末だ。これには流石に我慢がならずガーデンバリアなる機械を設置することにした。超音波でネコを脅かすのだそうだが果たして効果の程は如何に……。

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2009.06.05

団扇の風はどんな風

つい先日「晴天が続く」と書いたばかりだが昨日から再び曇り空に戻ってしまった。その分、気温は低いようだが晴れの日よりも却って蒸し暑い気がする。暑がりなボクにとっては団扇、扇子の類が手放せない季節だ。

胸ぐらに風掻き入るる団扇かな 長谷川櫂

先月刊行された句集『富士』(ふらんす堂)から。なんとも威勢のいい大胆な句だ。心地よい風がこちらにも届いてきそうな気がする。長谷川は元新聞記者。当時は読売に勤めていたそうだ。その縁があってか読売新聞のコラム「四季」を連載中である。
母のゐて団扇の風のかよふ家 竹腰千恵子

例によって手元のポケット歳時記から。団扇というと思い出す句だ。今は余り見られなくなってしまった光景だが、ボクが子どもの頃は花ござで昼寝する子どもを団扇であおぐ母親の姿をしばしば見かけたものだ。便利で快適な暮らしの代わりにボクらは意外なものまで失ってしまったようだ。

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2009.06.03

つばめ舞う空に

先週は梅雨の走りを思わせるような日が多かったが今週は一転さわやかな晴天が続く。その青空に高く低くツバメが舞うように飛んでいて出勤前の憂鬱な気分を少しだけ軽くしてくれる。

つばめ舞う一羽は高く二羽低く ならぢゅん

ツバメは春先にやってきて秋には南に向けて去る渡り鳥、夏鳥だ。しかし俳句の世界では春の季語。待ちわびた春の到来を告げるように舞い飛ぶ初ツバメの姿に趣きを見出すのが俳句の世界の美意識ということだろうか。
つばくらめ父を忘れて吾子伸びよ 石田波郷

手元のポケット歳時記から。ボクはこの波郷の句が好きだ。父親はこれくらい潔いものであるべきだと思うのだ。とはいえ、なかなか、そんな境地には辿りつけないのが親というものだろうか。

ところで、この句を詠んだとき波郷が見たのは、子どもに与える餌を求めて忙しく飛びまわる親ツバメだったか、あるいは巣離れしたばかりの子ツバメが試すように挑むように空の高みへ消えてゆく姿だったのか……。

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